いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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170 幕が降りる時

 

 あらゆる情報を受け取ったクロノたちは、敵たるオリオンの強さを知っていた。

 アインの情報は、とても色濃い。

 経験と秘めたる想いがない交ぜになり、忘れられないほど濃く染み付いている。

 敢えて尋ねる必要もなく、本能に刻まれるほど根源的に、彼らはオリオンという男の強さを覚えたのだ。

 

 最強の魔法使い

 根源を知る者

 叡知の結晶

 人類の可能性の全て

 

 どんな名で呼んだとて、その能力を言い表すには足りない。

 記憶に残るその姿は、アインに勝るとも劣らない力を発揮した。

 

 星明かりが墜ちる様を、時空を具現化して操る様を、地獄の劫火が顕現する様を、大陸が空を泳ぐ様を、アインの記憶を通して見ていた。

 ハッキリ言って、勝ち目がない。

 アインを、あらゆる手段を暴力にて打ち砕く不条理の化身とするのなら。オリオンという男は、数多の不条理を、無数の手段で実現させる、理解不能の存在である。

 その力の一端を知るだけでも、まともな勝負は期待できない。

 

 ここまでが、オリオン個人の基礎性能。

 

 さらにオリオンは、クロノの『神』の力とアインのエネルギーを手に入れた。

 オリオンは、あらゆる不条理を顕現させる。しかし、そのための源は、有限だ。アインの力は、その有限を消し去るに余りある。

 そして、クロノの力は、オリオンの作り出す不条理をより強固に実現させる。あらゆる物質を、非物質を、概念を支配する『神気』は、致命的に強大だ。

 

 他にも、彼の武器に目を向けねばならない。

 彼が有する剣の銘は、『蒼海』。

 封じられた『天空』の姉妹にあたる剣であり、『勇者』が遺した遺産。

 世界最強の魔剣の一振と呼んで差し支えない。

 

 今、世界最強の男が、世界最強の力を手に入れ、世界最強の魔剣を振るう。

 クロノたちとの戦力差など、赤子と大人でも足りない。

 勝つための手段など、最初からありはしない。

 百万にひとつすら、勝ち芽はない。

 

 だから、純粋に疑問が湧いた。

 彼らは何故、自分の前に立ちはだかるのかと。

 

 

「……どうやって来たか、とは問いません」

 

 

 時空の狭間は、オリオンの魔法によって鮮やかに彩られていた。

 森の中に潜むように建てられた、小さな家と整えられた綺麗な庭。

 そこで、空間の主たるオリオンは、立て膝をたてて座り込んでいた。

 

 

「私と戦うことが何を意味するか、分かっているはずです」

 

 

 クロノたちは、足を止めない。

 その闘志に些かの衰えもない。

 彼らは、託された想いを果たすことに集中している。

 だから、絶対的な差を感じても怯まない。

 あるべき形に現実は辿り着くのだと、信じている。

 

 

「……警告は、しましたよ」

 

 

 それは、人が龍に挑むような。

 それは、天へのびる山を飛び越えるような。

 そんな無謀な挑戦のはずだった。

 

 

 はずだったのだ。

 

 

 ※※※※※※※※

 

 

 決着は、とても早く着いた。

 時間にすれば、一時間も経っていない頃だ。

 戦闘の余波で時空間が軋み、ひび割れ、あわや崩壊する手前である。

 荒れ狂うエネルギーの残滓が宙を舞い、激しく渦を描いていた。痛ましい傷と死の匂いが溢れていた。

 なのに、そこはとても静かだった。

 破壊と戦闘の痕跡は、至るところから感じるが、冗談のように空は青く、地面の芝は整えられ、小屋は変わらず佇んだ。

 台風の目のごとく、静と動がくっきりと別れる。

 

 その場で、両足で地を踏めずにいるのは一人だけだった。

 身体が言うことを聞かず、精神は砂上の楼閣のように脆い。

 傷を負いながらも、一人を除いて誰も倒れていない。満身創痍でも、挫けていない者たちばかりだった。

 

 ならば、何故そうなったのか?

