シャドウガールズ-主と共に陰に潜み、陰を狩る- 作:越路遼介
「だいぶ戦えるようになったね、ベータ」
「はい、シャドウ様」
ベータがシャドウとアルファに助けられて、しばらく経った。
相変わらず廃村を拠点としており、シド・カゲノーことシャドウはアルファとベータにスライムスーツの活用と剣の戦い方を叩きこんだ。
元々狩猟民族であるエルフ、かつ彼女たちは英雄の子孫、元々戦闘の下地はあった。
そこにシャドウから力を与えられ、正しい魔力の使い方を徹底して学ぶ。
アルファとベータ、二人がかりでもシャドウから一本も取れないが、それでも二人はシャドウから学ぶことは多い。ベータは早くもスライムスーツを着こなし、得意の弓を始め、スライムソードでも十分戦える。
現在、アルファとベータはシャドウに養われている形だ。
盗賊狩りにより十分な金はあるから、そう言われているもののアルファとベータは現状が悔しく思う。しかし、まだ子供の身なのでは何もできない。彼女たちが仕えるシドが盗賊狩りにより収入を得ていること自体が、おかしな話だ。
「絶対に貴方の枷にはならないわ。お金も自分たちで稼ぐ組織を作るのだから」
「まあ、組織拡大には資金は欠かせないものね。そういう人材も得られたらいいね」
最近は盗賊狩りにアルファとベータも同行している。頼もしい味方として活躍してくれる。人殺しという処女を捨てた彼女たちだった。
「アルファ、そろそろエルフの森に赴き、悪魔憑きの子を見つけようと思うけど」
「そうね、ベータも戦えるようになったのだから、どんどん組織のメンバーを増やしていかないと」
「シャドウ様、ここ私たちの拠点から魔力探知では見つからないのですか?」
「現時点ではね。ベータを見つけられたのも、たまたま君があの町に流れついてくれたからだ」
「ならば、先の仮説通りエルフの森に行って魔力探知をした方が早いでしょうね。明日の朝にエルフの森に発ちましょう」
アルファの言葉にシャドウとベータは頷く。そしてその夜
「ううう…」
ベータ、戦闘はこなせるようになっても、やはり人を殺す覚悟はまだなかったようだ。
まだ少女なのだから当然か。盗賊など当人たちもロクな死に方はしないと腹を括ってやっている生業だろう。いずれ殺されると予想もしている。
今まで襲った中に悪魔憑きを連れている盗賊はいなかったが、それでも彼らを討つことはこの世界の一隅でも平和に出来ることだし、自分たちの資金にもなる。一石二鳥のことなのだと頭で理解しても、やはり殺した男の顔が頭によぎり眠れない時もある。明日はエルフの森に向かう。森周辺でシャドウが魔力探知を行えば、かつての自分と同じ悪魔憑きを見つけることが出来るかもしれない。悪魔憑きの子の救出と新たな仲間を得るための大事な仕事だ。だが眠ろうと思っても睡眠に入れない。
そんな時、ドアがノックされた。シャドウ、いやシドがドアの前に立っていた。ベータはシドを招き入れた。
「眠れない?」
「はい」
「その理由は薄々分かる。だが越えてもらわねばならない」
「はい…。シャドウ様」
「ま、今はベータがよく眠れるよう、お話を聞かせてあげたいと思ってさ」
「お話ですか?」
「うん、面白い物語」
「わあ、聴かせてください!」
「では『シンデレーラ』というお話から」
シンデレーラが十二時の鐘が鳴って舞踏会から出ていくところでベータはスヤスヤと眠っていた。とても盗賊相手に無双の武勇を繰り出す少女とは思えない可愛らしい寝顔で。
「王子様との再会は次の機会に…。でも一説では『本当は怖いシンデレーラ』なんてものもあるけど、こちらも話すべき…いや、やめておくか」
目をキラキラさせて王子様と踊るシンデレーラの姿を想像していたベータ、『本当は怖い~』なんてものを話すのは無粋だと思った。
翌朝、シャドウはアルファとベータを伴い走った。二人がギリギリ付いてこられる速度で走る。これも体力と疾駆を身に着けるよき修行だ。
そろそろランチタイムかと言う時に森に着いた。一度も休憩なし。アルファとベータはゼエハア息を切らしているがシャドウは汗一つかいていなかった。
「まだまだね、遠いわ」
「でもスライムスーツ本当にすごいです。汗も吸収してくれるし、走ることによって熱くなる体温も調節してくれるみたいで」
「だろう、ベータ。初めてその効果を発見した時は我ながら何ていい仕事をしているかと思ったよ」
「さすがですっ、シャドウ様!」
さっそく何かメモをするベータだった。
