「いや、ボクは知らないよ。ボクの管轄じゃないからね」
ソファに深く腰掛けたアインは、とてもだらけきっていた。
脚を組み、腕をソファの背に任せていて、非常にリラックスしている状態だ。
どこから見ても隙だらけで、視線すらこちらに向けていない。
だから、そのまま叩いてやろうかと思うほど、舐め腐った態度である。
「状況的に、貴様以外の誰に容疑者が居る?」
「貴女の手の者でしょう? 今すぐ、クロノくんへの攻撃を止めさせてください」
「だから、知らないって。彼は、別にボクの命令で動いてる訳じゃないし」
見つけるまでに、かなり時間がかかった。
なにせ、浮き雲のような人間だ。
いつもどこをほっつき歩いているか知らない上に、気配を誤魔化すのが抜群に上手い。
居そうな場所をクロノから聞き出し、しらみ潰しで探してようやくだ。
なのに、返答はこれである。
いい加減な言葉に、早くも嫌気が差す。
「確かに、ボクはクロノくんに修行をつけてたけど、それとこれとを繋げるのは難しくない? ボクだって、クロノくんに死んで欲しい訳じゃないんだ」
「…………」
「暗殺者雇うって、流石にやり過ぎでしょ。ボクはわざわざそんなことしないよ」
アリシアの虚偽看破に、その発言は引っ掛からない。
しないと断言したのだから、本当の事なのだろう。
だが、どうにも怪しくてかなわない。
「……お前は今回の件、積極的に関わってはいないのだな?」
「まあ、そうだね」
「でも、利用くらいはしているんじゃないですか?」
ぐだりと弛緩した体が、一瞬強張った。
図星をついたと、確信する。
やはり、油断も隙もない。ほんの少しでも気を抜けば、真意を隠し通されてしまう。
絶対に逃がしはしないと、強く決意する。
「クロノくんを強くして、どうするつもりです? 何のためにこんな事を?」
「これから、どうするつもりだ? どうやって、お前の目的に奴を使う?」
「あー、そんなに一気に質問しないでくんない?」
煩わしそうに、アインは言う。
問われたくない事を問うている確信を、二人は抱く。
「ボクは、別に君たちをどうこうしたい訳じゃないよ。クロノくんを鍛えたのだって、そこまで深い意味はない」
「……初めて嘘を吐きましたね?」
「やっぱり虚偽看破を使ってるか。難しい魔法なのに、よく出来るねぇ」
やれやれ、と首を振る。
これを確かめるための嘘だったようだ。
だが、これは重要な情報である。
発言の内容を考えれば、『どうこうしたい訳じゃない』か、『深い意味はない』のどちらかが嘘だということ。
どちらにせよ、平穏とは言えない。
「なら、余計に迂闊な発言は出来なくなったね」
「…………」
このまま、黙りを決め込むつもりなのか。
眉間にシワが寄る。
背景を聞き出し、計画を止めさせる。だが、頑なになられれば、それは叶わない。
重い沈黙が、横たわる。睨み付けるように、アインを凝視する。
だが、突然、アインがふわりと笑った。
「怖い顔しなくても、教えてあげるよ。全部じゃないけどね」
「「!」」
触れた事のない、奥底。
恐ろしき魔女の目的。
その断片であろうとも、興味をひくには十分すぎる。
語り出されるまでの僅かな間、固唾を飲んでしまったのは、仕方がなかった。
そして、
「越冥教団」
「「!」」
聞いた名前に、さらなる驚愕を隠せない。
「その組織の人間に、用があるんだ。彼はそのための手がかりさ」
「……どういう意味だ?」
組織の名を聞いてから、多少は調べた。
国に深く関わっているらしい、秘密組織だ。その活動には犯罪が多く含まれているのが、先の件で確認された。なので、将来国を背負って立つ者の一人として、暴かない訳にはいかなかった。
親の権力もそうだが、それなりの伝手はある。片手間ではあるが、質と量共に十分な調査は可能だった。
だが、分からなかった。
全容が大きすぎる。隠蔽が上手すぎる。全体像が複雑すぎる。
理由は幾らでもあるが、分からなかったのだ。
アリオスたちを襲ったキメラ、アリシアの家と関わりがあった男、果ては、リリアの神体に至るまで。関わっている可能性だけなら、すべての事件に教団は絡む。
分かった事と言えば、想像以上に巨大な組織という事だけだった。
それに、クロノがどう関わるか?
