いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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159 『幽鬼』

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

 

 わたくしの最も古い記憶は、二体の怪物から始まりました。

 ソレらは人に似た姿形をしており、若い男女を模しているようでした。何故、わざわざ人形という非合理な形を取っていたかは、当時は知りませんでしたが、なんと元々人であったそうなのです。

 よくぞ人からここまで逸脱した生命体になれたと、今でこそ思いますが、その瞬間、わたくしは生まれたばかりの赤ん坊。いえ、幼体の期間はありませんので、赤ん坊という表現が正しいかは分かりませんが、まあつまり、わたくしに今ほどの思考能力はありません。

 

 だから、直感で感じ取りました。

 ソレらがわたくしを創造した存在であること。

 ソレらがわたくしを遥かに上回る力を持つこと。

 

 当時は恐怖という感情すら知りませんでしたので、ぼんやりと彼らを眺めながら、震えるだけでした。

 怖いも、恐ろしいも、言語化できません。

 この次の瞬間、自分がどうなっているかも想像できません。

 ただ、時間が過ぎ去っていく、無為な合間であったと記憶しています。

 

 

『クソが!!!!!』

 

 

 どれだけ時間が過ぎたかは知りません。無言を破ったのは、女の怪物でした。

 固く握られた震える拳が、歪んだ表情が、流れる涙が、いったい何を意味するのか、その時のわたくしには分かりません。

 普通に考えれば、わたくしなど蟻でも踏み潰すように殺すことができる存在が、ここまで大きく吠えたのです。命の危機に、震え上がってしまうものなのでしょう。

 ただ、この時は、そうではありませんでした。理解不能な光景に、不思議がっていました。

 

 怖いのではないのです。

 あの時の想いを、なんと表せばいいのか、今でも正解は分かりません。

 おそらく、きっと、多分。そんな言葉が頭について、その上でわたくしは、この瞬間、悲しんでいた気がします。

 

 

『ここまで来たのに! こんな奇跡、二度と起きないのに! なんで失敗なんだよ、チクショウ!』

 

『…………』

 

 

 その時の記憶は、鮮烈に残っています。

 なのに、当時抱いた感情は、考察するしかありません。

 わたくしは幼体のない生命体なので、生まれた時から完成されていました。ですが、情緒は後から身に付けていった。

 だから、こうした曖昧さがあるのです。

 

 わたくしは、創られた存在。

 悲しくとも、涙は流れません。

 そういう機能が、用意されていません。

 言語を学んですらいないわたくしは、脱け殻も同然で、ただの物としてそこに居ただけでした。

 

 

『あと、一歩だったのに……あと、一歩なのに……』

 

『…………』

 

『コレは、■■■じゃない……』

 

 

 彼らが抱いた感情の名前を『怒り』や『落胆』と呼ぶことを知ったのは、随分と後になってからでした。良くないものを感じた程度で、その名は遥か後になって知識と経験を得たもの。

 わたくしは、何も知らないし、分かりません。人間の感情なんて、知る由もないのです。

 ええ、しかし、何も分からないなりに、悟ったのでしょう。

 

 わたくしの生命は、期待されたものではなかった。

 思えば、ここから始まりましたよ。

 二人の怪物は、わたくしにとって親です。親に祝福をもらえない子供は歪むことを、今は知識として有しています。

 汚泥にまみれ、沼底を這うような日々は、きっと生き地獄と呼ぶはずです。

 

 嗚呼、何故、わたくしは思ってしまったのでしょうか。

 ソレらは、ただわたくしを創り出した怪物です。

 わたくしの生誕に込められた意味は、祝福ではなく、妄執の脱け殻です。

 わたくしは、彼らを無視する権利があります。

 こんな親は放っておいて、わたくしは自由に生きる権利があります。

 

 ただ、

 

 

『ダメだ……これ以上やっても、もう意味はないよ……』

 

『…………』

 

