バトル・オブ・スシレストラン#1/2
12月も半ばに差し掛かった。今日も低く垂れ込めた雨雲から冷たい重金属酸性雨が降り注ぎ、午後の摩天楼を灰色に霞ませる。ここは退廃の電脳都市、ネオサイタマ。
「安い、安い、実際安い」「アカチャン……オッキクネ」マグロツェッペリンが上空から広告音声を投げかける中、サラリマンたちは蛍光傘を差し、コートをかき合わせて営業先へ急ぐ。彼らはクリスマスとオショガツに心置きなく休息するため、最後の踏ん張りどころを迎えているところだ。
浮浪者たちは汚れたレインコートを着込んで通りを歩き回り、空き缶や空き瓶を拾い集める。彼らもまた、日雇い仕事のない年の瀬に向けて蓄えを作るべく必死だ。
「アーッ!見つけたーッ!」レインコート姿の奴隷エンジニアが手元のガジェットを見て叫んだ。場所はウルルギ・ディストリクトの商業区画の一角。「ヒヒジマ=サン、見てください!この反応、間違いない!」
「何だと!」ヒヒジマと呼ばれた編笠姿の男がエンジニアに駆け寄る。鍛え上げられた四角い体型、古傷だらけの顔。明らかにヤクザだ。「じゃあこの建物にいるんだな?例のバイオカンガルーは」正面の雑居ビルを見上げる。
「いえ、そこまで正確には……ただ、このブロック内にいることは確実です」奴隷エンジニアはすがるような視線を投げた。「ヒヒジマ=サン、私が仲間内で最初に見つけましたよね?約束通り、私の身柄は……」
ナムサン!このエンジニアは自分の会社が倒産した際、悪辣な契約条項の発動によってヒヒジマに身柄を抑えられてしまっているのだ。周辺の区画では今も元同僚たちが同じ捜索を行なっていることだろう。
「ザッケンナコラーッ!」ヒヒジマは奴隷エンジニアを殴打!「アイエエエ!」「そんな曖昧な報告で調子乗ってんじゃねえぞコラーッ!もっと機械使え!機械効かなくなったら足で探せコラーッ!」
奴隷エンジニアは泣きながら捜索に戻った。ヤクザは腕時計を見る。ヤクザスーツに汗が滲む。「早く……早く探すんだよ……じゃねえと俺が」
BEEP!BEEP!懐のIRC端末がコール音を鳴らした。「アッ……」慌てて取り出す。発信者名は「ブッシュレンジャー」……ヒヒジマは血の気が引く感覚を味わった。震える手で応答操作する。
「モシモシ、ヒヒジマです」『ドーモ、ヒヒジマ=サン。ブッシュレンジャーです』スピーカー越しに無感情な声が届く。『捜索は進んでいるかね』「ハイ!絶対にハイ!」ヒヒジマはその場でオジギを繰り返した。「今ブロック単位まで絞り込めたところでして、間もなく……あとほんの少しでどの建物にいるかまで特定できるはずでして!」
『わかった……今、お前を見つけた。あとは直接話す』通話は一方的に切られた。ヒヒジマは怪訝に思って周囲を見回す。すると剣呑な車が一台、大通りから進入してきて近くに停車した。家紋タクシー。
まず3人のヤクザが降りてきた。全員が無個性なダークスーツとサイバーサングラスを身につけており、顔立ちも体つきも、三つ子のようにそっくりだ。彼らはパターン化された動きで同時にレインコートを着込み、同時にタンを吐いた。
そしてもう1人、緑色の装束を纏ったニンジャが降車した。……然り、ニンジャである。それは一般に、吸血鬼などと同様に空想として語られる存在。しかしヒヒジマのような裏社会の住人は、彼らが実在することを知っている。彼らが裏社会をカラテで支配していることを知っている。
「ブッシュレンジャー=サン……」ヒヒジマがうめくように言う。心臓が早鐘を打ち、雨音がずっと遠くに聞こえる。「どうしてここがおわかりに?場所はまだお伝えしていなかったはず」
「ザイバツの情報網だ。監視カメラ映像等の追跡により、バイオカンガルーがこの区画にいることが確かめられた」ニンジャは答える。彼の装束の胸部分には「罪」「罰」のカンジが刻まれている。「貴様はそれに先んじてここに辿り着いていたわけだ。貴様の調査は正しかったな」
「ハイ!ありがとうございます!」ヒヒジマは大柄な体をめいっぱい折り畳むようにして最オジギした。許されたか?これで解放されるのか?「……しかし、正しかったとは言っても」ブッシュレンジャーの目が冷徹に輝く。
「俺は貴様の助けを借りることなく、今ここに辿り着いてしまった。結局、貴様は役に立たなかったわけだな」「……は?」「イヤーッ!」ドンッ!
