12月28日、午前10時46分。ヨロシサン製薬スギナミ支社ビル44階、4403号室にて、2人のニンジャは初対面した。
その部屋はどうやら化学実験室らしかった。壁と天井は白。床はライトブルー。実験器具は多くがガラス製かステンレス製。清潔な空間の中で血まみれのニンジャたちが睨み合う様は、コラージュ画像じみて異様だ。
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」ボーンブレードはのっそり起き上がり、アイサツを返す。「ヨロシサン製薬のボーンブレードです」彼は直前まで自分のアンブッシュに対応されたことに激しく動揺していたが、今やその情動は波が引くようにスッと消えていた。
ビョーキ・トシヨリ・ヨロシサン。ビョーキ・トシヨリ・ヨロシサン。ボーンブレードは頭の中で自社のモットーをネンブツのように唱えた。それによって思考を洗い流し、再起動したのだ。(ヨロシサンは人類の健康をコントロールする。俺はカラテをもってそれに貢献する)
(アンブッシュを見切られようが、右目を潰されようが、その運命に揺るぎはなし。では具体的に何をすればいいか?すでに明確な命令を受け取っているはずだ。目の前の任務を遂行せよ、ボーンブレード)動揺を完璧に抑え込む。
「ふざけたアンブッシュでしたね」ニンジャスレイヤーが口を開く。「避けなければ当たらないだなんて。仕掛けられたことにすら気づかない人が相手だったらどうするつもりだったんですか?」
然り。ボーンブレードの3連撃は、1撃目をあえて回避させ、直後に降り注ぐ2・3撃目で回避先に攻撃を加えるものであった。1撃目は続く攻撃に向けて相手の回避ルートを狭める軌道でなければならない都合上、実のところその場で直立していれば当たらないのだ。
ニンジャスレイヤーはそれを見切った。そして、回避するかわりにボーンブレードが床に空けた穴から44階へスリケンを投げ込み、カウンターを決めたのである。針の穴を通すようなその精密投擲はさながら天地逆のチップインショットのようだった。
「……そのレベルの相手ならアイサツ後のカラテで容易に始末できる」ボーンブレードは右目から血を流しながらも、ゼンめいて平静な精神で答える。「貴様も同じだ、ニンジャスレイヤー=サン。今の対応は褒めてやろう。だが少しばかり足掻いたところで、寿命をわずかに延ばすに過ぎん」
「一応聞いておきますが」ニンジャスレイヤーが無感情な声で問う。「私はあなたのことが殺したいわけではありません。しばらく放っておいてもらえれば帰りますが、それでもやりますか」
「あまり俺を愚弄してくれるなよ」ボーンブレードはゆっくりと骨カタナを構える。灰色のオーラがその刃の周りで妖しげに唸り、揺らめく。「放っておいたら何をするつもりだ?機密データや金庫の中身を好き放題するつもりか?だいたい、貴様は30階からここまで殺し、壊しすぎた。あそこがルビコン川だったのだ」
ニンジャスレイヤーは反射的に反論しようとしたが、堪えた。データや札束を強奪する意図はないが、ベンテンが目当てであることが知れれば、その使用を妨害してくるに決まっている。それはニンジャスレイヤー自身を殺すよりもずっと容易だろう。勘違いさせておいた方が都合が良い。
「仕方ないですね。それなら、教えてあげます」ニンジャスレイヤーもジュー・ジツを……否。腰を落として構える。両手指の第一・第二関節を曲げ、掌を下に向ける形で突き出す。「我がカラテ、3000年の歴史の重みを」それは古代ローマカラテ第一の戦闘姿勢、獅子の構えだ。
ボーンブレードはその構えを見て、目を細めた。そして間合いを保ちつつ、ジリジリと敵の横へ回り込もうとする。ニンジャスレイヤーはさせじと、中腰のまま、ボーンブレードを正面に捉えるように動く。
2人は間合いを保ち、睨み合ったまま、実験室の中を緩慢に動き回った。それは微生物がシャーレの中を動き回る顕微鏡映像のようでもあった。
いつしか2人はステンレスシンクを挟んで向かい合っていた。シンクの横にある水道の蛇口、その先端に、水滴が生じている。ニンジャたちは相手の動きに神経を最大限集中させつつも、思考の0.1%でその水滴を意識している。
水滴が、膨らんで、垂れ落ちる。その瞬間!「イヤーッ!」仕掛けたのはボーンブレード!カタナを横に閃かせ、その先端で近くにあった試験管スタンドを引っかけ、左から右へ!スタンドをニンジャスレイヤーへ投げ放った!
