ヨロシサン・アンチドート・クエスト#1/8
コンザカは家路を急いだ。周囲はネリマ旧市街の寂れた街並み。目を上げれば、くすんだ太陽が雲の狭間で今まさに沈んでゆく。今日の仕事もハードであった。クリスマスとオショガツ前の駆け込みだ。
しかし彼は今日も残業を拒否し、同僚たちの冷たい視線を無視して、そそくさと研究所を出てきのだ。当然ムラハチを受けるが、構いやしない。
彼らはコンザカの本名も知らないのだ。研究者としての本質も知らぬ。そんな奴らに何を言われようと心に響かない。だいたい、今の研究所での仕事は、最低限の生活費を得る手段に過ぎない。
途中スーパーマーケットに寄り、一番安くて大きいオベントと、「一本これ」と書かれた栄養ドリンクを買った。健康は大事だ。体調を崩すわけにはいかない……今の自分は孤立無縁だが、なすべきことがあるのだ。
コンザカの外見を見よ。痩せぎすの体型、半端に長い髪、分厚い眼鏡。うなじには合法生体LAN端子が一つ。ありふれたギーク・エンジニアそのものである。
しかし、彼は犯罪者だ。彼は5年前、自分が所属していたメガコーポが他の企業に吸収合併された際、そのラボから設備と資料、予算をごっそり横領したのである。
(行けよ。何も見なかったことにする)同僚の言葉が思い出される。コンザカのヨニゲを見咎めたが、結局見逃してくれた彼。(俺だってこんな合併は納得いかねえ。奴らに渡すくらいなら、闇市で売り払っちまえ!)
ガラガラガラッ。コンザカは引き戸を開け、自宅に入る。築30年の平屋だ。古いところが目立ち、ネットも遅いが、今の彼は構わない。研究設備が置ければよい。大家はコンザカの提案に渋々応え、電気だけは強化してくれた。
彼はそれを待って研究設備をこの家の居間に運び込み、ラボに改造した。そして今、コンザカは暗闇を歩き、その部屋の明かりをつける。さて、今日はどこから手をつけようか……「エッ」コンザカは呆然とした。
……設備がなくなっている。サイバー遠心分離機も。生体組織培養シリンダーも。データ管理用UNIXも。幻だったのか?全て?違う。足元のタタミに、それらの重量が残したヘコミが残っている。撤去されたのだ……今日の昼間のうちに。誰が?大家か?
「俺たちがやったんだ。コンザカ=サン」背後から声。振り返る。ニンジャがいた。……ナムサン!ニンジャだと!?「アイエエエーッ!?」コンザカは悲鳴を上げ、尻餅をついた。「ニンジャ!?僕の家にニンジャナンデ!?」
「ドーモ、パンテーラです」ニンジャはぞんざいにアイサツした。彪めいた恐ろしげなメンポをつけた、大柄なニンジャである。「ナンデだと?自分の胸に聞いたらどうだ」「エッ」「お前のカイシャは5年前、分割され吸収合併されただろうが」
ニンジャは威圧的に腕組みする。「お前のいたバイオ研究室はヨロシサンに帰属するはずだろう?設備も、資料も、予算も。人員もだ……しかし、何だお前は。何をやってくれた?」コンザカは自分の頭から血の気が引いていくのを感じた。きっと顔は青ざめているだろう。
「どうして……」彼は震える声で言う。涙も出てきた。「どうして今になって」「俺たちの組織はこの年末、色々と探し物をしていてな」パンテーラがどうでもよさげに答える。「その時たまたま、副産物的にお前が見つかったというわけだ……サイオー・ホースだな。お前からすればインガオホーか」
気づくとコンザカは空中に吊り上げられていた。パンテーラが瞬時に彼の襟首を掴み、引きずり上げたのだ。「ではコンザカ=サン、俺と一緒に来てもらおう。ヨロシサンで、お前が持っている知識を……真新しいものはなかろうが……残らず吐き出せ。ヨニゲの責任はその後取ってもらう」「アイエエエ」コンザカはついに失禁した。責任の取り方など、セプクに決まっている……。
ガラガラガラッ。玄関の引き戸が開く音がした。「ン?」パンテーラがメンポの奥で眉をぴくりと動かす。「……コンザカ=サン、貴様、ワイフがいたのか?」「アイエエ……いません」
ゴトリ。ゴトリ。冷たく重い金属の音が、反復して、玄関から居間へ近づいてくる……足音だ。何かが歩いてくる。それが今、開いたショウジ戸から、2人の前に姿を現す。
それは直立二足歩行するロボット……いや、どうやらパワードスーツを纏った人間である。全身のシャープな装甲は白と黒に塗り分けられ、どこかヤマブシ・ボンズを思わせた。顔面部はのっぺりしたオメーンのようで、目の部分に水平のスリットが入っている。両腿のホルスターには無骨な自動拳銃。
「誰だテメエは」パンテーラが凄む。「ここは見ての通り、コスプレパーティ会場じゃねえ。消え失せろ」「アイエエエ……た、助けて」コンザカが懇願した。パンテーラが怒鳴りつける。「ダマッラッシェー!」「アイエエエーッ!」再失禁!
