恋する復讐者◆暗黒の7日間   作:ボブ・ニンジャ

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コブラ・ガール・ダンシング#5/5

 

……ニンジャスレイヤーの謎めいたカラテ強化を経てもなお、勝負は完全に五分と五分だった。結果は事務所の外を舞うバイオモンシロチョウの羽ばたきの具合で変動したかもしれない。しかしトキシーは50%の敗北を嫌い、自分の心臓を代償としてUNIXを破壊し、機密性の高い解読プログラムを物理デリートしたのである。

 

ニンジャスレイヤーは疲れ果て、意識朦朧としてうずくまった。ワイヤープラーは負傷に加えてスリケンの毒が回り、倒れ伏したまま意識を失っている。チェミもいまだ拷問のダメージから復帰できず、ヤクザデスクの陰で気絶したままだ。事務所は静寂に包まれる。

 

誰かが唸り声を発して、その静寂を破った。ニンジャスレイヤーは強いて意識を覚醒させ、まずワイヤープラーの様子を見たが、顔色がおかしく、呼吸も異常である。素人の自分ではどうにもならないか。焦燥しつつも、まず唸り声の主を探す。

 

すぐに見つかった。スマキのヤクザが1人、ヤクザチャブの上に下拵え中のチャーシューめいて転がされている。「イヤーッ!」拘束と猿轡を引きちぎる。

 

「アア……た、助かったぜ」ヤクザが震える声を発した。「トキシー=サンは死んだみてえだな。あんた、どこの……」「私たちを」ニンジャスレイヤーはその胸ぐらを掴む。「私たちを、今から言う闇医者に連れて行ってください」

 

「アイエッ」ヤクザは……ハンザワは怯んだ。やはりこのニンジャはブルフロッグ・ヤクザの救援ではないのか。拷問されていた老婆の仲間か?「わ、わかった。車を出す……殺すなよ?」「殺しません。変なことをしなければ」

 

……やがてハンザワはヤクザベンツを運転して、事務所のあるビルを出た。助手席にはニンジャスレイヤー。後部座席にはワイヤープラーとチェミ。

 

重金属酸性雨がフロントガラスを打つ。窓の外はまだ昼前で、営業サラリマンたちが蛍光傘を差して歩く姿が多く見られた。(なんでこうなっちまったんだ)ハンザワは自分の運命を呪った。(俺たちも、つい数時間前まではいつも通り仕事していられたのによ……)

 

彼は二度と事務所に戻らないつもりだった。戻ればオヤブンに留守番の責任を追及され、セプクの未来が待つだろう。それがヤクザのオナーに忠実な選択肢だ。

 

(でも、俺は死ぬわけにはいかねえ)ハンザワの目には闘志があった。レッサー時代のようなハングリーさ……しかし、その根底にはグレーターヤクザとしての責任感がある。

 

(何でザイバツのニンジャがうちの事務所を襲ったのか。そこまでして守りたい秘密ってのはなんだったのか。それを初めに秘密だと言い出した奴は誰だ!?)ハンザワのハンドルを握る手に力がこもり、白くなる。(知らないまま死ぬなんてマッピラだ。必ず暴いて、黒幕にケジメをつけさせてやる)

 

助手席のニンジャスレイヤーが身をよじり、ワイヤープラーの方を振り返った。何も言わず、大きく溜息をついて姿勢を戻す。そしてまた、落ち着かない様子でチェミのサイバネ指メモリーをいじり始めた。

 

ハンザワのヤクザバッグの中には、事務所から持ち出してきた武器や金品がある。事情を説明する手紙と借用書は置いてきたが、オヤブンは彼がヨニゲしたと考えるだろう。それも覚悟の上だ。(黒幕の生首を持ってオヤブンのもとに帰り、セプクはそれからだ!これは俺のヤクザ人生最大の戦いだ!)

 

ハンザワは自分を鼓舞する。この逃避は断じて責任逃れのヨニゲではないのだと、自分に言い聞かせるように。(そうだ、今死ぬわけにはいかねえ)そして、不意に冷静になる。(ツルヨシ。俺が今死んだら、お前の戦いはどこへ行くんだ)

 

「ビョーキ、トシヨリ、ヨロシサン」上空のマグロツェッペリンが広告時報音声を発する。「バリキドリンクでお馴染みヨロシサン製薬が、正午をお知らせしますドスエ」ヤクザベンツの姿は酸性雨に霞み、ネオサイタマの摩天楼の狭間へ消えていった……。

 

【Avenger in love】

 

……その夜。ネオサイタマ西部、リトルキョート人工島。第三次世界大戦で滅んだキョートの街を懐古し、大衆向けに歪めたうえで再現した繁華街である。

 

今日も大勢の観光客が訪れ、極彩色に輝く摩天楼の狭間を練り歩く。ネオン看板には「枯山水」「禅」「奥ゆかしさ」の文字が光る。エレキシャミセンやテクノシャクハチが消費意欲を煽るキャッチーな曲を奏でる。

 

