……オシガン・ラクイチ廃墟上層、フードコート区画。
「ムシャムシャ!ガツガツ!」ニンジャスレイヤーの食べっぷりはほとんど掃除機じみていた。パック・スシを開封しては、アジ、イカ、ハマチ、マグロ、バイオトロと次々に口へ放り込む。ほんの数分で食い尽くし、次のパックへ手を伸ばす。「ムシャムシャ!ガツガツ!」
「……」ワイヤープラーは呆気に取られてその健啖家ぶりを眺めた。「ゴクゴク……ぷはっ!」ニンジャスレイヤーがボトルのマッチャを飲み干し、その視線に気づいて、怪訝そうに見返す。「どうしました、センパイ?もうお腹いっぱいですか?なら残りのスシ、私がもらってもいいでしょうか?」
「い、いや、食べる。俺が食べるよ」ワイヤープラーは自分のスシに視線を戻した。彼は今朝コケシマートでスシ・パックを3個購入した。彼は若い成人男性であって、ニンジャといういわば肉体労働者であるから、その量は平均より少し多いといえるだろう。……しかしニンジャスレイヤーは、小柄な少女でありながら、同じパックを8個も買い物カゴに入れてきたのである。そして無事1人でそれらを食べ尽くしてしまう勢いだ。
「ムシャムシャ!ガツガツ!」ニンジャスレイヤーはすでに6個目のスシ・パックを吸い込み始めている。ワイヤープラーは不意にその光景に既視感を覚えた。(((いや、たしかに実際に似た光景を見て、彼女の食べっぷりに驚いたことがある……あれはたしか10年前、俺が彼女と同じ中学生だった頃……初めて昼休みに一緒に弁当を食べた時のことだ。重箱じみた弁当を出してきてペロリと平らげてしまうから、驚いたものだ)))
「……フッ」ワイヤープラーは破顔した。「エッ?なんですか。私の顔に何かついてますか?」ニンジャスレイヤーは彼の意図を勘違いして紙ナプキンを探し始める。「いや、大丈夫だ。何もついてないよ……ただ、そういえばお前はよく食べるやつだったな、って思い出したんだ……10年前と何も変わってない」
「あはは。私燃費悪いんですよね」ニンジャスレイヤーは恥じる様子もなくからからと笑う。しかし不意に表情を暗くした。「……10年ですか。私の体感としては、そんなに経っている感じはあまりしないんですが……きっと、今は忙しいからってだけで、少ししたらわかるんでしょうね。あの頃と色んなものが変わって……色んなものがなくなって、忘れられて」
「まあ、悪いことばかりじゃないさ。お前のカレシもこの通り、イケメンになっただろう?」ワイヤープラーはおどけた仕草で自分を指差した。ニンジャスレイヤーは再び表情を明るくして、「あーセンパイ、それを言うなら、本当に得してるのはセンパイの方ですからね?10歳年下のカノジョをゲットしたんですから」「得ぅ?どうだかなあ。子供すぎて、話とか合わないかもな……」「モーッ!そんなこと言ってると他の男の人のところに行っちゃいますからね!」
「「ゴチソ・サマデス!」」2人は同時にスシを食べ終え、手を合わせた。「そういえばセンパイ、さっき難しい顔してUNIX見てましたけど、何か調べてたんですか?」ニンジャスレイヤーは大量の空きパックをゴミ袋に押し込みながら尋ねる。「ああ……ちょうど今からその作業に戻るところだ。ニンジャの傭兵を雇えないかと思ってリストを見てたのさ」