しかしニンジャスレイヤーも、水滴を契機として切り結びが始まることを理解している!「イヤーッ!」スリケンで試験管スタンドを撃墜!CRAASH!試験管が砕けて、ガラスの破片が舞った。その一つ一つが蛍光灯の青白い光を反射して、ニンジャスレイヤーの目を少しだけ眩ませた。
それがボーンブレードの狙いだ。彼は試験管スタンドを投げた動きから、スムーズに骨カタナの振りかぶりへ移行する。「ゾオオオン!」オーラが大きく呻いて震えたかと思うと、一瞬にして伸長!そして硬質化!今や彼のカタナは刃渡り10m!「イヤーッ!」それをクレイモア大鎌めいて低く振るう!SLASH!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳ねた!屈めた両脚のバネを同時に解放し、ボーンブレードの胸の高さまで跳ねたのだ!当然10m斬撃は彼女の下を虚しく通過!「イヤーッ!」さらに敵の顔面めがけ、右腕をマジックハンドめいて伸縮させてのカラテパンチ!
「イヤーッ!」ボーンブレードは異様に太長い左腕を上げ、そのブレーサーで防御!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの左マジックハンドパンチ!「イヤーッ!」ボーンブレードは冷静に左腕をスライドさせて同様に防御!しかし腕が押しやられ、骨カタナの切り返しが遅れる!
ニンジャスレイヤーが着地し、スムーズに中腰姿勢に戻る。その背後で、オーラ延長カタナに切り裂かれた実験器具キャビネットが中身を崩落させ始める。ニンジャスレイヤーはボーンブレードのワン・インチ距離へ踏み込む気配を見せた。
「イヤーッ!」ボーンブレードは右足のケリ・キックで牽制した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右手でその足を打って逸らし、左腕で関節を極めた。
(来たな。古代ローマカラテの関節技)ボーンブレードは右足を絡め取られながらも、目をぎらりと輝かせた。彼は熟練のニンジャであり、敵の使うカラテについて事前知識があった。この一撃を待っていたのだ。
(ここから俺の脚を捻って破壊するつもりなんだろうが、そうはいかん。俺はその動きに身を任せ、むしろ加速して、自分から投げ飛ばされてやる。そして空中からオーラ延長イアイドで奴の首を刎ね飛ばす!)
(……首を刎ね飛ばすだと?このレベルのニンジャを相手に、こんな早い段階で?)彼は不意に、自分が焦っているのに気づいた。(こいつを早く始末して1階の敵を……いや、まずこの敵を全力で始末しろと命じられただろうが!ダメだ!この動きは!)
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右手で懐からチャカ・ガンを抜き、抱え込んだ敵の右膝めがけぶっ放した!BLAMBLAMN!「グワーッ!?」ボーンブレードは足を強引に引き戻そうとしたが間に合わず、右ふくらはぎに被弾!肉がコイン大に抉れる!なんたる卑劣攻撃か!?言うまでもないがこんな技は古代ローマカラテのマキモノにはない!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右前蹴りで追撃!「グワーッ!」ボーンブレードは怯んでおりこれに対応できない!CRAAASH!!背後の実験器具キャビネットに叩きつけられる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがチャカで再追撃!BLAMBLAMBLAMN!「イヤーッ!」ボーンブレードはキャビネットの表面を転がって回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは全残弾をそちらへ叩き込む!BLAMBLAMBLAMN!
