多分あと五、六話くらいですが、今年もよろしくお願いします。
アインの最大の武器は、『星』を上回るエネルギー量と、それを完璧に使いこなす技の極み。
シンプルだが、付け入る隙がない。
何よりも硬く、重く、しなやかで、速く、そして強い。常に状況への回答を複数持ち、攻撃も罠も心理戦も、的確に対処する。物理的・魔法的攻撃は、硬さで弾けも、技で受け流せもする。
仮に呪詛や因果律干渉といった、異能を使われたとして、そもそもの存在が大きすぎるせいで効きが悪く、致命になるまで持たない。
逆に、攻撃は一撃が必殺の威力が宿る。
宿ったエネルギーに質量を持たせるだけで、簡単に押し潰せるだけの力が出るし、それが音速の数十倍の速度で飛んでくる。
もしも、エネルギーを活性化させたとすれば、嵐を『星』の全てを覆い、死の星に変えることもできる。
かといって、素人のように暴れまわるだけではなく、途方もない積み重ねの上に成り立つ合理のもとで使われる。
技の引き出しは、きっと世界で一番多いだろう。
さらに言えば、『星』からのバックアップも受けている。
アインは、『星』の化身なのだ。
これまでの力は基本スペックとして、自然にある大地や海、空気や空間まで、それがこの『星』のものならば、あらゆる存在に優先されて操作できる。
そして、大規模な天候や大地の操作はオマケでしかない。
本命は、『星』からかけられた期待。
巨大な存在、広く信じられる概念、そうしたものには、力が宿る。思考のうねりは、乗せられた感情は、微かなれども熱を持つ。それが集積すれば、ひとつの世界ができてしまう力を持つのだ。
だから、『星』から全幅の信頼を寄せられることは、計り知れない意味を持つ。
ただでさえ最強のアインは、この『星』においては、戦いでは絶対に負けない。
これが、ただひとりで『神』をも上回った力を得た怪物だ。
時間を止められない。人の心を操れない。他人の傷は癒せない。因果を操れない。強力な武器は持たない。炎や氷などを生み出して操るのは専門外。
万能かと問われれば、違うと言える。できることは、絶対に少ない。
だが、強すぎた。
その一点だけが、凄まじすぎた。
ただひとり、次元の極点に至れた異端なる生命。
それが……
「はあ……はあ……!」
「…………」
たった二人を倒せないほどに、弱っていた。
「ねぇ……」
「分かっている」
最盛の頃は、見る影もない。
倒れないようにバランスを取るので精一杯。
もはや、意識も途切れつつあり、アリオスたちが見えているかも怪しい。
しかし、それは仕方ないことだ。
何故ならば、アインは心臓を盗まれた。
人間のそれとは異なり、アインの心臓はエネルギーを留めるための重要器官。
取られたと共に、エネルギーのほとんどを失い、残ったエネルギーも制御できずに荒ぶり続ける。
核を失った原子がどんな状態になるか。
それが、今のアインの状態だ。
「!」
だが、それでも、アインは勝ちを諦めない。
「化物だな、本当に……」
「感心してる場合じゃないわよ」
アリオスの雷の速度の剣も、リリアの呪詛も、アインは捌く。
雷剣は、エネルギーの動きから攻撃のタイミングを予感する。雷の熱は、『星』の操作権限をもってアインの体を逸れるように調整した。
呪詛は、『星』とのパスを強化し、受けた分を『星』へ押し付ける。肉体的にダメージは追うが、汚染された皮膚は切り離し、端から再生させていく。
全てが同時に、一瞬の内に行われる。
神業と呼ぶ他にはない。
「――――――!!」
アリオスの喉への突きに対して、ギリギリで躱して腕の延びきった所を掴み、地面に叩きつける。
仰向けになったアリオスの心臓を踏みつけ、同時にリリアの元へ駆ける。
「いい加減に、しなさい!」
触れれば、端から腐る呪詛の鎧と大槍を構える。
既に全身を覆い、触れられないリリアに対して、アインは投石をもって攻撃する。
エネルギーを込め、圧縮し、固めた拳大の石は、鋼を遥かに上回る強度を得る。それを力任せにぶん投げた。
「!」
「舐めてる、からだよ!」
槍で迎撃を試みるが、着弾の瞬間、石の座標はリリアの背後に入れ替わる。
無防備な背中から攻撃を受け、仰け反った瞬間、アインは無防備なリリアに飛び蹴りを喰らわせる。
土による具足で保護をしながら、完璧に決まった。
「ぜ、え、え……」
白黒する視界に堪え、曲がりそうな体に鞭を打ち、最善手を取る。
アインは追撃より先に、飛び蹴りに使った左足を、すねの半ばから切り落とした。
今のコンディションでは、対策を立ててもリリアの呪詛による汚染を防ぎきれない。その箇所を離して対処する。