ワイヤープラーが携帯UNIX端末のスリープモードを解除すると、何人もの傭兵ニンジャの情報がずらりと並んだ。横文字のニンジャネームと、おおまかな経歴、そして平均的な報酬額が羅列されている。「ニンジャの傭兵ですか……これ、1人1人がカートゥーンに出てくるような凄腕シゴトニンってことですか?」ニンジャスレイヤーが背後から覗き込む。「それが家具か何かのカタログみたいに情報整理されてて……これ、地味にすごいリストですね」
「昔のツテから手に入れたんだ。雇う上での信用も同じ方面でどうにかした。借りを作っちまったが、まあそれはひとまずいい」ワイヤープラーは端末をスクロールする。出てくる傭兵はいずれも錚々たる実力者たちだ。元ソウカイヤ所属で、10年前の抗争で名を馳せた者。あるいは元ザイバツ所属で、上司のマスターニンジャをハリツケ殺して鮮烈なヌケニンを行った者。あるいは精強で知られるネオ・ジョルリニンジャクランの者……。
「とにかく、昨日はなんとか逃げおおせたが、アイボリーカラス=サンたちは今の俺たちより強い」ワイヤープラーは難しい顔でリストに目を通していく。「今度は、俺たちにはこの廃墟で奴らを迎え撃つという地の理があるが……贔屓目に見ても互角程度だろう。もし奴らが増援を連れてきたら間違いなく負ける。そこでこちら側で傭兵を雇って戦力を増強したいんだが……」
「何かまずいんですか?」「単純に、金がない」ニンジャ傭兵も実力はピンキリだ。そして報酬もそれ相応。しかしザイバツの精鋭を相手に戦えるような凄腕となると、一般に暗黒メガコーポを顧客にしているような連中ということになり、報酬の額はそれ相応に高額だ。「俺とチェミ婆、それにハンザワ=サンの金も合わせれば強い傭兵を雇うこと自体はできるかもしれないが、この戦いの後ザイバツから身を隠す金までなくなっちまう。そうなったら年越し早々にアサシンを送り込まれるか隠れ家を爆破されるかしてジ・エンドだ。なんとか強いニンジャを安く雇わなけりゃ……」
「難しいですね……私に何かお手伝いできることは?」「いや、大丈夫だ。俺は10年弱この業界に浸ってきた。俺がなんとかしよう」「わかりました。お願いします」ニンジャスレイヤーはフードコート廃墟の中、放置されたテーブルに腰掛ける。
「ね、センパイ。耳だけ貸してもらってもいいですか?……もう大晦日ですけど、今年は、お世話になりました」「急に何だ?今年はったって、俺たちが会ったのはクリスマスだろう。ほんの7日だけだ」「その7日、本当に楽しかったです。辛いことや痛いこともたくさんあったけど、私、生きててよかった。またセンパイに会えたから」
ワイヤープラーは目を上げた。ニンジャスレイヤーは慈母めいた笑みとともにルビー色の瞳で彼を見つめていた。「でも私、欲張りなので、全然満足できてません。この大晦日も大変になりそうですけど……来年も、一緒にいてくれますか?」「……。ヨロコンデー。俺に任せとけ」
ワイヤープラーはタフガイめいて答えた。
これまでフリーランス・ニンジャとして生きてきた彼は、今自分たちが置かれている状況の苦しさを、ニンジャスレイヤーよりも明確に認識している。自分たちを追ってくる存在、ザイバツ・シテンノの名前の重み。昨日実際に戦った時に身をもって知った、たしかなその実力……
「お前は絶対に、俺が来年に連れて行く」しかしそれでも、あくまでタフガイめいて答えるのだ。ニンジャスレイヤー、ミフデ・シュノンに……家族を殺害され、ニンジャ復讐鬼に成り果て、10年間封印され、そこから解かれてもなお戦禍に巻き込まれる幸薄の恋人に、せめて未来をもたらすために!