『あー、そうか。そうだよ。今までが、都合が良すぎたんだ。そりゃ、頑張ればなんでも願いが叶うわけないじゃん。やっと、元に戻ったんだ。ボクらは、もう主役じゃなくなったんだ。世界に、飽きられたんだよ……』

 

 

 知らなかっただけなのです。

 涙の意味も、彼らの想いも、祝福の代わりに込められてしまった妄執の重さも、何もかも。

 何も知らない無垢な子供が、夢を見ただけなのです。

 辛酸を舐める呪いの日々のおぞましさを知っていたなら、夢ではなく現実を見ていました。

 

 後悔することを表す言葉が、古今東西で何故これほど溢れているか。

 無知の罪がどれほど重いのか。

 きっと、万の文字を書き連ねても、この失敗を表せません。億の言葉を届けても、この愚行がいかに考えなしであったのか表しきれません。

 

 

『…………』

 

 

 正しい選択を、わたくしは取れませんでした。

 ない頭をどれだけ捻っても、いいえ、今ですら最適は分かりません。

 無知は罪で、無力は大罪です。

 だから、わたくしは、その瞬間にしたいと思うことをしたのです。

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

 

 わたくしが生まれて、しばらくのことです。

 わたくしという特大の失敗作により、彼らはしばし、活動を停止します。日照りを浴び、雨風を甘んじ、雷すら受け止め、されど屈強な存在ゆえに風化することは許されず。

 時間が過ぎるだけの日々が、少なくとも十年は続いたと思います。巨大な存在である彼らがもしも、山河であったなら、何千年もそうしていたのでしょうが、残念なことに元人間です。

 そこには思考があり、意思が宿るもの。何かを考えずにはいられない。

 

 彼らは、諦めることを止めました。

 超越者としてのプライドか、はたまた、希望を捨てきれない諦めの悪さゆえか。

 哀れな彼らは、自ら地獄に続く道を、そうと知りながらも歩くことを決めました。

 

 

『ボクはお前が嫌いだから、なるべく近寄るな。顔を見せるな、声を聞かすな。我慢はするけど、ボクは短気だからな?』

 

 

 教団を立ち上げる際に、こんな言葉を投げ掛けられました。

 なんて酷い親なのでしょうか。

 勝手に創っておいて、なんたる言い様。傍若無人の極みのような親でした。

 

 ええ、まあ、許すことはありませんが、彼女がそう言う理由は分かります。

 彼女、嘘が吐けないんです。

 元々のタチが恐ろしく不器用で、『星』なんてものと同化したせいでびっくりするほど素直なんです。

 強い自分を誇示したいし、嫌いなものは遠ざけたいし、したいことはしてみたい。

 

 彼女は、嘘を吐けない。

 他人にも、自分にも。

 

 気付けば本音を明かしてしまうような、そんな愉快な性分なのです。彼女の言葉に、嘘はまずない。誰かに告げる言葉は、本音でしかない。

 こうして堂々と告げるのは、彼女なりの気遣いでした。我慢が苦手なので、ふとした拍子に殺してしまうかもしれない、と。

 彼女はとても素直なので、本当に嫌いなものは無視します。それでも、彼女がこう言ったのは、心の底にやましさがあるからでしょう。

 この時は知りませんでしたが、彼女が何かを隠す時は、心苦しさに表情を固くするか、()()()()()()()()()()()()()かのどちらかです。

 その点、彼女はわたくしに語りかける時、いつも無情の仮面を被っているようでした。

 

 

『わきまえろよ? お前なんかが、ボクをどうこうできると思うな』

 

 

 知っていましたよ。

 これはなんの裏もない、言葉通りの意味です。

 彼女がわたくしを嫌う気持ちは、どうやっても変えられない。だから、彼女に何かをもたらそうとする時間の全てが無駄なのだと。

 距離を置くことで、お互いが気持ちよく嫌えるようにしたのでしょう?