そして、切り落とした足が呪いに侵され切る前に、それを掴んで背後から迫るアリオスをぶん殴った。
「まだ、ハンデが、必要、かぁ?」
「……見てられん」
リリアの呪詛は、主の仲間を襲わない。
ダメージの要因は、アインに力一杯殴られたことだけだ。
強烈な一撃をもらいはしたが、まだまだ動ける。
対してアインは、明らかに失うものは大きかった。
強がっているが、気力が落ちている。
切り離した足の再生ができていない。本来、リリアの呪いは魂にまで及ぶのだ。ちゃんと効けば、再生などという横紙破りは許さない。
「もう、勝敗は見えている」
「あ?」
「このまま削り続ければ、俺たちが勝つ」
悲しそうに、アインを見る。
ここまで弱っているのかと、驚愕する。
「貴女は、本当に凄まじい。きっと、そのコンディションでも、俺たち二人では崩せない」
「ボクは、負けないんだよ。お前たちは、ボクには、勝てない」
「だが、ずっとは持たない。こうして待つだけでも、貴女はいずれ死ぬ」
冷徹で、当然の真実である。
ただ、待って守りを固めるだけで、アインはそれで終わる。
もはや、リリアの呪いを耐えられないのは、証明された。
「……武に生きるなら、かかってこい。師を越えれずに終わっても、」
「挑発には乗らない。俺たちの目的は、クロノを守ることだ」
アインを、絶対に舐めてはいけない。
どんな死にかけでも、獣は獣だ。
あくまで、冷静に、慎重に。
師を越えたい、救いたい、武の頂に挑みたい。そんな、嘘偽りない本心に蓋をし、優先すべきに力を注ぐ。
武人ではなく、戦士としての心得。
クロノを守る以外のことに、もはや揺れはしなかった。
アインは小さく口を開け、何かを言おうとパクパクと震わせる。
続いて、肩を僅かに落とす。
「……マジで、よく育ったな、お前。いや、お前らか」
ポツリと、そう呟いた。
とてもしみじみと、深く溜め息をつくように。
うら若い声だが、とてもしわがれていた。
計り知れない苦悩が、気の毒なほどに伝わった。
「もう、諦めなさい。静かに、看取ってあげたいのよ」
偽らざる本音だった。
アインは、戦いに身を置き続け、ついには捨てられてしまった憐れな迷子だ。
どこにも行けず、空回り、無為に生を終えようとしている。
だから、最期くらいは、穏やかに。
そうした願いをかけることは、きっと間違いではないはずだ。
「……ふふ」
アインの苦痛は、想像を絶するはずだ。
暴れ狂うエネルギーを、精神と技術で無理矢理に抑えつけ、破壊される体を維持している。
もって、五分で限界が来る。
命の終わりを感じる。うたかた中で冷たい泥に沈んでいく感覚がする。
だから、
「殺す」
殺気が膨れ上がり、空気を張り詰めさせた。
終わりかけの命を燃やし、ろうそくの減りを著しく早める。
一撃、一瞬にかける重みは、並大抵ではない。
原動力は、怒りである。
舐められて、そのままで終わるような、中途半端な真似は、死んだとて許せない。
もはや、言葉は必要なかった。
「ラッシュ、アリシア! クロノを守れ!」
「「…………!」」
リリアの呪詛による質量と毒の壁。
アリシアの多次元結界による隔絶。
ラッシュは減速とショック吸収の術をアリシアの壁へ付与。
アリオスは、地面に突き刺さったクロノの聖剣『天空』を手に取る。鞘に納め、全エネルギーを込める。居合斬りなど、アリオスは知らないが、迎撃にはこれが最善と本能で知る。
対して、アインは裸一貫。
クラウチングスタートの姿勢で、全身の力を漲らせる。
暴走するエネルギーを解き放ち、指向性を死にかけのクロノへ向ける。加速度的に体が燃焼していく。
武具はなく、権能もなく、あるのは死にかけの体と技だけだ。
しかし、
「嗚呼、何でボクは、こうなっちゃったんだろうなぁ……」
一歩で音速を数倍、二歩目で熱で体が赤くなる。
もはや大地を蹴る意味はなくなり、翔ぶ様はまるで矢の如し。
世界を局地的にねじ曲げるほどのエネルギーを乗りこなし、ただ、正面の壁をぶち破るために費やされる。
「「「!」」」
呪いに侵されきるより前に、大質量の呪詛の壁をぶち破る。
次元の隔絶すらも、紙のように破られる。
あらゆる弱体化をもろに受けつつも、それでも勢いは留まらない。
そして、
「ありがとう、師よ。さようなら」
アインの攻撃がクロノに届く直前。
アリオスが振るった『天空』は、アインを肩から切り裂き、腹まで届かせた。
「…………」
ぼたぼたと、赤い血が滴った。
怪物としてではなく、人として真っ当な流血だった。
夥しい血が滝のように流れ、クロノの切り取られた胸の穴を満たしていった。