【Avenger in love】
……12月31日、夕方。
太陽が黒い汚染雲の向こうで地平線へ沈んでゆく。濁ったオレンジ色の光が伸びて、オシガン地区に林立する廃墟ビル群を照らした。今日もまた、死した摩天楼に相応しい全き暗闇が訪れようとしている。
オシガンの夜とはすなわち、そこに潜む危険なバイオ生物や武装したヨタモノ、薬物中毒者たちのウタゲだ。戦闘力の無い者が夜まで危険域に留まれば、即ち彼らの餌食となることを意味する。
「ハアーッ!ハアーッ!ハアーッ!」浮浪者が1人、夕日を追いかけるかのように必死にサイバー自転車を漕いでいる。ガラクタ漁りに夢中になり過ぎ、帰るタイミングを逸したらしい。日が沈む前に危険域を抜けなければ。まずあの交差点を左折して……。
ブオオオオーンッ!「アババーッ!?」ナムサン!1台の家紋タクシーがエンジン音の重い唸りとともにノーブレーキで右折してきて、浮浪者を正面から轢殺した!
ヒュイイイーン!さらに黒いハイテク装甲車がミステリアスな走行音とともに続けてやってきて、浮浪者の死体とサイバー自転車を再度轢き潰した。ナムアミダブツ!
「揺れたわね〜?何か轢いたかしら」家紋タクシーの後部座席にて、グレイシャスは相変わらずのんびりした口調だ。「しかし、お相手さんたちも面倒な地域に逃げ込んでくれたものよね〜」言いつつ、手では編み物を続けている。非常に緩慢な手つきだ。
彼女は赤みがかったクセの強い髪を長く伸ばし、パステル色のオフィスカジュアル服を纏う。規律の緩い企業のオーエル職員めいた姿だ。それが棒針編みをしている姿を一見して、彼女がザイバツニンジャであると判断できる者はどれほどいよう。
「まったくですな!」隣に座るイリジスタブルが同調した。「ここまでソウカイヤ勢力圏に近いと、クローンヤクザ部隊など持ち込むことができません。大掛かりに動いたらソウカイヤがキレて10年前以来の大戦争が始まってしまう!」
このイリジスタブルは大柄な男性ニンジャである。一見するとロボットにも見えるほどサイバネ部位が多く、銀色の胸板には「磁」とミンチョ書きされている。足元にはマンホールによく似た分厚い金属円盤が2枚置かれていた。
『しかしノープロブレムでしょう』スピーカー越しの声が響く。車内中央部、後部座席と対面する位置に置かれたラップトップUNIXからだ。テレビ電話機能がアクティベートされており、画面には全身を黒と緑のハイテク装備に固めたニンジャが映っている。彼の名はマザーワスプだ。後続のハイテク装甲車に乗っている。
『なにせ今回のミッションにはニンジャが5人。そのうち2人はカラテ自慢のマスターニンジャ。クローンヤクザなど、これはむしろ邪魔になるのみ』「やだ〜。カラテ自慢だなんて」グレイシャスは照れ笑いした。そして編み間違いに気づいて、編みかけのセーターを少しほどいた。
「でも、それも大丈夫なのかしら〜?」グレイシャスは側面窓から車外を見回す。林立するビル廃墟の中に背の低い小病院廃墟が現れ、その屋根の上越しにスミダ・リバーの灰色の水面が臨めた。さらに遠くにはアーチ型のカチドキ橋。「つまりこの地区は、外交的に……その〜……」
「デリケートな」イリジスタブルが小声で捕捉した。「そう、外交的にデリケートよね。そこにザイバツのニンジャが5人も集まっちゃって大丈夫なのかしら?たしかに頭数はヤクザより少なくて済むけど〜……」話しながら、手ではまたスローな編み物を再開する。
『しかしノープロブレムでしょう』マザーワスプは繰り返した。喋るたびハイテクアーマーの緑色部分がチカチカとLED点滅した。『この任務はグランドマスター3人の共同指揮。すなわち信頼度は300%だ。我々がソウカイヤを刺激するリスクよりも今回の作戦目的達成の方が重要であるとの、これは完璧なオスミツキ』
「作戦目的……最重要なのはデータの回収または破壊でしたか」イリジスタブルは訝しんだ。「奴らがどこにデータを隠し持っているのか、どうやって判断すればいいんでしょうな?そもそも、すでにどこか別のところへ売り払っていたりしたら」
