日はとうに落ち、どす黒い雲の切れ目から、ドクロめいた月が覗いていた。青白い月光の下、オシガン・ラクイチの巨体は静かに廃墟の海の中に横たわっている。
その内側の巨大空間は、ありし日は多くのテナントショップが軒を連ね、家族連れやカップルで賑わったであろう。しかしそこは今や深海じみた暗闇と静寂に満ちている。窓が少なく、空気は澱んでいる……その中を、4人のニンジャが進む。一抱えあるサイズのドローンがそれに続いた。
フィイイイ……。ドローンは4隅のローターから微かなモーター音を発して浮遊する。不意に加速してニンジャたちを追い抜き、その先にある雑貨店の廃墟を覗き込んだ。チチチチチ。緑色の走査光でテナントスペースを撫でる。ドミノめいて倒れた商品棚の列。床に散乱する何かの破片と切れ端。壁にスプレーで殴り書きされた「スラムダンク」の文字……
「チュー!」バイオドブネズミが物陰から飛び出して、テナントスペースを走り出て行った。ニンジャたちがドローンに追いつき、その様子を見やった。
「手分けしなくてよろしいので?」4人のニンジャのうちの1人、イリジスタブルが尋ねる。彼らはずっと固まって行動していた。「敵ニンジャはワイヤープラー=サンとニンジャスレイヤー=サンの2人なのでしょう。こちらも2人ずつに分かれて捜索しては?」
「奴らはそこそこの手練れだ」アイボリーカラスが答える。「ハッカーの支援ありきとはいえ、我ら2人の待ち伏せから逃げ延びた……今度は逆に奴らがここで待ち伏せていよう。下手に手分けするとアンブッシュで各個撃破されてヤブヘビになりかねん」
「建物の外側の方はマザーワスプ=サンが調べてくれていますしね〜」グレイシャスが浮遊するドローンを緊張感なさげに見やった。『実際、現状のペースでも30分以内に捜索は完了します』ドローンのスピーカーからマザーワスプの声が響く。彼はモール外の装甲車に留まり、そこからドローン部隊を遠隔操作していた。『こちらでもいまだ敵ニンジャは未発見ではありますが』
「ふむ。それで見つからなかったらどうするので?」イリジスタブルが聞き返す。「見つかるとも。ミーター=サン」アイボリーカラスが答え、部下に水を向けた。「ヒヒヒ。アイ、アイ」ミーターがヒョコヒョコと前へ進み出る。モール内通路の交差点に屈み込んみ、右手を床に、左手をこめかみに当てる。
「ムウウーン……!」ミーターは精神集中し、サイコメトリー・ジツを発動した。無機物が内包する記憶めいた情報を読み取るジツである。カメラのような記録装置がその本来的機能によって記録した情報はもちろん、それらの物体の周囲で過去に起こったこと……物体が"見聞きした"ことも、読み取ることができる。
読み取れる情報の量と精度、読み取りに要する精神力は、対象物の性質による。カメラのような記録装置が対象ならばその精度・効率は高いが、単なる床となると……「ウーン……ハーッ!アッ!」しかし彼はやってのけた。
今、ミーターにはぼんやりしたニンジャの残像がいくつか見えている。いくつかは時間差のある同一人物のものかもしれない。しかしそれらは揃って通路をまっすぐ歩いて、その向こうへ消えていく。戻ってくるトラフィックはごく少ない。
「ヒヒッ!見えました!やはりここを直進……プフッ!」そしてフルメンポの裏から鼻血をボタボタ垂らした。ニューロンへの負荷が大きかったのだ。「オイオイ、大丈夫なんですかい?」イリジスタブルが訝しむ。
「ブザマとは言わないでやっていただきたい。ミーター=サンは昨日からずっと奴らをジツで追跡してきたゆえ」アイボリーカラスが無感情な口調で補足する。「まあ。それはオツカレサマね〜」グレイシャス。「ハッキングでこう……防犯カメラとかを見て追跡できればよかったんだけれど〜」
「ヒヒッ、そうもいきませんや。敵にもヤバイ級ハッカーがいますからな」ミーターが鼻血を拭う。「そこらの道のカメラなんかの表層データはホイホイいじられててアテになりませんぜ……ウーッ!」そしてメンポをずり上げて鼻から大トロ粉末を吸引し、体をぶるりと振るわせた。ニューロン回復行為だ。
『このモール内に至っては、大元の電源がダウンしています』マザーワスプがドローン越しに話に加わる。『監視カメラ等セキュリティ機構のハック利用は望ません……もっとも、このような状況があるからこそ、私やミーター=サンのような戦術級偵察ニンジャの価値が生まれるとも言えますが』
(あんたとミーター=サンが同じカテゴリなら、ミーター=サン1人でよかったんじゃねえのか?)イリジスタブルは内心で毒づいた。マザーワスプのドローンが撮影する映像は、彼の装甲車の無線LANルーターを経由して、イリジスタブルの上司たちの下へ……3人のグランドマスターたちの下へ中継されている。非常に緊張感のある状況だ。戦力は過剰なほどだが、それだけに失敗は許されない。