 

 

『……お前は、ただその力を振るえばいい。何も考えるな。余計なことはするな。もし、違えたのなら……』

 

 

 ええ、優しいんです。

 だけど、彼女は迷わない。

 

 こうと決めたのなら、それ以外を切り捨てられる。

 

 

『ちゃんと、殺すからな』

 

 

 彼女は、ちゃんとその通りにしましたよ。

 愛も、苦悩も知り尽くしたと言えるほどに知る彼女は、簡単に誰かを殺せます。

 躊躇や迷いの時間は一瞬にも満ちません。

 どれだけ時間を積み重ねても、愛をもって共に過ごしたとしても、それは彼女が自分の責務を全うしない理由にはならないのです。

 

 嗚呼、悲しき世でございます。

 

 残酷なことに、この世が彼女をそうさせるのです。

 何でも好き勝手に暴れれば、大抵のことは叶えられるのに、数多のしがらみが彼女を離さない。壊したくないものを壊し、壊したいものは壊せない。

 もどかしさに耐えて、耐えて、耐えて。

 

 彼女には、安寧の中に生きる権利もありません。彼女、意外と人を育てたりするの好きなんです。それが転じてか、子供も人並みに好きです。

 普通に生きられたのなら、きっと近所の子供に武術を教えて、からかわれて子供みたいに怒って、のんびりと沈む西日の中で、悪くない一日だったって笑っていたのかもしれません。

 最強の力というものは、振るわなければ、振るう気がなければ何にもならない存在なのに。力の持ち主である彼女は、運命に振り回されて生きています。

 

 あれだけ力があって、これだけ時間があって、彼女は望む結果を出すことを許されません。

 この世のどこにもいない、本物の神が居るのであれば、残酷な試練を課すものです。

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

 

 教団ができあがり、百年は経った頃です。

 思い返しても、わたくしの教団での立ち位置は、ろくなものではありませんでした。

 魂の研究を繰り返す過程で、わたくしは多くのキメラを作りました。キメラの原材料は、生物です。魔物だけで作ってもいいのですが、知能が足りない個体になりがちです。なので、戦力確保と、より質の高い研究をするために、人間を殺し続けました。

 人類の敵として、悪の組織を随分やんちゃをやってやりましたよ。

 

 二人は滅多なことでは動きませんので、主に人間を殺して回るのも、当時から居た邪魔者たちの相手をするのもわたくしです。

 この時は、手が足りなかったことを覚えています。

 研究はしたいのですが、すれば必ず邪魔が入る。最終目標は人間に関わるところなので、材料を妥協する訳にもいきません。

 

 相談したところで一蹴されるのは目に見えてます。

 殺されたなら、お前が悪いと大真面目に語るでしょう。

 

 だから、そんな時に加入した彼は、まあ助かる存在でした。

 

 

『クソみてぇなこと聞くな。テメェの暇潰しに付き合う義理はねぇ』

 

 

 正直、彼は弱かったです。

 弱い体と乏しい才能。それに彼女の下駄を履かせてもらって、それでようやく、かろうじて役に立つ程度のもの。

 まあ、弱すぎる訳ではありませんが、くらいの認識でした。

 わたくしの仕事(掃除)を手伝って、ほんの少し楽になったので、手元に置くメリットは感じていました。

 アプローチを増やしたくて、時間操作に造形の深い人物で、最低限の戦闘能力がある人材として、最適な穴埋めと考えていました。

 

 ですが、彼の見るべき場所は、戦闘能力なんてつまらないところではありませんでした。

 

 

『テメェらみてぇなバケモンからすりゃ、俺サマなんざ、居ても居なくても変わらんし、俺サマが必死こいて戦うのもバカみてぇなんだろ?』

 

 

 彼とは一応同僚をしていましたから、その攻撃的な人柄を知っています。

 ですが、自信家でも、傲慢ではないことも気付いていました。

 彼の自罰的で卑屈な発言は、もう癖なのです。才能への強い僻みと苦悩から、見事に曲がった性根ができあがっていました。

 

