巨人は、恐るべき存在だ。
北の山に鎮座するソレは、古から存在する。
いったい、いつからソレが北に居着くようになったのかは、誰も知らない。
何故なら、自身の領域に入り込んだ全てを排除する、というプログラムに則るだけの半生物であり、そして、手がつけられないほど強かったから。
つまり、ソレの生誕のヒントとなり得る場所にも近付けず、そもそもソレを見た者がほぼ殺されてきたのである。
かろうじて、ソレの存在によって、その山は草一本生えない、永久凍土が支配する死の冬山と化したと伝わるのみで、『勇者』が現れるまで、姿すら曖昧だったのだ。
王に付き従うようになるまで、『霜の巨人』は、無頼の怪物だった。
龍は、最上位の存在だ。
龍という種族自体が、そもそも強い。
強靭な肉体を持ち、一日で千里を駆け、一晩で二千里を飛び、永き時を生き、死体すら大量のエネルギーを宿し続けて朽ちないほどの生命力を持っている。
その魔力も凄まじく、吐かれたブレスで森を更地にし、唱えた魔法は熟達した魔法使いを容易く上回る。
だが、ソレは、そんな最上位の種である龍の中でも、規格外。
世界中に散らばる百の龍から、龍の王として認められた極点。
そこを根城にした。たったそれだけで、南の大森林を巨大な砂漠へ変えた。
魔物の王でなければ、謁見すら出来なかった稀代の怪物。それが『黄金の龍』だった。
だが、
「ヤハリ、記憶ヲベーストシタダケデ、本物ニハ遠ク及バヌナ」
くびり殺された死体は、見るも無残だ。
黄金の鱗は引き剥がされて地面に散らばり、霜が降りている。
巨人のあちこちから火花が散り、身体のあちこちが溶けている。
共通しているのは、捻り切られた首だけだ。
「フム、フムフム。最初トハ、迷宮ノ質ガ変ワッテキタ。呪イヲ打チ込ンダ時ト異ナル」
魔物の王は、死体の上で、座り込む。
実に退屈そうで、そして傲慢だ。
一目で王と分かるほど、他とは違う。普通は、ここまで威風堂々と在れるものではない。
機嫌次第で、生死が決まる。
そんな、プレッシャーを放っている。
「主ヲ変エタカ。ダガ、」
ピリピリと、空気が震える。
泥の奥底から湧きあがるような、呪いが溢れる。
呪いの耐性を会得した迷宮ですら、小さく震えるほどの呪詛だ。
例えるならば、大瀑布。
都度都度、迷宮が蓄え、浄化し、収め続けても、なお余りある呪いの暴走。
それは、負の感情に連鎖したもの。
「飽キテキタ」
不快である。
たったそれだけで、世界が揺らぐ。
これが、『魔王』のスケールだった。
「茶番モ、ホドホドニシテ欲シイ。ドレダケ、オ預ケスルツモリダ?」
求めるモノは、強者の死だ。
命を懸けて闘い、返り討ちにあった者の末路。
苦痛、嫌悪、誇り、希望、思惑、策謀、理解、傲慢、安堵、願い、諦念、悲哀、恋慕、憤怒、恐怖、禍根、嫉妬、達成感、虚無。
あらゆる要素が入り交じった、ソレが見たい。
だというのに、
「命ノ輝キガ見エナイ。懸命デモ、全力デモ、死ノ危険ガ無ケレバ、見エヌノダ」
どれも、命を懸けていない。
死のリスクが、存在しない。
そんなもののどこに、輝きが宿るというのか?