『ニンジャ。俺はな』ヤマブシ・パワードスーツが口を利いた。電子的なエフェクトのかかった声。話すたび、顔のスリットが青白く発光する。『俺は、オナタカミ社の……タカミヤ・スゲンだ』
パンテーラは鼻白む。「オナタカミ?タカミヤだと?」相手の名乗りは、彼の社会情勢の認識と食い違う……しかし、名乗られたからには。パンテーラは手を合わせ、オジギする。「ドーモ、タカミヤ=サン。パン……」
『ナムサン』BLAMBLAMBLAMN!な、なんたることか!スゲンは相手のアイサツ終了を待たず、右手で拳銃を抜き撃ちした!「グワーッ!?」パンテーラの左肩が銃弾で破壊され、腕が弾け飛ぶ!
スゲンは続けざまサンダンウチ・マシーンのように滑らかに拳銃をスライドさせ、パンテーラの頭へ照準を定める。パンテーラは激しく動揺しながらも、「イヤーッ!」跳ぶ!『ナムサンポ』BLAMBLAM!追撃の弾丸は空を切る。
パンテーラは居間の土壁を蹴ってトライアングル・リープ。空中で身を捻って、右手でスリケンを投げる!「イヤーッ!」1枚!「イヤーッ!」着地し、2枚目!
スゲンの目のスリットが光る。パワードスーツに内蔵されたスリケン迎撃アシスト機構が作動した。頭で考えるより先に左手が動き、BLAM!BLAM!拳銃を2発。1発目が1枚目のスリケンに直撃して破壊し、2発目が2枚目を掠めて、軌道を少し逸らす……少し逸らしただけだ。
『グワーッ!』スゲンは苦悶し、よろめく。2枚目のスリケンが彼の右肩に命中し、衝撃を与えたのだ……しかしスリケンはパワードスーツの装甲を傷つけられず、弾かれた!「スリケンが効かねえ!?」パンテーラは驚愕!その隙が命取り!
『ナムアミダブツ!』BLAMBLAMBLAMBLAMN!「グワーッ!?」スゲンの左手拳銃、ガンファイアーが右から左へ横一閃!パンテーラの腹部が、銃弾での薙ぎ払いで……水平に切断された!
弾かれたスリケンが天井に突き刺さった。空の薬莢がボトボトと落ちてきて、タタミを焦がした。「グワーッ……!」パンテーラの上半は支えを失い、タタミの上に仰向けに倒れた。
スゲンはザンシンし、『ハアーッ……ブッダよ、感謝します』厳かに呟いた。そしてパンテーラに向き直り、BLAM!「グワーッ!」銃でニンジャの右手首を吹き飛ばし抵抗を封じる!冷酷!
