いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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163 頂上戦 終幕

 

「――――――!!」

 

「随分と、必死そうだね」

 

 

 込める祈りの強さが、権能の力を強める。

 こうあれ。こんなものは認めない。そういう身勝手な想いを、理想を築く覚悟こそ、薪をくべられた火のように『神気』を昂らせる。

 そういう意味では、クロノの力はかつてないほど強まっていた。

 ただ、強い想いを持っていたというだけではない。

 かつての『勇者』の武器が教える、概念を私物化する感覚。それを体験し、クロノはより『神気』の根本的な権能である『支配』を知った。

 

 つまりは、ベストコンディション。

 心身、欠けるところもなく、上々だ。

 

 

「!!」

 

 

 アインの拳が、クロノを捉える。

 距離を詰める歩法、打ち出される拳はあまりに理想的。

 来ると知れども、身動ぎを許さない。

 魔法による空間の断絶、歪曲の空間、魔法で作り出す盾、その全てを撃ち抜いて壊す。

 

 もはや、一般的な生物の内臓を持ってはいないクロノだが、ダメージ自体は大きい。

 人間であった頃のことを忘れられず、必要はないが、咳き込んだ。

 人間なら、大量の血を吐き出すところだ。

 だが、そうする暇はない。

 

 

「!」

 

「ふぅん?」

 

 

 向かってくるアインの拳に、クロノは剣で防ぐ。

 アインは上段、こめかみへ蹴りを放とうとするのだが、阻まれた。

 数多の鎖がアインを地に縛り、離さない。クロノに直撃する寸前で蹴りは止まった。

 

 これも、ただ鎖で防いだだけではない。

 少しずつ打ち込んだ呪詛が、アインの動きを鈍らせていた。数重の結界が、アインの攻撃の威力を殺していた。アインに弱体化の魔法や権能をかけ続けていた。

 それでようやく、一撃を防ぐに至る。

 

 

「雑だな」

 

 

 反撃は、雷を越える速度で行われる。

 一秒の間に、頭を、首を、心臓を、四肢の付け根を、あらゆる急所を狙う。

 アインと同じく、それは理想的な剣技であり、回避を許さない技の極致である。

 しかし、その全てはそっと逸らされた。

 迫り来る剣の腹を押し、少しずつ、手元を狂わせる。

 

 

「剣を自分の手足のように使うとか、無我の境地とか。人間にしてみれば奥義だろうが、ボクらは規格が違うだろう?」

 

「…………」

 

「もっとだ。イメージが足りていない。他者だけでなく、自己すら支配するお前の力の使い方は、誤ってはいないが、足りない」

 

 

 クロノは、自分を中心に世界を爆ぜさせた。

 天地開闢を思わせる威力の爆発を、小さく纏めて圧縮。攻撃という意味だけでなく、感覚を外界と遮断するための撹乱でもある。

 爆発の、さらに外側に、呪氷の矢を侵入させる。刺されば呪いが侵食し、その体をさらに重くする。

 クロノもその場にアインを縛り付けるため、超雷の剣を振るう。

 

 

「君は、普通の子供じゃなかっただろうし、君はあんまり分からないかもしれないが……」

 

 

 柔拳を極めたアインは、降りかかる熱と衝撃と毒素を逸らす。

 呪氷の矢は叩き折られる。その上でクロノの剣もさらに捌く。

 神業を、本当に平然とやってのける。

 

 

「『ぼくのかんがえたサイキョーのキャラクター』って、適当でも最強だろう? どんな物語に出る傑物も、英雄も、オリジナルのバカキャラには敵わない。どれだけ既存物語のキャラクターが強くても、オリジナルのキャラクターは常にソイツらを上回る」

 

 

 クロノの剣を流しきり、クロノのバランスを崩した。

 そこにアインは背を向ける。

 鉄山靠をクロノに食らわせ、弾き飛ばす。

 

 クロノはぶつけられたエネルギーを支配し、内に蓄えた。

 転がり、体勢を立て直し、剣を構える。

 受けた力に己の技を組み合わせ、さらに強力な一撃を放つ準備を始めた。

 

 

「ボクは、多分ソレなんだ。常に敵を上回り、そして勝つ。そういう役目を、期待されている」

 

 

