(「ヒューッ、ヒューッ……ドーモ、ゴボッ!マ、マザーワスプ、です」マザーワスプは片手で喉の傷を抑え、血を零しながらもどうにかアイサツした。「ドーモはじめまして、マザーワスプ=サン……」襲撃者がアイサツを返す。紫色のニンジャ装束のフードの下から、危ういばかりに曇りのないまっすぐな視線が敵を見据える。「……ムゲンダイ・コミュニケーション社のワーシップです」)
「バカな……ムゲンコム社だと」マザーワスプは目を白黒させた。「中堅メガコーポ風情が……我々ザイバツにこうも真っ向から歯向ってどうなると、ゴボッ!」喉から出血!
「たしかに、こうして攻撃したことをザイバツに知られれば面倒なことになるだろう……知られればな」ワーシップは左手の短剣を前へ突き出し、右手の長剣を引き絞ってユミ・キリの構えをとる。「すでにお気づきのようだが、今の爆発は通信妨害チャフ入りだ。この事態をザイバツに報告などさせん」
「何が目的だ……まさか貴様らもリファイナー=サン同様ニンジャスレイヤー=サンに抱き込まれて……」「どっちも初めて聞いた名前だ」ワーシップは鼻を鳴らす。「単に、今の我々にとって、この地域でザイバツの目になっている貴様が邪魔であるというだけのこと……その傷ではもう助からんぞ。おとなしくハイクを……ムウッ!?」
「スッゾー!」擱座した装甲車から運転手クローンヤクザが飛び出した!2人のニンジャには目もくれず、脱兎のごとく駆けていく。携帯IRC端末を携えて!「ヒューッ、ヒューッ、そうだ!緊急行動プロトコル666号……!」マザーワスプが目を見開く!「とにかくチャフの効果範囲外に出て、我がグランドマスター・ラプンツェル=サンに事態を報告!それが我々のマスト・トゥ・ドゥ!」
「くだらん悪足掻きを!」ラプンツェルはにわかに焦燥し、ヤクザを追おうとした。しかしマザーワスプが血を吐きながらカラテを挑んでくる!決死の足止めだ!「ゴボボーッ!バンザイ、ザイバツ・シャドーギルド!ガンバルゾー!」なんたる忠誠心!彼とて裏方ではあるが今回のような重要任務を任せられる精鋭だ!
「下っ端の雑魚のくせに粋がってんじゃないッ!イイイヤアアアアーッ!!」ワーシップは激情とともに二刀を繰り出す!ヒサツ、クロス・スプリット・キリ!「グワアアアーーッ!!」瀕死のマザーザスプはもはや対応できず、体を四分割されてバラバラに吹き飛んだ!「サヨナラ!」壮絶爆発四散!
「ヤクザは……!」ワーシップはザンシンする間もなく、逃走したヤクザの方へ向き直る。すでにダークスーツの背中はあんなにも遠く……
キュン。
奇妙な高音とともに、手のひら大の何かが横合いから飛来した。そしてヤクザのこめかみに突き刺さった。「アバーッ!」ヤクザはもんどりうって倒れ、そのまま死んだ。
「オイオイオイ~!ワーシップ=サン!」軽薄な声とともに物陰から現れたのは、ワーシップの女上司ヤツバだ。野球帽のつばを上げ、端末を持ったままのヤクザの死体を指差す。「逃げられるところだったじゃん!詰めが甘いのは困るよ!私、荒事は苦手なんだし……今回はうまく当てられたからいいけど!」……どうやら彼女が何か投げてヤクザを殺したらしかった。
「ス、スミマセン!絶対にスミマセン!」ワーシップはしめやかにドゲザ謝罪!「我々帝国の極秘至上目的のためこうしてヤツバ=サンの懐刀として行動する光栄な任務を預かっておきながら……!」「さ、さすがにドゲザまではしてくれなくてもいいんだけどな……」ヤツバは当惑し、マザーワスプの爆発四散痕を見た。