「で、シャドウ、私たちが来られるのはここまでね。これ以上進むと森に住むエルフたちに気づかれるから」
「んっ、そっか。では始めるよ。魔力探知」
シャドウは神経を集中して魔力を錬成、エルフの森周囲に悪魔憑きがいないか検索を始めた。
「アルファ様?」
そのシャドウの様子を真剣な眼差しで見つめるアルファ、ベータはハッとし、この魔力探知をいつまでも彼に任せきりではダメなのだと気づき、ベータもシャドウの魔力探知を自分の魔力を通じて見つめ、必死に盗もうとする。
「遠からず悪魔憑きの解呪も我々で出来るようにならなくては」
「はい、アルファ様」
「見つけた。エルフの森の中にはいないけれど…アルファ、ここは東門近くだっけ?」
「そうよ」
「だったら、あっちは西門か。西門から…速度からいって馬車だ。悪魔憑きが一人森の外に運ばれている」
「盗賊もしくは奴隷商…。何人いる?」
「三人だな」
「分かった。ベータ、その子の奪取は私と貴女だけでやる」
「…!わっ、分かりました」
「シャドウ、西門なら元々この森の出の私たちなら分かる。急ぎ捕捉して悪魔憑きの子を奪う。少し遅れて来て」
「分かった。二人を信じるよ。その子を救出したあとにお弁当にしようか」
「ふふっ、そうね。じゃ、行くわよベータ!」
「はいっ」
相手が四人なら許可しなかっただろうアルファの申し出。シャドウの元から離れて西門へと駆けていくアルファとベータ、ベータはまだアルファの後ろを歩くだけだ。相手が賊徒とはいえ、それを殺すことに平気になるには、まだ少し時間がかかるだろう。
「まあ、お互いまだ子供だしね。さて万一もある。彼女たちに付かず離れずにっと」
「ベータ、戦いに躊躇いは不要よ」
「はいっ」
「シャドウは馬車の速度と言った。見敵必殺、馭者を弓矢で片付けてちょうだい」
「承知しました。…アルファ様!」
「いた…。先回りするわ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どうしてこんなことに…。私が何をしたというの。悪魔憑きの少女はそればかり思った。
ある日、体に奇妙な痣が出来て、やがて激痛が走った。放置してよくなるものではないと思い、家族に相談したら、そのまま監禁された。食事も水も与えられず。水がなければエルフでも三日で死ぬのに、それで死ぬことはなかった。しかし変わりに痣はやがて壊死となり生きながら体が腐っていき、耐えがたい苦痛の日々、体の内部から刃物で刺されているよう。燃えるように全身が熱い。
数日経って彼女は法衣を着た聖教の者たちに売り飛ばされた。優しかった両親がまるで汚物のように元娘を見た。法衣を着た男から渡された金に喜んでいた両親を見て彼女は何を思ったのか。絶望しかなかった。
そしていま、彼女は檻に入れられて馬車で運ばれている。これから、どんな地獄が待っているのか。その時だった。
ドサッという音がした。馬車の馭者の眉間に弓矢が深々と刺さって地に倒れた。即死だった。
馬車の左右、馬に乗っていた聖教の信徒は異変に気付いたものの森の樹々から真っ逆さまに降りてくるアルファとベータのスライムソードに成す術なくあっけなく討たれた。
しかし
「うえええっ」
ベータが嘔吐、人を殺めることはこれが初めてではなかったが、いまだ迷いが生じ、こうして体が拒否反応を起こしてしまう。
「仕方のない子ね」
呆れたようにアルファが言った。
「ごめんなさい…」
アルファは馬車内へ。悪魔憑きの少女を見つけた。
「かなり進んでしまっている。私じゃ解呪はまだ無理だわ」
「よくやった。アルファ」
「シャドウ、早かったわね。付かず離れず見守っていてくれたの?」
「そんなところだ。ベータよ」
「はっ、はい」
「今宵も寝物語を聴かせよう。いずれ我の話を聴いているうちに迷いも消える」
「シャドウ様…!」
「まったくシャドウは甘いのだから。人の財布を抜き取りながら言うことでもないし」
威厳と優しさを兼ねてベータに話してはいるが、行動は聖教の信徒の衣服から財布を抜き取っている。抜け目のないことで、アルファは苦笑した。
「アルファ、もう少し見取りを続けて解呪が出来ると見込んだら申し出るがいい。我と一緒に解呪を行い指導する。魔力操作を誤れば相手の子を殺めかねない危険なものだ。少しずつでよい」
「分かった。ありがとう、シャドウ。お願いね」
「ああ、よいしょ」