 時間圧縮による過程無視、時間停止による足止めで、アインの回避を封じる。

 その上で、剣に己の全てを込めて、振るった。

 雷鳴、雷属性強化、呪詛、耐性弱体化、身体強化、弱体化付与、脆弱化付与、速度強化、膂力強化、斬撃強化、衝撃一点化、推進力強化。いったい、いくつの術を重ねがけたか、クロノにも分からない。

 数百メートル離れていた距離は、ゼロ秒で詰まり、剣は既にアインの頭に当たった状態から振り下ろされる。

 そして、

 

 

「この世界も、ボクも、『ボクの最強』を信じている。だから、負けないんだよ、青二才」

 

「!」

 

 

 アインの両手が、クロノの剣をしっかり挟み込んでいる。

 真剣白羽取りができる威力ではなかったはずだ。

 その証拠に、アインの背後は殺しきれなかった衝撃で、地面はアインを要に地平線の彼方まで扇状に潰れ、天は視界に捉えきれないほど先まで雲が消えている。

 余波だけで、半径数キロを粉々にするだけの威力があった。

 アインも額から血を流し、両手は酷く傷付いているが、それだけだ。到底、命にまでは届かない。

 

 

「お前がどれだけチートだろうが、関係ない。ボクは全てを上回る」

 

 

 顎を蹴りあげ、アインの貫手は怯んだクロノの心臓を目掛ける。

 数多の術すら気休めに過ぎず、クロノの堅い肉体を貫いた。

 

 

「死んで出直せ、愚か者。お前は覚悟が足りん」

 

 

 血は流れない。

 代わりに、破壊の跡が光の粒となって霧散する。

 クロノは力なくぐったりと頭を下げて、

 

 

「――――――!!」

 

 

 アインの首を狙って、噛みついた。

 

 

「!! ふふふふふふっ!」

 

「――――――!」

 

 

 クロノは口内に牙を作り出し、生成した呪詛を体内へぶちこむ。

 さらに、雷を生み出し、己もろとも炸裂させる。

 アインの両腕を掴んで縛り、何度も何度も、己もろとも裁きを下し続ける。

 都度、七度の雷撃に身を晒し、その後、アインの咆哮がクロノを引き剥がした。

 

 

「そうだ! 己の敗けを疑うな! 勝利以外、何も目指すな!」

 

 

 剥がされたクロノは、上空で静止した。

 荒ぶるアインを見下ろしながら、気を高める。

 

 すると、クロノの周囲に小さな光が溢れた。

 無数の光の、一つ一つがクロノによって創られた小規模異世界だ。それぞれが、放っておけばそのまま星や生命を生み出すエネルギーと未知を宿す。

 全部で十にも及ぶ、種たちが殺到し、それぞれの世界がアインを閉じ込める結界となった。そして、撃鉄は起こされた。

 第四使徒がアインへ向けて行ったソレの、上位互換の一撃である。

 

 もはや、熱は自然界にあり得るレベルを超越している。

 それこそ、新たなる世界が誕生してもおかしくない熱がアインを包む。

 人ひとり分の極小の結界に閉じ込められ、逃げ場なく焼き付くす。

 

 

『ボクだけを、見ていろ!』

 

 

 巨狼の姿は、権能の力を強化した証だ。

 人のままでは対処できぬと即座にスイッチしたのだろう。

 しかし、体は所々焼かれている。

 蒸発した眼球が、炭化した毛皮が、燃える爪牙が、再生しながらクロノへ駆け寄る。

 空を駆け、『神』へ迫らんとするアインの姿は、まさしく神話の一頁のようだった。

 

 

「!」

 

『「神」がどうした、この野郎』

 

 

 彼我の距離など関係ない。

 どんな抗力も、紙も同然。

 駆け寄る道中でも、クロノの全てを貫いて、切り裂いた。

 さらに、権能を行使し、クロノの周囲の空気を刃へ変えて突き刺す。

 

 

『お前が「神」? 全てを支配する権能? そんなものがねぇと、「神」にはなれねぇってか!?』

 

 

 空が暗く染まったと認識した瞬間、クロノへ豪雨のように落雷が落ちる。

 轟音と明滅で視覚と聴覚が消え、地は揺れる。

 すると、空から雲が引いていき、アインの元へ集っていった。

 だが、雲が消えても暗さは消えない。太陽は断じて現れない。

 アインによって運ばれてきた海洋が、それを遮るからだ。

 

 