「テメエ……テメエ、こんなことして許されると思ってんのか」パンテーラはもはや虫の息だ。血走った目でスゲンを睨む。「俺はザイバツのニンジャだぞ。それをお前みたいな……オナタカミはとっくに潰れただろうが。タカミヤの一族も死んだ。狂犬め」
『オナタカミは死なない』スゲンの声色に強い憎悪が滲んだ。『死ぬのは貴様だ、ニンジャ。人から堕した仏敵のバケモノめ』「アイエエエ……」コンザカが殺気の衝突を前にして悲鳴を上げ、後ずさった。スゲンはそれを一瞥して冷静さを取り戻し、あらためてパンテーラに銃を向ける。
『最後に聞く。貴様はオネスティというニンジャを知っているか』「何だと……?そいつが貴様にどう」BLAM!「グワーッ!」右肩に銃撃だ!『知っているかと聞いている』「し……知らん!しかし待て、俺の立場なら調べることは……」『ならば、ブッダの御許へ行け』
BLAMN!銃弾がニンジャの頭を砕いた。「サヨナラ!」パンテーラは爆発四散した。スゲンはあらためて周囲を警戒したあと、武器を納め……厳かに、両手を合わせた。『……ブッダよ。どうか、かの者の魂に救済を』
……自分で殺しておいて祈るなど、正気の沙汰ではない。この男は狂っているようにも見えた。しかし他の状況ならばいざ知らず、血みどろの戦場においては、その信心だけが彼の最後の理性を支えていたのだ。
「タ……タカミヤって」コンザカがどうにか恐怖を押し殺し、呼びかける。「タカミヤ=サンっていうんですか、あなた。タカミヤ・スゲンと……」ハッとして。「ボッチャン?ボッチャンなんですか?まさかそんな」
スゲンは少し逡巡したあと、パワードスーツの襟元に手を伸ばした。蒸気が噴出してロックが解除され、ヘルムが脱がれて、素顔が露わになる。それはどこか幼なげの残る、青年の顔であった。
「……コンザカ=サン。お久しぶりです」青年はオジギした。恥じ入るように、深く。「先ほどはその……興奮したところをお見せして、スミマセン」「いや、いや!実際助かりました。あやうく拉致されるところでしたから」
コンザカはオジギを返し、スゲンを感慨深げに見やった。「……生きていらっしゃったとは。あの日、お父様たちと一緒に亡くなられたものと」「……父は死にました。しかし私と妹は、どうにか」
スゲンは話を断ち切るようにしてヘルムを被り直した。『私はザイバツ・シャドーギルドからこのニンジャへの通信を傍受してここに来ました』パンテーラの爆発四散痕を見下ろす。『奴らはこの家について知りすぎている。5分以内に荷物をまとめてください。シェルターは提供します』
「エッ」コンザカは躊躇した。ヨニゲ以来、戸籍や住居、職場の確保に苦労したのだ。『今度こそ殺されますよ』スゲンが見かけて警告した。「しかしボッチャン、私はこの5年……」『では業務命令とさせていただく。セシュー・プロトコルに従えば私は社長です』「アッハイ」
コンザカはいそいそと荷造りを始めた。スゲンはしばらくハンドヘルドUNIXを操作していたが、やがて足元のタタミにある不自然な凹みに気づいた。『コンザカ=サン、手は止めなくていいですが……ここに何か置いてあったんですか?』「アッハイ、オナタカミのラボから持ち出した研究設備が」『今はどこに?』「あのニンジャが運び出したと」
『ふむ。5年前の旧式を』スゲンはUNIXをいじる手を止めた。『どんな設備があったんですか?』「重要なのはデータ管理用のUNIXでしょうか。中に"イヴ"の遺伝子コードが」『何ですって!?』コンザカは肩をびくりと振るわせた。ヤマブシめいたパワードスーツがこちらを覗き込んだ。
『あのニンジャが現れたのはいつです?』「アイエッ……私が帰ってきた後、すぐに。多分待ち伏せしていたんだと思います。さらにその後、すぐにボッチャンが現れた形で」『……わかりました。スミマセン、どうぞ荷造りの続きを』スゲンはそう言って、ハンドヘルドUNIXを激しくタイプし始めた。
コンザカは訝しんだ。「……あのー、ボッチャン」『何でしょう』「あのコードはたしかに重要ですが、我が社の生体脳テック研究の基盤として広く用いられていたものです。そこまで必死になられずとも、どこか他の施設に……」『ないんですよ』「エッ?」
スゲンはタイピングを続けながら重々しく告げた。『イヴの遺伝子コードは……あるアンタッチャブルな一箇所を除いて……他のオナタカミ施設からは完全に失われていました。ロストテクノロジーですよ。まさかこんなところにあるとは思わなかった』「アイエエエ……まさかそんな」
青年はパワードスーツの内側で表情を険しくする。『あれは我が社のバイオ研究の根源だ。必ず取り戻す!』彼のUNIXに、部下から映像が届く……この家を映す監視カメラをハックして得た、数時間前の映像だ。玄関先に停車する不審なトラック。ナンバーの数字は「4」「6」「4」「3」……!
