「フム、コレハコレハ……」
迷宮第二層、試練の間。
迷宮にいくつも設定した、いわばボス部屋だ。
ひとしきり『魔王』が呪いを迷宮へ流し込んだ後に、ゆるりと歩を進めた。
そして入り込んだのが、ここだ。
ここで、足を止める事になる。
何故ならば、
「久シキ、我ガ部下ヨ」
部屋に入って、すぐ気付く。
あり得るはずのない、巨大な空間。
小規模世界だからこそ成し遂げられる、荒業。
あるべき空間の規格をねじ曲げ、収まるはずのない部屋を創り出した。
そこに迷宮の主が用意したモノは、
「Grraaaaaaa」
周囲の光を吸い取る性質があるその獣は、場違いなほど美しく空間に浮く。
爪が、毛並みが、牙が、その全てが美しく、洗練されている。
美しさと暴虐性を兼ね備え、かつてはこの世で最も優れた獣などとも呼ばれた。
光が消えた真っ黒な景色にポツンと在る姿は、まるで月のようだ。
そのサイズも含めて、本当に月のような。
「ナルホド。我ノ記憶カラ創ッタナ?」
迷宮の主が『魔王』の足止めをするために創造した、ボスの一体。
部屋は既に閉じられた。
無理に出るつもりは、『魔王』にはない。
興味はとうに、記憶の外に出だした虚像へ向けられている。
「『巨狼』ヨ。主ノ手ヲ噛ムトハ。所詮ハ、愚カナ獣デアルナ」
嗤う。
ただ、『魔王』として、暴力を楽しむつもりだ。
今度の相手は、すぐに壊れないから。
※※※※※※※※
「皆さん、頭は冴えてますか?」
にこやかに、ルサルカを名乗る男は嗤う。
既に全員が目を覚まし、状況を理解している。
とてつもなく胡散臭い男が突然現れたので揉めかけたが、それは何とか収まった。
事前にクロノがルサルカを信用できると言わなければ、きっと話も出来なかっただろう。
かなり危うかったが、なんとかなった。
「冴えているかは怪しいな」
「冴えていれば、こんな怪しい人の言うことを聞こうとは思いません」
「結構。皆さん、元気いっぱいのようで」
なんとか、なったはずである。
態度にトゲが残っているのは、極限の状態のため、まあ仕方がない。
命が危機に晒され、興奮しない方がおかしいのだ。全員がいつもより、余裕というものがない。
だが、ルサルカは、まったく動じていない。貼り付いた笑みを浮かべたままだ。
「では、おさらいです。我々が相手をするのは、現代に蘇った『魔王』です。強さはお察し。ちなみに、私よりも強いですね」
「絶望的な情報ありがとうございます」
「ちなみに、追加の戦力は望めません。この空間は隔絶されていますので」
頭が痛くなりそうな情報だ。
事態は致命的になっていないだけで、かなり悪い。
こうなる前に戦力をある程度用意しているという、当然の期待は無残に散る。
恨みがましい目をルサルカへ向けてしまう。
「正直、十分なんとかなると思ったんです。無駄に人員を死なせるのも忍びなかったので、少数精鋭でやろうと思っていました」
「勝つ見込みは?」
「いやあ、まさかここまで強いとは。『魔王』を舐めていました」
おとぼけながら、ルサルカは言う。
本当に認識を甘く見積もった結果のようだ。
とても胡散臭いのだが、準備を怠る理由は、クロノたちからすれば無い。
ルサルカが間抜けだったと、信じるのが一番納得しやすいのだ。
呑み込み難くとも、そう思うしかない。
「彼女の隔絶結界を利用して、この迷宮を創り出すまでは良かったのですが、このままでは破られそうですねぇ」
「……閉じ込められる期間は?」
「一月ほどでしょうか?」
一月で、世界は危機に陥る。
そう聞くと、今すぐで無い分、マシなのかどうか。
いや、殺されるまでのタイムリミット、もしくは寿命と取るべきか。
なんにせよ、前向きには捉えられない。
「重力、時間、空間などなど、適切に操作しながら、最大限に足止めできれば、ですが」
「その一月すら難しい、と」
否定も肯定もしない。
煮え切らない態度に、空気は悪くなる。
いきなり現れた怪しい男に仕切られている時点で、ストレスはかなりのものだ。
知らないところで、どんな動きがあったのか。
きな臭い部分を説明しない限りは、信じることも出来ないのだ。
だというのに、
「……学園の関係者と言ったが、誰の差し金だ?」
「言えません」
「アインさんは、今どうしていますか?」
「結界の制御を乗っ取ってからは知りません」
「貴方は、何が出来るんですか?」
「それはおいおい教えましょう」
話にならない。
一貫して、外の状況は分からず、因果関係は探れず、自分のことは話さないのだ。
だが、信用しろと、厚顔にも訴える。
焦っていたり、必死ならば、まだ分かる。だが、ルサルカは常ににやけ面で居るだけだ。
上から目線で、頼む態度すら表さない。
「現状、『魔王』は二層に居るはずです。この九層までは時間がかかりますし、準備の時間は十分ありますね」
「……この結界、階層があるのか?」
「ええ。迷宮ですから。そう言えば、説明していませんでしたね。第一層から十層で構成され、設定した出口でのみ脱出できるという結界です」
コミュニケーションが上手くないのではないだろうか?
