マンホールめいた金属円盤が降り注ぎ、サイバネニンジャ・リファイナーの退路を断った。彼は振り返りざま、サイバーカタナで横薙ぎの斬撃を繰り出した。追ってきたグレイシャスは、地面スレスレまで身を沈めてそれを回避。右足での次の一歩と同時に、上体を左側へ捻りながら引き起こす。
グレイシャスの横目とリファイナーのサイバネアイ視線が交錯する。リファイナーはカタナを引き戻すのは間に合わないと判断し、肘打ちか膝蹴りで反撃しようとした。その0.2秒前に、グレイシャスの上半身が躍動した。
「イヤーッ!」「グワーッ!」CRAAASH!!リファイナーは壁を突き破って吹き飛び、その先の床に転がった。顔の下半分のサイバネがむごく破壊されている。……アッパーカットだ。グレイシャスが捻った体のバネをのせて繰り出した左拳、サイバネもジツも介在しない純粋なカラテの拳が、リファイナーの顎を砕いたのである。
「ピガッ……ピガッ」リファイナーはうめくような電子異音を発しつつ、どうにか身を起こす。周囲は開けた空間で、無数のテーブルと椅子が散乱し、あるいは乱雑に積み上がっている。壁面には「スシ・ソバ」「おマミ」「そでん」などの看板を掲げたテナント飲食店の廃墟。……どうやら元々フードコートであった空間らしい。
「シュシュッ!シューシュシュシュ!」壁に空いた穴からグレイシャスがステップインしてきた。羊めいてクセのある長髪を揺らし、エンジンを温めるかのようにシャドーボクシングを行う。
「あはは〜!追い詰めたわよぉ」口調は呑気だが、その目はカラテ戦闘で昂った殺意にギラついている。「だいぶ手こずらせてくれたけど、ここがあなたのデッドロック、じゃなくてえーと……デッド……」
リファイナーは敵が言葉を探している間に退路を探そうとした。さっきの壁の穴はグレイシャスが近くに陣取っており、今、それに続いてマザーワスプのドローンまで入ってきた。とても通れまい。ならば、フードコートの隅にあるスタッフオンリーの扉から……
「イヤーッ!」その扉から2人目のザイバツニンジャが連続側転エントリーした。銀色の重サイバネの巨体、胸に「磁」のミンチョ文字。イリジスダブルである。「ここがてめえのデッドエンドだ、オナタカミ野郎!」彼が念じると、マンホールめいた2枚の金属円盤が衛星めいて彼の周囲を周回した。
「そうそれ、デッドエンド!」グレイシャスが手を叩く。右手首の傷はもう出血が止まっていた。「イヤーッ!」リファイナーが動いた。手近なテーブルをグレイシャスめがけ蹴り飛ばす!「イヤーッ!イヤーッ!」もう1つ!さらに椅子も!
「へえ〜頑張るね!イヤーッ!」女マスターニンジャは飛来するテーブルを左拳で殴り飛ばし防御!「イヤーッ!」2つ目を右回し蹴りで吹き飛ばし防御!「イヤーッ!」さらに椅子を弾き返したのは、太い触手めいてのたうつ彼女の髪である!ライフリターン・ジツによる毛髪操作!
「とっとと観念して下手くそなハイクでも読みやがれ!イヤーッ!」イリジスダブルが踏み込み、大柄な体でカラテパンチを振り下ろす!「イヤーッ!」リファイナーはバク転を打って敵の拳を紙一重で回避するも、「グワーッ!」横合いから打撃を受けて吹き飛ぶ!
何が起こったのか?イリジスダブルの周囲を周回していた金属円盤が激突したのだ。恐るべきは重い円盤を軽々と操作する彼のマグネ・ジツ!
サイバーカタナがリファイナーの手を離れ、床をカラカラと転がっていった。「ピガッ……ピガーッ」気づけば彼は壁際に追い詰められていた。ダメージの重さにガクリと膝をつき、サイバネの体から火花を散らす。譫言のように言葉が漏れる。「おお、オナタカミ……我が洗練のドージョーよ……!」
「死ね!リファイナー=サン!死ね!」イリジスタブルが勝ち誇る。金属円盤を巡らせて敵の左右の退路を遮断!「貴様の死因はワイヤープラー=サンやニンジャスレイヤー=サンなんぞに与した失策だーッ!」「これでオシマイよ〜!」グレイシャスがカイシャクを行うべく正面から突撃!