「ああそう、そのザイバツニンジャを無事片付けてくれたのは功績だね。オミゴト!」「ハハーッ!アリガト・ゴザイマス!」ワーシップはドゲザを深める。「だからドゲザはいいって……!ホラ、もう行くよ!」「ハハーッ!……そういえば、例の奴らの名前がわかりました。ニンジャスレイヤー、あるいはリファイナーと」「へえ?さっきのザイバツ=サンが言ってたの?」
ヤツバとワーシップは話しつつ、連れ立って摩天楼廃墟の谷間を歩いていく。目指すは一際巨大な廃墟、オシガン・ラクイチだ。
……残されたヤクザの死体、そのこめかみから、突き刺さっていたものがポロリと零れ落ちて転がった。それは8つの刃がランダムに飛び出したハッポースリケンだった。
【Avenger in love】
「ミーター=サンを倒したんですね」ニンジャスレイヤーは床に残る爆発四散痕を見た。「ああ。俺もお前に助けられてばかりじゃないだろ」ワイヤープラーは余裕たっぷりに言った。そして、自分が倉庫棚の下敷きで動けない状況なのを思い出した。「……アー、言っておいてなんだが、この棚どけてくれるか」「フフッ、ハイ」
ニンジャスレイヤーはたやすく棚を持ち上げてワイヤープラーを救出した。ワイヤープラーは手近な倒れた棚の上に座り、ZBRアンプルを注射する。「フーッ、遥かにいい……」歪んだ活力が体に漲り、全身の痛みがしばし遠のく。2つ目を探したが、これで最後のようだ。メディ・キットを取り出し、応急処置を始める。
「大丈夫なんですか、そのクスリ?」ニンジャスレイヤーがその脇に屈み込む。「ZBRか?ニンジャならこの量使う分には平気だ。後で少しグッタリするがな。とにかくこの後チェミ婆とハンザワ=サンとの合流地点まで行く活力をチャージだ」ワイヤープラーは空アンプルを捨て、見返した。「ミフデ=サンの方は、怪我の手当は……アッ!?」
そしてニンジャスレイヤーの更なる異常に気づき、我知らず立ち上がった。「ミフデ=サン、お前……左耳はどうした!?」「アー、アイボリーカラス=サンのイアイドーにやられて……」ニンジャスレイヤーは自分の左耳があった場所を触った。そして表情を曇らせた。
「……ゴメンナサイ。気持ち悪いですよね」たちまち、ニンジャスレイヤーのニューロンを不安が埋め尽くした。耳が欠けた自分は、女として傷物ではないのか。ワイヤープラーは……センパイは優しいから、それだけのことで関係を解消しようとは言わないだろう。しかし醜い女が側にいるストレスを与えるのではないか?それは蓄積し、いつか爆発して、致命的な関係の破断を招くのではないか?不安はとりとめもなく湧き上がり続ける。
ワイヤープラーは黙って立ち上がり、手を差し伸べて……ニンジャスレイヤーが怯えたような視線を返す中……左耳があった場所を、優しく撫でた。「……決めたぞ」「エッ?」「お前へのクリスマスプレゼントのことだ。耳飾りをやる。ピアスでもイヤーカフでも……右耳の1つだけでもお前を十分引き立ててくれる、上等なやつをな」
「……」ニンジャスレイヤーは目を見開き、フリーズした。そして一歩後ずさった。「……か、かかか……カッコ、つけすぎですよ……」やっとのことでそれだけ言って、なぜか背中を向けた。意味もなく近くの倉庫棚をいじる。心臓が早鐘を打ち、顔は右耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。
嫌われるのではないかと不安になっていたところに、安直なフォローではなく、プレゼントの件を引き合いに出すこのセリフ……強すぎる。完全に"やられて"しまった!(なんなの!?私のカレシなんでこんなにカッコいいの!?神よ!こんなイケメンが許されていいの……!)支離滅裂なノロケ思考がニューロンを埋め尽くす!(((グワーッ!)))ナラク・ニンジャが圧迫されて苦悶!
