恋する復讐者◆暗黒の7日間   作:ボブ・ニンジャ

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ヨロシサン・アンチドート・クエスト#4/8

 

ザッケン、ザッケン、ザッケンナ、ドンツクブンブンブーン。リズミカルなヤクザテクノが室内に鳴り響き、雨音をかき消す。ヨロシサンの上級研究員ヤゲンバラは今日も絶好調だ。

 

「スッゾ、スッゾ、コラコラコラ。コラスッゾ、ブンブンブーン」口ずさみ、流れるサウンドとハーモニーしつつも、目はUNIXモニター。キーボードとマウスを操作し、シミュレータを操って、新たな合成化学物質の立体構造を組み立てていく。

 

彼のヤクザ趣味は音楽だけではない。彼1人のための研究室の中には、「ソンケイ」とショドーされたカケジクや、ロングドスソード、歴史あるヤクザクランの宝物だったとされる江戸時代の甲冑などが飾られている。

 

これらの物品を社内に持ち込むのは、一般的には規則違反だ。しかしヤゲンバラは優秀であるため特別に許されている。彼はこの完璧なヤクザ空間のアトモスフィアが自分のポテンシャルを最大限に高めると信じていたし、実際大きな成果を挙げてきた。

 

ヤクザテクノがサビに入る。ワ、ワ、ワ、ワメッコラ。ワドルナ、ワメッコ、ワドルナッケン……CRAAASH!!「アイエエエーッ!?」ヤゲンバラは仰天してひっくり返った。斜め前方にあった窓が割れて、白と金の装束を纏ったニンジャが飛び込んできたのだ!「ニンジャ!?俺の研究室にニンジャナンデ!?」

 

「ハアーッ……!」小柄なそのニンジャはヤゲンバラを一瞥した後、自分の肩に手をやった。毒針を引き抜き、刺さっていた場所を絞るようにつねる。傷口から毒液が滲み出た。

 

(ニンジャが怪我してる……?ニンジャは無敵なのに怪我ナンデ?)ヤゲンバラの混乱する脳内に疑問が生じた。怪我をしているということは、目の前のこれはニンジャではないのでは?さらに、少し前に伝令に来た警備兵の言葉が思い出される。(支社内に不審者が侵入……)

 

「私はニンジャです」ニンジャが念を押すように言った。少女の声だ。ボッ!ボッ!傷口をつねる彼女の指先から赤黒い炎が断続的に噴き出し、体内に残留する毒液を焼き飛ばす。「変なことは考えないでください。あなたを殺……倒しますよ。カラテで」

 

(こいつはニンジャじゃなくて、ただちょっとアクロバティックで指から炎が出るだけの不審者のガキなのでは?)ヤゲンバラはそう考えた。無意識にNRSから逃避する思考だった。たちまち、彼の中に怒りが湧く。(紛らわしい。驚かせやがって。このガキは俺の完璧なヤクザ空間を乱した!)

 

ヤゲンバラはデスクの引き出しへ、ゆっくりと手を伸ばす。「動かないで。やめてください」不審者は傷から手を離して立ち上がり、彼を繰り返し制止した。シツレイな。ヤゲンバラは顔をしかめ、ゆっくりと、引き出しを開ける。中にチャカ・ガンが。「やめてください……ヤメロ!」

 

ヤゲンバラは口調の強まりにびくりと震え、反射的にチャカ・ガンを取る!「死ね!アクロバティック不審者!」そして構え「イヤーッ!」ドムッ。ニンジャが電撃のように素早く踏み込み、彼の鳩尾にボディブローを打ち込んだ。「ムン」ヤゲンバラは気絶した。

 

……研究員は意識を失い、倒れ込む。ニンジャスレイヤーはその体を受け止め、脈を確かめた。脈はある。生きている。ちゃんと手加減できたのだ。

 

ニンジャスレイヤーは研究員を床に寝かせてやり、しばし疲労感に喘いだ。毒針のダメージだけではない。(今、私はニンジャでもクローンでもない普通の人を、殺しかけたんじゃ)その緊張感だ。心臓が早鐘を打ち、なかなか治らない。

 

(でも、仕方ないじゃないか。この人は私を殺そうとした。私は今死ぬわけにはいかない。センパイも死んじゃうんだから。それは私が嫌だ。ヨシ)ニンジャスレイヤーは強いて思考を転換した。(次同じような場面になったらどうする?手加減できない状況だったら?……殺すんだ。迷ったらダメだ。手加減できないなら、殺す!)