 

『自分を貶めるな? ハッ! 最初から強く生まれた奴の戯れ言だな』

 

 

 わたくし、これでも優しくしたつもりです。

 ですが、彼は決まって、わたくしのことをはね除けます。

 一人でいることに、こだわりがあるようでした。

 彼のこだわりは病的で、どうしても一人で戦って、折れて、砕け散って死にたそうでした。

 

 

『大嫌いだよ。気に食わねぇ、気に入らねぇ。こんなこと、懇切丁寧教えてやらなきゃならんか? 俺サマは、失せろって言ってんだ』

 

 

 薔薇の棘が何のためにあるのか、わたくしは知っています。

 他を傷付けなければ、何かを守れないと、身をもって知っています。

 いつ死んだっていいみたいな態度で、何故、何百年も生き続けられたか。身の丈に合わない生き方は修羅の道であるはずなのに、どうして歩を止めないのか。

 その根底が、知りたかった。

 

 だって、この時のわたくしには、理解できないものだから。

 

 

『……しつけぇな。別になんだっていいだろ』

 

 

 その脆さに、わたくしは惹かれました。

 

 

『……俺サマが協力したのは、テメェらが俺サマの野望を叶えるために、ちょうど良かったからさ』

 

 

 その脆さを抱えた上で、折れても、逸れても、絶対に止まらない強さに、敬意を抱きました。

 

 

()証明(贖罪)は、絶対のルールをねじ曲げて初めて為されるんだ。アイツにゃ負けたくねぇって思ったんなら、気合い入れる理由は十分だ』

 

 

 その痛々しき人生が、誰のためのものだったのか。答えは彼にしか分かりませんし、分かってはいけません。

 ただ、刃の上を裸足で歩む、三百五十年を超える永き日々は、きっと、たったひとつのきっかけが支えたのです。

 彼が本当に為したかった証明は、ついぞ叶いませんでした。ですが彼は、信念の果てに、その命の灯火が消えるまで、耐えがたき苦悩に耐え続けられるという幻を、証明しました。

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

 

 多くの人間を殺し。

 多くの尊厳を踏みにじり。

 命を貪り喰らう醜悪な化物となっていたわたくしは、恐らく世界で三番目には強かったでしょう。

 あの彼も、強くはなりましたが、わたくしを脅かすほどではありません。鍛練をしていれば、そりゃあ強くなるだろう、くらいのものです。

 

 ただ、わたくしの親以外で、本気で恐ろしいと思ったのは、彼が初めてでした。

 

 

『何モナイ。暇潰シヲシテイルダケダ』

 

 

 あの彼とは、まったくの逆です。

 その内面に対して思うところはありませんが、唯一、その秘めたる力には戦慄しました。

 天才、というものを初めて見たのです。

 

 ああ、わたくしや親は、除きますよ。

 はじめから、もしくは既に完成しているものは、できていて当たり前なので。

 

 天才。より正確には、わたくしを越え得る可能性。順当に強くなっていけば、わたくしよりも強くなる。

 ずっと、あの彼の言うことを理解しかねていました。

 ですが、その彼と出会いは、わたくしの胸を焦がしました。

 

 

『ドウデモイイ。ドウナッテモイイ。虚シクテ仕方ガナイカラ、オ前タチニ従ッテイルノダ』

 

 

 初めての感覚だったので、酷く混乱したことを覚えています。

 痛み、というものを、生まれてこの方、経験したことがありません。攻撃をされたはずではないのに、胸が刺されたように鋭く痛みます。

 その彼が味方と分かってはいましたが、殺してしまおうかと考えもしました。

 

 わたくしは、嫉妬を知ったのです。

 

 

『何ガシタイカモ分カラナイ。我ハ、ドウスルツモリモナイ。ダカラ、関ワルナ』

 

 

