シャドウガールズ-主と共に陰に潜み、陰を狩る-   作:越路遼介

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第9話 ある侯爵令嬢の悲劇

王都地下の極秘施設に捕らわれていたオルバ子爵の娘ミリア、悪魔憑きが進行して、もはや人間の面影すら残っていない存在となっていた。

そしてあの日、白衣の狂人男がミリアに赤い液体の注射をするや、彼女はそのまま巨大化、悪魔憑きが完全に暴走してしまった。隣室にいたアレクシアの束縛を解いたことが彼女に残った最後の理性と言えた。ミリアは力任せに暴れる巨人へと。

 

何度赤い髪の武人に斬られても勝手に再生していく自分の体、気が狂いそうな痛み、人を殺めてしまった心の痛み、どうして自分がこんな思いを、と心の中で泣き叫んだ。

その時に歩み寄ってくれた金髪の美女が言った。

『かわいそうに、痛かったでしょう』

そう語り掛けてくれた。

『もう苦しむことは無い、悲しむことは無い、だからもう泣かないで』

温かい一閃だった。痛みも感じない、慈悲の剣、慈愛に満ち溢れた顔で切ってくれた女の顔をミリアは忘れなかった。

アレクサンドリアで養生して、ようやく気が付いた時に見た顔がそれだった。

抱きしめてくれた。生還を心から喜んでくれた。その女の名前はアルファと言った。

 

 

そして気づく。あの巨人の状態どころか悪魔憑きさえ治っているではないか。ミリアは泣いた。治った。症状が重くなるにつれ父オルバが腐った手を両手で握り『何も出来ないお父さんを許してくれ』と嘆き悲しんでいたことは忘れない。治ったところを父に見せてあげたいとミリアはアルファに訊ねた。

「お父様は、お父様はどこにいるのでしょうか」

アルファは

「時が来たら教えるわ」

そう答えた。ミリアはこの時すでに父オルバが亡くなっていることを悟ったのかもしれない。それ以降は父のことを誰にも訊ねようとせず、リハビリに励み、簡単な農作業を手伝えるくらい回復した。

 

そんなある日、アルファに誘われてアレクサンドリアを出た。数日の旅を経て森の中の古い石造りの施設に着いた。

かつてシド・カゲノーの姉、クレア・カゲノーが誘拐されて監禁された場所。

カゲノー男爵領から離れた森の中にあり未開地、大昔の軍事施設を再利用してオルバ子爵がアジトとして使っていた。

 

あの日、シャドウガーデンに討たれた者たちの亡骸は周囲の森に住む獣か魔物に食われたか、それとも教団に回収されたのか髪の毛一本も残っていない。

アルファが廊下の燭台に火を着けながら歩いていく。黙ってアルファの後ろについていくミリア、広いフロアに出ると床に大きな穴があった。

 

「ここで私たちは貴女のお父さんと戦ったわ」

「……」

「この大穴はオルバ子爵が剣を突き刺して地下に引いた場所、劣勢に陥ったけれど彼は玉砕して死ぬ気など無く、何としても生き残るつもりだったのでしょう。貴女のために。武人としては耐え難いことだったでしょうね。当時の私たちは貴女とそう歳が変わらない小娘、その七人組から逃走することは。でも彼はそちらを選んだ。地下に…私たちよりもっと恐ろしい者が待ち構えているとも知らず…」

「お父様…」

自分でも不思議なほどミリアは驚かなかった。父はすでに死んでいることは薄々分かっていた。

そして、父の命を奪った者は…

 

「アルファ様、話を聴かせていただけますか…」

「こっちへ。彼が待っているわ」

「彼?」

「…貴女の命を助けた人、そして私たちのリーダーである方」

 

地下に降りていく。一番奥の部屋に明かりが点いている。

「来たか」

シャドウだった。アルファが説明した。

「私には暴走した貴女を殺してあげることでしか救えなかったけれど、その後に彼の施術で蘇生することが出来たのよ」

改めてシャドウに礼を言ったミリアに残酷な一言が告げられる。

「ここで…君のお父さんと戦った」

「そ、それで…どうなったのですか…」

「我が討った」

「……」

「最期の言葉が『ミリア』だった」

「うっ、うううう…っ!うあああああ!」

これほど残酷な話があろうか。命の恩人と父の仇が同一人物なんて。

泣き崩れたミリア、膝から崩れ落ちた。かつてオルバが絶命した場所に。ミリアの前にシャドウはオルバの日記と遺書、形見の短剣、そしてロケットペンダントを置いた。鎖と蓋が錆びている。父の血がついてしまったのか。

 

「ううっ、うううう…」

涙と鼻水を垂らしながら日記を開いた。まぎれもなく父の筆跡だった。ミリアの悪魔憑き発症からその治療のためディアボロス教団に入ったこと、治療には英雄の血が必要、適応者候補であるクレア・カゲノーを誘拐すると決めたことが記されている。