……やがて3人は、冷たい風が吹くのを感じた。ついで、前方に広い吹き抜け空間を認めた。そこは暗闇ではなく、青白い光で照らされている……真上に天窓があり、月光がスポットライトめいて降り注いでいるようだった。
『敵がこちらの分断を狙うならば』ミーター、グレイシャス、イリジスタブルの耳のインカムに平坦な電子合成音声で通信が入った。アイボリーカラスがLAN直結した携帯端末から飛ばしたIRCだ。『複数のフロアに通じる吹き抜けは絶好の待ち伏せポイントだ。注意されたし』
4人は吹き抜け空間へ近づく。月光が中央にある大きな噴水を照らし出している。とうに水の供給は絶えており、大理石めいた白い機関部が乾いた姿を晒している……また風が吹いた。割れた天窓から吹き込んできているものか。見る者全てに「ショッギョ・ムッジョ」の言葉を連想させる荒涼たる光景だ。
アイボリーカラスはハンドサインで他の3人を下がらせ、1人、吹き抜けに進み出た。腰の銀のカタナ"ベッピン"に手をかけつつ、周囲を警戒する。その冷徹な視線はもう一振りのカタナのようである。
……。静寂である。森羅万象が年越しを前にしてかしこまっているがごとく、バイオスズメの羽音一つ聞こえぬ。アイボリーカラスはハンドサインを出し、味方を吹き抜けの両サイドから壁伝いに前進させようとして……うなじにヒリつくような奇妙な感覚を覚えた。ニンジャ第六感。
次の瞬間、CRA-TOOOOOM!!!閃光!横殴りの爆風がアイボリーカラスを呑み込んだ。猛烈な振動!粉塵!「ウオオーッ!?」イリジスタブルが顔を覆う。グレイシャスとミーターは瞬時にカラテを構え警戒を強める。敵は右から来るか?左から来るか?
「「イヤーッ!」」CRAAASH!!カラテシャウトと破壊音は頭上から降ってきた!「イヤーッ!」グレイシャスの反応が早い!側転でイリジスタブルの側へ移動し、スリケンを振りかぶる。「イヤーッ!」ついでミーターがバク転回避!
二つの影がサッと降ってきて、CA-DOOOM!!グレイシャスとミーターが直前までいた場所にカワラ割りパンチを叩き込む!影の一方……襲撃者Aが顔を上げたところへ、「イヤーッ!」グレイシャスがスリケン投擲!「イヤーッ!」襲撃者Aはとっさにブリッジ回避!
「イヤーッ!」襲撃者Bがグレイシャスへトビゲリを仕掛ける!「イヤーッ!」グレイシャスはクロス腕防御!襲撃者Bは反動で跳躍し、空中で姿勢制御して追撃のスリケンを……「イヤーッ!」ミーターがそちらへクナイ・ダートを投げつける!
「イヤーッ!」襲撃者Bはとっさにスリケンをそちらへ投げて相殺!浮遊ドローンのカメラがそれを追う。襲撃者Bのそばで、粉塵が渦を巻くさまを捉える!「イヤーッ!」象牙色のニンジャが飛び出してトビゲリだ!アイボリーカラス!
「グワーッ!」襲撃者Bはガードしきれず吹き飛ばされる!「イヤーッ!」「グワーッ!」その背後ではグレイシャスが襲撃者Aに急接近し一瞬の交錯、カラテ・ストレートを叩き込む!2人の襲撃者は廃墟の床を転がり、敵集団から間合いをとって立ち上がった。
ゴオオン……。先ほどアイボリーカラスを襲った爆風が、低い唸りとともに戦場を通り過ぎた。吹き抜けに面したテナントスペースの1つに設置された指向性爆薬の炸裂だった。遅れて、襲撃者たちが破壊した天窓の破片が降ってきて、月光をキラキラと反射しつつ床に堆積した。
「ドーモ。ザイバツ・シャドーギルドのアイボリーカラスです」アイボリーカラスが先んじてアイサツした。「同じくミーターです」「グレイシャスです」「イリジスタブルです」『マザーワスプです』4人が続く。マザーワスプはドローン越しだ。
襲撃者Aがアイサツを返す。「ドーモ。ワイヤープラーです」銀色の装束を纏った男性ニンジャである。「ドーモ」襲撃者Bが続く。こちらは白と金の古代ローマめいた装束を纏ったごく小柄な女性ニンジャだ……「ニンジャスレイヤーです」
【Avenger in love】
『バカな』画面の向こうでヘクターが眉をひそめた。『ニンジャスレイヤー=サンだと?あれが?あのチビがか』「……」ルストレスは黙り込んでいた。『……ふむ?』ラプンツェル1人が困惑を共有できていない。彼らは揃ってマザーワスプのドローンからの中継映像を見ていたが、思うところは様々だ。
ヘクターとルストレスは10年前にニンジャスレイヤーと戦った経験があった。当時のニンジャスレイヤーは……彼女は……成人の女性だった。そしてコールドスリープ施設「フウジマ・チャンバー」に封印される時もそのままだった……しかし今の彼女はどうだ?
