東の海に浮かぶ、巨大な嵐の具現。
意思なき暴力であり、意志なき災害。
何百年も止まない、暴威と死を宿した、最も『星』の源流に近い『魔』の極致。
おそらく、これに意識と呼べるものがあったのなら、コレが『魔王』となっていたに違いない。
故に、コレは、無秩序に目の前の命を刈り取るだけの、事象に近いものだった。
海という領域に生まれ、活動していたからこそ、人類は滅ばなかったのだ。
在るだけで、甚大な被害を撒き散らす。
生まれながらに王である『魔王』でなければ、まず従える事は出来なかった魔物だ。
だからこそ、
(妙ダナ……?)
当然、気付く。仮にも『魔王』だ。
少なくとも、頭は鈍くなっていない。
既に数百年も前の記憶だが、自ら配下と加えた魔物たちの力は、色褪せずに残っている。
だから、明確な違いを見逃せない。
「――――――――――!!!」
「??」
意志なき災害であるからこそ、その怪物は恐ろしかった。
生物に本来備わっている歯止めが無いのだ。
だから、暴れると手がつけられない。
だから、『魔王』は支配下に置く事を優先した。
「我ノ記憶カラ出来テイルノデハナイノカ?」
「―――――――――――!!」
この違和感は、無視できない。
明らかに、おかしい。
このかつての魔物たちが『魔王』の記憶から創られたモノだとすれば、この差はなんなのか?
思えば、あの『巨狼』も本当に同じだったか?
その昔に在ったモノとは違う、何かの介入があったのではないだろうか?
「殺気ナド、貴様ニハ似ツカワシクナイ」
呪いを振り撒く者であるから、分かる。
漏れでる殺気と、戦意が。
嵐に『誰かを害そう』などという思考はない。
だというのに、今対峙している嵐からは、明確な人為的なものを感じる。
「……誰カ、乗ッテイルナ?」
「――――――――」
そこに在るだけで、魔法が発動する。
この『嵐』の最大の武器だ。
海という根城から大量のエネルギーを引き出し、体を通せばそれだけで攻撃になる。
巨大な津波が、大地を割る雷が、空間を裂く真空波が、絶えず流れ出るのだ。
垂れ流されるそれらは、一つ一つが直撃すれば即死するほどの威力がある。
「ダガ、関係ナイ」
全ての魔法が、『魔王』へ襲いかかる。
大陸を更地にしても余りある。
何百年も、人類が滅ぼすことが出来なかった
しかし、
「殺ス」
問題にもならない。
歴代最強の魔物は、『魔王』なのだから。
※※※※※※※※
「修行、と言えども、特別な方法などではありません」
ルサルカが闇に向けて話すのは、報告のためだ。
例え、意志なき獣だとしても、伝えようとすることに意味がある。
こちら側の発された意志を汲み取り、感じる。
そういう能力がある事は、長い付き合いだから、知っている。
「小生に出来るのは、ほんの些細な事だけ。小生は、そもそも戦闘を得意とする人間ではありませんから。貴女と違って」
肌に突き刺さるような、意識を感じた。
ルサルカは面倒くさそうにしながら、その不快な感覚を無視する。
思わず溜め息が漏れるが、気疲れからだろう。
かなりの緊張が走っていた。ソレのミスと脱落は、ほぼ最悪の事態と言っても良かったのだ。少なくとも、詰みを覚悟していた。
だが、これで対象が、皮肉が通じるくらいには回復した事を確信する。
詰みから、持ち直したのだ。これ以上の僥倖はない。
「ですから、小生に出来るのは、努力する土台を作る所までです」
だから、ルサルカはとても気楽だった。
自分のやるべき事は、ほぼ終わったと思ったからだ。
気分が乗って、だんだんと饒舌になっていく。
「貴女から与えられた権利では、出来る事にも限りがあります。何故、私が彼らから許可を求めなければならないのでしょう?」
やれやれ、と肩をすくめる。
もっと何とかならなかったのか、という文句だ。
何とも言えない感覚が刺さる。
流石にミスをした以上、申し訳なさを感じているのかもしれない。
ルサルカは、とても気分が良かった。
「まったく、貴女は詰めが甘いのですよ。自分が最強と誇るのは結構ですが、足元がお留守になっていては、ねぇ?」
言い返したいのに、言い返せない。
もどかしい、腹立たしい。
そんな感情が伝わった。
ルサルカが、思わず頬を緩めてしまうため、余計に『怒り』が刺さる。
それによってさらにルサルカの気分が良くなる。