「イヤーッ!」ボーンブレードはその場へ倒れ込んで回避!そのまま実験チャブの陰へ転がり込み、「イヤーッ!」その陰からノールックでスリケンを投げて反撃!タクミ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転で回避!「イヤーッ!」その隙にボーンブレードが物陰から回転ジャンプで飛び出し、着地する。二者は再び実験室内で向かい合った。
ニンジャスレイヤーはもう獅子の構えを取っていなかった。弾切れのチャカを投げ捨て、オーソドックスなジュー・ジツの構えだ。「ハーッ……貴様」ボーンブレードは苦々しく言う。右足の傷からドクドクとバイオ血液が流れる。「古代ローマカラテはメインのワザではないな」
「やっと気づきましたか。フッ。ウフフ」ニンジャスレイヤーは努めて余裕そうに振る舞い、不敵に笑ってみせた。「勘違いしますよね。そりゃね。この服ですしね」
読者の方々には今一度思い出していただきたい。今、ニンジャスレイヤーは古代ローマ風の装束を纏い、古代ローマ風の防具を装着しているのである。ニンジャネームはミスマッチだが、視覚情報は彼女を古代ローマカラテ使いだと錯覚させるのに十分である。
「バカな。わざわざ不慣れなカラテで戦うなど、自殺行為だ」ボーンブレードは再び動揺させられており、無意識になんとか相手を貶めて精神的安定を保とうとした。「俺が欲張らなかったらどうするつもりだった?」
「欲張りますよ。だってあなた、強いですもん」ニンジャスレイヤーはリスキーな奇襲を決めた興奮から口数が多くなっていた。「私の侵入に気づいたのも、窓からスリケンを投げ込んできたのも、さっきのアンブッシュもすごいです。となると、古代ローマカラテの基本が関節技なことくらい知ってますよね」
(バカな)ボーンブレードは驚愕し、微かに恐怖すら抱いた。(このガキ、俺のような手練れに遭遇することを想定して事前に奇襲手段を考えてきたのか?その歳で?)しかし、セルフ・マインドコントロールする。ビョーキ・トシヨリ・ヨロシサン。(重いダメージは右目と右足のみ。任務は続行可能だ)
「私も聞いていいですか。その武器、何ですか?」ニンジャスレイヤーが骨カタナを一瞥して尋ねる。「なんかゾワゾワするんですけど」「わざわざ教えてやるものか」「……」
その時、ニンジャスレイヤーは唐突に黙り込んだ。そして、ボーンブレードの装束に残る、彼自身のバイオ血液とは明らかに異なる赤い血痕を見た。支社長室で虐殺したスマキ社員たちの返り血を。
「……ああ。そうですか……そうですか」ニンジャはブツブツと独りごちる。ボーンブレードは訝しみ、スリケンを投げた。ニンジャスレイヤーは無造作に弾き飛ばした。
「やっぱ、ニンジャはニンジャですね……あーあ、殺したくないなとか、何考えてたんだろう。バカだなあ、私」ニンジャスレイヤーはそう言って、ボーンブレードの目を見た。ニンジャスレイヤーの目には憎悪の炎が宿っていた。
「やっぱり、あなたは殺します」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて宣告した。「もう勝ったつもりか?言ったはずだぞ、寿命を少し伸ばすだけだと」ボーンブレードは隻眼で睨み返し、骨カタナを構えた。
【Avenger in love】
「フンフンフン……フンフンフン」ヨロシサン社員アラシマは鼻歌を歌いつつ、保護手袋をはめた手でガラクタの山を漁った。ここはスギナミ支社ビル最下層、地下14階。フロア全体がアラシマの所属するリバース・エンジニアリング課によって使用されている。
(おかしいな。このあたりにバンノー・メディスン社の保存シリンダーがあったはずなんだが)アラシマはスコップを持ち出してそこら一帯を掘り返したが、目当ての物は見つからぬ。さもあろう、このフロアは床のほぼ全面がおびただしい数の機械類と保存容器で埋め尽くされているのだ。
これらの物品はヨロシサンが他企業を買収・吸収合併した時や債務を取り立てる時に接収したバイオテクノロジー研究設備である。しかしジャンクヤードじみた景色に違わず、それらの99.99%以上はただのジャンクだ。