 

「ディアボロス教団とは…」

アルファが説明していく。今まで何も聴かされていなかったのだ。

悪魔憑き、英雄の子孫、そしてシャドウガーデン旗揚げの経緯、さらにどうしてあの日にオルバ子爵と戦うことになったのか。

 

父とシャドウガーデンは互いに譲れないもののために戦った。そして敗れて父は死んだ。

ミリアは武人の娘、それは勝負で仕方のないことだと理解できる。

だが悪魔憑きとなった娘を利用して、追い詰められた父オルバを言葉巧みに騙して教団に引き込み、悪事をやらせていたことに怒りが湧いて止まらない。『クレア・カゲノーを誘拐する』この文字を、あの優しい父がどんな思いで記したのか。

 

オルバにディアボロス教団へ娘ミリアの悪魔憑きの治療を勧めたのはゼノン・グリフィと日記に在った。治療などされていない。無慈悲な実験だけだった。あの白衣の狂人男がたびたびゼノンという名前を言ったことを思い出した。激怒したミリアは

「このっ、このゼノンというやつはどこにいるのですか!こいつだけは許せない!」

「我が討った。十分苦しませてからな」

ゼノンはあの時、シャドウの桁外れの戦闘力に絶望しただろう。薬で力を倍増させたが手も足も出なかった。

 

オルバは娘ミリアあてに遺書も残してあった。いつか悪魔憑きが治った娘に読んでもらいたかったのだろう。そして、そのころにはもう自分は娘の側にいることは出来ないと分かっていたのかもしれない。未開封だった。アルファも読んでいない。

 

『我が最愛の娘ミリア、お前がこれを読んでいるということは悪魔憑きが治ったのだな。その姿が見られないのは悲しいが父さんはそれだけでもう何もいらないほどに嬉しい。そして、お前がこれを読む時には、おそらく私は生きていないだろう。もしくは側にいる資格を失った外道に落ちているのかもしれない』

自分を正当化することは何一つ書かれていなかった。

『もし私が誰かに殺されていたのなら、それは当然の報いだ。絶対に私を殺した者を怨んではいけない。復讐など考えてはいけない。父さんの望みは、ミリアが幸せに生きていくことなのだから』

 

遺書を丁寧に折り畳んだミリア、改めてシャドウに訊ねる。

「父は…強かったですか…?」

「強かった。最期まで勝利をあきらめなかった」

嘘ではない。実際『ただの盗賊にしては強かった』とシャドウは思ったのだから。

何より『ならば潜ろう、どこまでも』という台詞を言わせてくれたことで、彼はオルバの名演を称えて認めている。

 

形見の短剣を握るミリア、仇を討つのか、アルファが制止しようとしたがシャドウは静かに首を振る。悲しそうな瞳だった。

(貴方は…甘んじて受けようというのね…。そうね、貴方はそういう人…)

しかしミリアは短剣を抜くことはせず、胸に抱きながらシャドウに言った。

「父は…自分を殺した者を怨むなと記していました。だから…私はシャドウ様を怨みませんし復讐もいたしません。いえ…むしろ道を違えざるを得なかった父を止めて下さり感謝いたします」

「…そうか」

(ええっ、復讐してくれないの!?何通り練習してきたか、ただの陰シチュ妄想で終わり!?)

「だけど…ディアボロス教団は絶対に許せない!私をシャドウガーデンに入れて下さい!」

「ふふっ、ラムダの鬼教官ぶりを見たことはあるだろうに、それでもシャドウガーデンのメンバーになりたいと?」

「はいっ!」

「アルファ、使ってやるがいい」

「今日から貴女はシグマと名乗りなさい」

「はっ!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ニコ、僕、魔剣士団の試験に合格したよ!」

魔剣士学園3年のマルコ・グレンジャーは学園内のラウンジでくつろぐ婚約者のニコレッタ・マルケスに大喜びで報告した。

「おめでとう、マルコ」

ミドガル王国の魔剣士団は魔剣士学園を卒業していれば誰でもなれるものではなく、団の採用試験に通らないと属することは出来ない。魔剣士としての実力、品格、知識と色々と求められる。マルコの実力は十分、後に夫となる男の手を取り祝福した。

「すでに僕の両親には報告済みだから、ニコのご両親にも報告に行かないと」

「ええ、お父様、お母様も大喜びするわ」

 

