いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

174 / 175
幕間 隠された英雄の一幕

 

 夜の帷が降りきって、十歩先も見えなくなる。土の匂いが鼻につき、虫の声がわんわんと響いている。

 人工的に作られただろう、整理された道がなければ、この先に人が住んでいるとは思えない。木漏れ日ではなく、遮られるのは月の光で、届く光量はとても限られている。

 薄気味悪い闇が、どこまでも遠く広がり、人の恐怖心を煽っていた。

 ひとり延々と歩き続けるには、不気味すぎる。心細さを抱えながらも、歩く時間はとても長く、静かに物思うにはとても合っている。

 こんな山中に居を構えるとすれば、どんなしがらみから逃げたかったのだろうか。暇潰しには、あまり苦労はしなかった。

 

 馬車を用いて、都会の彼の家から一昼夜。それだけ時間をかけてでも、彼はこんな何もない場所へ赴く必要があったのだ。

 何故なら、古くからの友人に、二人きりで話がしたいと頼まれたから。

 

 密談をすると言われた時に、彼は真夜中の個室をイメージしていた。

 月明かりと、仄かに揺れる蝋燭の火の元、小さな言葉を交わす。そうした密やかで、静かな場が用意されている。

 彼はとても普通の青年なので、誰もが想い描くような場面しか考え付かない。

 暗い想像、突然の連絡、おどろおどろしい静かな道のり。この時点から、何故だか、不穏なものを感じざるを得なかった。

 

 現代から約四百年前、とある春の日の深夜。

 彼は、古くからの友人の自宅に招かれる。

 

 不自然さ、というものは、感じていた。

 話がしたい、なんてらしくないのだ。その友人は、とても豪快な性格で、悩みや問題はひとりで勝手に解決してしまう。

 それに、その友人は、とても強い友人に恵まれている。仮に世界がひっくり返っても、彼に何かを頼む必要がない。

 その気になれば、友人は己の時代を作り出すこともできた。己の国を建国し、千年王国の王として統治し続けることもできた。その気になれば、どんなことでもできたのだ。

 

 太陽のような存在だった。

 その友人が、塵芥でしかない彼を頼るのか。

 頼られることへの喜びより、何が起こるか分からない恐怖が勝つ。

 悶々としながら、闇夜の道を突き進む。

 星と月の光、目的地へ続く道を頼りに、進んでいく。

 

 そして、小さな家に辿り着いた。

 

 

「…………」

 

 

 ここまでの鬱蒼とした道とは一変、その場所だけは拓けていた。

 小さな畑と、小さな家。

 世界の全てを手にできる人間の持ち物としては、信じられないほど質素だ。

 緊張を抱えながら、戸を叩いた。

 すると、

 

 

「ぼへっ!?」

 

「よく来た、フィリップ!」

 

 

 思い切り、扉が開いて叩きつけられた。

 地面に背をつけることになる。

 流れる鼻血に後から気付き、擦りながら、前を向いた。

 鈴を転がすような綺麗な声は、爛々としていた。

 

 

「……ライラさん。相変わらずのようで」

 

「ああ、すまない!」

 

 

 フィリップの前に立つのは、女であった。

 腰まで伸ばした黄金色の髪は、さらさらと流れるようだ。

 四肢はすらりと長く、細く引き締まっている。

 既に年の頃は三十を過ぎているはずだが、その態度まで含めて、十代半ばの少女に見える。

 それだけなら、ただの少女としてしか見ない。だが、只者ではないと一目で理解できる理由は、片側が潰れている蒼い眼と、肌に刻まれた大小無数の傷の数々。

 

 女は、フィリップの古くからの友人。 

 女は、かつて世界を救った大英雄。

 女は、世界に愛でられし乙女。

 

 名前は、その名前は、ライラといった。

 

 

「頼みたいことがあるんだ」

 

 