『ざけんな! なんで、ボクが「星」ごときのルールに縛られなきゃならん! 何故ボクが、運命なんかに屈さなきゃならん!』

 

 

 海は、クロノを包み込んだ。

 何億リットルあるか知れない海洋を、アインは圧縮する。

 人ひとり分、極小の水圧の結界に閉じ込める。

 そして、先ほど空から退かした分厚い雷雲を束ね、剣を作り出し、牢の中のクロノへ突き刺した。

 

 水と雷の牢へ、アインが念じれば、極小の結界は次元ごとねじ切られる。

 丁度、クロノの腰から分断する形で切り裂いた。

 

 

『なんで、ボクらがアイツを諦めなきゃならないんだ!』

 

 

 言い切る前に、アインの胴体には大きな切り傷ができていた。

 見やれば、牢獄はアインが切り裂いたような横ではなく、縦に斬られていた。

 水圧の牢も、雷雲を束ねた剣も、次元の歪曲も、全てを斬り裂かれたのだと知る。

 

 アインは、再び人の姿へ戻って、拳をもって『神』を弑さんとする。

 

 

「お前らが諦めろよ。知ってるだろ、弱肉強食ってよぉ? 弱い奴らが引っ込めよ。ボクらの邪魔すんじゃねぇよ」

 

「!」

 

 

 クロノの剣に対して、アインは手刀で受ける。

 何度受けても、お互い『刃こぼれ』しない。

 一秒経つごとに、何千何万という攻防が繰り広げられる。

 ただ、近接戦はアインの土俵だ。

 傷を負う比率を見れば、明らかにアインの方が少ない。

 

 

「ボクらが、悲願を叶える。弱いお前たちは、我慢をしろ」

 

  

 予知を重ね、神速を得て、それでもなおクロノは近接で負ける。

 裏拳で胴体は消え去り、鉄槌で受けた腕は折れ、前蹴りをまともに喰らって吹き飛ばされた。

 アインはさらに歩を進め、追撃を実行する。

 

 クロノの突きを軽くいなし、正中線を突いて弾き飛ばす。

 苦しむクロノの首へ向け、手刀を叩き込もうとして、

 

 

「……アイン、お前は、間違っている」

 

「!?」

 

 

 不可視の斬撃が、アインを襲った。

 知覚の遥か外から、次元の彼方からの剣だ。

 未来から過去へ届く斬撃を、アインは初見であった。

 四肢が両断され、首も落とされる。

 

 

「願いは、ゴール自体は、きっと正しいんだろう。俺はそれを否定できるほど、知らないから」

 

 

 アインは即座に再生を試みるが、傷口が癒えない。

 呪詛は絶えず、アインを蝕んでいたのだ。

 傷口を多い、常に再生を阻害しながらも、体内へ入り込んで呪いを撒き散らす。

 ここで初めて、アインが苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「でも、やり方を間違えた。奪うとか、殺すとか、そういう風に加害者になったらダメなんだよ」

 

 

 アインは、『星』の体現者である。

 呪詛や攻撃が効かないように見えたのは、アインの規格が見た目通りではないからだ。

 その容量は、比喩なく『星』と同じ。

 受け入れられる絶対量が大きいから、人なら致命傷の攻撃も、アインにとっては掠り傷にもならない。

 つまり、アインに効くということは、この『星』を壊しかねないものであったということだ。

 

 

「だから、俺は止めた。殺されたくなかったし、お前にこれ以上汚れて欲しくなかったからだ」

 

「…………」

 

 

 既に、『星』を覆い尽くすほどの呪いがアインへ打ち込まれた。

 これまでの魔法は、『星』を砕く力があった。

 クロノの剣は、もはや『星』を切り裂く力があった。

 十全に、クロノは『神』としての力を発揮していただろう。

 

 

「力ずくでも、止めてやる。俺がいつか、無理にでも過去を乗り越えさせてやる」

 

 

 痛いくらいの悲しみが、溢れていた。

 止まれなくなって、茨の道を歩み続けて、その度に傷付いてきたのだ。

 痛々しい仲間の姿を、見ていられない。

 精一杯の慈悲をもって、手を差し伸べるのではなく、平手を打って正すことしかできない。

 

 

「もう、止まれ。もう、悪夢を見なくてもいいんだ」

 

 

