いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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「時間を与えれば与えるだけ、こちらが不利になる」

 

 

 クロノは全てを知った。

 アインと魂で通じ合ったために、彼女の想いは受け取っている。

 だから、アインの意図も伝わった。

 何のためにアインは、戦ったのか。

 死を前にして、どれほど一途に自分の役目をまっとうしたか。

 

 ただ一人の友へ向け、最期に時間を残して逝った。

 では、何のために命懸けで、時間を稼いだか。

 

 

「俺の『神』は、俺以外に扱えない。だが、アインの莫大な力を使って、『神気』を屈服させる形なら、できるだろうな」

 

 

 アインは、すぐにオリオンの意図を見抜いていた。

 その上で即座にすべきことをした。

 厳めしいクロノの表情が、現状の悪さを示している。

 

 莫大すぎるエネルギーを制御すれば、オリオンという人間は『神』へ至れる。

 できるだけの実力がある。

 そして、『神』に至ってしまったなら、とてつもない事が起きとクロノは知った。

 オリオンの実力を鑑みれば、いつ達成できるか未知数。

 彼がどこに隠れ、準備をしているのか。どうすれば彼の想いを挫けるか。クロノは、それに思考のリソースを費やしていた。

 

 

「奴が『神』になれば、どうなる?」

 

 

 ただ事ではない雰囲気に、つい投げ掛けた疑問。

 浮かんでしまうのは当然の事だ。

 クロノが狙われていた理由は、『神』の力を有するから。

 しかし、今となっては用済みだ。それに、目的を達成した彼には、人間をこれ以上殺す理由が無くなった。

 なら、もはや放っておけば良いのではないかと。

 

 そう思う彼らに、クロノは首を振る。

 単純な結論で終わるものではないのだ。

 

 

「人類が滅びる」

 

 

 最悪の結末に、咄嗟に否定が口から出かけた。

 ただ、クロノは過程も前置きもなしに、結論だけを明確にした。説明する時間すら惜しいと思っていたに違いない。

 端的だが、理屈もなしにさせてはならないのだと悟る。

 

 

「あの男は、アインと同格の化物だ。もう、いつ世界が滅びるか分からない」

 

「どこに隠れたか、探せるか? おそらく異空間だと思うが……」

 

「しらみ潰ししかありませんね。ただ、どれだけ時間がかかるか。いや、そもそも干渉ができるか……」

 

 

 時間がない。ただ、全力を尽くしたとしても、可能かどうか。

 しかも、彼は『最強』を自負する者ではない。

 受けてたつこともない。誇りなく逃げるのに躊躇はない。

 ただでさえ、とてつもない格上だ。

 どれだけ探しても徒労に終わる可能性は、極めて高い。

 

 しかも、それは道中の困難だ。

 たどり着いた後の話は、していない。

 

 

「……俺も、もう『神』の権能は使えない」

 

 

 よしんば、奇跡が起きたとして。

 本当にゼロに近い可能性が実現したとして。

 その後、オリオンとの戦闘が発生する。

 

 クロノの魂に納めてあった、大量の『神気』はもはやない。運命を操る力も、先読みの能力も、あらゆる支配と調和も、使えない。

 クロノは戦力の中核であり、アインと戦いを成立させられたのも、彼の力があればこそ。

 今の状態で、アインと同格の敵と戦うのは無謀でしかない。

 

 

「…………」

 

 

 どうすればよいか、術を探す。

 だが、空想を現実に変えるような、不可能を可能に変えるようなアイデアなどない。

 いったい、世界の秩序を壊す存在をどう倒すか。

 すると、

 

 

「その必要は、ないよ」

 

 

 誰にも気付かれず、誰にも気取られず、そこにいた。

 心臓を奪われたアインのように死にかけで、居るか居ないか分からないほどに、存在感が薄くなっている。

 だが、眩い金色の髪には見覚えがある。

 ただ一度、すぐに別れてしまったが、その顔は忘れていない。

 

 

「……フィリップ、だったか?」

 

「フィルでも、構わないよ。導かれし、者たち」

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 その相貌は、ひび割れていた。

 まかり間違っても、人体はこんな傷を負わない。人の道を外れ、そして生を終わらせようとした様相である。 

 歩みは老人のように遅く、弱々しい。

 剣を杖の代わりにしなければ、倒れて二度と動けないに違いない。

 既に、全身から死相を発している。

 役目を果たしたのなら、即座に死ぬだろう。もはや、後を生き残ろうという意思すらない。

 

 なんのために、やって来たか。

 きっと、彼が守り抜いてきた使命のためと、察するに余りある。

 

 

「まず、ありがとう。生き抜いてくれて。彼女を止めてくれて。役目を、まっとうしてくれて」

 

 

 黙祷を捧げ、息も絶え絶えに話す様は、殉教者のようだった。

 されど、この凄味を無視できない。

 脆さの中の尊さが、弱さの中の強さが、彼らの意識を掴んで離さない。

 

 

「辛く、苦しい日々だったはず。長く続いた、試練の日々に、よく耐えた。君たちは今、勝利した……」

 