【Avenger in love】
……それから数日後、12月27日。
その廃ドージョーは2〜3年間放置されていたと見えて、短時間の掃除ではカバーしきれぬほど汚れていた。壁にかけられた「パンキ」のカケジクが半ばで引きちぎられ、上からスプレー塗料で「スラムダンク」と上書きされている。
ニンジャスレイヤーは両脚を開いて屈み、ソンキョの姿勢だった。彼女は小柄な体に安物のジュー・ウェアを纏い、手足にキックボクシング用のグローブと防具を装着。さらに全身に、無数のスプリングを蜘蛛の巣状に組み合わせた剣呑なボディギア「コーシェン・ギプス」を装着している。
これはやもするとパワードスーツにも見えようが、実際のところ、使い手の動作を強化するどころかそれを阻害するトレーニング用の代物である。本来は1人で行う単純な動作のトレーニングに際して装着するものだが……。
「ドーモ、ハンザワ・ディンガク=サン」ニンジャスレイヤーは立ち上がり、アイサツする。「ニンジャスレイヤーです」その顔には「忍」「殺」と刻まれたメンポを装着している。
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」その正面で立ち上がったのは、三白眼のグレーターヤクザである。「モーレツ・ブルフロッグ・ヤクザクラン所属、ハンザワ=ディンガクです」こちらもジュー・ウェア姿で、キックボクシング用のグローブと防具を装備している。コーシェン・ギプスはない。
両者はカラテを構えて向かい合った。「どうにもやりづれえな」ハンザワが苦々しげに口を開いた。「いくらヤクザでも、ガキ相手にカラテする機会はそうねえぞ」「私の実年齢はハタチを超えています」ニンジャスレイヤーが答える。
「10年くらい、どこか寒いところで眠っていて……多分、コールドスリープだと思いますが。カートゥーンで読みました……そんな感じのニュースも」「ムウーン。まあ、わかった」ハンザワは渋々頷いた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが踏み込み、右手でカラテパンチを繰り出す。ギギギッ!ギプスが軋み、その速度を鈍らせる。「フンッ!」ハンザワは左手でそれを防ぐ。その手が少し痺れた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが左足でケリ・キックを繰り出す。ギギギッ!速度が鈍る。「フンッ!」ハンザワは半身になってそれをかわす。「ナマッコラーッ!」そして低い右フックで反撃!