ブッシュレンジャーのカラテシャウトと同時に、低い音が鳴った。そしてバスケットボール大の何かが宙を舞って、近くの水溜りに落下する。それは呆然の表情のまま凍りついた、ヒヒジマの生首だった。
ブッシュレンジャーはいつのまにか斜めに振り上げていた足を戻す。彼の目の前で、ヒヒジマの首無し死体が血を噴きながらくずおれた。
ニンジャ動体視力をお持ちの方ならば、この一瞬に何が起きたのか見てとることができただろう。ブッシュレンジャーは普通の……特にサイバネもない生身の足で、異常な速度のハイキックを繰り出し、直立姿勢のヒヒジマの首を横から切断したのである。それを成しうるのがニンジャの超常の力、カラテなのだ。
ブッシュレンジャーは三つ子ヤクザを見やって命じる。「1人はこのクズの死体を始末して、車の番をしていろ。残りは俺と来い」「「「ハイヨロコンデー」」」三つ子ヤクザはこのおそるべき虐殺にも動じることなくそれに応じる。彼らは人にあって人にあらず、生物兵器「クローンヤクザ」……この現代においてニンジャに仕える、魂を持たぬ尖兵たちだ。
ニンジャは2体のクローンヤクザを率いてビルの狭間を進んだ。彼は理性のない獣の動きを推測し、追跡することに長けている。(獣がフウジマからここに来るとすれば、川沿いに降りてきて、この道から侵入し……)怪しい道を発見し、バイオカンガルーがそこを通ったものとして、どこへ移動するか推理を重ねていく。
夜の開店を待つオイラン店の前を通り、パチンコ・パーラーの騒音を避けて、違法な分岐電線や蒸気供給管の張り出した路地を通って、比較的広い道路へ。通りかかったモヒカンパンクスがブッシュレンジャーを見て眉をひそめ、遠巻きにして通り過ぎる。彼のことをニンジャに扮装した発狂マニアックだと思い込んでいるのだ。
(ン?)道に面した回転式スシレストランが目につく。看板には「ヨイコ・ズシ」の文字。ファミリー向けのチェーン店か。営業時間外のようで、店内は薄暗いが……ドアの一部が破損し、こじ開けられている。
(カンガルーがスシ屋に行くか?)思案しつつ、店内を覗き込む。天井には非常灯の頼りない灯り。レーンを跨ぐ形で存在するマスコットキャラクター「ビントロくん」の立像。天井からは魚介類を模したポップが吊り下がっている。
床にはひっそりと静まり返ったままのセキュリティ・ナリコトラップ。(カンガルーがナリコを避けるか?無関係のハック・アンド・スラッシュ窃盗団が侵入中なんじゃないか)怪訝に思いつつ、カウンターの奥の厨房を見やる。……カウンターの奥の厨房で、微かに青白い光が漏れている。
(冷蔵庫だな)ブッシュレンジャーは推理した。その光に、不規則に影が差す。開け放しの冷蔵庫の近くで何かが蠢いているのだ。ニンジャ聴力が、そちらから微かに発せられる咀嚼音を捉える。
ブッシュレンジャーは目を細めた。窃盗団ならば、スシなど目もくれず金品だけを奪って逃げるはず。居座ってスシを食べているなら理性のない獣だ。(やはりバイオカンガルー)
クローンヤクザに手振りで待機を命じておいて、得物のフックロープを取り出す。ニンジャ器用さで音を立てないようにしつつ扉を押し開き、店内をジリジリと進む。
……「フウジマ・チャンバー」は、ネオサイタマ北部のフウジマ・ディストリクトに存在する巨大コールドスリープ施設だ。現代の医学では治療できない病人や絶滅危惧種の生物、製造技術が失われたバイオ生物などを保存している。そしてザイバツの支配する施設の一つだ。
しかし昨日、謎の敵性ニンジャ集団がそのフウジマを襲撃。防衛ニンジャの多くが殺害され、一部の保存対象が逸失したという。バイオカンガルーも失われた保存対象の一つであり、ブッシュレンジャーはその回収を命じられていた。
敵性ニンジャ集団というのは十中八九「ソウカイヤ」だろうが、まさかカンガルーを逃すためだけにリスクを冒したわけでもあるまい。何のために襲ったのか?
