いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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160 頂上戦 序

 

 軽く天を見上げ、だらりと脱力したアインは、魂が抜けたようだった。

 ふーっと息を吐く様子は恐ろしく疲れて見える。

 目の前のクロノたちすら、きちんと捉えているかも怪しい。命令を与えられずに佇むだけの人形は、こんな有り様なのだろう。なにか、支えがなければ、そのまま地面に崩れ落ちてしまうのではなかろうか。

 強いアインを知るからこそ、これまでの無表情とはまったく違うと感じる。

 隠しているのではなく、溢れて、消えてなくなったのだろう。

 とても憐れで、弱々しく思えた。

 

 

「少しだけ、話をしようか。無理矢理破ったから、もうすぐこの空間は崩れる。それまでの、少しの間で構わんからさ」

 

 

 その提案を蹴るつもりは、毛頭なかった。

 気だるそうに言うアインに注目して、他に気をやれないのだ。

 戦闘に何の関係もないと知りつつ、興味を隠せない。

 使徒の四百年にもわたる記憶を、処理しきれていないのだ。何故、使徒が力を託してくれたのか、全容は分からない。

 理解するための鍵は、アインにあることが明らかだった。

 

 

「君らは、自分の強さを誇ったことって、当然あるよね? 自惚れて、この世の全部が自分の思い通りにできるんじゃないかって」

 

 

 いや、ただ打算があっただけではない。

 彼らは全員、アインを警戒したのだ。

 隙だらけにしか見えない状態なのに、下手に仕掛ければ、即座に殺される。

 彼らだけに、アインとの間に境界線があるのを感じた。

 もしも、指の先すらその線に触れようものなら、アインは動く。のしかかる威圧感に、動けなかった。

 

 

「ボクの場合、それが特に深刻でさ。実際、世界で一番強いから、どんなことでもできると思えちゃう」

 

 

 使徒の記憶の中にも、アインは登場していた。

 最も鮮烈で、色濃く映った極点。

 曰く、世界で一番強い生物。

 しかし、目の前の少女は、恐ろしく気配が稀薄に思える。

 視界の中央で捉えているのに、気付けば見失いそうになる。

 

 

「だから、たった一度の失敗が、忘れられない」

 

「…………」

 

「これが、ボクが悪の組織をやっている理由だよ。君たちと戦う理由でもある」

 

 

 彼女は、へらへらと笑っていた。

 何がおかしいか分からないが、押し止めることができないようだ。

 肩が震えて、腹を抱えている。

 コメディを楽しむに笑うが、何故かその笑いは、自嘲にしか見えなかった。

 

 あまりに哀れで、見ていられない。

 だから、クロノは尋ねる。

 

 

「……何故、こんな回りくどい真似を?」

 

「君を育てるためさ」

 

 

 不自然なくらいに、目が合わない。

 目を合わせることを、嫌がっている。

 なんとも、子供らしくて、幼稚な逃げだ。

 

 

「野菜や果物を作る時、あえて強いストレスをかける方法があるらしい。それだよ。全てを管理してしまえば、それは管理した人間の想像を超えられない。だから、カオスを持ち込んだ」

 

「そんな……」

 

「?」

 

「そんな理由で、ここまでしないだろ」

 

 

 クロノは、アインが見ていないから、戦う意思は未だないから、堂々と視線をアリオスへ移した。

 かける言葉を、選び終えたのだ。

 世界の瓦解が進んでいき、世界の破片が崩れ落ちていく。待てはすれど、そう長くはないと予感する。

 

 

「師は、何故師であった? クロノはともかく、何故俺たちまで育てた?」

 

「気紛れだ。他意はない」

 

「その割に、尽くしてくれすぎだ。()()なった時、障害になることは明らかなのに」

 

 

 急激に空気が冷えて、圧力が上がる。

 

 

「テメェらみてぇな雑魚、何匹集まろうが変わらねぇからだよ。塵が積もって山になるところを見たことあんのか?」

 

 

 消えそうな気配が、一転した。

 全部を押し潰して進みそうな威圧感。

 ゼロからここまでの気配の緩急は、なるほど、底が知れないし、その底知れさがまっとうに第一使徒らしい。

 

 だが、それを切り裂くように、アリオスは前へと進む。

 師に、恩人にかける言葉を投げ出さない。

 

 

「貴女は、楽しそうだった! 謀る真似など、まったく似合わん! 戦うことと、戦う者を育てること以外、なにも向いていない!」

 

「あ?」

 

「っ! 矛盾だ! ストレスを与えるつもりなら、俺たちの内のひとりくらい、殺してしまえばより劇的だったんじゃないか?」

 

 

 力があるのは、認める。

 途方もない実力差など、知っている。

 ただ、それでも、認めたくない部分があって、

 

 

「ああ、そうだよ」

 

「!」

 

「効率だけ考えるなら、ひとりや二人は殺してた。だけど、楽しかったから、殺すのが勿体無かったから、生かした」

 

 

 驚愕する。

 相も変わらず目を合わせない、うつむいたままの少女である。

 しかし、威圧感は凪ぎ、首肯をするかのように落ち着いている。

 

 クロノたちが信じてほしいと、違うと言ってほしくない部分を、アインが拒否してはね除けそうな場所を、あっさり認めた。

 アインが嘘を吐けないという性質を、遅れて思い出す。

 何も、何故も、とても平等に話すつもりだと、知る。

 嘘も誤魔化しもない。だからこその、話し合い。戦闘前の僅かな空白、嵐の前の静けさは、なんとも神聖なものだと感じ入る。

 