 場面は、机を挟んでの話し合いになっていた。

 夜を迎えることへの備えと、来てくれたことへの慰労を兼ねて、暖かい飲み物を用意してくれていた。

 湯気からは甘い香りが漂っていて、夢のような心地がする。

 フィリップも、憎からず思っている相手だ。それに、彼女の周囲の人間は優秀で、恐ろしく強く、彼の付け入る隙がない。

 だから、これが都合のよい夢なのではと思ってしまう。

 

 

「君のためなら、いつでも死ねるよ?」

 

「過激だなぁ! お前たち、私のことが好きすぎだろう!?」

 

 

 冗談に対して本気で笑っているが、彼にとっては本心でしかない。

 夢うつつのままに、フィリップは言う。

 彼女の前では、何も偽ることができない。

 日に照らされて、その恩恵に預かった側が、どうしてその恩に背けるか。

 僅かな背徳すら、自分を許せなくなる。ただ、本当にそれだけのことである。

  

 

「だけど、もしかすれば、死ぬより酷いかもしれないんだ」

 

 

 何を申し訳なさそうにするのか、フィリップにはまるで分からなかった。

 貰った恩を思えば、死ねと命じられて死ぬのは当然だ。

 何を言われても、即座に実行するつもりだった。

 

 

「いいか? これから言うことは予言だ。なにもしなければ、百パーセント未来で起きる」

 

 

 彼女の言葉を疑わない。

 愚直であることだけが、彼の取り柄だ。

 だが、

 

 

「まず、前提となる情報を伝えよう。私は人間ではない」

 

「は?」

 

 

 あまりに突拍子もないことに、思わず聞き返してしまう。

 間抜け面を晒してしまった失態。

 冷静になるまでの数瞬、彼は持ち直し、姿勢を正す。

 無能な己を戒め、頭を下げた。

 

 

「申し訳ない。続けてください」

 

「こちらこそ、気を遣ってもらったね」

 

 

 咳払いの後、ライラは直る。

 そして、語るべきではない真実を語る。

 

 

「君は、神代の時代の『神』と『星』との戦争は分かるな?」

 

「一通りは」

 

「私は、その『神』らしい」

 

 

 何度、意味を反芻しても分からない。

 彼女とはそれなりに長い付き合いではある。

 人間離れした能力こそあれど、血は赤く流れているし、美しくとも成長して変化している。

 冗談としか思えないが、冗談を言う場面ではない。

 

 

「『神』は、この『星』を諦めていない。未だに、『星』を監視している。だが、『神』は力を使えば『星』に気付かれ、妨害される。だから、工夫が必要だった」

 

「……まさか」

 

「『神』は、己の魂の一部を切り分け、人間の赤子に宿した。その子供は、自分が『神』の分け御霊とも知らずに成長した」

 

 

 はあ、と小さく溜め息を吐く。

 明かりの中の蝋燭の火が、合わせて揺らめくように見えた。

 陽炎に景色が歪まされ、現実感が酷く薄れた気がした。

 

 

「私がそうだ」

 

「……それが、どうしたんです。僕たちの敬愛は、そんなものでは揺らぎなど……」

 

「人類が滅びるとしても?」

 

 

 息を呑んだ。

 剣呑な空気は、彼の肌を刺す。

 ここで、ようやく本題に入ったのだと感じた。

 未来に起きる悲劇を、正確に伝えるべく努めようとする意志がある。

 普段は発しない、ライラの冷たさに身体を震わせた。

 

 

「……私は強くなり、『神』との繋がりを知覚した。もはや、無意識の内に、以前より強く『神』の力を引き出している」

 

「…………」

 

「戦闘から身を引いて、引きこもって暮らしたけど、駄目だね。魔王戦で気付かれてから、ずっと探られてる。バレるのは時間の問題だ」

 

 

 それは、死刑宣告を受けているということだ。

 執拗に追い回されて、無残に殺されると目に見えている。

 目を伏せながら、『さらに』と続けた。

 

 

「私という、『神の尖兵』を見つければ、『星』は人類を滅ぼす。居れば都合がいい生き物だが、無くて本当に困るものじゃない。外敵を招きかねない存在と知れば、もう生かす理由がない」