 その彼は、正直内面は何も面白くありませんでした。無気力で怠惰、せっかくの力をまともに磨こうとしません。

 もったいないことです。わたくしの力が上ですが、いずれはという想像は止みません。それだけ力があるにも関わらず、いい加減な態度を取る彼に怒りを募らせました。

 

 あの彼を見るだけで、痛いのです。

 嫌なら見なければいいのに、注目してしまいます。

 自己矛盾の日々に苛まれる日々でした。

 

 ですが、ある時、考えます。

 わたくしは、何故こうも心を乱されるのか。

 

 

『貴様ハ愚カダ。無意味ナ問答デ時間ヲ不意ニシテイルコトニ気付イテイナイ。我ニハ、ソノ問イヲ答エルコトハデキナイ』

 

 

 理由を考えた時、納得しました。

 

 わたくしは、思ったよりもずっと単純な想いに囚われていたのです。

 

 

『形バカリ求メルカラ、軽クナル。自分ノコトハ、自分デ考エロ』

 

 

 あの彼は、特別な人間ではありましたが、そこに思想は宿りませんでした。

 その力の巨大さゆえに、あの彼は想うことをしなくなったのです。

 思い至ると、なんとも無駄に時間を割きました。

 あの彼とわたくしとでは、生きるための糧が異なっていました。

 

 思考を乱されたことを恥じ入った記憶は、強く残っています。

 なんともバカらしいものでした。

 

 ですが、彼も教えてくれたのです。

 暗闇に満ちた生の中で、自分の志を決める何かに出会えたことが、どれほど幸福か。

 虚しさに支配され、無気力に生きる彼には、慟哭や涙すら許されない。

 

 いつの日か、彼に救いがあらんことを。

 彼を変えるだけの何かに出会えますことを、祈ります。

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか? 

 

 

 あの子の存在について、わたくしは語り尽くせるほどの言葉を持ちません。

 優秀、有能、素晴らしき味方、『神』の使徒、祝福の子、神聖の権化。沢山の良き表現があの子を包んでいましたが、そのどれもが、あの子を正しく表れているとは思えません。

 あの子の素晴らしさを、という意味でも、あの子の弱さを、という意味でもです。

 

 あの子の加入で、劇的にできる範囲と人員が広がった教団でしたが、その管理と運営ができるのは、わたくしとあの子くらいです。

 自分の研究や邪魔者の排除もあるので、面倒なことこの上ありませんでしたが、あの子が大部分を引き受けてくれていたので、できなくはありませんでした。

 あの子の能力は万能に近く、学ぶことも大いにありました。

 

 使徒の中でも、身内の争いには穏健な姿勢を取っていたことと、共に管理する立場でもあったので、自然と関わることは多かった。

 ただ、あの二人とは、また違った厄介さがありました。

 

 

『小生のことを聞いても、仕方がないと思いますよ』

 

 

 あの子は、力こそ弱かったですが、それに留まる能力をしていません。

 わたくしたち使徒は、総じて戦闘以外はかなりお粗末ですが、あの子は例外です。

 自分より二百年近く若いのに、なんとも老獪な雰囲気を醸し出します。こちらを見透かし、真意を汲みきれない、自然な笑みをいつも浮かべていました。

 

 

『確かに、小生にはその経験があります。貴女の求める、欲する言葉も、小生は持ち得ます。しかし、他人の言葉で埋まるほど、貴女の溝は浅くはない』

 

 

 わたくしが求めているものなど、きっとお見通しなのでしょう。

 言葉にすることもできずに、探し求めた何かであったはずなのに。何百年も停滞し、やっと輪郭が見えてきたものなのに。

 あの子はその卓越した精神から、簡単に見つけ出してしまいます。

 

 

『貴女の答えは、きっと、貴女の中にあるのです。開かない扉は、鍵がかかっているのではなく、貴女が自分で閉じているだけ。貴女自身でなければ、開けられない』

 

 