「葛葉」と書かれたカワラ屋根建物の窓から、サイバーオイランが手招きしている。夜空は遥か上の方で、ビル群に小さく切り取られて見えるのみ。当然、星など、街の眩さに霞んで見えぬ。

 

超高層ビル「タイクーン・タワー」はリトルキョートの最高峰であり、高さは脅威の666mを誇る。人工島の中心街ニューガイオンに超然とそびえ立ち、眼下に広がる虚実ごちゃ混ぜの混沌の海を見下ろしているのだ。

 

その上層、104階の一室に目を向けていただきたい。そこは下界の喧騒を遠く離れ、イロリの炭火と傍のアンドン・ランプが穏やかに照らすワビサビめいた空間……。

 

「チャワンを」男がそう言って空の手を差し出す。整った顔立ちの男である。年齢は測りがたい。彼が纏うのは、滑らかな黒地に銀糸で刺繍の施されたキモノ……相当な高級品だ。しかし彼の長い髪はそれ以上に目を引く。銀色なのだ。水銀を流したかのように金属質な色と光沢である。

 

「ドーモ」彼の右斜め前に座る男が答え、イロリ越しにチャワンを渡す。ごつい大男である。タテガミめいた長髪をぞんざいに一つに括っている。服は赤茶色を基調とした地味なキモノとハカマだが、小物はオーガニック・ベッコウ製など上質なものだ……そして、彼の顔を見よ。傷痍軍人かヤクザなのか?古傷が多い。右目は革の眼帯で覆っている。

 

銀の男は身を乗り出し、オタマを取って、イロリの上のナベを静かに混ぜた。オーガニックの豚肉と野菜、キノコやトーフ等がかき回され、湯気が上がる。室内にダシ・スープと各種具材の芳醇な匂いが充満した。「ンー」大男が鼻を鳴らす。「なんともいい香りですな。実際たまらぬ」

 

「それはチョージョー」銀の男は無表情に答え、オタマでナベを何杯か掬い、チャワンへ移した。「味も見てやってください」チャワンを大男に返す。大男は受け取り、傍のハシを取って食する。何度も頷きながら。「……ナルホド。これは、染み渡るようにウマイ」

 

読者の皆様は、銀の男が大男に奉仕しているように受け取られるかもしれない。しかし日本においてナベを一同で食するにあたっては、調理や給仕をするのはナベブギョーと呼ばれる名誉職である。

 

そしてこのシステムは、しばしば食事以外の社会的地位と連動する。今回も、銀の男は大男よりも地位が高い。形式上は同一の職に就いているが、銀の男は組織の最古参であり、ボスの覚えもめでたい。……ザイバツ・シャドーギルドという組織において。

 

実のところ、この男たちはともにザイバツの最高幹部、グランドマスターだ。銀色髪の男は名をルストレス、大男はヘクターという。

 

「ルストレス=サン、オカワリをいただいても?」「ドーゾ」ルストレスはヘクターの粗野なオカワリ要求を容れ、チャワンを返した後、ごく平静な調子で話を切り出す。「ビズの話になりますが」「ほう。何でしょう?」「ハーデンベルギア=サンのチームの定時連絡が途絶えました」

 

「ほう」ヘクターは繰り返した。隻眼がぎらりと輝く。チャワンの中身を一息にかき込んだあと、彼はすでに厳格な戦士の顔だ。「奴は今でもやり手だったと記憶していたんですがね。部下もアデプトにしては強かったと……名前はポイズン何某かベノム何某でしたか?」「トキシー=サンですね」「そうでした、トキシー=サン。奴はたしか"黒い北斗七星"を1人始末したと」

 

「彼らには今回、機密データを追わせていました。フウジマ襲撃後に奇妙に流出した例のデータを」「何のデータでしたかな」ルストレスは逡巡したが、この部屋ならば盗聴されるリスクはないと踏んで口を開く。「10年前の大抗争の時、特殊要人暗殺作戦に参加したニンジャのリストです」

 

「フム」大男は隻眼を細める。「あの作戦は奇妙でしたな。標的はカタギも多いようでしたが、何がどう要人だったのか……標的リストはコマ切れにされて、完全版は誰も持っておりませんし」「持っているのは私とロードだけです」ルストレスはピシャリと言った。

 

「あの作戦の全貌は、他の誰にも知られてはならないのです」「グランドマスターにもですかな」「ハイ」「私にも?」「残念ながら。純粋性が必要なのです……ザイバツの理念にも関わる」

 

ヘクターは部屋の壁際、トコノマに飾られたショドーを一瞥した。アンドンの薄明かりに浮かび上がる「格差社会」の四文字。神聖ニンジャ存在ロード・オブ・ザイバツを頂点とした支配体制。「……秘密にしたいのはわかりました。しかし、なるほど。例のデータを用いると」

 

「ええ。ニンジャ1人1人が、当時殺した標的の情報を有している。指揮官格であれば数人分を。それらを統合すれば」ルストレスは重々しく言葉を紡ぐ。「標的の一覧が逆算できてしまう。知られてはいけないキルリストが」

 

ヘクターはしばし考え込んだ。逆算できてしまう……本当か?ニンジャを1人1人捕らえ、拷問して、10年前に殺した標的を吐かせてゆく。我々がそれを察知し講じるであろう対抗策をも跳ね除けながら。おそろしい手間である。

 

ソウカイヤならば可能かもしれない。しかし、奴らは経済的利益を最大限に追求する連中だ。その点、件の暗殺作戦の真相は……ルストレスの口ぶりを聞くかぎり……そうした利益に直結するものではない。誰がやるというのだ?