組織上層部がそれをどう考えているのか、一介の末端ニンジャに過ぎないブッシュレンジャーには伝わってこない。ただ、同僚から聞いた噂話が思い出される。曰く、「フウジマにはザイバツが管理する秘密のフロアがあり、そこには特殊なニンジャやサイキッカー、危険な生物兵器などが保存されている」……。
「イヤーッ!」ブッシュレンジャーはフックロープを振るった。鋼鉄のフックが木製のカウンターを捉え、CRASH!破砕!
遮蔽物が吹き飛び、厨房でスシを食べていた者の姿が露わになった。「アイエエエーッ!?」ボロを纏った、ごく小柄な人物。浮浪者であろう。「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」NRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)状態に陥ったものか、腰を抜かして後ずさる。
「バイオカンガルーじゃないのか?紛らわしい!」ブッシュレンジャーは腹立ち紛れにロープを振るって浮浪者を殺そうとした。しかしニューロンにノイズが走った。ニンジャとしての経験則に反する違和感。……この浮浪者、失禁していない。
「イヤーッ!」浮浪者が突如スリケンを投げた!「ウオオーッ!?」ブッシュレンジャーはそれをなんとかガード!しかし浮浪者はすでにロケットのごとく駆け出している。フロアを蹴って、踏み切る!
「イイイヤアアアーーーッ!!」トビゲリ!ブッシュレンジャーの鳩尾に突き刺さる!「グワーッ!?」CRAAASH!!体をくの字に追って吹き飛ばされ、壁際のマッチャサーバーに激突!
『ガガッ、いらっしゃいませドスエ』サーバーが衝撃で誤作動を起こし、ブッシュレンジャーに合成マイコ音声とともに熱々のマッチャを振りかける。「グワーッ!」『現在サービス期間中につきマッチャ10%増量、これにより満足度は当社比200%向上中ドスエ』
浮浪者は追撃しようとする素振りを見せたが、「「ザッケンナコラーッ!」」クローンヤクザ2体が店内に駆けつけ、チャカ・ガンで銃撃!BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」浮浪者は連続側転でこれを回避!さらにムーンサルト跳躍して、ビントロくん像の上にガーゴイルめいて立膝着地した。
「ゲホゲホ!貴様……ニンジャだったのか」ブッシュレンジャーはマッチャを拭いつつ立ち上がった。トビゲリは痛烈だったが、致命傷ではない。「ドーモ、はじめまして。ブッシュレンジャーです」そして両手を合わせ、オジギする……アイサツ。どんな悪逆のニンジャも従う、神聖不可侵の儀礼。古事記にも書かれている。
「儂のトビゲリを受けて立つか」浮浪者は苦々しげに呟く。そして像の上で立ち上がり、敵を見下ろしてアイサツに応じた。「ドーモはじめまして、ブッシュレンジャー=サン。ニンジャスレイヤーです」非常灯の光がその顔を照らした。鼻から下をぼろ布に覆い……両目の瞳は、センコのように細まって輝いていた。
【続く】