 答えは単純で、勝負がついてしまったからだ。

 

 

「バカな……」

 

 

 オリオンは、クロノたちを見上げることしかできなかった。

 どんな目で見下ろされているのか。どんな険しい表情が浮かんでいるのか。ただ、とてつもなく、恐ろしいことだと察する。

 今、こうして這いつくばり、見ることができないのは、幸いだったかもしれなかった。

 

 

「純粋に、リソースが足りなかったな」

 

 

 その声は、とても淡々としていた。

 事実を伝えるだけの口は淀みなく、矢の如く刺さる。

 オリオン自身が、理解していなかったこと。しようとせず、目を背けたこと。

 単純な敗因がくっきり浮かぶ。

 

 

「暴れる『神気』を押さえつけ、一人で抱えきれるはずもないアインのエネルギーを制御し、『星』からの干渉を防ぐために結界を張り」

 

「…………」

 

「ひとつでも、凄まじい作業だ。片手間じゃあ絶対に済まない」

 

 

 そんなことは、知っていた。

 だが、その上でいけると踏んだのだ。

 

 敵は『神』の力を失った、雛鳥の集まり。

 両足を封じた大人でも、両手があるなら赤子に負ける道理はない。

 ずっと観察し、期を待っていた。実力を計り損なうはずがない。

 十二分に勝てるという確信があったのだ。

 

 なのに、

 

 

「さらに、貴方には二つ、想定外があった。一つ目はコレだ」

 

 

 クロノが差したのは、一振の剣だった。

 飾り気のない、無骨な、『天空』や『蒼海』に似たものである。

 フィリップが持っていた、彼が託された、未来のために創られた鍵だった。

 

 

「『陸道(りくどう)』。過去の勇者から、貴方へ向けたメッセージだった」 

 

「くっ……!」

 

 

 理そのものを体現した剣術は、かつての勇者の影を見せる。

 込められた力をそのまま使うだけで、オリオンの想定を遥かに越えた。

 

 

「ですが、おかしい……」

 

「なにが?」

 

「そうだとしても、貴方たちが私の想定より遥かに強いとして、その程度で、私が負けるはずがない!」

 

 

 知らぬ者とは、なんと滑稽なことかと。

 敵意を越え、恨みを捨て、憐れみしか残らない。

 何も分からぬ幼子に道理を説くようなもの。

 理解できると、思いもしない。

 

 

「貴方は、自分が持つ剣の力も知らないのか?」

 

 

 心底から呆れて、アリオスが続けた。

 あらゆる執着を手離したクロノとは違う。

 焼け焦がす憤りを隠せない。

 恩人を死に追いやった仇敵を、まっとうに恨んでいたからだ。

 

 

「勇者の聖剣は、ともに『信頼』の概念から創られたのだろう? 『天空』がそうであったように、『蒼海』にも能力がある」

 

「…………」

 

「『仲間に恥じない私でありたい』。貴方はそう在れなかった」

 

 

 オリオンは、憎しみを込めて殴りかかろうとした。

 力が抜けきった身体では、踠くのが精一杯で、簡単に倒れてしまう。

 もはや、塵ひとつ分すら武には頼れない。

 残ったものは、とてもお粗末な、知識の片寄った頭から出る言葉だけだった。

 

 

「能力だと? そんなことは知っている。だが、『蒼海』が、彼女の剣が私に仇なすはずがない!」

 

「何故、そう思う?」

 

「私が、あの二人を、想わないはずがない!」

 

 

 その言葉が本心だからこそ、悲しくなった。

 自分では、気付くことさえできないのだ。

 

 

「払った犠牲を、強いた理不尽を、私は忘れない。仲間(ライラ)のために戦い、仲間(アイン)の献身を胸に魂をかけた! 私は、彼女らに恥じないよう……」

 

「貴方は、自分を義務で追い立てることしかできないのですか?」

 

 

 だから、教えてやるしかない。

 きっと、拒絶され、意味を介することなどないだろうが、

 こうなりたい、こう在りたいという願いは、決して呪いではない。

 自分を奮い立たせる方法を間違えた。

 聖剣は、使い手を選ぶもの。誤った志を持つ者を、真の主とは認めない。

 