嫌な予感が、止まらない。
「クロノくんに、教団が興味を示してる。これは、なかなか無い事だよ」
「何故、興味を示していると?」
「彼の近くで事件が起きすぎてる。普段、尻尾を見せないのに、この最近は異常だ」
その興味が、どう作用するのか?
もしも、もしも、悪い予感が当たるのなら。
「教団の商いの中でも主流なのは、人身売買。実験のための素体は、多いに越したことはないしね」
「実験……?」
「アリオスくん、君は見たはずだよ。教団のキメラの主な材料は、人間さ。君たちを襲った奴に、いったい何人使ったかは知らないけどね」
ゾッとする。
特に、実物を見たアリオスは特にだ。
確かに、人らしい要素はあった。だが、何をどう使えば、人はあそこまで怪物に成れるのか?
それに、あの冒涜を固めたような存在を、作り出す組織など。
関わりたくもないほど、気持ち悪い。
だが、そんな組織に、何らかの形で狙われている可能性があるのは、見逃せない。
「クロノくんが、実験に使われる、と?」
「どっちかっていうと、実験の産物がクロノくんだろうね」
聞き逃し出来ない事だ。
実験の産物とは、本当に穏やかではない。
どういう事かと二人は詰め寄ろうとして、寸前で制される。
「実験体の中でも、恐らくは成功作の部類なんだろう。野に放ち、ストレスをかける事で、能力の成長を目論んでるんじゃないかなあ」
「「…………」」
「で、多分だけど、近々面白い事になるよ。詳しくは分からないけれど、明日、明後日、いや、もしかしたら今日起きるかも……」
ロクな事が起きないのは、確定的である。
嫌な予感がした。
背中から蛇が這うような、気持ち悪い感覚がした。
「私がクロノくんの所へ行きます!」
「分かった」
おぞましさに弾かれるように、アリシアは駆け出した。
風の魔法もふんだんに使った移動方だ。
音もなく、凄まじい速度で消えていく。
残ったのは、険しい表情のアリオスと、薄ら笑いを浮かべたアインだけだった。
「……貴様の知る、クロノの詳細を言え」
「いや、知らないよ。むしろ、ボクが教えて欲しいんだけどなあ?」
嘘を言ってはいないのだろう。
虚偽看破が手札としてある事は印象付けた。ここで油断して、堂々と嘘を吐くバカではないはずだ。
だが、嘘であって欲しかったと思ってしまう。
ここまで危険な状況で、現状何も打つ手がないと宣言しているに等しいのだから。
「では、教団の情報は?」
「すっげーデカイ犯罪組織。世界中に根をはってて、手に負えない」
そんなことは分かっている、と怒鳴りたかった。
不真面目は元から嫌いだが、状況が状況である。余計に怒気が湧いてくる。
難しい顔で、アリオスは固まる。
怒りに身を任せたいが、それでヘソを曲げられれば困ってしまう。
出来る事は、精々なるべく有益な情報が出される事を祈るだけだ。
そして、その祈りは、存外通じたらしい。
「……教団は、教主と呼ばれる者を筆頭に、幹部として六人の使徒が居る。教主が表にまったく出てこない。だから、被害を撒き散らし、組織を運営してるのは、実質使徒たちだ」
「使徒……」
「実験も、使徒たちがやる事さ。いったいどの使徒からクロノくんが作られたんだろうね?」
手がかりを探す。
どんな小さな事でも良いから、と願っている。
どんどん、表情が険しくなっていくのを、アリオスは止められなかった。
「……その使徒とやら、強いのか?」
「大袈裟じゃなく、一人で国を滅ぼせるくらいにはね」
「貴様でも、勝てないか?」
「今は無理かなあ。多分、君たちじゃあ、何人がかりでも十秒持たないよ」
そして、疑問が浮かぶ。
嫌な予感が、背筋を伝う気持ち悪さが、ピークを迎えた。
口に出したくないのに、漏れ出てしまう。
「その使徒が、動く可能性は……?」
「さっき言ったでしょ? もしかしたら、今日にでもってさ」
あまりにも、危うすぎる情報に、アリオスは理性を保てなかった。
すぐさま、アリシアの後を追いかける。
一人取り残されたアインは、ニッコリと笑う。
「じゃあ、始めよっか。面白い茶番を用意してるんだろう?」