【コブラ・ガール・ダンシング】#4/5
ミフデ・シュノンは大きく仰け反った。そしてそのまま後ろへ倒れ込みかけて、背後の地面に右手をついた……ブリッジ。古代ローマカラテ文明に起源を持つ汎用カラテムーブ。
フドウカナシバリ・ソクシ光線は彼女の腹の上を飛んでいき、裏口の扉を抜けて、向かいのビルの外壁に着弾した。着弾箇所は瞬時に灰のように脱色し、ひび割れてボロボロと崩れた……人間が受ければどうなっていたことか。
「ひゃあ!?避けるんだ、それ!」トキシーは大袈裟に身を震わせて驚いた。そしてアイサツ。「ドーモ、はじめまして。ザイバツ・アデプトにしてクルマザキ・シスターズの一角たるニンジャアイドル、トキシーです!」
「ドーモ、トキシー=サン」ミフデも手を合わせ、オジギする。ややおぼつかないアイサツ動作。「ミフデ・シュノンです」
(バカな、また誰か来やがったのか?)遠くでスマキ状態のハンザワが捨て鉢に思考する。(トキシーは強い。勝てるわけがねえ。また犠牲者が増えるだけだ)
ミフデは周囲を見渡した。そしてトキシーの胸元の罪罰エンブレムを見た。ザイバツ・シャドーギルド……家族を皆殺しにしたニンジャと同じ。顔をしかめる。「……これは、あなたがやったんですか?」
「これって何のことかな?」トキシーは前屈みになって相手を覗き込む。「ワイヤープラー=サンをボコにしたこと?この事務所のヤクザさんたちをオヤスミさせちゃったこと?それともチェミー=サンをインタビューしたことかな」
「全部ですよ……」ミフデの言葉にゾッとするような迫力が籠もった。ワイヤープラーは反射的に彼女の表情を伺った。目が血走り、瞳孔が開き切っている。これは何の感情だ?彼女のこんな表情は見たことがない。
「ニンジャの方ってみんなそうなんですか?関係ない人も……私の大切な人も手当たり次第殺して……悪びれもせずに……」「ちょ、ちょっと待ってよ!なんで私が極悪人みたいになってるのカナ?」トキシーが肩をすくめる。
「このヤクザさんたちは、借金した人を大勢オールド東京湾に沈めてる悪い人たちだよ?そのワイヤープラー=サンだってそんな仕事してるようじゃ、どうせたくさん人を殺してるでしょ?……いざという時は自分が殺されるのも、承知の上だよね!」
ワイヤープラーは「罪」「罰」のカケジクを見た。「……殺されるのが承知の上なら、味方を裏切ってもいいってのか」「味方?」トキシーはせせら笑った。「ザイバツ・シャドーギルドには、ニンジャじゃない味方なんていないよ?一時的な取引相手や奴隷さんはいるけどね!」
「もういいです」CRASH!何かが砕けた……ミフデの左腕のギプスだ。先の戦闘で砕けたその腕は、すでに癒えている。「あなたはもう、殺します。私が」彼女の声は子供離れした、イシダキ圧殺処刑機じみて重い響きを帯びていた。ワイヤープラーはひそかに恐怖した。
「へえ」トキシーはせせら笑った。「殺すとか死ねとか、ブッソーなこと口で言ってるうちは半人前だぞ?」「イヤーッ!」BLAMBLAM!ミフデがチャカ・ガンをぶっ放す!銃自体は粗雑な作りの安物だが、照準と反動制御はニンジャの身体能力で行われており高精度!
「イヤーッ!」しかしトキシーは側転で易々と回避!「イヤーッ!」そしてアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投げ返す。それを視認したミフデのニューロンの中に、しわがれた声が響いた。
(((ミフデよ、あれは表の道に転がっていたものと同じドク・スリケンぞ)))ナラク・ニンジャである。かのニンジャソウルは今や彼女の精神世界の底に押し込められ、朱墨で描かれた巨大なX字の封印の下から言葉を発していた。
(((間違ってもあれの刃に触れるでない。さもなくばオヌシと儂の肉体は致命的な毒を受け、たちまちのうちに病んで腐り果てるゆえ!)))「イヤーッ!」ミフデは避けようと考えた直後、反射的に側転を繰り出していた。先ほどのブリッジ同様、ナラク・ニンジャが彼女の体を操っている間に染みついた動作だ。
「イヤーッ!」トキシーが右チョップで切り込む!「イヤーッ!」ミフデは左裏拳でチョップ腕の内側を打って逸らす!そして右手でチャカ・ガンを、「イヤーッ!」トキシーが左手でチャカのスライド部を掴んで固定した!引き金が引けぬ!
「イヤーッ!」同時に右膝蹴りで反撃!「グワーッ!」ミフデは脇腹に打撃を受けてよろめく!(((バカ!ウカツ!ワン・インチ戦闘でそのようなオモチャに頼るなど!)))ニューロン内でナラクが騒ぐ!(((テッポウ・ニンジャクランのコワッパどもではあるまいし!)))