今日は一緒に帰って、ニコレッタの家で夕食に、という運びになった。

「明日は卒業式前夜祭ね。マルコ、少しはダンス上手くなった?」

「え?いや、どうだろうなぁ…」

「もしかして試験勉強に追われて練習できなかった?」

「あはは…」

「しょうがないな、私がリードを取ってあげるから」

「頼りにしているよ」

ニコレッタは婚約者のマルコを愛してはいなかった。しかし、別に嫌いでもなかった。

魔剣士として腕が立ち、誠実で裏表がない。アイリス王女の覚えもよく、かつ美男子、いい人だと思っていた。この人と将来結婚するならそれでいいと。

後に『アクセサリーのように連れ回した』と述懐するのも、この時の思いからかもしれない。

 

卒業式前夜祭ではマルコと踊った。ニコレッタ・マルケスとして幸せの絶頂にいたころだった。

だが運命は残酷だった。彼女はこの日、マルコと踊った日に悪魔憑きを発症してしまう。就寝中に突如だ。

 

腕に違和感を覚え、そこから激痛が。飛び起きたニコレッタが見たものは自分の左手が原型を留めておらず、別の生き物がいびつな球体となって波打っていた。

「きゃあああああ!」

たまらず叫ぶと同じく腹部からも激痛が。寝間着をめくってみると夥しい痣が広がっているではないか。

 

娘の悲鳴に大慌てで駆けつけたニコレッタの両親、そしてニコレッタを見るや父親は

「なんてことだ…」

「ニコ…」

お父様が、お母様が助けてくれる、ニコレッタは思った。しかし

「捨ててこい!マルケス家から悪魔憑きが出たなど知られたら!」

「あなた、聖教が引き取ってくれるのでは…」

「今から聖教関係者に渡りをつけているゆとりはない。夜が明ける前にこれを始末しなければならない。馭者のルウを呼べ、馬車で運んで捨てさせる」

「分かりました。でもグレンジャー家にはなんと?」

「就寝中の突然死で通すしかあるまい。葬式もやる」

ニコレッタは父と母が何か知らない魔物になった気がした。ほんの数時間前まで優しかった父が何の躊躇もなく捨ててこいと言った。

「お、お父様…お母様…?」

 

マルケス家の馬車の馭者を務めるルウが来た。

ニコレッタが生まれる前からマルケス家に仕えている好々爺、優しいお爺ちゃんだったがニコレッタを瞬く間に簀巻きにして担いだ。猿轡もされて声を発することも出来なかった。何が、何が起こっているのかニコレッタは理解が追い付かない。

「旦那様、南の森に捨ててきます。魔物も多く棲息していますので片付けてくれるでしょう」

「それでいい。頼んだぞ」

「んー!んー!」

涙を流して許しを請うが、ニコレッタの両親は元娘に見向きもしなかった。

 

そしてニコレッタがかつて慕った老爺に馬車から放り投げられた。地面に強打し全身が痛い。悪魔憑きが進んでいき、体の内部から剣で斬られているよう。

馬車は瞬く間に去っていく。簀巻きにされて動けない。耐えられない激痛。ニコレッタはミミズのようにのたうち回った。

「んー!んんー!」

 

やがてニコレッタは意識を失った。気が付けば牢のなか、裸にされていたうえ鉄鎖で拘束されていた。聖教の情報網、まさに恐るべしと言える。これほどの短時間で侯爵令嬢ニコレッタが悪魔憑きになったとどこで知り得たのか。森に打ち捨てられ、ニコレッタが意識を飛ばした直後には回収されていた。

(どうして、どうしてこんなことに…。マルコ…助けて…)

ニコレッタの声はマルコの元に届くことは無かった。愛してなどいなかったのに…自分のことながら虫がいいことを願うと、一人泣いた。

 

 

翌日、魔剣士学園を卒業したマルコ、しかしニコレッタは学園にいなかった。ニコレッタを心配してマルケス邸を訪れたら、何と葬儀をしているではないか。そしてそれはニコレッタ・マルケスの葬儀。

呆然と立ち尽くすマルコ、昨日前夜祭で一緒に踊ったばかりなのに。

急ぎ、ニコレッタの母親に会ってみれば

「しゅ、就寝中に…ニコが亡くなった!?」

「申し訳ございません、マルコ様…。突然のことで我らにはどうしようもなく…。うっ、ううう…」

 

信じられない、信じたくない思いのマルコは

「せ、せめて…ニコの顔を見せて下さい」

「残念だが断る…。あの子が死に顔を愛する君に見せたいと思えない。すまないが…」

ニコレッタの父親は頑なに拒む。

しかし、そういう理由であればマルコは強引な手段にも出られないだろう。

「ニコ…」

大粒の涙を流して、マルコはニコレッタが眠っている棺に手を合わせた。

中身はニコレッタの体重に合わせた砂袋が入っているだけだというのに。

「君が僕を愛していないのは知っていた…。君に心から愛してもらえる魔剣士を目指していた。僕は君を愛している…。これからも…」




次回、最終回です。
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