 

「結局、私に何をしろと仰るので?」ヘクターはぶっきらぼうに尋ねた。ルストレスは瞑目する。「今はまだ、何も。……ただ万が一、火事が思ったより大きくなった時に、あなたに最初の対応をお任せできないかと思いまして」

 

「なるほど、私は他のグランドマスターに比べてフットワークが軽いですからな」ヘクターはにやりと笑う。「となると、このナベ・パーティはいわゆるネマワシというやつですか?」「そうなりますね。コーベインは差し上げられませんが」「カハハハ!言うじゃありませんか!」

 

ルストレスは相手の顔を伺った。ヘクターはしばらく黙って髭の浮いた顎を撫でていたが、やがて言った。「サケをいただけますかな。今回の件はそれでネマワシされましょう」

 

「お話がわかる」ルストレスはニヤリと笑い、天井から吊り下がる縄を引いた。小さく鈴の音が鳴る……すぐに、彼の近くの壁に覗き窓が開いた。顔を出したのはクローンヤクザである。彼らはニンジャではないので、この神聖な部屋に入ることを許されない。

 

「1人私の部屋に行って、冷蔵庫からサケを持ってこい。棚の端にある『熊三号』だ」ルストレスが指示する。「ハイ」「あとカップもだ」「ヨロコンデー」窓が閉まった。その後、グランドマスターたちがナベをさらに一杯ずつ食べ終わる頃、覗き窓からサケが届けられた。

 

2人のニンジャはナベを肴にサケを飲む。途中、ルストレスがイロリに炭を足した。深い黒色をした上質な炭で、動物の顎の骨のような形をしていた。奥歯の部分に金歯があり、火に当たってバチバチと音を立てた。

 

「それで、例のデータはどうやって始末なさるんです?」ヘクターがウルシ塗りのソーサー・カップでサケを飲み下し、口を開く。「私を抱き込んで保険をかけるのはいいですが……ハーデンベルギア=サンたちがろくに報告もできずオタッシャするような状況では、並のニンジャを何人か寄越したところで手に余るでしょう」

 

「『シテンノ』を向かわせます」ルストレスは自分の器にカボスを絞りつつ答える。「シテンノというと、例の『ベッピン』を使う連中ですか」ヘクターは鼻を鳴らす。「一度戦うところを見ましたが、あれは気に入りませんな。どうにも違和感のある……場当たり的なツケバ・アタッチメントだ」

 

「場当たり的でも、戦力は戦力ですよ」ルストレスはそう言って、チャワンのナベを一口。「うむ、悪くない……それにベッピンの力は、10年前のニンジャスレイヤー=サンとのイクサの戦利品でもある。多くの犠牲を払ったイクサのね。実用化にも多くの資金と時間を費やしました」

 

「ニンジャスレイヤー=サンか……奴はフウジマから消えたまま、まだ見つかってないそうですな?」ヘクターは話題を変えた。その声色にはなぜか喜色が滲んでいる。「やはりソウカイヤに攫われたのか。また我々ザイバツと戦うことになるんでしょうかな?」

 

「密偵はまだ何も言ってきませんね」ルストレスは自分の器にナベをよそう。「施設を襲ったのが彼らで攫ったのも彼らなのであれば、よほど秘密裏にやったのでしょう……あるいは、ニンジャスレイヤー=サンが混乱に乗じて1人で脱走した可能性もあります」

 

「奴はタフですからな」ヘクターは懐かしげに破顔した。「しかし、10年前に関係のあるトラブルがよく続くものだ……右眼が疼きますよ」「ふむ。サイバネにされては?」「カーッ、嫌ですよ!お人が悪い!きっとカラテの調子も狂いましょう」

 

「シツレイ・シマス」覗き窓が三度開き、クローンヤクザが顔を出した。「アイボリーカラス=サンがお着きに」「思ったより早かったな」ルストレスは見もせずに答え、ヘクターに問う。「通しても?」「いいですとも」

 

クローンヤクザが引き戸を開けると、片膝をつくニンジャが姿を現した。「ドーモ、ルストレス=サン、ヘクター=サン」象牙色の装束を纏ったそのニンジャが、アイサツする。「ザイバツ・シテンノ、アイボリーカラスです」

 

アイボリーカラスは腰に銀色のカタナを帯びている。その柄には「ベッピン・壱」と銘打たれていた。

 

【コブラ・ガール・ダンシング】終

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