「イヤーッ!」トキシーが右フックを繰り出す!「イヤーッ!」ミフデは左腕でガード!「イヤーッ!」続けざま襲いかかる頭突き!「グワーッ!?」ミフデは額に打撃を受けて後ずさる!
「イヤーッ!」さらに前蹴り!「グワーッ!」ミフデは吹き飛ばされ、かろうじて後転して立ち上がった。「アーッ、イテテテ!」トキシーは右肩の傷を抑えて顔をしかめ、奪ったチャカを投げ捨てた。「参ったなあ、この傷のせいでカラテの威力がイマイチさんだ。カイシャクはスリケンの方がいいかな」
(((ミフデよ!やはりオヌシではこのコブラニンジャに勝てぬ!)))ミフデのニューロン内、朱墨のX字の下で巨大なナラクがざわめく。(((早くこのヘタクソな封印を解き、儂に体を明け渡すのだ……そこのジョルリニンジャに出会う前のように!さもなくば取り返しがつかなくなるぞ!)))
(でも、そうしたらナラク=サンはセンパイも殺しますよね?)ミフデは眼前の敵を睨みつつ、ニューロンの中の敵をも睨みつける。(((当然!ワイヤープラー=サンもニンジャだ。オヌシの家族を殺した外道と同じ!オヌシも殺したいであろう!?)))
(絶ッッッ対イヤです)ミフデは即答した。(センパイは私の運命の人です。他の誰にも渡したくないんです。自分の手で殺すとか、マジで論外です。ナラク=サンはそのままアドバイスだけお願いします)「イヤーッ!」トキシーが切り込んでくる!「イヤーッ!」ミフデはカラテで応戦!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」しかし実力差は歴然!あっという間にトキシーが優勢となり、連続攻撃を決める!(((ミフデよ、死ぬぞ!家族の復讐をなせぬまま!儂に体を!)))ナラクが絶叫する!
(じゃあセンパイを殺さないって約束を!こいつを殺す力だけください!)(((ワガママを言うでない!)))(だったら黙っててください!センパイを殺すくらいならこのニンジャと刺し違えて死にます!)「イヤーッ!」ミフデは起死回生のチョップを繰り出す!
「イヤーッ!」トキシーはそれを冷静に弾き返す!「イヤーッ!」そして踏み込みながら、右拳!ポン・パンチ!「グワーッ!」ミフデは吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる!もはや逃げ場なし!
「これでフィナーレだよ!イヤーッ!」トキシーが両手でアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投げつける!狙いはミフデの喉と心臓だ!(((ミフデ!ニンジャを殺したくはないのか!)))(黙って……黙れナラク!)
ミフデは痛む体を無理矢理動かした。ソクシだけは避けてトキシーに最後の一撃を叩き込むべく、「イヤーッ!」……その時、銀色の影がスリケンの斜線に割り込んだ。ワイヤープラーが。
彼はもはや体力を使い果たし、意思の力だけで動いている状態だった。ギクシャクしたチョップを繰り出す。運良く、スリケンのうちの1枚に命中し、それを弾き飛ばした。もう1枚が彼の右胸に深々と突き刺さった。
「グワーッ……!」ワイヤープラーはぐらりとよろめき、そのまま床に倒れた。ミフデはそれを呆然と見ていた……1テンポ遅れて、彼女のニューロン内に猛烈な悲哀と憤怒、憎悪が噴出した。
(ナラク=サン。センパイは殺しませんし、死なせません)ミフデはニューロン内で同居人に語りつつ、すでに走り出している。「へえ。まだやるんだ」トキシーがこちらを見て不敵に笑う。憎い敵。それに好き放題された自分はもっと憎い。
(ただ、このニンジャは殺します。このニンジャの仲間も殺します。私とセンパイを傷つける人、傷つけようとする人はすべて)ミフデは拳を握り込む。トキシーがマメ・カラテを構える。(だから、力を貸してください!ナラク・ニンジャ=サン!)
ミフデの内に宿るニンジャソウルは、一瞬逡巡した。(((このような小娘の口先三寸で)))……しかし、今の弱体化した自分では、肉体を強引に乗っ取ることはできぬ。歳のわりにやたらと強情なミフデを相手に、交渉で自分の要求を完全に通すことも困難だ。
そして眼前のグレーター・コブラニンジャは……つまりトキシーは、手負いながらもいまだ十分な余力がある。間違いなく、次の切り結びでミフデの肉体を決定的に破壊するであろう。そうなれば自分も爆発四散する……
(((コワッパめが!)))次の瞬間、ミフデの全身に暗黒カラテの力が駆け巡った!右目の瞳がセンコのように細まって輝く!(((殺せ!必ず殺すのだ!)))(アリガト・ゴザイマス!)ミフデは心中で最オジギしながらも、体では全身の筋肉を躍動させ急加速!トキシーが目を見開く!
