恋する復讐者◆暗黒の7日間   作:ボブ・ニンジャ

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第6章
リ・ディシジョン・オブ・アヴェンジ#1/4


 

12月30日、朝。

 

「26日ごろ、ここにハッカーの老婆が来ませんでしたか」アイボリーカラスは単刀直入に切り出した。目つきはダウナーで、口元はメンポに覆われており、何を考えているのか読み取りがたい。「それと、長身の男性ニンジャと、小柄な女性ニンジャもです」

 

「ほう。その方々を探しにいらっしゃったので」対するは、禿頭の闇医者・ハザメイである。顔面の皮膚は微妙に色の違うものでツギハギされており、異様な風体だ。彼は非ニンジャである。

 

「私は来ませんでしたかとお尋ねした。イエスかノーでお答えいただきたい」アイボリーカラスはつっけんどんだ。「いやはや、お手厳しい」ハザメイは肩をすくめた。「我々の闇医者という仕事もデリケートな商売です。そういう事情をよその人に話してしまっては、商売上がったりどころか、顧客の恨みを買うことにもなりかねない。お答えするわけにはいかんのです」

 

「私がザイバツのニンジャでもですか」「ハイ。ご理解いただきたい……」「ということです。何か文句でもおありですかな?」ハザメイの横に座る重サイバネのニンジャが口を挟んだ。看護師ニンジャのスカルスマッシュだ。「ザイバツの名前を出すだけで何でも無理を通せると思ったら大間違いですぜ」

 

「言葉が過ぎるぞ、スカルスマッシュ=サン」ハザメイが嗜める。スカルスマッシュは舌打ちして黙ったが、目では変わらずアイボリーカラスを睨みつけていた。アイボリーカラスはどんよりした目でそちらを一瞥した後、「……わかりました。では長居もなんですので、失礼します」

 

意外にもあっさりと聞き込みを諦め、銀色のカタナを携えて、クリニックを後にする。ハザメイはそれを正面玄関まで見送り、アイボリーカラスの背中が見えなくなると、「……フーッ」薄暗い待合室のソファに脱力して座り込んだ。全身からどっと汗が吹き出し、手が震え始めた。人喰いメキシコライオンの檻から命からがら脱出したような安堵だ。禿頭の汗を拭う。

 

「なんでえ、緊張してらっしゃったんですかい?」スカルスマッシュがその様子を茶化す。「いくら相手がニンジャでも、同じニンジャの俺がついてるんだから大丈夫だってのに」「能天気のバカめ。同じニンジャなのにわからなかったのか?」ハザメイは睨み返す。「わしはニンジャもたくさん診てきたからわかる……アイボリーカラス=サンは明らかに只者じゃない。ニンジャの中でも相当のやり手だ。奴がその気になればお前なんか一瞬でナマスにされていたぞ」

 

「ヘェーッ、先生がそう仰るならそうなんですかねェ」「とにかく、今日は忙しくなるぞ。早急に引越しの準備だ」ハザメイは自分の頬をピシャピシャ張ってから立ち上がった。「この場所はザイバツに知られてしまった。わしらが反抗的な態度を取ったこともな。ザイバツに睨まれて監視されてる状態で商売してたら命がいくつあっても足りん」「ヘイ!」

 

スカルスマッシュはガシャガシャとサイバネ駆動音を立てながら受付カウンターの奥へ消える。ハザメイは正面玄関のガラス扉越しに外を見た。ネオサイタマは今日も相変わらずの雨模様だ。つい昨日、怪我も完治しないままこの扉をくぐって出て行ったニンジャスレイヤーたちを思う。(アイボリーカラス=サンほどのニンジャのことだ。わしらからの聞き込みを簡単に諦めたということは、他に追跡方法のアテがあるのだろう)

 

(あんな凄腕のアイボリーカラス=サンに追われるとは、ニンジャスレイヤー=サンたちもつくづく過酷な星の下に生まれたようだな……手当した患者がすぐ死ぬのも忍びない。せめて生きて年越しを迎えられるといいが)覚束ないことを考え、自らもカウンターの奥へ姿を消す。ガラス扉の外では冷たい重金属酸性雨がピシャピシャと音を立てて路面を洗っていた。

 

【Avenger in love】

 

同日、昼。

 

ドカッ!バキッ!ビシュンビシュンブイブイブイーン!『タタッキル!』画面が暗転し、サー・ランスロットがツルギを構えてポーズを決める!『アロンダイト・カミナリ!』

 

ZGOOOM!!『アバーッ!』巨漢のロシア人アダムスキーは落雷を浴び、骸骨が透けるエフェクトとともに感電!体力ゲージが尽きて、画面に「お決まりだ」の文字!