しかしその時!「イヤーッ!」シャウトとともにスタッフオンリーの扉が弾け飛び、その奥から赤黒い影が砲弾めいた勢いで飛び出したのだ!「グワーッ!?」影はグレイシャスの側頭部に激突!マスターニンジャはキリモミ回転しながら吹き飛び、テーブルや椅子を巻き込みながら床を転がった。
「何ィ!?」イリジスタブルがワンテンポ遅れて反応し、乱入者を見た。……長いポニーテールが揺れる。その穂先で黒い炎がチロチロと燃える。立膝着地の姿勢から幽鬼めいてユラリと立ち上がるのを見ると、長身の女ニンジャである。
イリジスタブルは怯んだ。かの乱入者の血めいて赤黒い装束……メンポに刻まれた不吉な「忍」「殺」の文字……そしてその全身から放射される、漲る邪悪なカラテのプレッシャーが、彼の内に宿るニンジャソウルをビリビリと震わせたのだ。
乱入者の目は異常だった。センコめいて窄まっては、再び人間的な黒い瞳に戻るのを数秒ごとに繰り返していた。「スウーッ……ハーッ」深呼吸する息が微かに震えた。そしてイリジスタブルを見て、何かを堪えているかのように低くアイサツした。「ドーモ……ニンジャスレイヤー、です……!」
「ニンジャスレイヤー=サンだと!?バカな……!」イリジスタブルは困惑した。彼が知るニンジャスレイヤーは古代ローマ風の装束を纏う小柄なニンジャである。性別や髪型は同じではあるが、体格が違いすぎる。そしてこのプレッシャー……以前に吹き抜け空間で対面した時にはこれほどの圧力を感じることはなかった。
先ほどIRCでもたらされた情報が脳裏をよぎる。地下駐車場の戦闘において、ニンジャスレイヤーが何やらパワーアップされたとの知らせ……どうせ一時的に自己を強化する類のありふれたジツだろうと……結局のところシテンノであるアイボリーカラスには及ばないだろうと……しかしまさか!
「サツバツ!」ニンジャスレイヤーのセンコめいた瞳が輝き、その姿がかき消えた。次の瞬間、復讐者はイリジスタブルの眼前にいた!魂の底まで見通すような殺意の視線!「アイエッ」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーのジゴクめいた拳がイリジスタブルの鋼の体にめり込む!
「き、貴様」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのジゴクめいた拳がイリジスタブルの鋼の体にめり込む!装甲が断裂し火花が散る!イリジスタブルはマグネ・ジツで反撃しようと「イイヤアアーッ!!」続けざまの回し蹴りがイリジスタブルの側頭部を強襲した!「グワーーッ!!」
イリジスタブルは吹き飛ばされて右肩から壁に激突し、ズルズルと床に座り込んだ。「ピガッ、ピガ……オ、オノレ……」サイバネ部から火花と白煙が漏れ、電子音声にも異音が混じる。
「アイサツも返せぬサンシタめが……」ニンジャスレイヤーは追撃しようとしたが、物音を聞いて取りやめ、カラテを構え直した。「イヤーッ!」シャウトとともに遠くでテーブルと椅子がいくつか跳ね飛ぶ。たちまち、ワインレッド色の影がニンジャスレイヤーの背後に降り立った。
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ザイバツマスター、グレイシャスです。そちらはイリジスタブル=サンです」女マスターニンジャがオジギを終えて顔を上げるのを見ると、左目が真っ赤に染まり、ドクドクと血の涙を流している。先ほどのトビゲリ・アンブッシュのダメージだ。……しかし、その程度で済んでいる。とっさに髪の毛を硬化させて盾としたためだ。
ニンジャスレイヤーの目がセンコめいて光った。「ライフリターン・ジツの髪イジリ……ソウル由来のものではないな。鬱陶しきヤキバ・アタッチメントの小細工……」瞳が広がり、正常に戻る。「ハーッ……でも、寿命が何分か伸びるだけですよ。他はともかく、ザイバツのニンジャは殺せる限り殺します」
「やだぁ。少し会わないうちに……ガタイも言うことも、立派になったじゃない。フウーッ」グレイシャスは呼吸を整え、カラテを構えた。手首が千切れている右拳を前に突き出して間合いを取り、万全な左拳を顔の横にスタンバイした姿勢。「私は帰って編み物の続きをしなきゃいけないから〜……ここで死ぬのは、あなたよ?」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投げた。……投げ終わって、次の瞬間にはもう次のスリケンを投げている!おお、機関銃のごとき連続投射は目まぐるしく、留まるところを知らぬ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」2枚!4枚!8枚!16枚!32枚!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」グレイシャスは斜めに連続側転移動しつつ回転の中からスリケンを投げ返す!ニンジャスレイヤーが投じるスリケンは移動に振り切られ、あるいは迎撃スリケンと相殺して弾け飛ぶ。やがてグレイシャスは柱の陰へ右側から入り込み、そのまま左側へ通過……否!
