『マンジュウ、マンジュウ駅に到着ドスエ』列車が新たな駅に到着する。呑気なマイコアナウンスが響く。『なお8両目では現在火災が発生しておりますので、7両目以前の皆様におかれましては先頭車両側の出口をご利用くださいドスエ。なお火災は運行に支障なく発車は時間通り……』
降車した人の多くは渋々それに従い、先頭車両側の階段を降りて改札へ向かう。9両目以降の乗客だけが、まばらな人の流れをなして反対側の階段を……
「ゼエーッ!ハアーッ!」いや待て!ニンジャが1人、8両目から降りてきてそちらへ走る!サンファイヤー!度重なるダメージとジツの反動でひび割れたバックラーを投げ捨てる!
「どけッ!」「アバーッ!」邪魔な老婆を斬り殺し、階段を5段飛ばしで駆け下りる!改札を破壊しながら通過し、「ちょっとアンタ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」それを咎めた駅員にグラディウスを投げつけて殺し、公衆電話へ!
「ゼーッ!ハーッ!」肩で息をしつつ、トークンを入れぬまま、震える手で「#」「3」「1」「8」「2」をプッシュ!滅茶苦茶な番号のはずだがなぜかコール音が鳴り、それが1回終わる前に通話が繋がる!
『ハイ。こちらザイバツ緊急コールセンター。そちらの現在地をどうぞ』サンファイヤーは安堵に表情を緩めた。ついにザイバツにコンタクト成功!「今、マンジュウ駅の……」「イイイヤアアアーーーッ!!」CRAAAAASH!!!「グワーーーッ!!」
サンファイヤーの正面の壁が吹き飛び、公衆電話が吹き飛び、サンファイヤーに激突した。遅れて、それらの裏から突っ込んできたトビゲリが彼の鳩尾に深々と突き刺さった。その主は……ニンジャスレイヤー!サンファイヤーに遅れて電車を降り、公衆電話の裏の壁越しにアンブッシュを仕掛けたのだ!
ニンジャスレイヤーはいかにしてあのフラッシュオーバー・ジツを生き延びたのか?読者の皆様には彼女の出立ちを見ていただきたい……いや、男性の方は見ないでいただきたい。彼女は今やニンジャ装束を脱ぎ捨て、下着姿なのだ。
焼夷攻撃の瞬間、彼女は顔面をガードした。そしてそれ以外の全身の装束が発火した瞬間、すぐさまそれを脱ぎ捨てることで火傷を負うことなく炎を振り切ったのである。ナラクの警告、そして彼女自身のこれまでの戦闘経験があればこその的確な対処だ。
「グッワ……」サンファイヤーは駅構内を吹き飛び、床に転がった。もはや内臓が完全に破壊され、起き上がる力もない。「この駅があなたの終点です。ハイクを詠んで下さい……!」ニンジャスレイヤーは公衆電話を踏み潰し、そちらへツカツカと歩み寄る。
「アバッ、フフッ、ヘッヘッヘ」サンファイヤーは血を吐きつつも、あくまで反抗的に笑った。どうにか頭を起こし、下着姿のニンジャスレイヤーを見返す。「こうして見りゃ、チビのわりに豊満なバストしてやがるじゃねえか。エスカルゴ=サンに見せてやりたかっ……」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが両手でスリケンを2枚投擲!「グワーッ!」サンファイヤーの両目に深々と突き刺さり、脳を破壊!カイシャク!「サヨナラ!」サンファイヤーはしめやかに爆発四散!
