いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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30 『は? 持っていません。小生にタカるのは止めてください』

 

 男、ヴァンドルは、とても愚かな人間だ。

 

 稼いだ金は賭博に溶かす。

 喋れば誰かを罵るばかり。

 酒や女に溺れるなど当たり前。

 

 惰弱かつ傲慢。強欲で、小さな事で怒るくらいに気が短い。

 ろくでなし男の典型例。

 大多数は、クズとはこういう人間の事だという、分かりやすい荒くれ者だ。

 スラムで生まれ、育ち、荒んだ人格を得た。そこで敢えて高潔であろうとも、優しくあろうともしていない。当たり前のように環境に負け、当たり前のように与えられた痛みを関係ない他人に返すようになっていた。

 

 環境に負けた。

 大多数がそうであるように、彼もそのカテゴリだった。

 何もおかしな事はない。

 どこを見てもそこら中に転がっている例のひとつだ。

 

 そこで終わるのなら、普通の人間だったろう。

 だが、彼が他と違ったのは、その身に備わった能力だった。

 

 

『あ、俺って強いんだ』

 

 

 彼が十歳の時の事だ。

 いつものように、パンを盗もうとし、失敗した。

 店主に袋叩きにされて、店主の気が済めばまた寝床へ帰り、そして物乞いをしようとしていた。

 だが、その日だけは違ったのだ。

 彼が頭を守るためにかざした手の隙間から、店主を睨んだ。

 すると、店主の動きが止まった。

 僅かに震えている。しかし、一向に動かない。動けない。

 その不思議な状況は、店主も理解出来ないようだ。動けず、分からず、怯えていたのは目を見れば知れた。

 

 身動きが取れない、自分を虐げた存在。

 下手をすれば憲兵に追われて捕まるから、封印していた懐のナイフ。

 貧苦によって培われた嗜虐心。

 熟れた果実が地面に落ちるように、当然の帰結だ。

 

 それにより、生まれ育った街には居られなくなったが、それも問題はない。

 彼は、自分の能力を自覚したのだ。

 世界が開けた感覚と万能感が全身に満ち溢れ、どこにでも行ける気がした。

 長く続いた冬の時代が、次の四季へと移ろい始める。

 

 それからは、快進撃だった。

 

 盗賊団に所属し、能力を活用して稼ぎを得た。

 彼の能力には誰にも抗えず、盗賊団をすぐに乗っ取った。

 彼の癇癪と無関心によって二年もせずに壊滅し、その際、お尋ね者として指名手配された。

 数多の賞金稼ぎが彼の首を狙ったが、一人残らず返り討ちにした。

 恐れられ、崇められ、ならず者たちを中心に、村単位で人間たちを恐怖と力によって支配してきた。

 

 当時、ヴァンドルは二十八歳。

 我が春の世が来たりと、彼は(おご)る。

 かつての貧苦は既になく、勝ち取った光景にひたすら酔いしれ、人を蔑ろにすることで自分の価値を強く感じる。

 そんな日々が、しばらく続き、

 

 

『あ、俺って弱いんだ』

 

 

 真の強者の気まぐれによって、全てが壊された。

 

 嵐と何も変わらない。

 ソレが現れたのは本当に偶然であり、目的など一切なかった。

 ぶらついて居たら偶々ヴァンドルが居て、偶々ヴァンドルが賞金首だと知っていて、路銀も少なくなってきたから、なんとなく殺そうとした。

 運命のようにも思える偶然により、ヴァンドルの春は終わりを迎えた。

 

 あんなもの、勝てるはずがなかった。

 

 幼子を連れた、金髪で、隻眼の女だった。

 ソレが音に聞く大英雄とは特徴から分かっていたが、彼は驕っていたのだ。

 自分ならば問題ない。自分の価値をまた高める事が出来ると、そう信じて疑わなかった。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 

『おお、凄いな「魔眼」持ちだ! コイツの首はギルドに届けるとして、それとは別に目玉をくり抜いて闇市に売り払えば、また杖を新調出来るぞ!』

 

 

 その時の邪悪な女の笑みを見て、悟る。

 自分がただの小悪党でしか無かったのだと。

 大英雄と呼ばれた人間がしていい表情では、絶対になかった。

 全身が粟立ち、一目散に逃げたのは間違いではなかった。

 部下たちに命じて、一般人を盾に取りながらとにかく時間を稼がせた。

 だが、瞼の裏に焼き付いて離れない。

 笑いながら、一般人諸共に部下たちを殺して回っていたのだ。

 怖くて、おぞましくて、無様にのたうち回り、幼い頃のように路端で寝ていた時の感情は、筆舌に尽くし難い。

 

 かつての自分に戻ってしまった屈辱。

 やり返してやりたいという憤怒。

 そして、それらを圧倒的に上回る、あの怪物に対する恐怖。

 

 数日は、何も出来なかった。

 雨に打たれても動けず、足が竦んで立てもせず、泥水を啜ってただ怯えていた。

 

 そんな中で、彼を拾ってくれたのは、その大英雄の皮を被った悪党よりも凄まじい、巨悪であった。

 

 

『貴方を歓迎します。ヴァンドル』

 

 

 心の底から恐怖で支配されたのは、二度目だった。

 組織に迎え入れられた時、組織の幹部たちをその目で見た時である。

 その時、第一と第二の使徒は居なかったが、それでも圧倒された。

 男とは強さが桁違いだったというだけではない。

 どいつもこいつも、彼とは目が違ったのだ。

 