 

「背を預ける仲間を手にかけ、自分の行いを肯定できるほど、貴方は人の道を外れられなかった」

 

「私は、そんな……」

 

 

 彼の失敗は、残酷なまでに知られてしまった。

 彼は、自らの業によって身を滅ぼした。

 あっけない終わりに、悲哀が満ちる。

 

 

「もう、終わりよ。アンタの願いは叶わない」

 

 

 罪を清算する時が来た。

 裁きが、彼の元へ現れた。

 

 

「……アイン嬢なら、弱い奴の願いが叶わないなんて当たり前、とか言うのかね?」

 

「!」

 

 

 だが、だからこそ、

 

 

「私は、まだ!」

 

 

 万一に備えて、多くの魔法を仕込んでいた。

 それは、戦闘のためのものではなく、もはや悪戯に近いもの。

 アインが面倒事を起こした時や、彼女がごねた時に強制移動させるためのもの。

 強力な『転移』の力が発動する。

 

 

「まだ! 終わらない!」

 

 

 空間が切り替わる。

 その瞬間に、少年少女たちの顔が見える。

 彼らは、

 

 

「…………!」

 

 

 泣きそうな顔をしていた。

 

 

 ※※※※※※※※

 

 

「はあ……はあ……」

 

 

 ボロボロになりながら、彼は歩く。

 どこに逃れられたのかも、彼には分からない。

 深い霧の中を彷徨い、苦痛に悶える。

 言うことを聞かない身体を引きずり、目指す場所もなく歩いている。

 

 

(まだ、私は終われない……。まだ、まだ……)

 

 

 倒れてしまいたい。

 眠ってしまいたい。

 そう思っても、彼は変わらず歩き続ける。

 折れない意思だけで、身体を無理に進ませた。

 

 彷徨い続けたのは、何も今だけではない。

 彼の人生の大半が彷徨いの中にあった。

 目指すべき場所を見失い、分からないままに戦った。

 だから、まだ倒れられない。

 

 

(何のために、外道を歩んだと思っている……。何のために、友を殺したと思っている! 私の願いは、そんな安いものではない!)

 

 

 諦めることを知らない。

 これは、敗北ではない。

 失敗したのなら、反省を次回に活かし、挑めば良い。

 何十度だって、繰り返してきたことだ。

 逃げれば、生きてさえいるのなら、それは勝利と呼んで構わない。

 

 

(アインは、もう居ない……。戦力はガタ落ちだ……。だが、『神気』さえ解析できれば、『神』にさえなれれば!)

 

 

 世界を相手に、彼はひとり敵を演じる。

 もはや、背中を預ける友は亡く。それを慟哭する資格もない。

 背筋が凍るような恐怖心を抱えながらも、彼は戦う意志を滾らせる。

 

 

「そのために、まず、逃げねば……」

 

 

 傷を癒して、時を待つのだ。

 世界から自分を隠し通し、期を窺う。

 これから先にどう戦うべきなのか、いくつもプランを考える。

 熱にうかされ、歪んだ視界が正しいと盲信する。

 狂気に浸ってこそ、力が漲るのだ。

 手段を選んで、為せることなど知れている。彼はこれまで、そうして戦ってきた。

 

 

「逃げる……?」

 

 

 それでも、熱は常には続かない。

 ふとした瞬間、途絶えることもある。

 

 

「どこに……?」

 

 

 帰る場所を無くした。

 拠り所を無くした。

 ならば、孤独に数百年を耐え抜けるのか。

 永遠に続く闇を踏破するために、どれほどの勇気が必要なのか。

 

 ふと、歩みを止めたくなった。

 止めれば、もう次を踏み出せないかもしれないのに。

 冷静になってしまえば、続けられないことがある。

 気付かない方がよかったこともある。

 しかし、

 

 

「…………嗚呼」

 

「あ?」

 

 

 辿り着いた場所を、悟った。

 

 

「お前、何してんだ、こんなところで……?」

 

 

 彼は、途方もない逃亡の果てに、無二の友の元へ辿り着いたのだ。

  

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