「「イヤーッ!」」CRAAASH!!2人のニンジャは扉を破り、オシガン・ラクイチ廃墟バックヤード空間に連続側転エントリーした。各々カラテを構えて周囲を警戒するも、無人だ。「ゴー!」「ムーブムーブ!」遅れて武装サラリマンたちが突入し、隣接する部屋や廊下をクリアリングするも、やはり無人である。
「ああん?エイトヘッズ=サン、こいつはどういうことですかね?」ニンジャのうちの一方であるスチールファングが、他方のエイトヘッズに問う。「探索してないエリアはここが最後ですぜ。例のテロリストはこの廃墟のどこかにいるって話じゃ?」「対処する」エイトヘッズは短く答え、右耳に装着しているヘッドホンめいたIRCトーカーに手を伸ばした。
2人は金属産業に携わる暗黒メガコーポ「クダラ・マイナー」に所属するニンジャである。武装サラリマンたちも同様だ。彼らは反企業体テロリストがこの廃墟から長距離砲で自社の施設を狙っているとCEOから直々に聞かされ、それを正当防衛殺害するために急行してきたのだった。
「ドーモ、エイトヘッズです。作戦領域のクリアリングを完了しました。社敵は未発見です」エイトヘッズがCEOと通話を始める。「ケッ」スチールファングは小さく毒づいた。彼はクダラ社の主力ニンジャの1人であり、社のCEOが違法犯罪組織ザイバツの幹部であることを聞き及んでいた。
(((この出動はどうも胡散臭え。正確な事情は伝わってきてねえが、多分ザイバツの手伝いか尻拭いをやらされてるんだろう。俺たちゃザイバツの下働き要員か?この大晦日にまで。胸糞悪いぜ)))考えながらも、口に出すことはしない。目の前にいるエイトヘッズはCEOのイエスマンだからだ。そしてクダラ社最強のニンジャでもある。
「承知しました。対処します」エイトヘッズが通話を終え、スチールファングを見やる。「追跡命令が出た。奴らのニオイを追え」「ヘッ、もう追いきれないほど遠くへ逃げてるかもしれねえですけどね」「業務命令だ、早くしろ」「ヘイ」
スチールファングは四つん這いになり、床に鼻を擦らんばかりに近づけた。「クン!クン!」鼻を鳴らす。彼はイヌ・ニンジャクランのニンジャソウル憑依者であり、異常に発達した嗅覚を持つ。1回嗅ぐたび、常人の数百倍か数千倍の情報量が彼の頭に流れ込んでゆく。
「クン!クン!……ホコリとカビの臭いがひでえですが……モータルのニオイが2つ。1つは男だ。この場所に馴染んでやがるから、元からここに住んでた浮浪者かなんかですね」「無視しろ」「ヘイ。もう1つは女ですね……ん?こいつニンジャか?……いや、やっぱモータルですね。少し前にここに来て、すぐ立ち去っているようです」
「把握した。ニンジャのニオイは?」「クン!クン!4つですね。1つは男だ。なんだかやたら拡散しているような……」スチールファングは顔を上げ、床に残る爆発四散痕を見た。ミーターのものだ。「ああ、やっこさんあそこで死んだみたいですね」「無視しろ」「ヘイ」
「あとは男ニンジャが2人、女ニンジャが1人ですね。そのうち男1人と女1人は血のニオイ混じりです。手負いでここに来たみたいで」「それだ」エイトヘッズが口を挟む。「奴らはここからどこへ移動した?追跡しろ」「ヘイ。クン!クン!……あん?」スチールファングはしばらく這いまわっていたが、やがてある位置で顔を上げた。「エイトヘッズ=サン、ここでニオイがぷっつり消えてます」「何だと」
その位置はたしかに、ヤツバが連なるトリイの道を作り出したところだった。「どういう意味だ?」「クン!クン!天井の上や床の下に行ったんでもないな……わかりません」スチールファングは首を捻った。「やっこさんたち、ここからぴょいとテレポートでもしたんでしょうかね?」
【Avenger in love】