 

「アーッ!?バカナー!?」ニンジャスレイヤーはコントローラーを投げ出して頭を抱える!「イェーハー!」ワイヤープラーは勝ち誇る!「これで3連勝だ!これはもう勝負あったな!」

 

「ハア!?」ニンジャスレイヤーはそちらをジロリと睨む!コワイ!「その前に私が2回2連勝したの忘れたんですか!?こんなのウワブレ・ラッキーですよ!ダイヤグラム上は絶対アダムスキー有利なので!」

 

「ブハハハ!お前、そういうのは負けてる時に言っても言うだけ惨めだからな!」ワイヤープラーはせせら笑い、チャブ上の大型スシ・パックの中からマグロ・スシを掴んで口に放り込んだ。「ザッケンナコラー!もう1回勝負です!」ニンジャスレイヤーがサーモン・スシを食べつつ凄む!

 

「シェラッシェー!じゃあ今度こそストレート勝ちで完全なる引導を渡してやる!」ワイヤープラーはカイコトバ!オシボリでぞんざいに手を拭い、コントローラを操作する。続くマッチのキャラ選択は、またしても聖騎士ランスロットVSロシア人プロレスラー・アダムスキー!

 

「お前ら……こんな時にそんな遊んでていいのか?」恐ろしげな三白眼のヤクザが後ろからそれを見て、訝しむ。彼はモーレツ・ブルフロッグ・ヤクザクラン出身のグレーターヤクザ、ハンザワだ……古巣のクランがすでに壊滅していることを、彼はまだ知らない。

 

「ちょっと黙っててください!」ニンジャスレイヤーはそちらを見もせず撥ねつける。ブラウン管TV画面内では聖騎士とロシア人が互いに小技を連打して牽制し合う。「私とセンパイのアダムスキーとランスロットはまだ格付けが済んでないので!10年越しなので!」

 

ハンザワはもう何も言えなかった。『もう少し遊ばしてやりな』卓上に据えられたラップトップUNIXから電子音声が発せられる。ヤバイ級ハッカーの老婆、チェミだ。彼女は今は別の拠点……おそらくはどこかのUNIXカフェの一室にいる。『さっきまでリハビリめいてカラテトレーニングしてたらしい。サボってるわけじゃなくて、休憩がてらなんだ』

 

「本当かよ」ハンザワは眉根を寄せた。「俺たちはザイバツに命を狙われてるんだぜ。それをこんな呑気な……」『仕事終わりの休日くらい、呑気で結構じゃないか。殺人だけ考えてる殺人マシーンと一緒に仕事したいかい?アタシは嫌だね』ハンザワは唸った。

 

そもそも、ニンジャスレイヤーとワイヤープラーは昨日まで重傷を負って闇医者に入院していた。医療処置を受けて一晩寝たとはいえ、負傷は今日どこまで治癒しているのか?カラテ訓練や周辺の哨戒等、ハンザワが有益と考える行動をどれだけ取れるのか?メンタル面の回復はどうか?ニンジャでないハンザワには今ひとつよくわからぬ。

 

ブラウン管TV画面内ではアダムスキーがランスロットをグラップルした!「アーッ!押してない!俺ボタン押してない!」ワイヤープラーが叫ぶ!「押しましたぁー!押したからアテミ喰らってるんですぅー!」ニンジャスレイヤーはヘラヘラ笑いつつ親指でコントローラのレバーをグルグル回し、処刑ヒサツ・ワザのコマンドを入力!

 

『ツキマデ・トンデケ!ヌウーン!』ロシア人が聖騎士を抱えて高くジャンプ!そのまま宇宙空間を突っ切り、ZDOOOM!!相手を月面に叩きつけた!ランスロットの体力ゲージが0に!「ブッダファック!」ワイヤープラーはコントローラをザブトンに叩きつけた。「ハハハーッ!ザマミロ!」ニンジャスレイヤーが勝ち誇る!

 

『ワイヤープラー=サン、ニンジャスレイヤー=サン。話があるんだけど、いいかい』チェミがうまいタイミングで口を挟んだ。ワイヤープラーがシビアな仕事人の顔に戻って振り返る。ニンジャスレイヤーはそれを見て、自分も鹿爪らしい顔をしてラップトップUNIXへ向き直った。

 

『ハンザワ=サンもだ』UNIXモニタの向こうでは、チェミがどこかの薄暗い部屋でサイバーサングラスをかけてこちらを覗き込んでいる。テレビ電話だ。『この前のヨロシサン攻略はいいチームワークだったと思うが、あれはあくまでワイヤープラー=サンを救うだけの臨時編成だ。アタシたちの今後の関係をハッキリさせる時が来た』彼女のサングラス表面に「ナシクズシが良くない」という文字がチカチカ点滅する。

 

『アタシはあくまでザイバツと戦うよ。倫理的に正しいとか間違ってるとかじゃない。奴らはアタシとの契約を反故にした。アタシを舐めたんだ。アタシの70年の人生をだ』プラチナゴールド色のフロッピーディスクを取り出す。秘密サイバネ指メモリーから移動した、ザイバツの機密データが入っているのだ。

 

『この暗号化データがトラブルの原因であり、逆襲の鍵だ。アタシは必ずこのデータを解読し、奴らの陰謀を暴いて、首謀者にケジメをつけさせてやる……あんたたちは付き合うかい?』