「カッコつけてもいいだろ。カノジョの前でくらい」ワイヤープラーは笑い、再び座って、応急処置を再開した。……たしかに我ながら気障ったらしい台詞だったが、目の前の相手にたいへんなトキメキを与えたことが明らかだ。(今までお前の直球の好意には散々ドギマギさせられたが、お返しできたようだな)
「……センパイ」「何だ」「ピアスがいいです」ニンジャスレイヤーは振り返らぬまま、指先で自分のまっさらな右耳たぶを触りながら言った。「OK。何のピアスだ?バイオパールあたりか?」「エート、宝石はよく知らなくて」「なら、店に行ってから気に入ったのを選ぶといい。……オーガニック・ダイヤとか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「オーガニック・ダイヤを気に入るかもしれませんよ」「よせよ!あまりカレシをいじめるな!」ワイヤープラーは冗談めかして言った。返事は返って来なかった。……ドサリ。代わりに、何かの落下音が聞こえた。振り返ると、ニンジャスレイヤーが倒れていた。「……ミフデ=サン!?どうした!?」
ワイヤープラーは泡を食って駆け寄り、ニンジャスレイヤーを抱え起こした。「ア……センパイ……」ニンジャスレイヤーの顔色は蒼白だった。「なんか……体が、ヘンで……痛……グワーッ!」突如ニンジャスレイヤーは絶叫し、体を弓なりに反らせた。バキバキッ!ワイヤープラーは彼女の手足の内側から猛烈な破砕音が響くのを聞いた。骨が砕けているのだ!
「何だ!?耳以外に大きな怪我はないんじゃなかったのか!?さっきまで元気で……!」ワイヤープラーは狼狽した。しかし、思えばニンジャスレイヤーが成人女性の姿になっているのは異常なのだ。カラテは強くなっていそうだが……それに関して、何か……ツケを払うような事態になっているのでは?
(((無念!)))ニンジャスレイヤーのニューロン内でナラクが口惜しげな声を発した。(((アイボリーカラス=サンのベッピンから回収した力だけでは、この状態を長時間維持することはできぬか!)))
バキバキッ!ボキッ!これまで鉄と硫黄で接ぎ木めいて延長されていた骨が元に戻ろうとして縮み、砕ける!「グワーッ!グワーッ!」ニンジャスレイヤーはワイヤープラーの腕の中でのたうち回る!
「クソッ、何だってんだ!早く医者に……」ワイヤープラーは暴れる彼女を抱えて移動しようとしたが、右腕一本ではうまくいかぬ!さらに……ヴォルルルルン!ワイヤープラーのニンジャ聴力は、大型車両の低いエンジン音がラクイチに接近するのを捉えた。「今度は何だ!?」窓から外を確認!
遠目で見ると、ラクイチ・モールの入り口に横付けしているのは、「クダラ・マイナー」と社名が大きくショドーされた兵員輸送トレーラーだ。「「イヤーッ!」」そこから今、ニンジャらしい人影が2つ、回転ジャンプで降車!「ゴー!」「ムーブムーブ!」さらに武装サラリマン小隊が続々と降車!
「アーッ!?何だアイツら!?やっとザイバツを倒したってのに!」ワイヤープラーは頭を掻きむしった。自分たちにはクダラ社に味方される覚えなどなく、しかもこのタイミングでこんな辺鄙な場所に大所帯で武装して乗り込んでくるなど、明らかに自分たちを殺しに来た敵!ザイバツとの間に何らかの協調があったか!
「アーッ!グワーッ!」ニンジャスレイヤーは相変わらず七転八倒しており、明らかに戦力にはならない。「クソッ……」ワイヤープラーは途方に暮れた。苦しむニンジャスレイヤーを片腕で抱き寄せる。彼女の苦痛を和らげてやることもできぬ。迫り来るクダラ社部隊から守ってやることもできまい。「なんて無力だ、俺は……未来に連れて行くって約束したミフデ=サンを、こんなカビ臭い廃墟の中で死なせるのか!クソーッ!」
……唐突に、扉が開いた。「オジャマ・シマス!」そして女が入ってきた。宇宙めいて暗い瞳がワイヤープラーを、ついでニンジャスレイヤーを見た。「貴様は!?」ワイヤープラーはとっさにカラテを構えたが、「イヤーッ!」「グワーッ!」女の背後から飛び出してきた紫色のニンジャに蹴り飛ばされる!