馬車から檻を運び出したシャドウ。格子をこじ開けて悪魔憑きの少女を出した。
「つらかったであろう、いま呪いから解放してやる」
シャドウの両手に青紫の魔力の光、それが悪魔憑きの少女へと降り注いだ。
「んっ、んん…」
うつ伏せで倒れていた少女は土のにおいを感じた。嗅覚などとっくに失っていたというのに。そして見た。青紫の光を。温かい光を。視覚も触覚も失せていたのに。
起き上がると漆黒のローブをまとう少年、そして黒い光沢も鮮やかなスーツを着るエルフの美少女。同じエルフの森の出とだけは分かったが面識はなかった。
「あ、あああ…」
少女は泣いた。元の体に戻ったと分かるや森中に響くほど大きな声で。
痛くない、苦しくない、呼吸がスムーズに出来る。それだけでどれだけ幸せなことか。
「シャドウ、三人続けてエルフ…。貴方の仮説…」
「まだ分からない。実を言うと我の姉も悪魔憑きになった」
「「えっ!?」」
アルファとベータも初耳だった。
「まだ発症間もなくだったから、我がストレッチ…軽い運動をサポートしながら治したけどな。まあ、悪魔憑きの謎を今後調査していくのも我らには必要だろう」
「ええ、もちろん」
ベータが少女に歩み
「森の収穫祭で見たことあるわね…。私はベータ、貴女は?」
「ぐすっ、私はセイラ…」
「もう大丈夫、貴女の悪魔憑きは治ったわ」
セイラはシャドウに祈るように手を合わせた。
「なんてお礼を…。このご恩は一生忘れません」
シャドウはかぶりをとり、ニコリと笑い
「お腹が減ったでしょ、一緒に弁当食べようか」
シドとなってセイラに言った。
「そうしましょう、この辺にいい清流があるのよ」
アルファのおすすめの清流へと向かった。せっかくの清流、シドはズボンをめくって川に入り、何と手づかみで魚を次々と捕獲した。セイラはその様を見て
「えっ、魚って素手で捕まえられるものなの!?」
「シャドウ様なら容易いことです!」
「いや、なんでベータが得意げなのよ。シド、魚はその辺でいいわよ」
火を熾して獲れた魚を焼き、拠点からもって来た弁当を広げた。朝から三人で作ったもの。
「よかったら僕の食べなよ。僕は魚だけで十分だから」
「い、いえ、そんな」
と、遠慮しようにも実に美味しそうな弁当、悪魔憑きになって以来、食事なんてしていなかったのだから、セイラは空腹だった。アルファとベータを見ても『もらっておきなさい』という顔をしている。セイラは裸身だがスライムによる簡易なマントを羽織っている。
遠慮しつつシドから弁当を受け取り、一口食べるや夢中で口の中に入れていく。涙が出てくるセイラ。
「おいひい…。おいひいよぉ…」
後に大商会のトップとなる彼女だが、この時の弁当の味を忘れることは無かった。
「そりゃよかった。おっと、そろそろ焼けるかな」
昼食を終えて、改めて挨拶となった。シド、アルファ、ベータが名乗り、そして
「セイラと言います。あの…」
シドとアルファはベータを見つめる。勧誘してみろということだろう。悪魔憑きになったということは英雄の子孫、魔力を豊富に有していること。戦力になる。
たとえ、個人的武勇があろうとなかろうと、それは用いるシドとアルファ次第ということだ。ベータが勧誘のため話を切り出そうとしたところ
「あ、ごめん、ベータ、セイラ。シド、ちょっと訊いていい?」
「ん、なんだい?」
「私とベータ、セイラは悪魔憑きで何もかも失った。家族に捨てられた。それまで優しかった父母が簡単に裏切り奴隷商人に売った。正直言うと、これは心にかなりのダメージを負っていても不思議じゃない。だけど私とベータも悪魔憑きの解呪の翌日には貴方との戦闘訓練に入れたわ。どうして私たちは心にダメージを負っていないの?」
言われてみれば…。ベータとセイラもシドを見た。ついさっき悪魔憑きが治ったセイラ、あんな家族の仕打ちを受けながらも普通に腹いっぱい食事ができた。普通なら体は治っても心は壊れていても不思議ではない。
アルファの問いにシドはあっけらかんと言った。
「いや、心の傷も綺麗さっぱり消してしまうのが解呪だから」
悪魔憑きの解呪が、それに伴って受けた心の傷まで治すというのは私のオリジナル設定です。
13~15歳の女の子が突然両親に捨てられたうえ、悪魔憑きという身体的なダメージを負えば心まで壊れていても不思議ではなく、悪魔憑きが解消されても心のダメージは残るのではと考えました。
だから解呪のさいに、それも消してしまっているんだよ。ということにしました。