 

「俺は乗るぜ。その話」ハンザワが即答した。彼の目には復讐意思の炎が灯っている。「ザイバツがオヤブンの留守を狙って俺たちの事務所を荒らしたのも、元はと言えばそのデータのせいだ」『あのザイバツニンジャがあんたたちの事務所に移動したのは、このアタシが拷問になまじ耐えたせいでもあると思うけど。いいのかい』

 

「まず仕事頼んどいて終わったとたん相手を拷問する方がおかしいだろ。筋が通らねえ。耐えるのは当たり前だ」ハンザワは40数年のヤクザ経験で培ったヤクザ倫理観をもって迷いなく答える。「クソなのはザイバツだ」『いいだろう。あんたの資金とコネは有用だ。こちらとしても歓迎するよ』

 

「テメエらはどうだ」ハンザワはニンジャスレイヤーとワイヤープラーを睨め付けた。「ワイヤープラー=サン、俺はこの前のヨロシサン攻略であんたを救うためにその、例の資金とコネってやつを少しばかり使ったぜ」

 

『ハンザワ=サン、それは言ってやらないでおくれ』チェミが口を挟む。『ワイヤープラー=サンがタスケテと言ったわけじゃない。見方によってはアタシたちが勝手に助けただけとも言える。カネはまあ、この前使った分くらいならアタシが補填してもいい』

 

「俺は……わからん」ワイヤープラーが低く言った。「助けてもらったことには礼を言う。だが、ザイバツは強いぞ。コケ脅しじゃない。あのソウカイヤと何年も戦っている……俺はソウカイヤを知っている」自分の右手小指を見る。きわめて自然な外見だが、その指はケジメされており、今あるのはサイバネだ。

 

「トキシー=サンは強かっただろうが。あれでもアデプト位階……下っ端の部類だ。ザイバツにはあれより強いマスター位階のニンジャが大勢、さらにそれより強いグランドマスター位階が7人だか8人いる」

 

「テメエ、ビビってんのか?」ハンザワが凄む。「そうかもな。そして、客観的に分析してもいるつもりだ」ワイヤープラーが冷たいニンジャの目で見返す。

 

「よしんばあんたたちの言うように首謀者にケジメをつけさせられたとして、その後はどうする?ザイバツは明らかにそのデータの機密保持に重大な注意を払っている……おそらく首謀者は相当地位の高い奴だぞ。1人殺しておしまい、とはいかない。追手の大軍が差し向けられてくる」ワイヤープラーはチャブに向き直り、パック・スシの残りを半分食べた。

 

『それはその通りだね』チェミが同調した。『深く切り込む前に、オキナワにでもトンズラする準備はしておく必要がある……それでもリスクは大きい。このあたりでアタシとのコンビは解消して、ソウカイヤのナワバリにでも逃げるかい?』「その選択肢も考える」ワイヤープラーはマッチャを啜った。

 

「ただ、あんたのメソッドに従って、俺の心情をロジカルに考えると」目を細める。冷酷なフリーランス・ニンジャの迫力が滲んだ。「ザイバツのハーデンベルギア=サンが俺を無力なニボシか何かみたいに捕まえて拷問しようとしたことには、相当ムカっ腹が立っている」

 

「俺はあんたと違ってデータ回収任務は受けていなかったが、今までザイバツからの仕事を誠実にやってきたのは同じだ。それにこれから先の人生、ザイバツのアサシンに一方的に追い回されるだけってのは御免被りたい」

 

『なるほど?』「それに、腐れ縁のあんたや、俺を助けるのに貢献してくれたらしいハンザワ=サンを冷酷に死地へ突き放すのも、心情的には多少抵抗がある。俺がいなくなったらいなくなったでやりようはあるんだろうが」肩をすくめる。「少し考えさせてもらおう。今日中には結論を出す」

 

『いいだろう。ま、期待せずに待ってるよ……あんたの心情よりザイバツがコワイって話の方が合理的だからね』「まあ、そもそも完全な合理性を求めるなら、こんなフリーランスより組織のニンジャになるか普通のサラリマンをやっていた方がいいという考え方もあるんだが……」

 

ワイヤープラーはそう言って、ニンジャスレイヤーの方を見た。「お前はどうする、ニンジャスレイヤー=サン」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。

 

「それは……」ニンジャスレイヤーは言い淀んだ。彼女は即断できるほどの人生経験がなかった。件のデータで直接的に被害を被ったわけでもなく、そこについての連帯感もなかった。ザイバツは憎いが……憎いはずなのだが……ニンジャに対する憎しみが、ワイヤープラーとの交流でぼやけている感覚もあった。

 

(私はニンジャが嫌い。憎たらしい……でも、センパイもニンジャだ。どうすればいい?私は何がしたいの?)ニンジャスレイヤーは自分に問う。ニューロンの奥底で邪悪なニンジャソウルが身じろぎした。

 

【続く】

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