「そのあたりの判断はあれよね。ミーター=サンがジツでできるはずだったわよね〜」グレイシャスが答える。ミーターはアイボリーカラスの部下で、すでに現地に入っているという話だ。「売り払っちゃったとかになったら……ワイヤープラー=サンたちを捕まえて拷問するしかないわね〜」
「拷問!ヘッヘッヘ」イリジスタブルが巨体を揺すって笑った。サディスティックな期待に目を細める。「そうなったら俺にやらせてくださいや、マスター!」「ダメよ〜。そんなこと言って、毎回途中で殺しちゃうんだから〜」「そう仰らず!」「じゃあ〜これからの捜索で頑張ったら考えてあげるわ〜」「ヨロコンデー!」
やがて家紋タクシーは廃墟の陰に停車し、作戦から離脱した。電子的ステルス性が低く、敵ハッカーやソウカイヤに探知されるリスクが大きいためだ。クローンヤクザ運転手がオジギしてグレイシャスとイリジスタブルを見送る。
「「イヤーッ!」」彼らは回転ジャンプして、ハイテク装甲車のルーフ上に飛び乗った。車内はマザーワスプの電子戦装備が満載であり狭いのだ。『ウィーゴーアヘッド』マザーワスプが車外スピーカー越しに連絡する。装甲車はしめやかに再発進した。
ゴウウウ!ルーフ上の2人に大晦日の寒風が相対速度で吹き付ける。「寒いわね〜」グレイシャスは指抜きグローブをはめつつ、目を細めた。彼女はすでにワインレッド色のニンジャ装束姿だ。「風邪引いちゃいそう」天然パーマのかかった長髪が風を受けてぶるぶる震える姿は、羊毛をたっぷり蓄えた羊めいている。
「ヘッヘッヘ、適当なこと仰る」イリジスタブルは金属円盤を背負いなおしつつ笑った。ニンジャがこの程度の寒さで風邪を引くなどありえない。ましてグレイシャスのようなザイバツ内マスター位階のタツジンともなれば。
そのまま廃墟の谷間を進むと、やがて「オシガン・ラクイチまで300m」の看板が現れた。通り過ぎる。すぐに、脇のビルの屋上でこちらを待ち受ける2つの人影が見えた。すでにこの任務に就いているザイバツ勢だ。
かくして5人のザイバツニンジャがオシガンに集結した。すなわちアイボリーカラス、ミーター、グレイシャス、イリジスタブル、マザーワスプの5人である。
【Avenger in love】
同日、夜。
ズギューン!キュワキュワキュキュワキュワキュワキュ……「イヤーッ!」「グワーッ!」ズギュギューン!「「「ワァァーッ!」」」
アッパー音楽のクライマックス、幾筋ものスポットライトの閃き。それと同時に、ドヒョー・リング上で、ニンジャがもう1人のニンジャに強烈なボディチャージをかけて吹き飛ばした。暗黒カラテ奥義、ボディチェック。
「グワーッ!」吹き飛ばされたニンジャ……レガトゥスは、ドヒョー下の地面に背中から叩きつけられた。そして、「サヨナラ!」断末魔と共に爆発四散した。
「ウワーッ!爆発したぞォ!」「死んだ!」「ヤンバーイ!」観客席を埋める人々の多くは非ニンジャだ。しかしNRSを起こすこともなく、その殺人行為を囃し立てている。中には目を血走らせ泡を吹いて何か叫んでいる者や、試合を無視して傍らのオイランと抱き合い激しく接吻する者もいる。
『殺害イポン。勝者、オーディシャス=サン』アナウンスが流れ、「ワオオーッ!!」ドヒョー上に残ったニンジャ……オーディシャスが全身血みどろのまま拳を振り上げ、勝鬨を上げる。観客の歓声と拍手、口笛がそれを称えた。ザブトンやオヒネリも投げ込まれる。嘆きの声が混じっているのは、賭博に敗れた者がいるためか。
ドヒョーの真上に四方を向いて吊り下げられた巨大モニタに、ボディチェック炸裂の瞬間がスローで何度も再生される。『これより休憩を挟んだのち、表彰式に移ります』オーディシャスがコーチに連れられて退場し、係員がドヒョーを掃除する。観客がクールダウンし、低くざわめき始める。
『なお、休憩中にはスポンサーのヨロシサン製薬から観客の皆様へ新ドラッグ試供品の無償提供がございます。お楽しみください』「「「ワオオーッ!」」」再び熱狂する観衆!配布されるアッパー系違法ドラッグ!なんたる背徳的催しか!