 

 

 蟻を指で潰すようなものさ、と。

 力を込めたライラの指の先と、それを受ける木の机。その間に、仮に虫が居たのなら、グチャグチャに押し潰れる。

 後に『星』が、人類を滅ぼすのはそのようにされるのだ。

 残念そうに、ライラは目を閉じて、緩く首を横に振る。

 

 

「このままなら、こうやって人類は滅びる」

 

「…………」

 

 

 しん、と場が静まった。

 数十秒、時間をかけて、フィリップがライラの告白を呑み込んだ。

 彼の全身に、力が入って震えた。

 至極まっとうな、驚愕と怒り故である。

 

 

「いや、いやいや……」

 

「信じられないだろうが、未来はこうなる。だから、君は……」

 

「違う! そうじゃない!」

 

 

 衝動のまま、机を叩き付けた。

 コップがガタンと倒れ、もう冷めきった中身がこぼれ落ちた。

 しぃん、と静寂が満ちる。

 怒りに身を任せないと、フィリップは彼女の言葉を遮ることなどできない。冷静な部分で、彼女に意見するなどしてはいけないと思考している。

 

 だが、それでも、今怒らなければ、光は消えてしまうと確信していた。

 

 

「何故、君がそんなことをしなければいけないんだ! そんな必要、どこにある!?」

 

「言ったはずだ。このままなら、人類は滅びる」

 

「知るか、そんなの! とにかく嫌だ!」

 

 

 彼女の居ない世界は、ただの終わりだ。

 人類が死に絶えるよりも、耐え難い。

 とにかく嫌だ。絶対に嫌だ。何が起きたとしても、それだけは阻止したい。

 意志が固いのなら、とにかく頼み込んで、いや、何を犠牲にしてでも止めさせなくては。

 

 いや、そもそも、

 

 

「確かに、そうなれば人類は滅びる! だけど、そんなの覆せるだろう? 君と、あの二人が協力すれば……」

 

「ダメだ」

 

「いいや、そうしよう! 君は錯乱している。今から二人をここに呼んで……」

 

「確かに、私たち三人なら勝てる。だが、その後は?」

 

 

 言葉に詰まる。

 意味が分からないほど、彼は愚鈍ではない。

 

 もしも、負けた『星』は何を思うか。

 流石に『星』とて、人間の寿命は知っている。そして、多少その時間が延びたとて、千年と少しがやっととも理解している。

 億年単位でモノを思う『星』にとって、ほんの少し待てばいいだけのこと。

 敵が居なくなった後、ゆっくり種を焼けばいい。

 

 そして、何よりも、

 

 

「…………」

 

「察してくれて嬉しいよ。君の思う通り、私は二人にだけは、人類の守護者の責任を押し付けたくない」

 

 

 千年、二千年、三千年。

 途方もない時間を、死ぬことなくただ生き続けろとは、残酷な拷問に違いない。

 こんなこと、頼めるはずがない。

 

 

「私の責任だ。ケジメはつける。人類の滅亡を回避する方法も、あるにはある」

 

「でも、でも……」

 

「すまない。だが、分かってくれ」

 

 

 握られた手は、とても冷たかった。

 瞳は、濡れたように輝いていた。

 何度も何度も、見てきた。彼女が周囲を鼓舞し、前へ進ませてきたのは、瞳に灯る、苛烈で力強い意志があったからだ。

 その光に魅せられたから、フィリップは今まで進めた。

 死ねと言われれば、死ぬつもりだ。犠牲になれと言われれば、犠牲になった。

 そういう人間は、彼以外にもごまんと居る。

 

 

「とは言え、君には甘えてしまうがな」

 

「…………」

 

「断ってくれてもいい。その権利は君にある」

 

 

 苦しみに満ちた時間になるだろう。

 太陽なくして、人は生きられないのだから。

 二人はもちろん、永い時間を待ち続けるフィリップもだ。

 