 希望を見せつけ、終わりに幻であったと見せつける。走り続けた先に待つものは、努力に見合った報いではなく、破滅でしかない。

 アインが見てきた目的とは、そういうものなのではと思わずにはいられない。

 他人を害して、四百年も求め続けて、それでもなお目的には届かないのだ。そんなもの、まともであるはずがない。

 

 クロノは、優しさをアインへ与えていた。

 止まれぬアインへ、止まる口実を作ろうとしていた。

 示せるだけのものを、全て示した。

 

 だが、

 

 

「!!!!」

 

 

 クロノは、衝撃と共に弾き飛ばされる。

 目で追うことは一切叶わず、気が付けば吹き飛ばされていた。

 混乱を押さえ込み、間違いなくこの攻撃を行った犯人の、アインの方を見る。

 すると、

 

 

「生け捕りにするために、手加減しすぎたな」

 

 

 五体満足のアインが、クロノを見下ろしている。

 煮えたぎった熱を持つ目ではなく、冷えきって固まった後のような、身の毛もよだつ視線であった。

 一切の色と熱が抜け落ち、幽霊のように佇む。

 

 

「お前の気遣いは、嬉しいよ。ボクも、お前たちを悪くは思ってないしさ。止めるって言ってくれて、ボクの敵であってくれて、ちょっとだけ心弾んだ」

 

 

 無造作に、倒れ伏すクロノの首を掴んで持ち上げる。

 クロノは雷を纏った剣を振るい、抵抗する。

 しかし、全霊の剣は、アインの指先につままれ、びくともしない。

 

 

「!」

 

 

 空間を切り取り、クロノは跳んだ。

 いわゆる『瞬間移動』であり、行き先は百キロ先の海の上である。

 いきなり力が跳ね上がったアインを前に、体勢を整えるつもりで逃げたのだ。

 しかし、

 

 

「でもな」

 

 

 既に、後ろにアインは居た。

 声が届いた瞬間に、クロノは斬りかかる。

 時間を超越する、魔剣はアインの首を再び両断せんとする。

 だが、今度のアインは斬撃を防いだ。

 不可視、不可知の星斬りの剣を、容易く。

 

 

「そうじゃないんだ」

 

 

 クロノは、速度と出力を上げて斬ろうとした。

 それこそ、『星』を両断するつもりだ。

 しかも、打ち合いに勝てるよう、予知と共に因果を操るに至る。

 望む未来を観測し、引き寄せる。一撃一撃が全てクリティカルになり、逆に敵は凡失を繰り返す。

 進化を止めないクロノは、技で劣るアインに勝つため、因果干渉の力すら手にした。

 

 その上での攻防は、まずアインがクロノの横なぎの一閃を交わしたことから始まった。

 次にアインの掌底がクロノの顎を捉え、震脚がクロノの足を踏み抜き、諸手突きが水月を抉り、肘と襟を掴んで下の海へ叩きつけた。

 クロノの創り出した運命を、ねじ曲げる。クロノが観測した未来を書き消す、莫大すぎるエネルギーの消耗によって、操作された因果をなかったことにした。 

 

 

「それじゃ、納得できない」

 

 

 アインが念じれば、海はクロノへ牙を向く。

 この『星』の全てを、まさしく手足の如く操れる。

 アインは、クロノの四肢を縛り、海底へ押さえ付ける。さらに、背後の海底火山が噴火し、焼いて弾いた。

 

 対してクロノは、『転移』によってアインの背後へ回る。

 すると、

 

 

「何のために、『神』を『星』を上回るまで強くなったと思っている」

 

 

 重力が狂ったその場では、真っ先に上へと向かう。踏み留まろうとしても、アインに蹴り上げられれば抵抗できない。

 星々の瞬きが眩しく、合間を暗闇が埋める(ソラ)へ届くまで、一秒かからない。

 上空への落下速度を上回り、クロノを待ち受けていたアインは、振り上げた脚をそのまま叩きつける。

 

 大気圏へ突入した赤熱化、アインのかかと落としの威力、地面衝突の爆発。

 それらはクロノの意識を刈り取る寸前まで追い込んだ。

 着地点は、最初の戦場の更地である。

 そこには、巨大なクレーターができあがり、中央には、両の足で立つアインと、倒れ伏すクロノだけが居た。

 

 

「お前の言葉は、嬉しいさ。だけど、ありがた迷惑だ。ボクは、ボクたちは、赦しなんて望んじゃいない」

 

 