「ヘクター=サン、一番上のボタン留まってない」エコーが指差して言う。ここはドヒョー・リングの下、関係者以外立ち入り禁止のパーテーションの中。「あと、ネクタイが右に曲がってる。……逆。それは左」
「チイーッ、何度着てもダサいわりに着づらい服だ」ヘクターは舌打ちしつつ背広をなんとか整える。隻眼で傷顔の大男がスーツを着込むと、ヤクザ・バウンサーじみた出立ちだ。髪は長くボサボサで、ライオンのタテガミめいている。「やはり装束で行った方がいいんじゃないか?格闘技興行らしくマッチョイズムをアピール……」
「ダメ。ヤクザだけじゃなくてカイシャも見てるから」エコーはドヒョー上に目をやる。ゴヨキキたちがスポンサー企業の広告スクロールを掲げて練り歩いている。オムラ。ヨロシサン。ヤナマンチ。「こんなところで変わり者アピールしなくていいから」「せめてキモノ……」「いいから」
やがて休憩時間が終わり、オーディシャスがドヒョー上に戻ってくる。遅れて、ヘクターがそこへ登る。観客から歓声が上がった。ヘクターはぞんざいに手を振って答え、オイラン司会からマイクを受け取る。
『ドーモ、ネオサイタマのクズの皆さん!マグルマ・ジンです!』聴衆がクズ呼ばわりのジョークにどっと湧く。『昨日までは"上"の方でお会いした方も多いかもしれませんな。しかし今日、こちらの決勝マッチもあちらと同じくらいアツかった!危険度でいえばこちらの方がダントツですな!なにせニンジャだ!』
彼の言う"上"とは何のことか?……文字通り、この会場の真上のことである。そこにはリキシ・リーグ会場の一つ、ウエストリョーゴク・コロシアムがあるのだ。この違法格闘技空間は神聖なスモトリ試合会場の地下に築かれているのである!何たる冒涜!