 分かっている。

 

 彼女の親友たちが最も苦しい生き方をしないために、フィリップが巻き込まれているのだ。

 このお願いは、フィリップに何の得もない。

 むしろ、ライラにとっての大切さで劣る彼が、最も大切な二人のために犠牲になってくれと言われている。

 断ったとて、激怒したとて、彼女を殴ったとて、全てを彼女は許すのだろう。

 

 だが、

 

 

(そうだよなあ……)

 

 

 彼女の、らしくない態度が見えた。

 気丈に振る舞ってはいるが、瞳の奥が揺らめいているのが分かる。

 それは、当たり前のことだ。

 誰だって、死ぬことは怖いに決まっている。

 

 思えば、彼女に報酬があっただろうか。

 沢山の感謝や称賛はあれど、彼女は願いを叶えられたか。

 本当にほしい、戦って良かったと思えるものはあったのか。

 彼女の人生に応えてあげられるのは、ここが最初で最後なのではなかろうか。

 

 

「やる」

 

「いいのかい?」

 

「いいんだ」

 

 

 ライラは、悲しい運命の中に生きた。

 沢山の戦いの中で、何度も死にかけ、苦しい想いをした。

 重すぎる期待を背負い、きっと、自由に生きる時間もほとんど無かったはずだ。

 そして、多くの人を救った彼女の最後のワガママに望んだが、死に方を選ぶ権利という、本当にくだらないものだった。

 

 彼には、力がない。

 悲しい運命をねじ曲げられない。

 なら、せめて、その願いに全霊をもって応えよう。

 

 

「ありがとう」

 

 

 その感謝は、剣に込められた。

 彼女の願いは、遥か未来にも届いた。

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

「さあ、時間だ」

 

 

 クロノたちは、ただ手順に従っていた。

 聖剣『陸道』のメッセージは、とても正確に、込められた想いすら伝えるのだ。

 だから、どうすればいいか、どんな手順が必要か、全てわかる。

 

 クロノは、勝利と共に『神』の力を奪い返していた。

 巨大な『神気』の大部分が、掌にある。

 その力の全てを、彼は支配している。

 

 

「『星』よ。今、人間は、四百年前の盟約を果たす」

 

 

 クロノは掌を掲げる。

 すると、掌握された『神気』は、天へと登った。

 

 

「古の勇者ライラの言葉の通り、人は『神』の力に支配されない」

 

 

 神聖が、支配が、究極の力が、クロノの元から消えていく。

 真なる力が、分解され、凌辱される。

 あらゆる特性が消えていき、純粋なエネルギーに還っていく。

 

 

「人類は、これで二度、『神』を拒んだ。どれだけ時が経てども、人類は『神』に靡かないと誓う」

 

 

 クロノは、ただやり遂げただけだ。

 敷いたレールを歩いただけ。

 誇らしさもなく、喜びもない。ただ、安堵と、数多の無念に沈んだ魂たちが、報われることを願う祈りがあった。

 

 

「さて。俺たちの仕事はこれで終わりだ」

 

「……なあ、クロノ」

 

()()()()()()()

 

 

 友になりたかったと、最後まで願った恩人と最後の言葉を交わしたい。

 それは、当たり前の願いのはずだ。

 だが、どうしてもそれは叶わない。

 

 悲しいことだが、仕方がないと諦める他にはない。

 何故なら、

 

 

「先約があったんだ。列を抜かしちゃあ、いけないんだよ」

 

 

 分かりたいたかったと、心から願った。

 けれども、多くを取り零し、こうした結末にしかならなかった。

 ただ、力が足りなかったのだ。

 悲しくとも、苦しくとも、受け止める他にはない。

 弱さの罰は、こうして下される。そして、その後もずっと後悔を背負って生きるのだ。

 

 せめて、願うことがあるならば、

 

 

「最期の時を、安らかに……」

 

 

 目を閉じて、黙祷を捧げた。

 かくして、彼らの物語は終わりを迎えたのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。