ヨロシサンは医薬品業界で最先端を行く企業であるから、同業他社の過去の研究成果をサルベージしたところで、真新しく有益なものであるケースはほとんどないのだ。また、そうした有益技術を回収できる期待が大きい接収物については、より設備の充実した施設に送られる。
結果、このスギナミ支社14階はそれ以外のガラクタを押しつけられ、見た目も実態も産廃不法投棄スポットじみた有様となっていた。
……結局、アラシマは目当ての保存シリンダー捜索を諦めた。(少し処理順は狂うが、あれを先に解析しよう)そう考えて見やるのは、つい数日前に届いたデスクトップUXIXだ。なんと5年前に倒産したオナタカミ社のものだという。
マシンとしては旧式であるためにガラクタとみなされてここに送られてきたのだろうが、アラシマはこのUNIXの内部メモリーに期待を抱いていた。(オナタカミはバイオ産業においてもそこそこの技術力があったはずだ。もしかすると高度なロストテクノロジーが記録されているかもしれん)
……BLAMBLAM……BRATATATA……上階から微かに銃声が聞こえてくる。(そういえば、不審者が侵入したとアナウンスがあったな。まだ排除されていなかったのか)アラシマは呑気にそう考える。地上からこの14階に至るまでにはいくつか電子施錠扉があるし、侵入者がそれを突破してまでこの辺鄙な部署に来る意味はなかろう。ここは安全だ……
などと考えていたとき、ガシャーンッ!フロア内で急に金属音が響き、アラシマを驚かせた。見れば、何のことはない。ヤクザトンネルから荷物が届いたのだ……ヤクザトンネルとは、一部のヤクザや暗黒メガコーポが有する、地下トンネル・ベルトコンベア輸送システムのことである。
ヨロシサンのヤクザトンネル網はネオサイタマの地下46mに張り巡らされており、スギナミ支社の輸送品受取口はこの地下14階にあった。壁面から突き出した土管のような円筒がそれだ。今回の荷物は縦横が数十センチほどの重箱コンテナである。
アラシマは受取口に向かい、コンテナの宛先を確認した。何階のどの部署だ?……(何?)アラシマは訝しんだ。このリバース・エンジニアリング課宛てだという。さらに、「シャナイ級機密プロダクトにつき無権限での開封厳禁」の文字。
そして、宛先の下に奇妙な条件が追記されている……「到着から30分間は宛先に留め置き、その間に特に指示がなければ返送せよ」。(こんな荷物は初めてだ)アラシマは首を捻る。送り主はネリマ営業所。(あそこはこの支社より小規模でセキュリティも緩かったと思うが、そこからシャナイ級機密プロダクトが……?)
CABOOOM!!「アイエッ!?」突然の轟音にアラシマは仰天した。振り返ると、入口の電子施錠扉が爆破されたところだった。粉塵の中から、白黒に塗り分けられたヤマブシ風パワードスーツを纏った人物が姿を現す。こっちに走ってくる!
『どけ!』「アイエエエーッ!?」ヤマブシはアラシマを突き飛ばし、おもむろに機密コンテナを開封。中から拳銃のマガジンや何らかの消耗品カートリッジをいくつも取り出し、素早く拳銃とパワードスーツの各部に装填した。最後に金属筒のようなパーツを取り出し、スーツの右肩に装着する……グレネードランチャーである!
「ザッケンナコラーッ!」「チェラッコラーッ!」爆破された入口からクローンヤクザ警備兵たちがエントリーする。『デクどもにブッダの愛などなし!』ヤマブシは両手の二丁拳銃で薙ぎ払う!BLAMBLAMBLAMBLAM!!「「グワーッ!!」」警備兵第一陣がスイスチーズにされソクシ!
「「「SSSHHH!!」」」しかしバイオ・コモドドラゴンの群れがそれに続いてエントリー!動きは素早く、剥き出しにした牙から毒液が滴る。ヤマブシは落ち着き払って、右肩のグレネードランチャーを発射!スポン!CABOOM!「「「SHHH!?」」」
コモドドラゴンは爆風で負傷し、あるいは怯む。ヤマブシは……タカミヤ・スゲンは、それらを拳銃でカイシャクしていった。さらに入口の向こうへグレネードランチャー第二射!スポン!CABOOOM!「「「アバーッ!」」」警備兵第2陣が爆死!