 

ニンジャスレイヤーは割れた窓から上階を見上げようとして、思い留まり、ガラスの破片を拾ってその手だけを窓の外へ突き出した。表面の反射が、上階の窓から身を乗り出してこちらを見下ろすヤクザ警備兵たちの姿を捉える。

 

「「「ザッケンナコラーッ!」」」プシュプシュプシュプシュプシュ!その手を狙ってニードルガンが撃ち下ろされる!ニンジャスレイヤーは慌てて手を戻した。さっきまで手があった空間を無数の毒針が通過して、雨粒に混じって地上へ落ちていく。

 

「イヤーッ!」さらに、上方から小さくカラテシャウトが聞こえた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟にバク転で窓から離れた。カキン!スリケンが1枚、ドライブ軌道で窓越しに室内へ投げ込まれ、さっきまでニンジャスレイヤーが立っていた床に突き刺さった。おそるべき投擲精度だ。ニンジャが上にいる。

 

(ついにニンジャが出てきたか)ニンジャスレイヤーはしばし窓の方を警戒したが、敵ニンジャがラペリング降下してくるようなことはなかった。警備兵やバイオ・コモドドラゴンが襲ってくることもない。雨音だけが続いている。奇妙な小康状態だ。

 

ニンジャスレイヤーは訝しみつつも、イクサの再開に備えた。気絶した研究員を彼自身の白衣でスマキ拘束し、部屋を見回すと、冷蔵庫がある。開けると、中身はハイグレード・バリキとヤクザ・マッチャだ。後者を1本拝借し、一息に飲み干す。ほてった体に冷たいマッチャが染み渡る。さすがにスシはなかったが、気力は回復した。

 

(今はたしか38階。ベンテンは40階だ。あと2回階段を登った先に、センパイの命がある)ニンジャスレイヤーは一時メンポを外し、自分の頬を叩いてキアイを入れた。(疲れたな、痛いな、ミフデ・シュノン。早く帰ってフートンで寝たいな。でもどこに帰りたいかって、センパイのいるところだ。だからセンパイのために、もうひと頑張りだ!)

 

『ニンジャスレイヤー=サン。状況が把握できた』インカムにチェミからIRC通信が入る。イクサは苦しく、彼女の情報支援が命綱だ。「どうなっていますか」ニンジャスレイヤーは装束をはだけ、下着姿で肩の傷にバイオ包帯を巻きつつ応じる。包帯は道中で奪ったものだ。

 

『まず、監視カメラのジャックが急にバレたのは私の落ち度だ。不意に戦闘開始させちまってゴメンナサイ』「そうなんですか。まあ、元々潜入もチェミ=サンのおかげでできたことなので」『あんた歳の割に人間できてるね……で、なんでバレたかっていうと』チェミは苦々しげにその答えを告げる。

 

『アタシたちの他に、このビルへの潜入を企んでる奴がいやがった。アタシたちより前から機会を伺ってたんだろうね。そっち側のハッカーに動きを掴まれて、ヨロシサン側にバラされた』「というと……」ニンジャスレイヤーは荒事の経験は浅いながらも自ら推理する。「……囮にされたってことですか?」『YEP』肯定が返ってくる。

 

『すでに1階はヨロシサンじゃない何者かに物理・電子の両面で制圧されてる。シャッターを下ろして、ヨロシサンの大がかりな増援をシャットアウトする構えだね……そこからどこへ行ったか……多分、地下……』沈黙が少し続いた。『おい、バアさん?』ハンザワの声。『ああ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃった。ニンジャスレイヤー=サンは敵中なのにね』チェミの声。

 

ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「……チェミ=サン、無理してませんか?」『してるさ』予想外な答えが返ってきた。ニンジャスレイヤーは返答に詰まる。『あんた、ワイヤープラー=サンが自分を庇って毒を喰らったのを気にしてるみたいだったけどね。それはアタシも同じさ』

 

「同じって……」『アタシはね、ニンジャスレイヤー=サン。あいつに見捨てられるなら、それも仕方ないかなとは思ってたのさ。アタシは年寄りで、あいつは若いからね……でも、歳を取っても悟りきれないもんでさ。タスケテと一言だけ言っちまった。あいつはそれを律儀に汲んで、あのマネキネコを見つけてさ……』また、沈黙。

 

『……ヨシ、今ザゼンを飲んだよ。不安がらせて悪かったね。もうボーッとはしない』「……ハイ」ニンジャスレイヤーはインカムの向こうのハッカーを信頼した。「今から40階へ行きます。ベンテンを使います」『行きな。道案内はこのババアがするよ』「お願いします」