 

「楽しかったよ。四百年余りの人生で、二番目には」

 

「……では、楽しませてくれた礼に、本当の目的でも教えて欲しいものですが?」

 

 

 はは、と声が漏れる。

 笑い声の主は、アインであった。

 今、機嫌は良さそうで、喜びの色が薄く広がるように思える。

 

 

「全部は無理さ。そういう約束だからね。でも、言っただろ? ボクは、過去の失敗を雪ぎたい」

 

「時間を巻き戻す、とでも?」

 

「それは、アプローチの一つに過ぎない。目的は、もっと別さ」

 

 

 はあ、と溜め息を吐くと、小さく首を振った。

 心底、疲れているのだろう。

 たったそれだけの仕草で、積み重ねた時間の重みを感じる。

 

 

「使徒の研究は、とある大願のためのアプローチって、あの子から聞かなかったかい?」

 

 

 ふと、思うこともある。

 四百年以上に渡って、何を研究してきたか。その研究の果てに、何があるのか。

 頭を捻って、知りたいと欲して、願う。

 だが、夢想を描く筆は、すぐに折れる。

 使徒たちが、断じてそれを教えるつもりがなかったから、というだけではない。きっと、根底は、相手を知らなすぎたことにあるのだろう。

 

 

「四百年かけて、どうしてもできなかったアプローチが、ようやく成功の芽を見せた。だから、君は奇跡の存在なんだよ、クロノくん」

 

「『神の子』だったか?」

 

「君は、『神』の卵なんだよ。成長すれば、君は理論上『神』になれる」

 

 

 だから、こうして話してくれることで、どれだけの犠牲を払ってきたか、推察できる。

 最も古き世界の敵の、その力の再現。

 どうやって辿り着いたか、きっと語って聞かせられても、一厘にも理解は及ばない。

 この、たった一度のために支払われた時間、手間、苦痛、そして命。途方もなさすぎて、お手上げになる。

 止まるに止まれないのは、分かるのだ。ただ、その重さは抱えきれないから、言葉が見つからなくなる。

 

 

「君を『神』にし、世界を変える。ボクらの目指す先は、その道が一番近い」

 

「それは、通行証(クロノ)があったって、タダで行ける道じゃねぇんじゃねぇの?」

 

「代金は、命さ。ボクの命を捧ぐ」

 

 

 あまりにも当然に、言ってはいけないことを言う。

 理解してるか否かも知れず、平然と続ける。

 

 

「これまで、三人の使徒を食ったろう? あとは、君の中に、ボクとボクの持つもう一人の使徒の因子をぶちこめば、成るだろうね」

 

 

 当たり前の摂理を語るが如く。

 死を前提の計画を、受け入れている。

 死ぬことすら怖くないと、言っている。

 

 

「そこまでして……」

 

「贖わなければならない、失敗だった」

 

 

 迷いは、微塵もなかった。

 自分の行く道こそ、唯一と確信している。

 壊れかけの世界が大きく軋み、アインの怒りを一身に受ける。

 この重い無念は、崩壊寸前といえど、世界ですら支えきれるものではない。

 

 

「諦められないんだよ。ボクも、()()()もね」

 

 

 刻限が、もうじきやって来る。

 使徒が形作った異世界は、壊れる寸前だ。

 戦闘開始まで秒読みとなり、クロノたちの体が震えていく。

 武者震いか、恐怖か、それとも使命感か。

 どうにかして名前を付けないと、動けなくなりそうだった。

 

 

「それに、アイツを一人にする訳にはいかない。これでも、友達想いだからな」

 

「…………!」

 

「どうせ、最後だしな。ボクがお前たちと戦う、決定的な理由を教えてやる」

 

 

 アインは、四足の構えを取る。

 雷が落ちたような獣の唸り声が響く。

 黒曜石を思わせる、光を呑む毛皮を纏っていく。巨大な角や獣の瞳が現れる。

 そして、

 

 

「出会って五年も経ってない奴らより、四百年ずっと一緒だった親友を優先するのは、当たり前のことだろう?」

 

 

 世界から、アインたちは投げ出された。

 異空間の破片がバラバラと舞い、乱反射する。

 キラキラと輝く日の光を浴び、六人を明るく照らしている。

 

 

「さようなら。友人にはなれなかったけど、知り合いとしては、悪くはなかったよ」

 

 

 アインのセリフは、きっと拒絶を意味していたのだろう。

 なのに、乾いた笑いが、クロノたちから漏れた。

 怪物を語るクセして、人間らしくて。化物なんて、思えなかった。

 どうにも、嫌いきることが、できなかった。

 

 

「あたしたちの仲じゃない。今からでも、諦めてくれない?」

 

 

 はっ、と吹き出す笑いが聞こえる。

 冗談にしても、希望が詰まりすぎている。一瞬先には戦うのに、何をバカなと言いたくもなる。

 だが、馬鹿馬鹿しくて、思わず笑えるくらいに、『そうなればいいな』と思ってしまった。

 だから、

 

 

「無理だよ。だって、親友の頼みだからね」

 

 

 ようやく、アインは顔を上げる。

 想像よりずっと小さく、柔らかに笑っていた。

 

 

「ばいばい」

 

 

 アインが地面に足を付けた瞬間、『星』は大きく波打った。

 

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