「下郎めが、ヤツバ=サンにカラテを向けるか!ヒカエオラー!」紫色のニンジャが威嚇!「バカ!ワーシップ=サン、何やってんの!この人たちは味方……になるかもって話したじゃん!」女がそれを叱り飛ばし、ワイヤープラーに駆け寄った。
「ドーモ、私はムゲンコム社のヤツバ。こっちはワーシップ=サンだ」ヤツバは野球帽を持ち上げてアイサツする。「グッワ……ド、ドーモ、ワイヤープラーです。こっちはニンジャスレイヤー=サン」ワイヤープラーはどうにか体を起こしてアイサツを返す。「味方になるかも、だと……?俺たちを手を組んであんたたちに何の得があると……」
「いい質問だ。これさ」ヤツバは懐から何か金属製の残骸のようなものを取り出した。表面には「ベッピン・壱」と銘が打たれている。「地下駐車場から拾ってきた……ザイバツ・シテンノの武器、妖刀ベッピンさ。君たちのうちの誰かが壊したんだろう?これの中には"本物のベッピン"の破片が組み込まれている。それが私たちの求めるものでね」
「ヤツバ=サン!何もそこまで話してやることは」ワーシップが口を挟む。「いいじゃん!隠すのもダルいし……おっとぉ!?」ヤツバはよろめいた。満身創痍のワイヤープラーが縋り付いてきたからだ。
「あんたたちの都合はだいたいわかった……疑って悪かった。俺にできることなら協力する。だから頼む!ニンジャスレイヤー=サンをすぐ病院に!」ワイヤープラーは必至の形相で懇願!ヤツバと顔が近い!「ちょ、顔が近いって……!」ヤツバが困惑!「貴様ァ!ヤツバ=サンを相手に顔が近い!」ワーシップが激昂!
「とにかく、交渉できる余地はありそうだね?ならひとまずこの場から脱出はさせてあげよう。私たちとしてもクダラ社の連中と出くわすのはマズい」ヤツバはワイヤープラーをワーシップに預け、バックヤードの広い空間へ向かう。「さて、ちと大儀だけどニンポを使うぞ……1、2、3、ハイ!」」手を虚空へ差し伸べて指を鳴らす。パキン!
……ゴーン。どこかから鐘の音が響く。ワイヤープラーはたじろいだ。唐突に、ヤツバの眼前の虚空に黒いトリイが出現したからだ。
ゴーン。ゴーン。鐘の音が鳴るたび、黒いトリイは連なって増えていく。トリイがシュラインの参道めいて示す道は、とうにバックヤード空間よりも長大になっているはずなのに、いつまで経っても壁に突き当たることがない。目の錯覚じみている……その道の果ては金色に煌めいていて、よく見えない。
「ウグッ」ヤツバはうめき、よろめいて、廃フォークリフトに掴まってようやく踏みとどまった。抑えた鼻から血が滴る。「ヤツバ=サン!」「なに、ダイジョブだよ。この距離でも下準備なしだとこれくらいはクるね」ワーシップの気遣いに対し、何やら謎めいた返答。
そしてワイヤープラーに向き直る。「さあワイヤープラー=サン、先に行くといいよ。このトリイの先、ご所望の場所に繋げておいたから」笑いかける。その瞳の宇宙じみた漆黒は常人離れしている……ニンジャとも、どこか違うように感じる。(((全ニンジャの祖……))))なぜか、いつかリーンハートが曖昧に言及していた存在のことを思い出した。
(((俺は何か、とんでもない連中に借りを作ってしまったのかもしれない)))ワイヤープラーは一瞬、恐怖と畏怖を抱いた。しかしすぐに振り払う。(((とんでもない事態なんて、あのクリスマスの夜からずっとだ……とにかく、このままここにいればクダラ社の連中に殺されるだけ)))気力を奮い起こし、ぐったりしたニンジャスレイヤーを抱え起こす。
(((とんでもなくてもなんでも、まだ道は繋がっている。一緒に行くぞ、ミフデ=サン……!)))ワイヤープラーは意を決して、黒いトリイを潜った。
【続く】