「さて、貴女の望み通りかは分かりませんが、今のところ上手くいっていますよ」
酒に酔ったような気分の良さだった。
だが、あまりからかい過ぎれば、手痛いしっぺ返しをくらうかもしれない。
まだそこまで回復してはいないだろうが、ルサルカの相手は怪物だ。
良い具合の場所で、切り上げて、話を進める。
「時間を凝縮し、鍛練をさせ続ける。なるほど、これはレベルアップを図れますね」
今現在、アリオスとクロノは模擬戦を行っている。
迷宮のマスターの権限で制御されているその部屋では、通常の早さで時間が流れていない。
外では『魔王』が顕現し、二日未満。だが、既に迷宮のその部屋では、二年以上の時間が経過している。
「漫然と過ごす中での努力ではなく、常に戦い続ける経験は、それはそれは素晴らしいものでしょう。本当の死ぬ気は、とても糧になりますゆえ」
同意しているのだろう。
空気が柔らかくなったのを、僅かに感じた。
「それにしても、凄まじい強制力。流石は星の化身。世界を管理するのは得意技、ということでしょうか?」
今度は、うってかわって警戒の色が混じる。
下手に出過ぎて、気持ち悪いと思っているらしい。
心外だったので青筋が浮かびかけた。ルサルカは珍しく本心から褒めたのだが、若干後悔しかける。
ぐっと気を持ち直し、笑みを深め、
「留めるほどに時間を止める。空間を自在に引き裂ける。死んでさえいなければ、全てを元に戻せる。その支配力は凄まじいと思ったのは本当です」
「―――――――」
「『魔王』の記憶から作り出した怪物たちに、彼らの魂を乗せるなど。開いた口が塞がりません」
目の前に居れば、ニコニコとしていただろう。
感情がいつもよりダイレクトに伝わる。
いつもこうなら、と思わないでもなかったが、余計に鬱陶しそうなので想像を打ち消す。
「では、小生はこの辺りで。また次があれば進捗を……」
ルサルカは、振り返り、その場から立ち去ろうとした。
だが、強い思念を叩きつけられる。
これは、『待て』という表明だ。
なんとなく、嫌な予感がした。汗が伝う感覚など、ルサルカは久しぶりだった。
「……は?」
意識が、伝わってくる。
複雑な思考であるため、全てを詳細にとはいかないが、絵図の全体像が浮かんでくる。
「小生も、体を張るのですか?」
当然だろ、という圧がかかる。
世界の権限を握り、時空すら操れるルサルカだが、それはあくまで操作権を与えられているため。
好き勝手できるが、上には逆らえない。
大元の命令を遵守することで、権利譲渡が成り立っていると言っても過言ではないのだ。
元とはいえ、ソレはダンジョンマスター。
その行為が迷宮のためなら、ルサルカは命令に従う義務がある。
「……はあ、分かりましたよ。やりますやります。上手くいかなかくても、文句は言わないでくださいね?」
「――――――――」
「死んだら、化けて出てやりますよ」
大きく息を吐きながら、ルサルカは退室する。
だが、義務などなくても、やる気はあった。
ソレが復活できるだけの時間さえあれば、あとは何も考える必要はないからだ。
※※※※※※※※※※
「……アノ小僧ドモダナ?」
すべての魔法を捌ききった。
あらゆる知恵を暴力で凌いだ。
戦闘中、拾った相手の特徴、センス、クセ。そこから記憶の中で分析を繰り返す。
それから、『魔王』は気付く。
記憶の中にある存在との違いの正体を。
「ナルホド、人ラシサノ正体ガ、コレカ」
おかしくはあった。
明らかに違う所があって、その理由を戦いながら探していた。
ちょうど、一日がかりの長い戦いだったので、考える時間はあったのだ。
だから、ようやく至れた。
あまりにも荒唐無稽な、大魔法だ。
「ククク、クク……」
ガワは、記憶から再現した屈強な魔物たち。
それを操縦する者は、小賢しき人間。
この奇跡を実現するためには、魂に干渉するという荒業を行わなければならない。
これが、どれほどの技術が必要か。
少なくとも、『魔王』には見当もつかないほどに、これを仕組んだ者は高い位置にいる。
「面白イ」
余計に、やる気が湧いてきた。
強い敵であるほど、殺さなければならないのだ。
破滅を求める『魔王』は、この極上のエサを無視する事が出来ない。
「スグニ、殺シテヤロウ」
深く、獰猛に、『魔王』は嗤う。
夢想するのは、獲物の血飛沫と死に顔だ。