 

 突如告げられた勝利に、困惑する。

 むしろ、状況は絶望的なはずなのだ。

 何をもってこんな楽観が飛び出るのか、正気を疑うばかりである。

 

 吹けば飛ぶような身体に気を払い、注意しながら歩み寄った。

 不健康を通り越し、既に死んだ身体が、余計に観察できる。

 いったい、何に無理やり生かされているのか。悲惨とも呼べる有り様に、言葉をかけるのが難しかった。

 

 

「勝利?」

 

 

 単語ひとつ、疑念を表すのが精一杯だ。

 聞くべき経過も、理屈も、沢山ある。

 絞り出した一言に、『死体』はできる限り優しく微笑む。

 

 

「僕が君たちに、ここで出会えた時点で、君たちの勝利は確定したのさ」

 

 

 意を問うより先に、彼はクロノの方を向く。

 落ち窪んだ瞳が、宝石のように輝いた。

 視線に縫い止められて、クロノは一瞬呼吸を止める。

 誰に対して意志を伝えるか、とても分かりやすい。

 

 

「それは……」

 

「僕の役目から、まず話そうか」

 

 

 勝利を、彼は疑ってはいなかった。

 何故なら、真に一刻を争う現状で、悠長に語ることを止めないからだ。

 もし、誰かが場を離れたのなら、一言『待て』と言うだろう。鉛より重い言葉で、地面に足を留める。

 彼は最も脆く、弱い存在ではある。ただ、彼の軌跡が、彼を導く何者かが、その場を支配していた。

 

 

「僕の役目は『伝える』ことだ。四百年前の彼女から、君たちへ、彼らへ」

 

「ライラ、か……」

 

「うん。ちゃんと、アインさんと魂で通じ合ったみたいだね」

 

 

 当然、フィリップはクロノの事情を把握している。

 クロノに注目した視線から、クロノとアインのやり取りは、端から直接見ていたアリオスたちにすら漏れていないのだと分かる。

 なのに、フィリップは知っていた。まるで、最初から知っていたかのような口振りで。 

 

 

「ボクは、方舟だ。彼女、ライラの遺した大いなる()()の元に、四百年を生きてきた」

 

「予知……」

 

 

 ただそれだけで、クロノは察するところがあった。

 

 最も武に秀で、その分野なら『神』や『星』すら凌駕した究極生命体のアインは、過去を覗く力があった。

 その盟友であり、人間の理想として頂点に立つ叡知の結晶として生を授かったオリオンは、現在を垣間見るらしい。

 それ以下のあらゆる生命体は、類似する力を持たない。

 

 彼らの目的であるライラが、未来を見る権能があったとして、おかしくはない。

 ただ、その権能は、とても近しいものである。

 

 

「だから、全てが予知の通りだ。君たちの奮闘も、彼の乱心も、彼女の献身も、全て知っていた」

 

「…………」

 

 

 その言葉に、不快感を覚えなかったと言えば嘘になる。

 目の当たりにした決意と狂気と愛を、想定内と切り捨てられた。

 自分でも気付けないほど微かに、拳を握る力は強くなる。

 語気を強め、クロノは問う。

 

 

「アインの記憶の中に、貴方は出てこなかった。貴方が本当のことを言っている確証が、俺にはない」

 

「それはそうさ。アインさんに友人は二人だけでも、ライラさんは交遊関係は広かった」

 

 

 憧憬を宿すフィリップは、輝いて見えた。

 星の眩さを知ったなら、消えぬ炎を灯したなら、決意を示すものなのだろう。

 輝かしき役割を与えられた存在とは、きっと彼は違う。

 名もなき市民の一人だったのだ。

 分不相応に高く見られることこそ、彼には気恥ずかしい。

 

 

「ボクは、運び手。ただ、四百年の時間に耐えられるのなら、ボクである必要もなかった。その程度の存在さ」

 

「…………」

 

「力も、想いも、彼女からの借り物。僕なんて、場違いもいいところ。だから、仕事をひとつこなして、退場するよ」

 

 

 胸を張って、彼は己の小ささを語る。

 肩の荷を下ろした者の、やり遂げた顔をしている。

 彼は、クロノたちなど見ていない。

 敬愛し、見上げる眼が焼かれるほど魅せられた、親愛なる人の願いを見つめる。

 

 

「借り受けた力を、技を、想いを、今返す」

 

 

 フィリップが差し出す剣は、光を帯びていた。

 クロノが操った『天空』と同質、同程度の力が宿る。

 眩く視界が埋め尽くされたと同時に、記録が溢れる。

 

 

「嗚呼、良かった……」

 

 

 既に、運び手は息絶えていた。

 とても安堵した顔で、目を閉じている。

 彼の宿命を計ることは、できない。

 けれども、彼の運んだものの重さを、ただ知るのみだ。

 

 全てを知ったクロノは、決意を固くする。

 これまで犠牲になった命のために、為すべきを為すと決めた。

 

 

「行こう……」

 

 

 決着は、そう遠くない未来につく。

 大いなる予知は、そう告げていた。

 

 

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