 アインの存在感が、大きく変わっていた。

 より大きく、より強く。

 猛々しく漲るエネルギーは、それだけで近くの弱者を圧して、狂死させるだろう。

 

 巨大なエネルギーを秘めていることは感じてはいたが、先ほどの攻防が底だと信じてしまった。

 何故なら、余力などあるはずがないからだ。

 これ以上など、もはや『星』すら越えるエネルギー量のはず。『星』のエネルギーといえば、『神』たるクロノの丁度倍ほどの力である。その『星』を、さらにどれだけ上回るのか、計り知れない。

 常識的に考えて、理屈的に考えて、一般論的に考えて、空想論的に考えて、考えて、考えて、考えて、考えても、こんな力があるはずがない。

 

 絶望

 

 ありきたりな、そんな単語が浮かぶ。

 絶対に越えられない、巨大な壁。

 絶望を乗り越える、という言葉が誤りであるとクロノは知った。

 そもそも、どれだけ足掻いても乗り越えられない壁こそが、絶望なのだろう。

 

 

「――――――!」

 

   

 しかし、動けない訳でも、終わった訳でもない。

 絶望を乗り越えるのではない。アインを、絶望にはさせたくなかったから、クロノは頭と手を動かしていた。

 ダメージは甚大であり、力量差は甚だしく、まだ敵には余裕がある。

 詰み寸前だが、まだ詰んではいない。

 混乱の極みの中で、絶望に折れそうな中で、打開策を思案する。

 

 

「なあ、相棒?」

 

 

 アインは、後ろを振り向いた。

 空白の時間が、そこには流れた。

 そして、

 

 

「そう、ですね。アイン」

 

 

 見知らぬ男が、いつの間にか佇んでいた。

 

 

  ※※※※※※※※※

 

 

「相変わらず、貴女には感服します。『神』をこうも容易く捕らえるとは」

 

「容易くじゃねぇよ。普通に死にかけたわ」

 

 

 像を失い、透明に近い姿の男であった。

 顔も見えず、声もくぐもり、それでも何故か男とは判別できる。

 極めて不気味で、そこに居ないと勘違いを起こしそうなのに、凄まじく濃い気配を放っている。

 アインが親しげに話す様子から、どの立場の人間かは推察できるが、男の不気味さや謎に立ち向かうより前に、クロノは男の力量を探ろうとしていた。

 すると、

 

 

「よく言いますよ。まだ、余力はあったはずですよね?」

 

「捕獲が目的だ。全力で殺す気なんて、できるわけねぇだろ」

 

 

 理解できたのは、理解しきれないという事実だけだった。

 なにか、巨大な封印の中で守られていることは分かる。そして、そこから漏れ出る僅かな存在感ですら、読み取れる情報の許容量を超えていた。

 とにかく、理解が及ばない。

 アインのように理不尽さが突き抜け、理解を投げるものではなく、はじめからそういうものとして、在るとしか思えない。

 

 言葉を呑んだのは、畏怖からである。

 目を逸らせないのは、アインに関わるものから逃げてはいけないという想い故であった。

 

 

「ボクの命を一瞬脅かした。それだけで、称賛に値する」

 

「もはや、『神』すら格下ですか」

 

「四百年前の時点で、『星』に負けないくらいにはなってたんだ。そりゃあ、鍛練してりゃこうなるだろ」

 

 

 とても、凄まじいことを話しているはずなのだ。

 一個の生命が持てる武力の限界を何百度も突破した偉業だ。なのに、アインは誇りも、驕りもせず、淡々としていた。

 アインの熱の抜けた瞳が、嫌に印象的だった。

 

 

「お前も、そう遠くない実力はあるだろうに」

 

「貴女のようには成れなかった。『最強』の所以は、貴女が貴女だからですよ」

 

 

 男は、指をパチンと鳴らす。

 

 すると、堰を切ったように、存在感が湧き出でる。

 透明の肉体には血肉と骨と皮が宿っていき、化物から人間へと変化していく。

 あ、という間もなく、魔法使い然としたローブと、モノクル、青髪が特徴的な青年形を成していく。厳めしい表情を刻み込み、睨めばそれだけで布や紙すら断てそうな切れ目には、静かに燃ゆる炎が宿っていた。

 激しい気性を覆い隠し、恭しく頭を礼を示して、男は言った。

 

 

「さて、申し遅れました。私、教主を名乗っている者です。名をオリオン。短い付き合いとは存じますが、よろしくどうぞ」

 