ニンジャスレイヤーはガードしようした。ギギギッ!ギプスがその動作を鈍らせる。「グワーッ!」肩口に命中。ニンジャスレイヤーは微かによろめいた。
「シューッ……」ハンザワは追撃せず、バックステップで間合いをとった。「ニンジャを殴ってやれるとは面白いぜ。妙な手応えだけどな」目の前の相手は身長も体重も10代前半の少女だが、体幹の強靭さや地面をグリップする力はニンジャなのだ。
「ハーッ……その調子でお願いします」ニンジャスレイヤーは深く息を吐き、カラテを構え直した。冷静である。これはカラテではあっても、殺し合いではなくスパーリングなのだから。
その後、ニンジャスレイヤーはハンザワを相手に模擬戦を続けた。彼女自身が望んだことだ。それは単なる訓練ではなく、過去の戦いを思い出すプロセスである。ナラク・ニンジャが彼女の肉体を支配していた時期の戦いを。
ハンザワの攻撃や防御、回避の動きを手がかりとして、どんな敵がいたか思い出す。どんな動きをして、どのような攻撃をしてきたか。それにどう対応して、どう攻撃を通し、どうカイシャクしたか……次のイクサで、より多くのカラテ・マニューバを、自分自身のものとして自然に扱えるように。
(あと3日だね)ツギハギ顔の闇医者……ハザメイの言葉が脳裏に去来する。彼は昨日、病床で昏睡し続けるワイヤープラーを一瞥したあと、ニンジャスレイヤーに宣告した。(こいつが喰らった毒は特別製のようだ。ニンジャでも殺せるし、スシを食っても治らない。延命はするが、3日が限界だ)
然り。ワイヤープラーは先の戦いでニンジャスレイヤーを庇い、敵の毒スリケンを受けてしまったのだ。当時は本人もニンジャスレイヤーも満身創痍であり、十分な応急処置ができず、毒はすでに彼の全身に回ってしまった。
(治す方法はないんですか?)ニンジャスレイヤーは切羽詰まった口調だ。(データベースを見たところ、解毒剤はあるらしい。しかしそこらの薬局じゃ処方してもらえない)(ならどこで?)(ヨロシサン製薬の、「ベンテン型調剤装置」でしか作れない)
ハザメイはいくつかのデータのプリントアウトを手渡す。ワイヤープラーが受けた毒。その解毒剤。そしてベンテン型調剤装置……打ち上げ態勢のスペースシャトルとブースターによく似た、ごつい機械である。大きさは全高3mほどか。
(そのベンテンはネオサイタマ全体でも9台しかない、特別なマシンだ。多少カネを払ったからって使わせてくれるものじゃない)ハザメイが続ける。(難病の特効薬。あるいは強力な毒薬、あるいはその解毒剤。それらをたしかな地位のある医者やヨロシサンと繋がりのあるアサシンに供給するためのブツなんだ)
(あんたはその「たしかな地位のある医者」なのかい?)横のベッドからチェミ婆が口を挟む。(そう見えるかい)ハザメイがどんよりした目で彼女を見やる。(いや、見えやしないけどね)チェミは軽い口調で応じる。彼女の目には厚く包帯を巻かれている……光は戻らないらしい。ワイヤープラーに毒を喰らわせたのと同じニンジャの拷問によるものだ。
(とにかく、3日ぽっちだ。ベンテン使用権利者を懐柔するのも無理だろう)ハザメイは面倒な老婆を無視して話を続ける。(ワイヤープラー=サンのことを思うなら、ネンブツでも唱えてやれ。さもなくば)(さもなくば?)ニンジャスレイヤーが唾を飲む。(ヨロシサンの施設に不法侵入してベンテンを使うかだ)
「イヤーッ!」「シャッコラーッ!」「イヤーッ!」「ワメッコラーッ!」「イヤーッ!」「ワドルナッケングラーッ!」廃ドージョーでのスパーリングはいつしか激化していた。ニンジャスレイヤーはコーシェン・ギプスの拘束に早くも適応し、ハンザワの攻撃に対応するようになっていた。ハンザワはそれに苛立ち、手加減なしで強烈なヤクザカラテを繰り出す。
ニンジャスレイヤーはハンザワを見ているようで見ていなかった。彼が過去のケンカ経験から絞り出してくる新たな攻撃パターンをニンジャ動体視力で見切り、その意図と軌道、威力を分析する。すると、必ず1つか2つ、過去の戦闘経験がフラッシュバックする。
多くはこの冬の新しい記憶だが、まれに10年前のものや、それよりずっと昔のものも混じる。ナラク・ニンジャの記憶が混線しているものか。ニンジャスレイヤーはそうした記憶を取捨選択し、目新しいものにフォーカスして、イクサの記憶を呼び起こしていく。