 

【Avenger in love】

 

「通信はやはりダメか」ヤクシマルは低く問う。「ハイ。有線は切断され、無線はジャミングされています」秘書ヤクザは無感情に答える。「本社からノロシの返答は?」「まだ。雨雲でノロシが遮られてしまっているのかも」

 

46階の支社長室は重い沈黙に包まれた。今やスギナミ支社ビルは1階と38階を敵に制圧され、3部分に分断されてしまっていた。そして通信妨害により、各部分間や外部との連絡が行えない。高層の支社ビルは、今や、処刑を待つ死刑囚が突っ立っているかのようなオツヤ・リチュアルだ。

 

「屋上にヘリがスタンバイしています」秘書ヤクザが言うが、ヤクシマルは無視した。部下を見捨てて逃げ、侵入者に好き放題されれば、たとえこの場を生き延びても上層部に責任を追及されセプクの運命だ。

 

ボーンブレードがぴくりと眉を動かした。「……38階の敵が動いたようです。さっき外壁を登ってきたニンジャが」遅れて、下階から微かにカラテシャウトとヤクザスラングが聞こえ始めた。ニンジャスレイヤーとクローンヤクザ警備兵の戦闘である。

 

ヤクシマルはもはや46階の守りを捨て、ボーンブレードという最後のコマを投入せざるを得ない状況にまで追い込まれていた。しかしどのように使えばよいのか?こちらの喉元に迫っているのは38階のニンジャだが、全力で対応させてしまっていいのか?その間に1階の敵が何かしらこちらにとって致命的な動きをしはしないか?

 

「ム……ムーッ!」支社長室内で唸り声を上げる者がいる……おお、これはどうしたことか?スマキにされ、猿轡をかまされた上で頭に頭陀袋を被せられたヒサンな人物が床に転がされているのだ。

 

それも1人ではなく、4人いる。「「「ムーッ!ムーッ!」」」スマキたちは連鎖的に騒ぎ始める。しかし支社長と秘書ヤクザ、ボーンブレードは揃ってこれを無視!

 

「ハアーッ!ハアーッ!ハアーッ!」そこへコードドラムを背負った社員が息せき切って駆け込んでくる!「貴様は!?」ヤクシマルが誰何!「エジバ=サンの部下です!警備主任の!今は30階に!ハアーッ!ハアーッ!」

 

社員はスマキたちを怪訝そうに一瞥したあと、コードドラムから受話器を外して差し出す。ヤクシマルは理解した。これは分断された中層部との新たな通信回線!この社員は危険な侵入者が制圧する38階を超えてきたのだ!「デカシタ!」ヤクシマルは賞賛し、受話器を取る!「モシモシ!ヤクシマルだ!」

 

「ドーモ、エジバです!」頼もしい声が返ってくる!「支社長、たった今生き残りの警備兵とバイオ・コモドドラゴンを再編成し、臨時突撃隊を編成しました!さらにエレベーター1基の制御を回復!どちらへ戦力投射しましょうか!?」

 

ヤクシマルは瞬時に思考した。38階の敵は明らかにニンジャであり、これまで警備兵とバイオ・コモドドラゴンを大勢殺している。対して1階の敵はアンノウンであり、ニンジャではない可能性がある。ならば!「1階へ送れ!敵がいないようならそのまま地下へ向かい、そこをクリアリングさせろ!」「ヨロコンデー!」

 

ヤクシマルは通話を切り、続いてボーンブレードに命じる。「出撃用意せよ!」「ハッ!」ボーンブレードは威勢よく返事をして立ち上がる。そしておもむろにスマキたちに向き直り、頭の頭陀袋を順番に取った。ビジネスで致命的な失敗をしたヨロシサン社員たちの怯え切った表情が露わになった。

 

「いいか!俺はニンジャだ」ボーンブレードはスマキたちをいかにも恐ろしげに怒鳴る。「今からテメエらを殺す!楽しいからだ!イヤーッ!」「ムーッ!」そして突然スマキの1人をカラテキックで殺害!ナムアミダブツ!

 

「「「ムーッ!ムーッ!」」」他のスマキたちは揃って恐怖で失禁!「どうだ、怖いか?憎いか?俺は楽しいぜ!イヤーッ!」「ムーッ!」さらに1人をカラテ殺!ナムアミダブツ!