 驚くほどに、あの子は熟達していました。

 わたくしも幼少期というものはありませんが、それは未成熟な肉体を持つ期間がなかった、ということ。

 しかし、あの子のそれは、わたくしとはまったく違います。

 

 

『他人の答えは、貴女の答えではないのです』

 

 

 あの子は、生まれながらに救済者でした。

 この世に生を宿らせた瞬間から、あの子は完全無欠の指導者でした。

 学んだのではなく、備えていたのです。

 獣が本能で狩りを知るように、本能を以て人に救いをもたらす術を理解していた。

 救われたいという欲望を産湯に、母に抱かれることもないまま、立ち上がって使命を果たすのです。

 

 なんと、おぞましいことでしょう。

 

 

『認めれば良いのです。苦しいなら、苦しいと叫びなさい。格好なんて、つけなくていいのです。みっともなくとも、愚かしくとも、良いではありませんか』

 

 

 人の業から生まれた者同士、通じ合うものがありました。

 ですが、あの子に託された願いは、わたくしよりもずっと弱く、多く、黒い。

 なのに、あの子はわたくしよりも、ずっと優れていました。生まれ持った機能の差ではありません。あの子はわたくしよりも、ずっと、自分を認めてあげていたのです。 

 

 

『小生の生き方は、生まれた時に決まりました。ですが、それに否は言いません。小生の選択と貴女の選択は、違うものになるのでしょうか』

 

 

 あの子は、使徒にして、神殿にして、羊飼いにして、救世主にして、生け贄の羊です。

 端から見れば、憐れなことですが、あの子自身にとっては違うのでしょう。どんな苦節の果てにそう思えたのか、何に出会えたのか、わたくしには知りようもない。

 

 ですが、

 

 

『……ええ、構いません。神父とは、迷える子羊の告解を聞くものですから』

 

 

 あの子が、自分の生に納得できることを祈ります。

  

 

 ※※※※※※※

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

  わたくしは、親を憎んでいます。

 四百年以上も良いように使われて、そのせいで何度殺されかけたか分かりません。

 愛情を向けられていたかと言われれば、けっしてそんなことはない。生温い想いに生きられる人たちではありませんから。

 

 使徒は、主な活動は研究です。

 魂、時間、空間、『神』のそれぞれが、各々の専門分野。

 世界中から、稀代の傑物たちを集めました。

 禁忌を破るために、最も可能性の高い存在を見つけ出して、使徒とするのです。

 あの二人が本気で禁忌を越えるため、人事を尽くした結果です。

 親の力はあらゆる生命体から隔絶したものですが、それぞれの分野については他人に頼る方が良いと判断し、期待をかけます。

 

 そして、唯一の例外が、このわたくし。

 

 わたくしだけは、親からの期待を受けて、使徒となった訳ではありません。

 偶々、そこにちょうど良い強さの駒があったから、使っただけです。

 

 

 なぜなら、わたくしが生まれた時点で、わたくしの『魂の創造』というアプローチは、失敗であったことが判明したのですから。

 

 

 親がわたくしにくれたものは、命と強さ、露払いの役目と、万が一すら成功の望めない分野の研究の使命だけです。

 こんなに都合の良い存在は居ないのでしょう。

 相手をするまでもない雑魚を間引いてくれます。将来性こそないですが、捨てるにはもったいないデータの数々の有効活用をしてくれます。そして、億が一にもありませんが、もしかすれば、本当にもしかする可能性もあります。

 

 逆らわず、命令を受け入れるだけの便利な道具と見られているのでしょう。

 わたくしの一生は、まさしく道具そのものでした。

 黙って従えば、使い潰される。逆らえば、当然廃棄処分。正直、こんなにつまらない生涯を歩んだわたくしは、とても不幸なのでしょう。

 

 わたくしは、精一杯頑張りました。

 道具としてわきまえ、その性能を十全に発揮しました。

 どれだけ彼らに尽くしてきたか。どれだけ彼らのために骨を折ったか。言葉にすれば、それこそ四百年分になります。

 

 ……ええ、矛盾です。

 憎むのに、何故尽くしてきたか。

 命惜しさに従うのなら、別に適当にやっていれば良かったんです。

 

 分かっています。

 あの子は、本当に正しかった。

 わたくしの中の答えに気付いていたのです。

 

 

 貴方が『人生を変えられた』と感じた日はいつでしょうか?