『ルストレス=サン、何か手違いがあったのでは?』ヘクターがテレビ電話越しにルストレスを見やる。イクサの高揚を一時抑え、シビアな指揮官か経営者の声色だ。『我々は今回かなり危ない橋を渡った形だ。それが、何者かがこのチビをニンジャスレイヤー=サンだと思い込ませる工作を行ったことによるものだとすると』
「そう焦ることもありますまい」ルストレスは状況判断した。「アイボリーカラス=サンは……奴は10年前のニンジャスレイヤー=サンと会った経験はありませんでしたが……ベッピンと同質の力を使うと言っていた。それが最大の判断材料でしょう。元より奴のニンジャソウルには未知数な部分が多く、体格を変化させることも考えられないではない」
そう言って、テレビ電話UNIXの死角に置いてあるラップトップUNIXに目を落とした。某所に駐車している兵員輸送トレーラー、車内の様子が中継されている。そこにいるのは武装サラリマンが10人と、ニンジャが2人。全員揃いの戦闘服を着ており、胸には暗黒メガコーポ「クダラ・マイナー」のエンブレムを戴いていた。
ルストレスは10年前、マルノウチ抗争直後のニンジャスレイヤーの暴れぶりを想起した。あの悪魔が今になって、まったく無関係なはずの重要機密データ回収任務の前に敵として立ちはだかるとは。
(不穏極まる。生かしておけば必ず後にギルドの禍根となる……動員できるコマは全て動員して必ず抹殺してみせる)時計を見る。午後7時。グランドマスターには欠席の許されぬボネンカイ・パーティの開始まであと5時間。(年を越すまでに!)
【Avenger in love】
「1、2、3、4……そのドローンのセンセイも含めれば5人か」ワイヤープラーが不敵にザイバツニンジャを指で数える。「こっちは2人だぞ。ダブルスコアだ。ずいぶん俺たちを高く評価してくれたようだな」
「実際、貴様らは我々から一度逃げ延びる程度のワザマエは有している」アイボリーカラスが冷淡に言う。「しかし、それもハッカーの支援ありきのこと。今度はそうはいかん」『この地区の無線LAN回線は数も少ない。その全てがすでに制圧済みです』マザーワスプが捕捉する。
「そして今、貴様らはアンブッシュも失敗した……これからどうする」象牙色のニンジャはどんよりした目で敵を見やる。「潔くデータを渡して、ハイクでも読んでみるか。それだとこちらとしても面倒が少なくていい」
「今更ナンセンスな提案ですね」ニンジャスレイヤーが吐き捨てるように言った。声色は少女のものだが、怯えや震えは全くない。この1週間足らずで多くの修羅場を潜り抜けたニンジャの貫禄だ。「カラテをするのが怖いんですか。頭数が増えて臆病になるとは面白い」
ニンジャスレイヤーは懐から薄いプラスチックを取り出す。月光を受けてキラリと輝く……黄金のフロッピーディスクだ。「あなた達の欲しがっているものはこれですよ。取りに来たらどうですか」
アイボリーカラスはミーターに視線を投げた。ミーターはジツでフロッピーの中身を見通した後、頷き返した。真実だ。回収すべきデータはあの中に収められている。「……では、そうさせてもらおう」カタナを抜く。キイイイイン。ベッピンの澄み渡る銀色の刃が微かに震え、高い音を立てた。
「フゥン!マグネ・ジツ!」イリジスタブルが両手を広げて念じると、両腕に装着されていた金属円盤が見えないワイヤーで吊られるがごとく空中へ浮かび上がった。ミーターとグレイシャスもカラテを構えた。
膠着は1秒もなかった。頭上から天窓の小さな破片が降ってきて、アイボリーカラスとニンジャスレイヤーの交錯する視線を微かに遮った瞬間、「「イヤーッ!」」2者は地面を蹴った!「「イヤーッ!」」ついでワイヤープラーとグレイシャスが飛ぶ!
アイボリーカラスの主観時間が鈍化した。ニンジャスレイヤーが相対速度で接近してくる。こちらは視線のフェイント、重心移動のフェイントを経て、切先をひらりと真上へ。「イ……」左手が柄頭に追いつき、握って、両腕斬撃姿勢。振り下ろす!「……ヤーッ!」狙うは敵の右肩!フロッピーを持つ腕をケジメしにゆく!
「イヤーッ!」ガキン!ニンジャスレイヤーの右腕が霞んだかと思うと、火花が散り、ベッピンの切先は左側へ弾かれていた。「イヤーッ!」敵の左手チョップが首を刎ねにくる。「イヤーッ!」しかしこちらはすでにベッピンを切り返し、逆袈裟に斬りつけている!