 

「「ムーッ!ムーッ!」」残る2人のスマキは身をよじって少しでもボーンブレードから距離を取ろうとするが、虚しい努力!「アハハハハ!どうだ?恨めしいか?貴様らの数十年の人生は俺の気まぐれ一つで水泡に帰すのだ!イヤーッ!」「ムーッ!」カラテ殺!

 

しかし最後のスマキは異常をきたした。「ムフフ……ムフフフ」笑い始めたのだ。その目は虚である。明らかに精神崩壊を起こしていた。ボーンブレードは舌打ちする。「これはうまくないな」そしてそのスマキをぞんざいなカラテキックであっさりカイシャクした。

 

ボーンブレードは周囲を見渡した。ヤクシマルは唐突な虐殺行為を前にしても平然としている。秘書ヤクザも同様。「アイエッ」伝令サラリマンが肩を振るわせた。彼は明らかに恐怖していた。ボーンブレードはヤクシマルに視線を向ける。ヤクシマルは頷いた。

 

「フフフフ。ハハハハハ」ボーンブレードは不気味に笑いながらサラリマンへ近づき、「イヤーッ!」「グワーッ!」カラテキックで両脚を破壊!「アイエエエ!ナンデ!あなた支社長の部下じゃ!?味方ナンデ!」サラリマンは泣き喚く!

 

「俺はニンジャで、お前は違うからだ!」ボーンブレードはサラリマンの首を掴み、吊り上げる!「理不尽だと思うか?憎たらしいか?俺を憎め!ジゴクの果てまで憎むがいい!イヤーッ!」「アバーッ!」そして壁に叩きつけて殺害!ナムアミダブツ!

 

「フーッ……ハーッ」ボーンブレードは深呼吸した。憎たらしい殺人嗜好者の振る舞いを止め、アグラしていた頃の冷静さを取り戻す。彼の異常に太くて長い左腕に、うっすらと灰色のオーラのようなものが生じた。

 

ボーンブレードは左手を右前へ伸ばした。そして右手でその手首あたりに触れ、「イヤーッ!」SPLAT!赤緑色の血液が舞った。ボーンブレードは自分の左腕に右手を突き刺し……その腕の骨の一本を掴んで……傷口からずるりと引き出したではないか!その骨は鋭い刃と切先を持ち、形状はカタナそのもの!

 

これだけならば、単なる異常なバイオサイバネ手術の産物ともいえるかもしれない……しかし見よ。先ほどまで左腕全体を包んでいた灰色のオーラが、今やこの骨のカタナに集中している。さながら、灰色の半透明の鞘をつけているがごとし。

 

「そこのキャビネットで試してみろ」ヤクシマルが横にある家具を示す。「イヤーッ!」ボーンブレードがサッとカタナを振り、切先でキャビネットの側面を斜めに撫でた……ツツッ、ガラガラガラッ!

 

おお、なんたることか!ワンテンポ置いてキャビネットが真っ二つに切断され、上部分が斜めに滑り落ちて内容物が崩落する!その切断面はヤスリがけしたように滑らかである。恐るべきは骨カタナのレーザーブレードじみた異常な切れ味!

 

「どうやら仕上がったようだな」「ハイ」「では指示を下す」ボーンブレードは大仰にヤクシマルの足元に跪き、彼の言葉を聞く。

 

「貴様はまず38階の敵ニンジャを始末し、その後1階以下を掃討せよ。1階以下の敵はエジバ=サンの突撃隊が時間を稼ぐはずゆえ、まず出し惜しみなしの全力をもって、38階の敵を始末するのだ!」

 

「ヨロコンデー!」ボーンブレードは堂々と答え、骨カタナを携えて連続バク転で支社長室を飛び出してゆく。ヤクシマルはその背中と、床に転がるスマキたちの死体を見た。(これが正しい判断だ。そのはずだ)

 

間違っていれば自分は役員会に裁かれてセプクだ。そして死後はエンマに裁かれるであろう。ヤクシマルの表情は険しい。

 

【Avenger in love】

 

「イヤーッ!」「アグーッ!」ニンジャスレイヤーは武装サラリマンを突き倒し、その首をマンリキめいた力で掴む。「アイエエエグググ」サラリマンは心を折られ、ニードルガンを取り落とした。踊り場の床にはクローンヤクザ警備兵の死体が散乱し、緑色のバイオ血液の海が広がっている。

 

「立とうとしないでください。動いたら殺します」ニンジャスレイヤーは冷酷に言い放ち、サラリマンの胸ぐらを掴んで、引きずりながら階段を登った。サラリマンの革靴が階段にぶつかってゴツンゴツンと音を鳴らす。

