見ようと思えば、最初から見えた。
知ろうと思えば、すぐに知れた。
あえてされた封を解かなかったのは、まず、理解を投げてしまうほどに術の原理が複雑で、不要なエネルギーの消耗が出ると懸念したから。
第二に、かけられた存在を中核に、世界すら欺くような強力な術理を無理矢理に解けば、どんなフィードバックがあるのか分からないから。
最後に、術に滲み出る、術者の強烈すぎる想いを暴くことを、よしとしなかったから。
手元にあっても、見ようとしない。
ただの剣でないことは百も承知で、捨て置いた。
意志を持つことも知っていたが、向こうから打ち明けることを待った。
接触は、必要最低限に留めていたのだ。
数度体感した、異空間に閉じ込められる感覚。
しかし、今回は現実空間ではなく、精神空間である。
背景も時間も質量もなく、そこには魂だけが宿る。
ただ二人、然るべき時を迎えていた。
「ついに、その時が来たか……」
神秘的な美を見せつけ、浮世離れな空気感を醸し出す。
白のローブを身につけたこの女に会うのは、二度目であった。
相も変わらず、その外見は、『第二使徒』と瓜二つである。
「本当にすまない。いったい、いつまで過去の遺物が、のさばるのかという話だ。お前たちに、どれだけ迷惑をかけねばならないのか……」
どんな猛毒も、彼女をここまで苦しめはしまい。
心を持ったからこその責め苦だ。
思わずその体が小さく見えるほど、罪悪感に苛まれていた。
義務、使命、願い、愛。あらゆる呪いを受けていた。
切り離せないものとして、厄介なものを呑み込んでしまった。
難儀な性質と己で知りながら、それに反する行動を取れずにいる。こうして、助けを乞う他に何もできない。
「前の主、創造主の願いを、奴らは最早、聞きやしない。決裂だ。もう、殺す他にはない」
「…………」
「これまで、全力を尽くせず、すまなかった。これから妾の全部を、くれてやる」
叱られる子供のように、目を伏せる。
四百年を彷徨った、心持つ伝説の武器が、後ろめたさに堪えられずにいた。
折れず、曲がらず、敵を断つ。
そうしてクロノを助けてくれた。
だが、彼女はそうした剣の強さを内に秘めてはいなかった。
「巻き込んですまない。こんなこと、託すのはお門違いと知ってはいる。しかし、お主にしか創造主の願いは叶えられんのだ」
極めて卑屈に、平服していた。
咎人でもあるまいに、過剰に畏れているように思える。
暗い道を歩み続けて、ようやく見つけた光明を前に、畏れおののくのだ。
誰の得にもならない、不愉快な願い。
誰も、そんなものは見たくない。
折れた背中も、負けた姿も、暗い顔も。全てが彼にとっては不要なもの。
いつだって、彼は誰かの賛美すべき強さを信じる。
「だから、」
「俺は」
肩を振るわせる少女は、怯えた顔をしていた。
罪に悶えて、苦しんでいた。
しかし、彼が見るのは、誰かの称えるべき賛美の部分だ。
「お前の創造主を知らない」
「…………」
「だから、まず教えてくれ」
弱さを克服する強さを、彼は信じる。
優しく、崩れ落ちた膝を正し、立ち直るまでを待つ。
愛剣への礼儀を、彼は示す。
それはきっと、そのまま彼女の創造主への礼にも繋がるはずだから。
そして、その礼は、間違いなくアインの想いを知るために必要だ。
「その『奴ら』のことを。創造主を。お前を」
「……そうだな」
全ての澱みが解消した訳ではない。
納得しきるには、時間が足りない。
そう簡単に下ろせる重荷なら、とっくに放り投げている。
だが、
「奴ら自身のことは、奴らの口から語らせるのが良かろう」
今、必要なことは、理解した。
躊躇いを一時捨てることも、やぶさかではない。
だから、
「妾の力の、根源を伝える。力を認められねば、話し合いすら叶わんからな」
ようやく、準備は整った。
世界と、友を救うための必要最低限は、今為された。
※※※※※※※※※
「今は亡き『勇者』の権能は、『概念の私物化』だ。世界に遍在するルールを形にし、振るう。その力は、まさに
敵が剣を構えたところで、アインはすぐに姿を獣から人へ戻した。
大雑把な権能の押し合いよりも、人としての技比べがこれから先に相応しい。
アインは右手を腰だめに、左手を敵へ向け、腰を落とす。格闘技の基本的な構えを取り、悠然と敵を待った。
「普通、術が解けば魔法は消える。しかし、銘を持ち、命を得たことで、その存在は続いた」
見れば、息を止めたくなるほどに堂にいった構えだった。
空気のように自然で、しかし、視界いっぱいに広がる山脈のようにハッキリとしている。言葉を失うほどの時間の積み重ねの果てと知る。
風、衣擦れ、呼吸、そうしたあらゆる『当たり前』の音が消えていた。周囲にある、様々な『弱さ』を消し去っていたのだ。
「『勇者』が扱った双剣。その秘めたる概念は、『信頼』」
国を滅ぼす土砂を壊し、掘り返す音が響いた。
一部が爆ぜて、爆発音と土煙が辺りを包む。
アインは微動だにせず、宿敵を待つ。
見据える先の人影は、ひとりだけ。
五人居たはずの場所には、クロノと思わしき背丈の影しか見えない。
だが、そのひとりから五人分、否、五人を単純に足し算しても足りない力を感じた。
「とりわけ、『天空』の『信頼』に秘めたる願いは、『私の仲間は強い』だ」
作り出された荒野にぽつんと立つ、クロノの姿を視認した。
しかし、その風貌は、少し前とは随分違う。
光輪を背負い、神聖なる光を纏う。
神々しい鎧と兜は、いかなるものか。
いわば、これは『神』は『神』でも、戦いを司る『戦神』のイメージの表れだ。
「その剣は、お前の仲間のポテンシャルを、百パーセント引き出す。そして、仲間はお前の手足となり、お前の力を百二十パーセント引き出す」
凛と構える姿は、まさしく『戦神』。
万象を司り、支配する資格を持つ者こそが、『神』と呼ぶ存在。
だが、コレは、クロノが今目指したこの姿は、アインと語り合うための武を得るためのもの。中段に剣を構えるが、その流麗さは、一見アインに勝るとも劣らない。
「素晴らしいかな、愛しき敵よ。お前たちの献身を、ボクは生涯忘れない」
「もう、勝ったつもりか?」
「当たり前だ。逆に、なんでその程度で勝てると思う?」
クロノは、『神』としての格を得た。
もはや、人間としての規格は捨て去り、あらゆる法則を支配する力を得た。
クロノの武器は、伝説の『勇者』の剣だ。
ただ、硬く鋭い剣ではなく、彼の仲間たちの力を引き出す権能を持つ。
さらに、クロノを支える仲間が居る。
雷と呪詛は形を成して彼の周囲に宿り、数多の魔法が光輪となって控え、あらゆる情報を統制することで仲間たちの全ての力を統合した武具を作り出していた。
これから、クロノは『神気』を存分に使うだろう。
アインは、これを『その程度』と言う。
「舐めるなよ、クソガキ。ボクが何百年『最強』やってきたと思ってるんだ?」
「…………」
さらなる究極を味わうことに、是非もない。
絶対の理をねじ曲げるため、地獄へ続く一歩を踏んだ。