求めるモノをお預けさせられて、ずっと我慢が利くほど、『魔王』の気は長くない。
溢れる呪いが、世界を壊す。
既に玩具には飽きている。次の興の乗るモノがなければ、世界をそのまま破壊する。
それだけの力が、『魔王』にはあって、
「寄越セ! 命ヲ! ドコニ居ル!? 強キモノヨ!」
大気が震える。
王の怒りに呼応して、呪いは強まる。
ここがもしも外ならば、確実に『裁き』と『星霊』が出現するほどに。
あり得ては、いけない光景である。
エネルギーというものにも、許容量があるはずなのだ。使えば有用な魔力にも、ひとつの生命が宿せる量には必ず限界がある。
呪いなどという有害なものなら、その縛りはさらに強くなる。
だが、『魔王』の生み出す呪いは、際限がない。
あまりにも巨大。あまりにも、潤沢。
ともすれば、星を上回らん勢いかもしれず、
「コノママ世界ヲ滅シテモヨイ……」
「それは困ります」
呪いの発生が止まる。
すべての動きを停止させ、まず自身の右肩を見た。
「コレハ……」
異形の腕が、無くなっている。
肩から先は完全に消失しているが、血は一滴も流れていない。
明らかに、異常事態だ。
だが、『魔王』は状況理解するより、攻撃を防御するより、反撃を行うよりも先に。
ただ、喜びを表した。
「貴方を足止めしろとお願いされまして。残念ながら、この世界を壊されるのは困るのです」
男だった。
見慣れない真っ白な服を着た、胡散臭そうな男だ。
四方に身の丈ほどのナニカを浮遊させ、気味の悪い力で身を包んでいる。
これまでの茶番とは、明らかに違う。
死の香りが、漂っていた。
「ハハッ!」
「『祭殿』」
凄まじい気配がした。
色濃く現れる、『魔王』が嫌悪する力。クロノという人間からも感じた、相容れないという酷い厭悪。
生きていた頃にも何度か確認したが、
明らかに、ネジが飛んでいる。
普通、ここまで行けば帰ってこれないのに。
「『神官』カ!?」
「ええ、見ての通りの『神官』です」
既に、祈りは届いたようだ。
目に見えるほど濃く、『神』の力を感じる。
「神無き世界で神へと祈る。そんな異端者の元締めが、小生です」
「面白イ!」
力が弾ける。
爆発的に増幅されたエネルギーが真正面からぶつかり合い、空間が捻れる。
世界は大きく歪み、そして、
「貴様モ、クビリ殺シテヤロウ!」
「遠慮します。小生は、迷える子羊たちを導かねばならない。まだ、死ぬわけにはいかないのです」
神官の四隅に配置された柱が舞う。
空のテーブルが現れる。
色鮮やかな花々が光る。
手に持つ皿の上に置かれた肉塊が、嗤う。
神官というものと戦った事はないが、『魔王』は知識として知っている。
本来、もっと大規模な建築物の中で、さらに多くの人数を必要とする行為のはず。
だが、この神官は単体、しかもたったこれだけの設備で、『魔王』の呪いと同等の力を引き出している。
儀式
空間を清め、供花し、贄を捧げ、祈る。
神への祈りを通して、加護を得る。
それによって達する目的は様々だが、今回の場合、十中八九『外敵の排除』なのだろう。
魔法使いでいうところの詠唱にあたるが、かけられる手間と力の源は別物だ。
対応策は、セオリー通り。
発動する前に叩けばいい。
しかし、
(コノ、凄マジイ『神気』ハ……!)
四方を結界で囲み、その内部を神殿と見立てているのだろう。
テーブルに置かれた花が、急速に萎れていく。
肉塊を捧げ、神官は十字を切った。
儀式が進むごとに、爆発的に『神気』が高まる。
下手に手を出せば、攻撃した『魔王』の方が傷ついてしまうだろう。
在りうべからざる奇跡を、目の当たりにする。
人がここまで至れるとは、完全に想定外だったのは、隠す余地もない。
「神官、貴様!!」
片膝をつき、両手を組む。
堂に入る祈り姿が見える。
儀式が大詰めに入ろうとしているのだろう。
呆気に取られて行動に移せなかったが、今度はすぐに動きだせた。
呪いを纏い、殴りつける。
しかし、まったくダメージはない。
これほど強力な結界には、お目にかかった事がなかった。
「主よ。主よ。我らが主よ。我らの願い、聞き届け給え。邪悪な者共を祓い給え」
感じ取る。
一際鋭い感覚を有する『魔王』だからこそ、ほんの僅かに。
世界の
鈍感な世界では到底気付けないほど薄くはあるが、確実に、なおかつ、強く。
「主よ、世界を捧げます」
「!」
この術を、『魔王』は知らない。
世界の全てを包み込むが如く、神の気配は顕現する。
そこは、踏み込む事の許されない区域。
神官が設定した、不可侵の世界。
「『聖域』」
確信する。
この男は、強い。