 

やがてニンジャスレイヤーは階段を登り切る。壁には「40階」の表示があり、それより上への階段はない。『41階へはまた別の階段で行くのさ、このフロアを横切った反対側だ』インカムにチェミのナビが入る。一時通信妨害によりノイズが混じっていたが、すでにチェミが周波数を調整したことで解消していた。『といっても、アタシたちは次の階段には用はないね。ベンテンはこのフロアの中央の大部屋だよ』

 

「ハイ。向かいます」ニンジャスレイヤーは短く返答し、周囲を見回して、カンオケ・ロッカーを発見した。中にあった清掃用具を外へぶちまけ、引きずってきたサラリマンを押し込む。「この中でおとなしくしていてください」

 

ニンジャスレイヤーは努めて恐ろしげに脅迫する。「私は用が済んだらすぐこのビルから出て行きますが、それまでにまたあなたの顔を見たら、今度こそ殺します。私も2度手加減する余裕はないので。いいですね?」

 

「ハイ。絶対にハイ」サラリマンはニンジャへの恐怖に震え上がり、繰り返し頷いた。ニンジャスレイヤーはロッカーの扉を閉めた。清掃用具で外から扉を塞げないかと考えたが、自分が去った後もサラリマンが閉じ込められたままになるとまずいと思い、止めた。

 

(アー、私何やってるんだろう)ニンジャスレイヤーは廊下を慎重に進みつつ、今更な思考を巡らせた。(あの大企業ヨロシサン製薬の施設に不法侵入して、設備を壊しまくって、サラリマンを脅して。ニンジャってみんなこうなの?私が頭おかしいだけか……それにしても)

 

ニンジャスレイヤーは訝しげに周囲を見回し、「敵が全然いません」インカムに呟く。39階はクローンヤクザと武装サラリマンが何重にも防衛線を張っていたというのに、このフロアはまったくの無人である。空調とUNIXの稼働音だけが響いている。

 

『監視カメラが例の敵ハッカーに乗っ取られたりヨロシサンに電源を切られたりでわかりづらいけど、どうもヨロシサンは残りの戦力を2つに分けたみたいさね』「上に集中してるんじゃないんですね」『ああ。たしかに最上階あたりにも一塊いるが、30階から1階へ降りていった別働隊がいる』

 

ニンジャスレイヤーは道中の部屋をガラス扉越しに覗くが、やはり無人である。デスクの上には書類やバリキ・コーヒーのカップが放置されている。ここにいたサラリマンたちは上階にでも避難したのだろう。『どうも例のハッカーの仲間が1階に侵入して、地下へ降りていったみたいだ。別働隊はそっちに対応するんだろう』

 

その後、ニンジャスレイヤーはヨロシサンのニンジャの居場所についてチェミに尋ねたが、不明との答えが返ってきた。ニューロン内のナラク・ニンジャに尋ねても、不機嫌そうな感情の波が返ってくるばかり。敵ニンジャは完全に気配を隠しているようだった。

 

(たとえニンジャでもこの上層から1階へ大移動したら、何かしらシッポを出すはずじゃない?)ニンジャスレイヤーは油断なく周囲を警戒しつつ40階を進む。(だいたい、敵は今まで私がビルを登るのを阻むように戦ってきた。今更私を無視してニンジャ戦力を1階へ下ろしてしまうなんて考えづらい。奴はまだ上層にいるはず)

 

問題は上層のどこにいるかだ。最上階付近でひたすら待ち伏せしていてくれれば、ニンジャスレイヤーは40階で目的を果たし、そのまま帰ることができるのだが……。

 

やがて、ニンジャスレイヤーの前に両開きの衛生フスマが姿を現した。大きくニンジンが描かれている。『ベンテンはその奥だよ』チェミのナビ。ニンジャスレイヤーは精神の高揚を抑え込みつつ、注意深くフスマを開ける。ターン!