 腐り続け、現状に満足していた彼とは違う。

 飽くなき探求と挑戦を兼ね備えた、強い意志を持つ目だった。

 その過程として悪が為されるだけであり、示威のために悪を為してきた彼とは違う。

 目的のために、彼とは比べ物にならないほど深い闇に身を置いてきたのだ。

 

 特に、ボスである教主は特に違う。

 違いすぎて、意味がわからない。

 

 自分はコレには成れないと、悟る。

 上には逆らえないと、悟る。

 従う以外の選択肢はないと、知る。

 世界の広さを、ようやく知る。

 

 

 ヴァンドルの尊大な自尊心は、粉々になった。

 彼は、運が良かっただけなのだ。

 偶々彼よりも優れた人間が居なかっただけで、本来なら、彼など一瞬で縊り殺せる者はごまんと居る。

 それを思い知った時、彼は生き残れた。

 だから、身の丈に合った生き方をわきまえる。

 

 ヴァンドルは、砕けた自尊心から拾い上げた、ちっぽけな誇りを心に持つ。

 自分は何も持たない人間だが、それでも、大きな目的のために協力してきたのだと。

 折れた心で、足りない頭で、考える。

 こうなるように、運命で決まっていたのだろう。

 自分が全霊を懸けるに足る事に巡り会えた事だけは、幸運だったと言う他ない。

 

 ヴァンドルは、ろくでもない男だ。

 小物で、褒められる点はなく、中途半端。人に誇れる生き様など、ひとつもない。

 だが、拾った命の使い方は、せめて自分が力になりたいと思った事に向けたかった。

 散々だったゴミのような人生だったが、それが初めて敬服した化け物共の助けに、塵一つ分でもなれるのなら、もうそれで良い。

 さらに、自分を蹴散らした別の化け物に煮え湯を飲ませてくれるのなら、もう言うことなど何もない。

 そうして初めて、生まれる意味を手に入れる。

 不毛であった意味無き暴力に、己を賭ける意味を見つける。

 今は、それが目的だった。

 

 だから、ヴァンドルは手を抜かない。

 自分が尊ばれるなど、期待していない。

 その全ての能力をもって、捨て駒としての役目をまっとうする。

 

 

 ※※※※※※

 

 

「ったく、クソガキ共め。大人のヒミツの会談の邪魔しやがってよぉ」

 

「……覚悟はあるな。嫌な感じだけど、汚い()はしていない」

 

 

 クロノがどこを見ているのか、それは本人すら分かっていまい。

 見透かされた感覚に襲われ、その正体を明らかにしようとし、だが、結果は伴わない。  

 理解出来ない。出来るはずのないもの。

 そんな気持ち悪さを感じながら、敵を見据えた。

 アリシアとヴァンドルは、目的を果たすため、戦闘準備を進める。

 

 

「悪いことは言わねえ。大人しくしてな。痛い目に遭いたくはねぇだろう?」

 

「悩んでる。自分の在り方に。前はあんまり見えなかったけど、今はハッキリしてる」

 

 

 聞こえていないのだろう。

 アリシアから視線を一切外さないクロノは、見て分かるほど集中しているようだった。

 そうしなければならない状況なのだろう。

 何故なのかは、やはり分からない。

 

 

「おい、おいクソガキ……」

 

「悪いな。コイツは、お前の相手をしてるほど暇じゃないんだ」

 

 

 遮られて、ヴァンドルは舌打ちをする。

 ヴァンドルが仕掛けた見えない攻撃に、引っ掛かってくれなかった。

 思い通りにならない事ほど、腹が立つ事はない。

 腹立たしさから、語気が強まっていく。

 

 

「クソ、邪魔するんじゃねぇよ! 出しゃばるな、テメェらは関係ねぇだろうがよ!」

 

「……正直、俺は好きにさせろと言った。アレの判断で行われた、アレの選択だからな」

 

「じゃあ、何で邪魔すんだゴラぁ!!」

 

 

 凄まじい怒気だ。

 熱波のような激情は、周囲を包み込む。

 

 対して、アリオスは極めて冷静だ。

 この威圧感を前にして、まったく取り乱さない。

 それどころか、欠伸でもしそうなほどに緊張感が無いように見える。

 それがまた、ヴァンドルの怒りの火に油を注ぐ。

 

 

「仕方なくだよ、仕方なく。アイツが言わなきゃ、絶対に首を突っ込まなかった」

 

「あの不気味なガキが、お前の主君か? アレがそんなタマなのか? ええ? クソガキ?」

 

「……主君か、まあ、あまり変わらないな」

 

 

 疲れたように、アリオスは笑った。

 何故か、ヴァンドルがドキリとする表情だ。

 この感覚を、なんと呼ぶのか?

 敢えて言うなら、親近感に近いような。

 

 

「恩がある。アイツが馬鹿でも何でも、俺は助けたいと思うんだ」

 

「死ぬより酷い目に遭う準備は出来てるよなあ?」

 

「俺の命の張る理由は、今のところコイツしか無いからなあ……」

 

 

 誰かへの敬意と、忠義。

 その人並み外れた執着は、見たことがあるものだ。

 ならば、

 

 

「達観しやがって。気味の悪いガキだぜ」

 

「昔はよく言われたな」

 

 

 戦う以外、選択肢はない。

 引く理由がないのなら、それで十分だった。

 その意地は、お互いに共通した事だから。

 

 

「死ね。せいぜい綺麗に殉死しな」

 

「素直に殉じるつもりはない。アイツを遺して死ぬなんて、心配で死に切れない」

 

 

 倒すべき的は前に居る。

 なら、後は眼前の敵を討ち滅ぼすだけだ。

 

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