「シューッ……」ニンジャスレイヤーはザンシンし、過熱した機械が冷却空気を噴出するがごとく低く息を吐いた。……リリリリン!ベルが鳴った。破壊した壁の横の、無事な公衆電話が鳴っているのだ。
ニンジャスレイヤーは少し警戒したが、やがて受話器を取った。「モシモシ」『俺だ』ワイヤープラーの声だ。ニンジャスレイヤーは一瞬喜び……その後、自分が彼に相談なくザイバツと事を構えてしまったことを思い出し、ばつの悪さに表情を曇らせた。
【Avenger in love】
マンジュウ・ディストリクトは商業地区であり、きらびやかなネオン看板を纏ったビル群が立ち並んでいる。マンジュウ駅前のロータリーは、そうした中にあって、ぽっかりと頭上が開けた空間だ。さながら鉄筋コンクリート密林の林冠ギャップである……もっとも、その向こうに見えているのは青空ではなく、ドス黒い汚染雲ではあるが。
「シャブシャブの顔が近い」「実質合法。ただし個人差があります」「ヒートリー、コマキタネー……ミスージノー、イトニー……」周囲のビル群から広告音声が降り注ぐ。早くもチョンマゲ頭のキャッチが現れ、駅から帰路に着くサラリマンたちに纏わりついている。
カワクラはふらふらとマンジュウ駅を出た。券売機周辺でタムロしていたサイバーゴスの1人と肩がぶつかり、睨まれるが、何も感じていないかのように歩き続ける。やがて、全身にのしかかるような疲れを感じた。駅前の浮浪者排除ベンチに腰かける。
……さっき、何があったのだったか。自宅はまだ先だ。どうしてこの駅で降りたんだったか?……思い出せない。そういえば電車内で、ボヤがあったというアナウンスを聞いた気がする。アナキストがどうとか、頭の中で考えた気がする。アナキストが電車に放火したんだったか?きっとそうに違いない。
一介のOLに過ぎないカワクラはそう考えたが、彼女の記憶の混濁は実際のところはNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)によるものであった。多くの日本人はニンジャの実在を前にすると、その存在を理性的に認識・認容することができず、自我に急性の障害を引き起こすのである。
この障害は重篤なものだとニューロンを損傷して後遺症を残したり、そのまま発狂死したりすることもある。カワクラはニンジャを目視したどころか面と向かって脅迫され、ニンジャのイクサを直視はしていないにしろ、その物音や振動を感じてしまった。この程度の記憶の混乱で済んだのは実に幸運だったといえよう。
「スカッと爽快!シュワっと」不意に、聞き慣れた声が降ってきた。見上げると、壁面広告モニタで巨大なスズキ・スズシゲが白い歯を見せて笑い、清涼飲料水をアッピールしている。「シュワっとウマイぜ!クーット・レモン!」
「スズシィ……」カワクラは水を与えられた砂漠遭難者めいて目を輝かせた。(そうだ、アナキストがどうだろうとニンジャがどうだろうと"シタタル"はいるのよ。推さなきゃ……ン?ニンジャ?……まあいいわ)
やがて壁面モニタはマイコが踊る退屈な映像を流し始める。カワクラは立ち上がり、近くの自動販売機で「クーット・レモン」を購入し、飲んだ。炭酸とフルーツ香が思考のモヤを流し去っていく。この冬に冷たいドリンクはやや寒いが、スズシィの笑顔に報いるためにはやむを得ない。
「ン……?」カワクラは訝しんだ。ロータリーの隅の方で、下着姿の少女が、黒塗りのヤクザベンツに乗り込んでいくように見えたのだ。ウォルルルルン!ヴォオオーッ!リムジンは威圧的なエンジン音を響かせて走り去っていく。
何らかの犯罪現場であろうか?あるいは何らかのマニアック変態行為であろうか。もしくは、幻覚か。(きっと幻覚だ。疲れているんだ)カワクラは首を振り、クーットをもう一口飲んだ。
仮に犯罪現場だったとしても、このマッポー都市ではありふれた出来事であり、自分には関係ない。仮にあの電車にニンジャがいたとしても、やはり関係ないのだ。絶対に。早く帰ろう。帰ってシタタルのライブ動画を見よう……。
【Avenger in love】
「軽率だぞ」ワイヤープラーは苦虫を噛み潰したような表情だ。「状況はハンザワ=サンなら聞いた。気持ちはわかる……とは言わんが……予想はつく。しかし、こんな時に自分から新しくザイバツニンジャに戦闘を仕掛けるなど、『私たちを見つけて殺しに来てください』と言っているようなものだぞ」
「ハイ。スミマセン」バックミラーの向こうで、ニンジャスレイヤーは深々と頭を下げた。下着姿の上からワイヤープラーのジャケットを羽織った姿だ。「……少し、熱くなっていました」「……」ワイヤープラーは言葉に詰まった。仮に相手が単なるビジネスパートナーであったなら、もっと非難したり関係を切ったりしたであろう。
しかし彼はニンジャスレイヤーと親しく、彼女の年齢は実質的には12歳であり社会経験に乏しいこと、ザイバツニンジャに家族を惨殺されたことを知っている。そして現状、ワイヤープラーたちと明確な雇用関係・同盟関係にあるわけでもない。