 

 散々、投げ掛けた問いでした。

 他人の答えを、散々求めました。

 それは、わたくしは、この答えが、過去の憎しみを越えうるものだと思いたかったからです。

 バカみたいだと自覚していますが、そんな確信が、欲しくて仕方がなかったのです。

 

 思い返すのは、最も古き記憶。

 女型の怪物は怒りで吠えて、絶望しています。わたくしはぼんやりその様子を眺めました。

 命の灯火が、容易く吹き消される寸前です。

 ですが、思考をしないわたくしは、恐怖すらも理解できずに受け止めて、沙汰が下るのを待ち続けました。

 

 そして、男型の怪物が初めて動きます。

 術の影響で容姿は思い出せませんが、消えない部分も確かにあります。

 震える体で、壊れ物でも触れるようにわたくしの体に触れ、掠れる声で言ったのです。

 

 

『生まれてきてくれて、ありがとうございます……』

 

 

 何故、何百年も愚行を貫いたのか。

 その理由は、単純です。

 

 だって、たった、たった一度の祝福が、あんなにも美しかったんですもの。

 これためなら、自分の命の全部を使ってもいいって、思ってしまったんですもの。

 

 きっとこの言葉とて、本来の意味ではありません。

 わたくしを通して見た誰かの影を見て、ついこぼれてしまった弱さなのでしょう。

 ですが、それでも、わたくしにとっては十分な言葉だったのです。仮でも、偽でも、その微笑みは、愛を以てわたくしを迎えてくれていた、その証明なんですもの。

 

 わたくしの濁りが、その愛を否定します。

 いえ、濁りなんて言い方はよくありません。

 きっと、理性が、そう言いました。

 こんなものはまやかしだと。ていの良い手駒を迎え入れるための欺瞞なのだと。

 

 そんなこと、分かっています。

 その愛は、真にわたくしに向けられたものではないと、子であるわたくしが一番知っています。

 祝福とはわたくしが呼ぶだけで、きっと呪いなのでしょう。

 ですが、例え間違いだとしても、ただの罪なのだとしても、端から見れば理解不能な悲惨な運命なのだとしても、良いのですよ別に。

 

 わたくしは、精一杯生きました。

 あの祝福に殉じたいと、願いました。

 

 あんなものを見せられて、あんな苦しみを見せられて、彼らの幸せを願っては、どうしていけないのでしょう。

 永い苦悩の末に、報いがないなんて耐えられません。

 わたくしが生まれて、どれほどの苦しみを味わったのか。わたくしの失敗が、どれだけ罪深かったのか、それは計り知れません。

 

 あの二人は、人類からすれば悪でしょう。

 世界中から謗られ、石を投げられることをしました。

 きっと誰も、彼らの味方にはなってくれません。後の歴史で、その悪名は彼らの人生を越える年月が積み重なってもなお、語り継がれるはずです。

 しかし、怪物が人間のルールに縛られる義理はありません。

 守る義理のないルールを破って罵られるなど、そんなの社会の勝手ではありませんか。

 

 だから、わたくしは彼らのために戦いました。

 所詮、露払いしかできない程度の力で、身の程知らずにも守ろうとしました。

 誰にも守ってもらえないのです。誰も、味方になってくれないのです。

 なら、わたくし一人くらい、味方になっても良いでしょう?