『では早速、そんなアツくて危険なイクサを見せてくれたオーディシャス=サンに、優勝杯と賞金を贈呈いたします!……』ヘクターはマイクをオイラン司会に返し、オーディシャスに右手を差し出して握手を求めた。オーディシャスは応じた。
「今の俺はザイバツのグランドマスターでも殺せるぜ」オーディシャスが握手しつつ囁いた。ヘクターは目を細めて見返した。オーディシャスは視線を逸らさなかった。「……なるほど。実際、お前ならこのレギュで殴り合えば殺せるだろう。相手によってはな」ヘクターが囁き返す。
ミシミシッ。ヘクターの右手が軋んだ。オーディシャスがマンリキじみた握力で握り込んでいるのだ。「あんただって殺せるって言ってんだよ」再び囁く。その目に打算の色はなく、ひたすらに不敵で挑戦的だ。「俺か?よりによって」ヘクターは笑った。「やめとけ」
ボコン、ボコン、ボコン。ヘクターの右腕が肩から手先へと脈打った。……ボン。オーディシャスの右腕が破裂して、裂けた。血と肉片が飛び散る。「グ、グワーッ!?」オーディシャスは驚愕し、慌てて右手をもぎ離した。ヘクターはおとなしく離してやった。ハナから握力はほとんど込めていない。
『これはしたり!決勝戦のダメージが今頃になって炸裂したようですな。レガトゥス=サンもなかなか優秀なニンジャでした』ヘクターは再びマイクを手にして、白々しく言った。『残念ですが、ひとまず救護室へ!優勝杯と賞金は後ほど彼の下へ……おっと!』
オーディシャスは優勝杯と賞金トランクを係員から奪い取り、血走った目でヘクターを一睨みして、早足にドヒョーから降りて行った。コーチが慌ててそれを追った。
『……これはしたり!ご覧になりましたか、皆さん!あれほどのダメージを負っていながら、なんと意気軒昂なことか!』ヘクターはヘラヘラと誤魔化す。『あれは1度優勝しただけでは収まりませんな。右腕を治療して、次回以降の大会で再び活躍なさるのが楽しみです!』
「本当すごかったネー!」「ウオーッ!ボディチェック!」「腕爆発しちゃったァ!」観客は違法ドラッグでハイになっていることもあり、たやすく彼のトークに乗せられた。大晦日の決勝戦イベントは無事、盛況のうちに終了する。今期のシャドー・コン、徒手部門の優勝者はオーディシャス……。
……「バカな奴だったね」エコーが鼻を鳴らした。ヘクターが歩きながら脱ぎ捨てた背広をキャッチし、ハンガーラックへ投げる。ハンガーの一つにうまく引っかかる。「ザイバツをナメてる」
「盗み聞きしておったのか?」ヘクターは歩みを止めないまま、縄抜けめいてスルスルとズボンを脱ぐ。そしてエコーへ投げる。「ボクの耳、知ってるでしょ」エコーは自分も歩きながらそれを受け取り、二つ折りにして、ハンガーラックへ後ろ手に投げる。うまく引っかかる。
「ま、あいつのような過激な奴がいてくれなきゃショーは盛り上がらん。リスク回避を重ねて、退屈な試合ばかりになって終わりだ」ワイシャツを脱ぎ、エコーへ投げる。「それもそうか」エコーはそれを雑にランドリーバスケットへ投げ込んだ。「じゃあどんどん来てほしいね」「いや、それも選手が死にすぎて困るが」ヘクターは今やニンジャ装束姿だ。スーツの下に着込んでいたのだ。
2人は関係者専用の通路を抜けてエレベーターに乗り、地下から一気に上昇。地上3階のVIPルームへ向かった。そこはハイスクールの教室2個分ほどの広さのザシキで、正面の壁は全面が1枚ガラスの窓となっている。オスモウ開催時にはここからドヒョー・リングとその周囲の一般観客席を見下ろせるのだ……今は窓の先はほとんど暗闇だが。
……そして、通信準備は成った。「いやあ、ドーモ!遅れて申し訳ない!」ヘクターはVIPルームの中心に据えられた大型マルチモニタUNIXに向かい、軽薄に謝罪する。
『またぞろ、シャドー・コンですかな』右のモニタに映るのはラプンツェル。『なに、まだ戦闘は始まっていません』左に映るのはルストレス。正面に映るのはアイボリーカラスらの現況を示す中継映像だ。グランドマスターたちは今回の作戦を共に観戦するつもりなのだ。
(さて、ニンジャスレイヤー=サン。弱体化しているなら、おとなしく死んでくれるか)ヘクターは隻眼でモニタを睨んだ。彼の右目は10年前、当のニンジャスレイヤーによって奪われていた。(それとも……何か面白いものを見せてくれるか?俺をまた昂らせてくれるものを)
モニタの中で、アイボリーカラスらは廃墟の中を進んでいた。周囲は荒れ果てたショッピングモール廃墟のようである……。
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