「イヤーッ!」足のグリップに加えて毛髪の触手で柱裏側の壁を掴み、自分の体を振り回すようにして急速方向転換。柱の右側から飛び出し、まっしぐらにニンジャスレイヤーを目がける!ニンジャスレイヤーのセンコめいた瞳がそれを捉える!「イヤーッ!」グレイシャスめがけ手近なテーブルを蹴り飛ばす!
「イヤーッ!」グレイシャスは跳躍!ニンジャスレイヤーは貪欲に着地際を狙う体勢に入りかけるが……(違う!)理性ある瞳がそれを留める。「イヤーッ!」マスターニンジャは飛来したテーブルを踏み、さらに跳んだ!空中で回転し、振り下ろすのは右足の踵!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは斜め45度対空ポムポム・パンチを繰り出して敵の踵落としを迎撃!両者のカラテが激突し、DOOOM!!衝撃波がフードコートを駆け巡る!『「「グワーッ!」」』イリジスタブルとリファイナー、マザーワスプのドローンは方々へ吹き飛ばされる!
一瞬の拮抗の後、「……グワーッ!」押しやられて体勢を崩したのはグレイシャスだった。彼女の修めるボックスカラテは足技は専門ではないがゆえに技の精度に限界があったか?もしくはニンジャスレイヤーの迎撃が精度で上回っていたか、あるいはその両方!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが一歩踏み出して繰り出すのは、おお!宙返りしながらの蹴り上げ……これは伝説の暗黒カラテ技、サマーソルト・キックではないか!
「イヤーッ!」グレイシャスは役立たずの右腕を盾にした!CRAASH!!破砕音とともに右腕は肘の下あたりでへし折れた。血飛沫が舞い、断面から骨が覗く。しかし彼女はそれを代償として、ニンジャスレイヤーのインファイト距離に着地した。その場にいる者たちはゴングが鳴るのを確かに聞いた!
「イヤーッ!」グレイシャスの左ジャブ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガード!そして反撃を「イヤーッ!」グレイシャスが左拳を引き戻してフックを打つのが早い!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガード!そして先ほどより早く反「イヤーッ!」グレイシャスが左拳を引き戻してショートアッパーを打つのがなお早い!タツジン!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時に体と首を傾け、メンポの一部を砕かれながらも紙一重でこれを回「イヤーッ!」「グワーッ!」ほとんど同時に、グレイシャスは右拳をも叩き込んだ!髪の毛が折れた右腕に巻きつき、締め付けて、外付け筋肉めいて無理矢理に動かしている!
「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは奇襲に僅かに怯み、後ずさろうとした。「イヤーッ!」しかしグレイシャスが電撃じみたフットワークでその左足の甲を踏みつける!移動不可!
「この薄汚い廃墟があなたの最後のリングよ、ニンジャスレイヤー=サン!」グレイシャスは体の後ろまで振りかぶった左拳を解き放つ!「イイイヤアアアーーーッ!!」BOOOM!! 拳が霞み、音速の壁を破って、レールガンじみた速度でニンジャスレイヤーの顔面をめがけた。
ニンジャスレイヤーは目を見開く!「Wasshoi!」彼女の左足が黒炎を噴いた!次の瞬間!「グワーーッ!?」CRAAAAASH!!グレイシャスは真上に射出!天井を突き破ってその上へ吹き飛んでいく!
「グググ……」細かい瓦礫が降り注ぐ中、ニンジャスレイヤーは邪悪な笑いとともに、高く掲げた左足を戻した。あの瞬間何が起こったか?……ニンジャスレイヤーは踏みつけられた左足を力任せに跳ね上げ、大技の直前で体勢の崩れている敵を逆バンジージャンプめいて垂直射出したのである。敵の小細工を嘲笑うかのような圧倒的カラテだ!
「逃がしはせん!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは敵の後を追い、天井に空いた穴からその上へと飛び出した。とたんに冷たい風と青白い月光が彼女を迎える。見渡せばコンクリート敷きの広い空間、車止めと衝立の向こうに夜の廃墟の海。屋上駐車場だ!