「イヤーッ!」ミフデのカラテ・ストレートが、トキシーのガードに先んじて、その顔面に叩き込まれる!「ンアーッ!?」トキシーはキリモミ回転しながら事務所内を吹っ飛ぶ……しかし空中で姿勢を制御して敵に向き直った。やはり、ミフデはすでにこちらの着地を狩りにきている!
「何、何?急に本気モード!?」トキシーは冷や汗を流しながらもせせら笑い、「イヤーッ!」アフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投げつける!「イヤーッ!」ミフデはスリケンを投げ返して相殺!「イヤーッ!」さらにトビゲリで着地際を狙う!
「ヌウーッ!」トキシーはマメカラテ・ブロッキングでガード!後ずさるも、踏みとどまる!「イヤーッ!」右足の水面蹴りで反撃!「Wasshoi!」ミフデは後方へ回転ジャンプして回避!ヤクザデスクの上に直立着地し……あらためてアイサツする!
「……ドーモ、ニンジャスレイヤーです!」
「ニンジャスレイヤーですって?」トキシーは呆気に取られた。「私のアイサツはさっきしたからいいよね……しかしあなた、同じ名前のニンジャが、10年前にもいたって聞いたけどな」
「……あなたたちって」ニンジャスレイヤー が言葉を発する。激情を抑え込んだ低い声だが、それは紛れもなくミフデの声だ。ワイヤープラーは近くの床に倒れ伏したまま、朦朧とした意識の中でそれを喜んだ。「私の名前聞くと、みんな同じ話しますよね」
トキシーが目を細める。「へえ、他のザイバツニンジャにも会ったんだ。そんな話は聞いてないけどな」「通報される前に殺しましたからね」ニンジャスレイヤーはピシャリと言った。「あなたも次のカラテで殺します」「へえ。言うね」
2人のニンジャの間に剣呑な沈黙が流れる。(何だ?ニンジャスレイヤーだと?何が起こってやがる)ハンザワが身をよじってそれを見ようとしたが、流れ弾を顔に受けてしまう可能性を考えて取り止めた。
トキシーは分析する……7〜8割の確率で勝てると。(私はいかにも手負い。特に右肩の傷は、ASAPで手当てしないと長く尾を引きそうなくらいだよなあ。毒ガスも捨てちゃったし、ナイフもどっかいっちゃったし)
しかし万全でないのは相手も同じだ。ニンジャスレイヤーと名乗り直す前、奴がミフデ・シュノンと名乗っていた間に何発カラテが入った?それに、攻撃を当てた覚えのない部位からも血が流れているのが見える。(たぶん激しく動いたせいで、昨日ハーデンベルギア=サンとの戦闘で負った傷が開いたんだろうな)
その分析は……ニンジャスレイヤーの傷がハーデンベルギアだけでなくワイヤープラーに負わされたものも含まれていることを除けば……正しい。トキシーはいまだ優勢なのだ。
「グッワ……」ワイヤープラーがうめくのが契機になった。ニンジャスレイヤーが一瞬そちらを見た。「イヤーッ!」トキシーがその隙をつき、アフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投げた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは自分のスリケンで相殺した。
トキシーはそれを予測し、すでに駆け出している。ニンジャスレイヤーが遅れてそれを視認する。コンマ1秒の優位……次の瞬間、トキシーは目を見張った。
SPLASH!床に広がるリアルヤクザたちの血痕が、何箇所かで火花を発する。奇妙な赤黒色のスパークだ。それらは導火線のごとく連続して移動し……クィントゥスの爆発四散痕を避けて……ニンジャスレイヤーの足元に収束した。
ニンジャスレイヤーの体の輪郭に赤黒いオーラが生じる。トキシーは敵のカラテが瞬間的に数十パーセント増大したのを感じた。
「モータルの」ニンジャスレイヤーが超然と宣告する。「怒りを知るがいい」その顔面にカラテ金属が収束し……「忍」「殺」と刻まれたメンポを生成した。トキシーは状況判断した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」交錯!
SPLAT!血が舞った。トキシーの血だ。その瞬間、ニンジャスレイヤーの右手チョップ突きは……トキシーの心臓を完全に破壊し、背中側へ突き抜けていた。
KBAM!遠くでトキシーのラップトップUNIXが爆発した。ハードディスク部分に、たった今トキシー自身が投じたスリケンが突き刺さっている。画面の「解読君」の表示が今、ブラックアウトした。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは間髪入れずに左手でトキシーの顎を掴み、上向けた。ZAAAAP!!その直後、トキシーの両目からビビッドオレンジのソクシ光線が飛び出し、虚しく天井を撃った。最後のイビルアイ攻撃ならず!
ニンジャスレイヤーはやっと緊張を解いた。少しよろめきながら、敵の体をぐいと押し退ける。トキシーは糸を切られたジョルリ人形のようにばったり倒れ込み、「ライブ……終了」それだけ言って、爆発四散した。
【続く】