 

 男を表す言葉は、未知と呼ぶ他にはないだろう。

 覆い隠され、力の全容を計り知る事はできない。

 取り囲み、溢れる力を知覚はできる。ただ、見知らぬ異国の文字で書かれた哲学書の内容が理解できるはずがないように、正しい理解をするために必要な力がクロノにはない。

 アインが信を置いているから、教団の主であるから、かろうじて理性ある人であると分かるが、そうでなければすぐに攻撃していたかもしれない。

 

 

「伝説の魔法使い、『大賢者』様だ。崇め奉れよ、お前ら」

 

「もはや、名も栄誉も捨てた身ですがね」

 

 

 アインが「お前ら」と呼んだ瞬間に、クロノの武具と成っていたアリオスたちが、人の姿に戻る。

 弾かれ、地面に伏す彼らは皆ボロボロだ。クロノのダメージを自ら引き受け、生かそうとした献身の果てである。

 ほんの少し、柔らかな笑みを、アインは彼らへ手向けた。

 

 だが、クロノを捉える手の力は、些かも衰えない。

 向ける敬意はあれど、授ける慈悲はもはやなかった。

 

 

「さて、状況的には詰みだ。ボクはまだ戦えるし、ボクに次ぐ実力者が、敵としてお前たちの目の前に居る。心が折れて、諦める場面だと思うけど……」

 

「「「「「…………」」」」」 

 

「まあ、そうだわな」

 

 

 確認するつもりで、言葉を投げたのだろう。

 闘志が萎えていない彼らを見て、別段、アインは驚きもしない。

 

 

「有望な若人たちですね」

 

「ボクが見込んだんだ。当然さ」

 

 

 胸を張るアインを、微笑ましげに男は見ている。

 死屍累々の状況の中で、彼ら二人だけが別の世界を生きていた。

 実際、次元が違う生物たちだ。人と異なる感性のもと、生きている。

 

 

「楽しそうですね」

 

「この四百年で、一番ね」

 

「我が友を楽しませてくれたこと、感謝せねばなりませんね」

 

「じゃあこれから、恩を仇で返すところだな」

 

 

 肩を竦め、冗談を言う。

 とても、穏やかな間であるはず。

 しかし、彼ら二人の存在感の大きさは、弱ったアリオスたちには猛毒だ。

 何か、術を仕掛けた訳でもなく、ただ息を吸ってそこに立つだけで、瀕死のアリオスたちを縛り付ける。

 

 

「……長かった旅も、ようやく終わるな」

 

「ええ。隣に貴女が居てくれて、本当に良かったですよ」

 

「なんだよ、気味悪ぃな」

 

 

 誰も、彼らの世界を崩せない。

 今や誰も、この二人へ口を挟む権利すらない。

 二人の凄まじい存在感に、物理的に潰されないように気を張り続けている。

 

 

「……ねぇ、アイン。私はね、ずっと皆でまた食事がしたかった」

 

「あん?」

 

「騒がしい貴女たちは、いつだって気品がない。私が注意して、貴女たちは徒党を組んで文句を言って、そんなくだらない日々に戻りたかった」

 

 

 だから、

 

 

「なんだ? あと少しで悲願が叶うって時に、ノイローゼか?」

 

「少し、ね。どうしようかと、考えていました」

 

 

 アインは、オリオンに背を預けている。

 強くアインはオリオンを信頼しているのだろう。

 振り向くことすらなく、注意はクロノだけに向けられる。

 

 それが、仇となってしまった。

 

 

「っ……!?」

 

「腹が決まりました」

 

 

 オリオンの手は、アインの心臓とクロノの心臓を一息に貫いていた。

 愕然とした顔をしながら、初めてアインは振り返る。

 

 

「どう、して……?」

 

 

 友から投げ掛けられた疑問に返す言葉はない。

 戻されたオリオンの手には、二つ分の心臓が脈を打っている。

 面のような無表情で、倒れる『神』でも、崩れ落ちる友でもなく、己の手中にのみ視線を注ぐ。

 そして、

 

 

「これでようやく、貴女に会えます。()()()

 

 

 ここには居ない、誰かへの想いを漏らし、オリオンは姿を消した。

 この世で唯一の『神』と、この世で最も強い生物の心臓を持ち去った。

 友の声に耳を傾けることは、ついぞなかった。

 

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