ニンジャスレイヤーが空中で回転し直立姿勢を回復、着地しようとするところに、「イヤーッ!」グレイシャスが滑空する猛禽めいて襲いかかった。繰り出すのは左拳……否!フェイントだ。左ボレーキックで首を刎ねにくる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは冷静にその蹴り足に手を添え、ジュー・ジツでいなした。「まだだーッ!イイヤアアーッ!!」グレイシャスの隻眼が闘志に燃え、腰の捻りを乗せて、右足の後ろ回し蹴りが続けざま襲い来る!暗黒カラテ奥義、アルマーダ・マテーロ!
「まだではない!これで仕舞いよ!」ニンジャスレイヤーは敵のボレーキックをいなした動作の勢いのままに、戦車の超信地旋回めいて体を転回した。ニンジャスレイヤーの背中がグレイシャスの視界を埋め尽くした。ニンジャスレイヤーは地を蹴った!
「イイイヤアアアーーーッ!!」「グワーーーッ!!」CRAAAAASH!!!ニンジャスレイヤーは自分の肩から背中にかけての広い範囲をグレイシャスに思い切り叩きつけた。ゴウランガ!これは暗黒カラテ奥義、ボディチェックである!最短距離で敵に激突するその一撃は、回り込んで襲うアルマーダ・マテーロよりも早く届いた!
グレイシャスはキリモミ回転しながら吹き飛び、地面に転がった。「ゴホッ、ゴボ」大量の血を吐く。致命傷だ。ニンジャスレイヤーがそれを見下ろして立った。「応、木っ端クランの木っ端位階にしては活きのいいサンシタだったことよ。ハイクを詠め!」
グレイシャスは自分の体温が急速に失われていくのを感じながら、霞む視界で空を見上げた。雲の狭間に、物言いたげなドクロめいた月が覗いていた。「インガオホー/……」それだけ詠んで、続きを考えたが、やがて自嘲めいて笑う。「ダメね。思いつかないわ。イリジスタブル=サンに教えてもらえればよかったんだけど」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは容赦なくグレイシャスの頭を踏み抜いた。カイシャク!「サヨナラ!」グレイシャスはしめやかに爆発四散!ザンシンするニンジャスレイヤーの横を夜風が吹き抜け、粉塵を闇の中に吹き散らしていった。
「ピガッ……ニンジャスレイヤー=サン」背後からノイズ混じりの声がかかった。振り返ると、満身創痍のリファイナーがカタナを杖代わりにして停止エスカレーターを登ってきていた。「イクサ中にずいぶん姿が変わったものだな。俺は見ての通り、ピガッ、もう戦えん……奴ら2人を引きつけておく仕事はしたぞ。報酬を貰おうか」
「報酬だと?」ニンジャスレイヤーはセンコの目を見開く。邪悪な殺気が漲った。「フシン・ニンジャクランの小虫が、儂からトリタテしようなどと……オヌシに渡してやるのは死のみ……ヌウーッ!」何かを振り払うように首を振る。再び顔を上げると、瞳は人間的な黒いものに戻っていた。
ニンジャスレイヤーはぶるぶる震える手を懐に差し込み……札束と、プラスチック保護ケースに収められた金属片、そして1枚のフロッピーディスクをワゴム・バンドで束ねたものを取り出し、リファイナーへ差し出す。そして絞り出すように言った。「オツカレ……サマデス」
「……ピガッ」リファイナーは相手のただならぬ様子にたじろぎながらもそれを受け取り、オジギした。「オツカレ・サマデス」「……イリジスタブル=サンは?」「逃げた。通信で何か命令を受けたようだ」
「わかりました。イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは会話を短く打ち切り、弾かれたように走り出した。衝立を飛び越え、屋上に立ち並ぶ空調機械をパルクール・ヒキャクめいてクリアーしていく。イリジスタブルを追うのか、他のどこかへ行くのか。
リファイナーはその背中を見送った後、自分の脇腹のサイバネフロッピードライブを開き、受け取ったディスクを挿入した。断片的なデータやプログラムの数々……チェミが金属片から抽出したものだ……が、彼の脳に出力される。いずれもオナタカミ社の技術特徴が濃く出ているが、社が解体された後に開発された技術も組み込まれており奇妙だ。
そして、それら古くて新しい情報の中に頻出する「タカミヤ・スゲン」の名前……「ボッチャン」リファイナーは我知らず呟いた。「まさか本当に……あの事故とオナタカミ崩壊の混乱の中、生きて……」