少なくとも、話し合いの最低限。目を合わせて話そうともしていない。
「貴様が手を加えて、創ったのか?」
「元の結界が優秀でしたので、強固なのが出来ましたね。アインさんは、素晴らしい魔法使いのようで」
見下されている。
実力があるのは流石に見抜けた。おそらく、実力差からくるもの。
だが、なんにせよ、思い切り見下されているのは、なんとも不快だ。
「まあまあ、皆さん。こうしているのも時間の無駄です。小生が気になるのも分かりますが、もっと有意義な事に時間を使いませんか?」
「誰のせいで……」
むしろ、居ない方が話が進んだ気がする。
本気でルサルカを省いてしまいたいが、彼が重要な情報を持っている可能性は高い。
存在自体が非常に厄介だ。
鬱陶しすぎて、殴りかかりそうになるが、
「『魔王』は首をハネても、体を半分消し飛ばしても死にませんが、心臓、魔石だけは別です。つまり、ロックフォードの娘から魔石を引き剥がせば殺せます」
「「「…………」」」
本当に、重要な情報を持っているから、たちが悪い。
「かなり乱暴に出来ます。良かったですね」
「引き剥がした後は?」
鋭く、アリオスが聞く。
ニコニコと、ルサルカは笑っている。
「リリア・フォン・ロックフォードは、引き剥がした後、どうなる?」
「死にますね。というか、今の段階でもかなりガタが来ています。『魔王』が手を加えているので万全であるように見えますが、放っておいても半年は生きられませんね」
クロノが、息を呑んだ。
アリシアは予想していたようだ。
クロノたちにとって、第一目的である、リリアの延命。
それは、ほぼ不可能と言えるほどに困難なのだろう。
世界が滅ぶか否かは、数多の犠牲を出しながらも、案外なんとかなるかもしれない。だが、クロノたちからすれば、ルサルカの予測は、現実的で、楽観はまったくしてくれない。
助けられる、救える。
可能性があると信じたいが、そう上手くいっては、くれないだろう。
「というか、そもそも、彼女は二十代を過ぎる事を想定して作られていませんよ、あの体。貴方たちの、というか、クロノくんの望みを叶えるなら、一から体を創り直す必要がありますよ?」
「……引き剥がした後、三十まで生きることは?」
「あのレベルで体を犯す呪いを全て除けと。神業ですね。この星でそれが実現可能なのは、片手分いますかね? 剥がした直後にそれをする人間が、近くに居るとお思いで?」
とても、冷たい現実である。
覆すのは、奇跡が必要なのだろう。
欲するものを得られない口惜しさに、歯噛みをする。
「ですが、戦わないという選択肢はありません」
「…………」
「彼女の人生の全てを、呪いに満ちたものにしたくはないでしょう?」
意味は、分かる。
救えぬのなら、せめて介錯をしてやれ、と。その呪われた最期を、優しく、清算してやれ、と。
怪しく、分かったような口で、そして、絶対的な正しさを押し付けてくる。
ずるくて、憎らしい。
こんなにもかき乱される事は、無いかもしれない。
「全力で、殺しに行きましょう。でないと、彼女が報われません」
分かっている。
そんなこと、言われなくても。
ただ、分かっていたくないだけだ。
「命をかけるくらいは出来る。皆さん、そうでしょう?」
否定など、出来るはずもない。
「まあ、出来ないとしても、安心してください。それ以内に安全に強くなって、安全に勝てるようになればいいのです」
「「「…………」」」
簡単に強くなって勝てるなら、そりゃあ良いだろう。
だが、出来る訳がないから、悩んでいるのだ。
余計に意味が頭が痛くなりそうだ。
これで具体的な方針が無いのなら、本格的に頭を抱える事になるのだが。
「あの『魔王』に挑みましょう! 戦い続ければ、対策法も思い付くし、レベルも上がります!」
頭を抱える事になった。
何も特別な作戦はないらしい。
しかも、このいい加減な作戦ですら、不可能と言っても構わない。
かなり言いたいことがあった。
文句をつけようと思えば、半時間は無駄にできるくらいに腹が立っている。
だが、三人が文句を言い始める前に、ルサルカが話を始める。
「まあまあ、落ち着いて。小生は、別に死んでこいと言いたいのではありません」
「……では、どういう意味だ?」
「私に任せて貰えれば、安全に、時間を稼ぎつつ、戦って強くなる事が出来ますよ」
疑わしい事この上ない。
詐欺師が獲物をたらし込むような場面である。
顔にも疑いを思い切り表し、これ以上ふざけるのであれば、もう無視しようと決めた所だ。
すると、
「良いですか? よく聞いてくださいね?」
悪魔のような提案を、笑いながらする。