『そんなはずがあるか!』モニターの向こうでルストレスが取り乱している。グランドマスター3人組はクダラ部隊からの報告により盛大に困惑させられていた。『ニンジャスレイヤー=サンたちにテレポートのような真似ができるなら、初めからソウカイヤ勢力圏にでも高跳びしているはずなんだ。わざわざオシガンで我々を迎え撃ったからには、奴らにそんな力などあるはずが!』
『テレポート者が遅れて参戦してきた可能性がありますね』隣のモニターでラプンツェルが扇子で口元を隠しつつ、麗しい目を悩まし気に細める。『私の部下マザーワスプ=サンの戦死……あれは奇妙でした。既知の敵ニンジャ3人は全員ラクイチ施設内にいたはずなのに、彼は施設外で襲撃を受けている。わざわざチャフで通信を遮断してから事に及ぶのも、すでに正体が我々に露見している者がやっても意味がないことです』
「とすると、テレポートするニンジャが新たに出てきてマザーワスプ=サンを殺し、ついでニンジャスレイヤー=サンたちと合流して全員で逃げたということになりますか」ヘクターはにやにやしながら言う。「ククク……ニンジャスレイヤー=サン、なんという女だ。やはり我々の予想の上を行く」手元の端末にイリジスタブルから作戦続行の嘆願IRCが届くのを見るが、無視する。敵がオシガンから消えた今となっては全く見当違いな話だ。
『バカな……リファイナー=サンだけでも雇えたのが信じがたいくらいなのに、もう1人だと?信用も金も絶対に足りないはずだ』ルストレスは眉間に深い皺を寄せてうつむく。『だいたい、遅れて参戦してきたといっても、あまりにも遅すぎる。マザーワスプ=サンが殺されたタイミングからすると、テレポートしたのはクダラ社の部隊に見つかる直前ということになる。普通はアイボリーカラス=サンたちに補足される前に脱出できなければ意味がないと考えるはずなのに……計画性のカケラもない!』
『案外、彼らからしても全て計画したことではなく、いくつか幸運が働いてのことやも』ラプンツェルがぽつりと言った。「ガハハ、そうですな!」ヘクターが呵々と笑って同調する。「考えてもみてください、我々はできることはしましたよ。3人雁首揃えて作戦会議して、大軍を送り込んで、クダラの戦力まで動員して……それでも奴らを殺せず、機密データも回収できなかった。そんなことが奴らの幸運なしに起こり得ますか?」
『……』ルストレスはむっつり黙り込んだ。『……たった今、ソウカイヤから警告のIRCが入りました。"緩衝地帯オシガンでのこれ以上の活動、実効支配は容認できない。ただちに全戦力を撤収しなければ報復措置を取る"と』ラプンツェルが淡々と告げる。
『それと、フリージド=サンからも"ボネンカイ直前にもなって外交的デリケート地域で兵を動かして何をしているのか"と非難めいた問い合わせが』フリージドもグランドマスターで、上級構成員「アッパー4」の1人。ヘクターやラプンツェルより格上で、ルストレスと同格だ。
『……わかった。クダラの部隊には、ザイバツ部隊の生存者の回収だけして撤収するように命じておく……フリージド=サンへの対応も私がしておこう』ルストレスはがっくり肩を落として、血を吐くかのように苦し気に言う。『我々は……ニンジャスレイヤー=サンたちに負けたのだ』「負けた。なるほど、そうですな」ヘクターは笑った。「我々はこのオシガンのイクサに敗れた。完敗ですな」
……バラバラバラバラバラ!猛烈なローター音と共にダウンウォッシュ風が吹き付ける。ヘクターは大仰なモンツキ姿でそれに逆らってのしのしと歩き、ヘリに乗り込んだ。側近のエコーがそれに続く。「時間がギリギリだ、飛ばせ!」「ヨロコンデー」クローンヤクザ操縦士がヘクターの言葉に答え、ヘリを離陸させる。機体はたちまち極彩色のネオサイタマの夜景の中へ漕ぎ出した。