 

 二つ、わたくしはするべきことをしました。

 

 まず、使徒としての役目。

 わたくしが、より残忍に多くを殺せば、歴史家は親ではなくわたくしを多く罵るはずです。二人の名が霞む悪逆無道を、わたくしは為したでしょう。

 悪名ならば、このわたくしが被ります。

 

 次に、二人を止める手立ての考案。

 わたくしは、未来を見ることはできません。ですが、二人の願いはきっと叶いません。覚めない夢に支配され、無限に続くゴールのない茨の道を歩み続け、傷ついてもなお止まらない。

 そんな未来は、わたくしは許せない。

 わたくしが真正面から戦っても、そよ風が吹くほどの影響しか与えられません。

 ですから、二人を打倒し得る存在へ、わたくしの願いを託せる誰かへ、わたくしは魂を捧げる術を作り、今、それを発動させました。

 

 わたくしにかけられた祝福は、呪いは、厄介なことこの上ありませんでした。

 わたくしをここまで強制し、心身を縛り上げたのです。

 報いもなく、ただ、痛みに満ちた日々でした。

 

 ですが、不思議なことに、わたくしは自分を不幸と思えません。

 理由を考えても、分かりませんが、それだけは確かです。

 

 

 ……ねえ、貴方。

 

 わたくしが、貴方に全てを託した理由は、こんなところです。

 身勝手で申し訳ありませんが、これから、わたくしの全てを貴方へ捧げます。

 

 身に余るエネルギー、その制御のための技術、わたくしの能力。

 わたくしという生命がこれまで蓄えた、記憶と力の全て。

 きっと、役に立つはずです。

 きっと、託す相手は貴方で間違いないはずです。

 

 貴方は、きっと貴方自身のために、二人と戦うでしょう。

 それでいい。わたくしは、それを肯定します。

 二人を倒してくれるなら、目を覚ましてあげられるなら、なんだって構わない。

 

 貴方の中に根付くわたくしが、貴方に全てを教えます。

 貴方に残した呪いが、貴方を助けます。

 この程度しか、わたくしには用意できませんでした。

 ですが、厚かましいのも、無礼なのも重々承知で頼みます。

 

 

 お願いします、あの二人を、もう解放してあげてください。  

 わたくしが、貴方へ遺す願い(呪い)を、どうか忘れないで。

 

 

 改めて、託します。

 頼みました。お願いします。

 

 

 ※※※※※※※※

 

 

 差し伸べられた手は、白く美しかった。

 少女の、触れれば折れそうな、細工のような手であるが、そこには恐るべき理が宿っていた。

 一見なんでもない仕草に、埒外のナニカがこちらを涎を垂らして覗いているイメージが、現実と見間違うほど強く見えた。

 

 

「…………!!!」

 

 

 恐れ、おののき、圧される。

 信の置ける仲間と認めた少女の手を、クロノは思わずはねのける。

 はねのけられた少女、アインは、目を見開いてクロノを見ていた。

 

 

「どういう、ことかな?」

 

 

 平坦ながらも、微かに震える声音だった。

 喉元まで、クロノは謝罪の言葉が出かけたが、それより前に、剣を手に取り、構えていた。

 そして、後ろを見るまでもなく、同じ記憶を見た仲間たちもめいめいに仕掛ける準備を整えていることを、肌で悟る。

 アインが溜め息を吐いたのは、クロノが構えを取って数瞬後のことである。

 

 

「……なるほど。あの子の仕業か」

 

「アイン……信じたくないが、この記憶を否定するための術がない」

 

「いや、構わない。ほんの少し、手順が変わるだけのことだ」

 

 

 光を呑むほどの『黒』が、アインの瞳に宿っていた。

 感情が静かに凪いで、空気が張り詰める。

 アインは未だに構えは取らないが、臨戦態勢に入っていることは、理解した。

 

 

「とても、残念だよ……」

 

 

 アインの言葉が嘘ではないと、感覚と知識の両面で知る。

 夢の終わりは、驚くほどあっけなく訪れたのだ。

 

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