この状況で彼女がザイバツ・ニンジャの狼藉を目にした時、個人的な情動に任せて復讐しに行ったとしても、彼女の性分からすれば当然であり、責めることはできないのではないか。
ワイヤープラーはフロントガラス越しに赤信号を見上げた。隠れ家はまだ遠い。手持ち無沙汰にハンドルを撫でながら、話題を探す……彼女の家族や復讐について"知った風な口を利く"ようなことにならない話題を。「……この後どうするか、決めたか?あのババアについていくかどうか」
ニンジャスレイヤーは顔を上げた。「私は……チェミー=サンと一緒に行こうと思います」その返答に迷いはないが、苦しげだ。「きっと、あの人のデータやハッキングのワザマエがあれば、ザイバツの中枢に切り込んで……私の家族を殺す命令を出した言い出しっぺの人を突き止めて、殺しに行けると……」
ニンジャスレイヤーはしばらく黙り込み、やがて言う。「センパイ……ご迷惑かけたすぐ後で申し訳ないんですけど……ちょっとグチってもいいですか」「何?」ワイヤープラーは思いがけない反応に戸惑ったが、やがて頷く。「いいぞ、聞いてやる」
「どうしてこんなことになっちゃったんですか?」ニンジャスレイヤーの声は震えた。「私、10年前のあの日まで、普通の女のコだったはずで……お母さんがいて、お爺ちゃんがいて、ブンジがいて、クラスの友達がいて……今すぐやりたいことも、将来やりたいこともたくさんあって……それがあの日から、何もかも滅茶苦茶です」
ニンジャスレイヤーは羽織ったジャケットの裾をぎゅうと握りしめる。「人を殺すなんてしたくなくて……でも殺したいんです。みんな死んだのに、当の殺した本人のニンジャが好き勝手やってるなんて絶対我慢できないんです!……私がおかしいんでしょうか?家族を殺されたとしても、殺し返すなんてまともな人のすることじゃないんでしょうか?……私はもう、完全に頭がヘンになってるんでしょうか」
「……」ワイヤープラーは少し黙った。そして口を開いた。「ミフデ=サン」「……はい?」「俺と付き合ってくれ」「……」ニンジャスレイヤーは目をしばたかせた。「……スミマセン、今なんと?」「俺と付き合ってくれ。俺のカノジョになってくれ」
「えっ!?はっ!?ええっ!?」ニンジャスレイヤーは狼狽し、意味もなく周囲を見回した。「話を……私の話を聞いてましたか?私は頭がおかしんですよ?……私はニンジャスレイヤーなんですよ?」
「ミフデ=サン。俺はお前に遠慮していた」ワイヤープラーはフロントガラス越しに青信号を見て、アクセルを踏み込んだ。「10年前のお前は生意気で、頑固で……でも、いつでも俺より大人びていて、俺や先生によく気を遣って、いつでも俺より正しかった。そんなお前がこの冬、昔のままの姿で現れて……チェミ婆を助けに行った時も、ヨロシサンの時も……俺を助けるために何度も命を賭けてくれた。俺にとっては眩しすぎたよ。俺はこの10年でずいぶん手を汚したってのに」
「そんな!そのことはもういいって前にも……!」「ミフデ=サンにひとまず受け入れてもらえたのは嬉しかったが、そう簡単に気楽になれるものじゃない。俺は何人も殺したんだよ。お前の気持ちに応えることだって、到底できないと……でも」
ワイヤープラーはバックミラー越しにニンジャスレイヤーを見た。ミラー越しに目が合う。ワイヤープラーの目の中には仄暗い喜色があった。「気分を害したらすまない。年長者であるセンパイとしてもこんなことを言うべきじゃないんだろう……俺は、嬉しいんだ。お前も悪人だったことが。お前の言う"頭のおかしい"状態だったことが」
ニンジャスレイヤーはルビー色の瞳で彼の目をじっと見返した。「私も悪い人なら、遠慮なくカレシ・カノジョの関係になれるってことですか?」「そうだ。俺たちゃネオサイタマのボニー&クライドだ」ワイヤープラーは博打打ちめいて捨て鉢な笑みを浮かべた。
「俺もチェミ婆と一緒に行く。ザイバツのグランドマスターだかロードだか知らないが、チェミ婆を殺せって命令した奴も、ミフデ=サンの家族を殺した奴も、凄腕ニンジャである俺様の逆鱗に触れた。ぶっ殺してやる。……一緒に行こうぜ。行けるところまで」
「……」ニンジャスレイヤーは黙っていた。ワイヤープラーが少し不安になった頃、ようやく、蚊の鳴くような声で答える。「アリガト・ゴザイマス……アリガト・ゴザイマス」その両目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちて、華奢な膝を濡らした。「ああ、私はこんななのに、センパイは私のことを好きでいてくれるんですね……一緒にいてくれるんですね!嬉しいです。こんなに嬉しいことは!ああ!」
ニンジャスレイヤーは子供のように泣きじゃくった。否、彼女の精神年齢は12歳。実際に子供なのだ。(((自分は彼女の世間知らずなところに付け込んで関係を深めているのではないか?)))ワイヤープラーの心中に疑念が生じるが、すぐに振り払う。(((ミフデ=サンはバカではない。俺へのコクハクも、ザイバツと戦うことも、彼女なりに考え抜いて決めたことだろう。俺も自分の心に正直に答え、行動するまでだ!)))