「ハアーッ!ザッケンナコラーッ!」ハンザワがヤクザ・ソバットを繰り出す。過去のイクサの記憶がフラッシュバックする。(そうだ。あの時はたしか、こんな風に)「イヤーッ!」ギギギッ!ニンジャスレイヤーはギプスを軋ませつつソバットをかわし、その脚を抱えてもろともにタタミへ倒れ込む。
「アッコラーッ!?」引きずり倒されるハンザワ。(そしてこんな風に!)ニンジャスレイヤーは素早くハンザワの右腕に足を絡め、腕ひしぎを極めた。「イヤーッ!」「グワーッ!?」苦悶するハンザワ!「マッタ!マッタ!」
「アッ!スミマセン」ニンジャスレイヤーは素早くハンザワを離した。「大丈夫でしたか?つい夢中になって」「あ、ああ。当たり前よ」ハンザワは自分を強いて起き上がる。少し右肩が痛む。「……だが少し、休憩にしようや」
「ハイ。アリガト・ゴザイマシタ」ニンジャスレイヤーは慇懃にオジギする。「スパーリングのお相手、とても助かります。1人では頭の中でしかできませんから」「おう、そうだろう」ニンジャが自分に頭を下げている……ハンザワは気をよくした。
「じゃあ、もう一つインストラクションをくれてやる。レッサーヤクザには必ず教えてやることだ」「ハイ」「ケンカはな、もちろんワザマエもある。カラテとか、ボクシングとか、アイキドーとか、パンキドーとかな」廃ドージョーの「パンキ」のカケジクを一瞥。
「……だがよ、何回もケンカしてりゃいつかは、自分と同じくらいのワザマエの相手と戦うことがある。あるいは自分より上のワザマエの相手とだ。そういう相手に競り勝ったり、一矢報いたりするために必要なことは何だ?エッ?」ニンジャスレイヤーはしばらく考えた後、答える。「アンブッシュですか?もしくは装備か、運?」
「バカ!どれも違う!」ハンザワは冷淡に否定する。彼の下に着いたレッサーヤクザの全員が受けた扱いだ。「いいか、必要なことはな……キアイだ」「キアイですか?」「ああ。それも漠然とした、ウオーッ!ってやつじゃねえ。もっと理屈立てた、ヤクザマインドのキアイだ」
ハンザワは横を向き、カラテを構えて虚空を睨んだ。「つまり、こうよ……俺はヤクザだ。裏社会の肉食獣だ。今までこの道を、邪魔する奴を全員ぶん殴ってまっすぐ歩いてきた。それをてめえは何だ?いきなりしゃしゃり出てきてきやがって。俺はお前より強い!ザッケンナコラーッ!……こうよ!」
「ナルホド」ニンジャスレイヤーは、その論理はきっと正しいのだろうと思った。ハンザワとは昨日会ったばかりだったが、荒事の経験が豊富そうなヤクザの人が教えてくれたことなのだからと……彼女はとにかく若く、イクサはともかく味方や中立の相手との物騒な会話については経験が浅かったのだ。「……ナルホド」
かくして、50%は家族愛とそこから転じた復讐心、残りの50%はセンパイへの慕情だったミフデ・シュノンの思考に、泥臭く物騒なヤクザのエッセンスが紛れ込むこととなったのだ。ワイヤープラーがそれを知ったら渋い顔をしたかもしれない。
「……しかし、このスパーリングはちゃんと俺の得になるんだろうな?」ハンザワが不意に剣呑なアトモスフィアを発した。「あのバアさんとワイヤープラー=サンは俺と同じくザイバツの例のヒミツ作戦で割を食った。あいつらは俺と利害が一致するが……」
ハンザワは小柄なニンジャスレイヤーを冷たい目で見下ろす。「テメエがこの後逃げたりしてその2人との縁を切るようなら、このスパーリングは俺の目的にはまるで役に立たなかったってことになる。そしたら俺は、テメエを地獄の果てまで追ってトレーナー料を請求するぜ……場合によっては指か、命もな」
ニンジャスレイヤーは眉をひそめ、答える。「ご安心を。チェミ=サンはよくわかりませんが、ワイヤープラー=サンと縁を切ることはありません。ヨロシサンには絶対に忍び込み、あの人は絶対に助けます」「何でそう言い切れる?」「私はあの人が好きだからです。異性として」
ハンザワは呆気に取られ、しばらくしてからうめくように言った。「いや、お前。どんだけ歳離れてると……」「ハタチ超えてるって言いましたよね」BEEP。ニンジャスレイヤーの懐でIRC端末がコール音を鳴らす。チェミからのノーティスだった。
【続く】