アラシマは尻餅をついたまま、呆然とそれを見ていた。彼は鉄火場の経験がなかった。スゲンは入口にグレネード・マキビシをばら撒いたあと、アラシマに向き直って拳銃を向けた。『貴様、この部署のサラリマンか。3日前、オナタカミのUNIXがここに運び込まれたな』
「アイエエエ……あ、あれです」アラシマは震える手で件のデスクトップUNIXを指差した。スゲンはそれを一瞥した。『貴様、あれの中身を調べたり、コピーしたりしたか』「まだ触っていません」
BLAM!スゲンはアラシマのすぐ横の無関係ジャンクへ向けて威嚇射撃!「アイエエエ!?」『本当か?』「本当です!撃たないで!」
『……』スゲンはしばし黙考した。このサラリマンには、自分がこの施設に侵入した目的があのUNIXだったことを知られてしまった。後に上層部に報告されるリスクもあるわけだが、殺しておくべきか。憎きヨロシサン社員……しかし管理職ではなさそうである。
『……よかろう』スゲンは拳銃を実弾モードから制圧弾モードに切り替え、引き金を引いた。ZZZTT!「アバーッ!?」アラシマは感電して倒れる。スゲンはぞんざいに彼の体を掴み、ある程度安全そうな物陰に押し込んだ。
『殺しはしないが、邪魔をされても困る。このフロアは安全だ。しばらく寝ていてもらおう』そう言ってパワードスーツ腰部から工具を取り出すと、件のUNIXを分解し、ハードディスクを取り出す。
KBAM!「グワーッ!」入口の方からグレネード・マキビシの炸裂音!スゲンは舌打ちして振り返り、入口の向こうへ右手拳銃を撃ち込む!BLAMBLAMBLAMBLAMN!「「「アバーッ!」」」警備兵第3陣全滅!
スゲンはその隙にヤクザトンネルへ向かった。さっきのコンテナにハードディスクを入れ、脇のUNIXで発送先をネリマ営業所へ設定。発送。キュイーン!ベルトコンベアが巻き取られ、コンテナは闇の中へ吸い込まれた。
『今、ブツを送った』スゲンは敵の後続を警戒しつつ、部下にIRCを送る。しばらくして、レスポンスが来た。『受領いたしました。パーツの製造番号、内部データ構成にも齟齬なし。目的の品です』
スゲンは安堵の溜息をついた。そして瞬時に気を引き締め直した。『作戦第1段階終了。第2段階へ移る』『ヨロコンデー』スゲンはジャンクの山へ飛び乗り、フロアの隅に目をやった。ガラクタの山に半ば埋もれ、赤黒く錆びついた扉。
『補給物資、ナイスタイミングだった。そちらの制圧状況は問題ないか?』ガラクタをかき分けつつ、IRCを送る。『お気遣いありがとうございます。少なくともあと1時間は問題ありません』『充分だ。それまでに作戦は完了し、帰社する』
『社長。お言葉ですが、第2段階を中断して帰社することも視野に入れるべきかと』スゲンはパワードヘルムの裏で眉をピクリと動かした。『どういう意味だ』『社長以外のもう1人の侵入者……囮に仕立てたニンジャの、裏にいるハッカーが厄介です。おそらくタイピング速度は私と互角のヤバイ級』
『支社とはいえヨロシサンの施設に忍び込むような奴らなら有り得よう。俺の帰社まで足止めすることもできないのか?』スゲンは返答しつつ、スーツのうなじ部分からLANケーブルを引き出し、錆びついた扉の端子に直結する。たちまち、セキュリティプログラムの情報が脳に流れ込んできた。論理タイプで適切なコマンドを打ち込み、トラップを回避。構造の弱点をついて内部をかき回す。
『社長を直接妨害させないようにする程度なら可能です。しかし侵入中のニンジャを社長の下までナビゲートすることまでは防げない可能性があります』これまではこちら側が事前にスギナミ支社のネットワークに仕込んでいたトラップやボットで優位に立ってきたが、それが尽き始めて向こうに食い下がる余地が生じたか。
KBAM!錆びついた扉の鍵部が爆発した。扉を力任せに押し開けると、その先は闇へ通じる下り階段だ。すえた臭いのする風が吹いてくる。
『敵の囮役のニンジャは今どんな状況だ』『ヨロシサンのニンジャと戦闘中です』『ニンジャ同士ぶつかったか。ならば俺の下に来るにしても、相応に消耗しているはずだ……問題ない。作戦を続行する』『ヨロコンデー』部下はおとなしく引き下がった。
(ネリマ営業所の電子的制圧からここまで、多くの予算を消費し多くのリスクを冒した)スゲンはパワードヘルムの暗視機構をアクティベートし、油断なく銃を構えつつ階段を降りていく。(あのデータはたしかに重要だが、あれを確保しただけで帰社するなど採算に合わん。これは俺の個人的復讐ではなく、企業間戦争なのだ……!)
【続く】