(((私は彼の温情に付け込んでザイバツとの戦いに引きずり込んだんじゃないの?)))ニンジャスレイヤーの心中に疑念が生じた。すがるようにワイヤープラーへ何か問おうとしたが、躊躇して止めた。疑念を心の奥へ押し込めて、笑う。「……でもセンパイ。なんかコクハクし返してきましたけど、先にコクハクしたのは私ですからね」「な、なんだよ……そこにこだわるなよ。なんのイニシアチブだよ!」
BAMN!!「「グワーッ!?」」突如、破裂音とともに車がスピン!甘い雰囲気の漂う車内空間が激しく振り回され、CRAAAASH!!!「「グワーッ!!」」路肩のガードレールに激突して急停止!
「クソッ、なんだ!?パンク……?釘でも踏んだか?」ワイヤープラーはサイド窓からすぐそばの路面を見た。そして戦慄した。……路面に落ちていたのは釘などではなく、鉄の棘を四方に突き出した小さな金属塊……非人道兵器マキビシだ!ニンジャの武器!
「ニンジャスレイヤー=サン!」ワイヤープラーが叫び、シートベルトを外した次の瞬間、閃光が走り……CRA-TOOOOOM!!!車は木っ端微塵に大爆発した!「アイエエエエ自動車事故!」「ヤンバーイ!取れ高!」通行人が悲鳴を上げて逃げ去り、あるいは携帯UNIX端末のカメラを構えて近寄る!CABOOOOM!!!「アバーッ!」ガソリンタンク引火再爆発でカメラ通行人が爆死!
近くのサイバー電柱の上に直立してその様を見下ろす人影が2つあった。むろん、そんな場所でそんな姿勢を保っているなど常人にできることではない。2人ともニンジャである。「キヒヒヒ……アイサツが丁寧になりすぎましたかね。死んだかな?」そのうちの1人、青装束のザイバツニンジャ・ミーターが、撃ち終えたRPGを放り捨てる。
「この程度で死ぬならば、ハーデンベルギア=サンやトキシー=サンを殺せるはずもない」もう1人は白い装束を纏い、銀色のカタナを帯びたニンジャだ。「「イヤーッ!」」彼の発言を立証するように、地上から2人のニンジャが跳躍してきて各々が別のサイバー電柱に着地した。
「ドーモ、はじめまして。ワイヤープラーです」「ニンジャスレイヤーです」生存!ワイヤープラーが素早くニンジャの襲撃下にあることを察知したおかげで、RPGを撃ち込まれるよりも早く車内から脱出できたのだ。「ザイバツニンジャだな。俺たちの隠れ家を突き止めて……近くで網を張っていたわけか。ご苦労なことだ。この通りアンブッシュは失敗だが」ワイヤープラーは冷淡に言う。
「キヒィ……減らず口も今のうちよ」ミーターは言い捨て、アイサツを返す。「ドーモ、はじめまして。ザイバツ・シャドーギルドのミーターです。そしてこちらが……」「ドーモ」白装束のニンジャが続く。どんよりと暗い双眸がニンジャスレイヤーを見た。「ザイバツ・シテンノのアイボリーカラスです」
「なっ……シテンノだと……!?」ワイヤープラーが驚嘆の声を漏らす。「然り!貴様らからデータを回収し抹殺するためにザイバツマスター位階最精鋭であるシテンノが出向いたのだ」ミーターが勢いづいた。「貴様らはザイバツという巨龍の逆鱗に触れたのだ!」
「……」アイボリーカラスが粛々とカタナを抜く。(((あれは……ただのカタナではない)))ニンジャスレイヤーは直感した。ボーンブレードのそれとは違う……より濃密で硬質な気配。カタナの刃は空気に触れると微かに震えて、軋るような金属音を発し始めた。キイイイイイイ……
(((ヌウーッ!)))ニンジャスレイヤーのニューロンの奥底でナラク・ニンジャがざわめいた。(((あれはハガネ・ニンジャの妖刀ベッピン……?否!その気配はあるがそれそのものではなし。それよりも……感じるぞ。あのカタナの中に……!)))
キイイイインジャイイイイイニンジャイイイイイ……。妖刀の怪音に人の声のようなものが混じった。「鳴くなベッピン」アイボリーカラスが呟く。「今お前を潤してやる。お前が求めるニンジャの血で」
【リ・ディシジョン・オブ・アヴェンジ】終