 

そこは天井の高い部屋だった。41階と42階をぶち抜いた吹き抜けなのだ。そしてその中心に、巨大な銀色の機械が鎮座していた。高さ3mはあろうか。丸みを帯びた筒状のパーツ群が束なるように組み合わさって直立する姿は、打ち上げ体勢のスペースシャトルを思わせた。

 

そして機械の正面、高い位置に、ブディズム世界観において医薬を司る女神が描かれ、うっそりと微笑んでいる。「ベンテン」ニンジャスレイヤーは我知らず呟いていた。そしてチェミから受け取ったフロッピーディスクを取り出す。

 

女神絵の真下に制御コンソールがある。これをあそこに接続すれば、その横にある薬剤排出口から、センパイを救う解毒剤が排出されるはず。やっとゴールが見えた。

 

『気ィ抜くなよ』インカムの向こうからドスの効いた声が届く。ハンザワだ。『俺が敵対クランのヤクザを暗殺するならな、相手がビズを済ませる直後を待ち伏せするぜ。一番油断するからだ』『ヨロシサンはこっちの目的がベンテンなのを知らないんじゃないかい?』

 

チェミが指摘すると、ハンザワは言葉に詰まった。『……でもホラ、この地図見るとよ、その部屋相当広いだろ。ニンジャは待ち伏せしやすいんじゃねえのか。狭いところよりアクロバットできるしよ』『かなり苦しいね』『ウルッセーゾ……』ニンジャスレイヤーはそのやりとりを聞いて少し表情を緩めた。

 

しかし同時に、ハンザワの言うことにも一理あると考えた。この広間は他のオフィス区画とは異なる特殊な空間である。ここでこそ可能な特殊アンブッシュもあろう。気を引き締め直し、右手にスリケンを握って、注意深い足運びで調剤装置へ近づく……直後、その警戒が彼女を救った。

 

「トライアングル・イアイド!」はるか上の天井の方から、微かにカラテシャウトが聞こえた。真上の天井から灰色の何かが……ホログラフ映像の閃きじみて……サッと振ってくる。

 

その瞬間、ニンジャスレイヤーは避けようとした。しかし、十分警戒していたおかげで、立て続けに二つ目の何かが振ってくるのに気づくことができた。そしてその軌道と、敵の狙いを理解した。ニンジャスレイヤーは避けなかった。

 

……ボーンブレードは敵が40階の大広間を通るタイミングでアンブッシュを仕掛けることとしていた。大広間には障害物が少なく、音の反響から敵の位置を読みやすいからだ。ただしあそこに設置されている調剤装置はたいへん高価なので、イクサに巻き込まぬよう配慮する必要はある。

 

彼自身は大広間の天井の上、44階に陣取り、骨カタナを大上段に構える。「オオオオン」「ゾウオオオ」骨カタナにまとわりつく灰色のオーラがブキミな音を発してうごめく。このオーラはボーンブレード自身に向けられた死者の怨念のエネルギーである……彼自身はそう理解していた。

 

(俺のこのホロウ・エンハンスメント・ジツとイアイドーの鍛錬、そして我が社のバイオ・サイバネティクスの力があれば……10m離れた敵でも、一瞬でブツギリにできる)

 

ボーンブレードは精神集中し、耳を澄ます。バイオ強化されたニンジャ聴力が、大広間を進む敵ニンジャのわずかな足音や衣擦れの音を精細に捉え、その姿を立体映像のごとく脳裏に描き出した。(小柄な女だ。あるいは子供か)

 

そう思いつつも、彼の思考に一切の情けはない。ひたすら殺意を研ぎ澄まして好機を待つ。敵が自分の真下に来るまで、あと3m……2m……1m……「トライアングル・イアイド!」SLASH!SLASH!SLASH!

 

敵が自分の真下に来た瞬間、ボーンブレードのカタナが3つに増えた……あまりにもハヤイな速度で3連続の斬撃を繰り出したため、そう見えたのだ。それでもカタナ自体は床を3角形にくり抜いただけだが……そこに纏わせた灰色のオーラが速度のままに伸縮!さらに硬質化!3つの超自然のギロチンの刃と化して、10m下方のニンジャスレイヤーへ降り注いだ!

 

「グワーッ!?」おお、しかし!次の瞬間、床に倒れたのはボーンブレードの方だ!右目にスリケンが深々と突き刺さり、緑色のバイオ血液が噴き出す!「バカな!アイツ、俺のアンブッシュを!?」ボーンブレードは激しく動揺してもがく!

 

「イヤーッ!」CRAAASH!!ボーンブレードからタタミ3枚分離れた位置の床が破壊され、ニンジャが飛び出した。空中で3回転し、立膝姿勢で着地。無傷である。「貴様……」ボーンブレードが残った左目でそれを睨んだ。

 

「ドーモ、はじめまして。やっと会えましたね、ヨロシサンのニンジャさん」白と金の古代ローマ風装備に身を固めたそのニンジャが、アイサツする。「ニンジャスレイヤーです」

 

【続く】

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