「ヘクター=サン、頭出して。さっきの風で髪型が崩れてる」「ムッ?そうか」ヘクターは席に座ったまま、床屋の洗髪めいて頭を突き出す。彼の髪型はついに数分前に奴隷スタイリストに急ぎでセットさせたものだった。エコーは櫛を取り出し、それを再調整していく。「……ヘクター=サンってさ、ヘンだね」
「ヘン?どこがだ」「だってさっき、自分の部下が死んでイクサにも負けたのに、ヘラヘラ笑ってばっかだったじゃん」「ガハハ!なるほど、それはそうだ」ヘクターはおまけにもう1つ笑った。「……しかしなにせ、相手があのニンジャスレイヤー=サンだからな」
「ハイ、終わった」エコーは髪をいじり終え、櫛をしまう。そして不満げに鼻を鳴らした。「ニンジャスレイヤー=サンってさ、ヘクター=サンにとってそんなに特別なわけ?右目をやられたから?」「それもあるが……とにかく、奴は強いんだ。カラテが強い」ヘクターは10年前に味わったかの敵のワザマエを回顧し、ぶるりと身震いした。
「俺は今、無性にワクワクしている。奴は暴れるぞ。来年はそれはもう波乱に満ちた1年になるだろう……そしていずれは、俺が奴と戦う」ヘクターは自分の両手のひらを見て、力強く握りしめた。ニンジャの筋肉と骨が緊張でメキメキと鳴った。「奴の全てを受け止めて、俺の全てをぶつける。そして奴を地に叩き伏せ、俺が見下ろす。それはきっと、これ以上はない俺の人生の最高潮だ」
「ハイハイ、よかったね」エコーは冷然としていた。「でもさ、来年の話する前に、この後のボネンカイをうまくやり過ごすことを考えてよね。ヘクター=サンが変なこと言ったら部下のボクたちまで出世の目がなくなるんだから……ジャンキーども相手のマイクパフォーマンスとは違うんだよ」「ヌウーッ!わかっている!」ヘクターは苦々しげに顔を歪めた。
「クソッ、だいたいニンジャなのになんで小賢しい政治ごっこなぞするんだ。カラテ・スパーリングで親交を深めればいいのに!」「ヘクター=サンってさ……もしかして野蛮人?」「どうせ野蛮人だ、俺は!カラテさせろ!ウホーッ!」「ウケル」言いながらも真顔!
2人が乗るヘリはリトルキョート人工島の方角へ消えていく。……その数十分後、花火が上がった。色とりどりのものがいくつも続けて上がった。歓声と車のクラクションが一斉に上がり、街の喧騒を制してなお高く響いた。
年が変わったのだ。暗黒都市ネオサイタマの一般市民は皆、現在何かしらの不本意な状況に置かれながらも、来年はそれが改善するはずと漠然とした希望を抱いて飲み、踊り、騒いだ。重金属酸性雨は冷や水を浴びせるかのように変わらず降り続いていた。
【Avenger in love】
……1ヶ月後。
「ブランド服が実際安い」「ボッチャン・ジョウチャン大歓迎」「1階イベント会場でフクビキ開催中!」広告アナウンスが施設内に鳴り響く。「お母さん靴欲しいって言ってなかった?」「飯食わね?」「ケンタロウ!危ないから走らないの!」来場客たちの会話と足音がそれに重なる。
ここはネオサイタマ東部にあるショッピングモール、「マルシェ・エドガワ」だ。いつぞやのオシガン・ラクイチとは違って今も営業中であり、多くのカップルや家族連れが訪れている。
「ヤレヤレ、平日だってのに人が多いもんだ。LICK!LICK!」重サイバネニンジャのスカルスマッシュはウメシソ味のソフトクリームを舐める。今日は看護師服姿ではなく、ラフな私服姿だ。「……しかし、怪我はすっかり治ったみたいだな、エッ?お前も、ニンジャスレイヤー=サンもよ」
「ああ、そうだな」ワイヤープラーは左腕を確かめるように動かした。1ヶ月前に骨を折られたところだが、彼とてニンジャだ。安全な場所で治療に専念すればその程度の怪我はすぐに癒える。……そう、安全な場所だ。ワイヤープラーは「スタッフオンリー」の扉の近あたりを一瞥した。警備員服を着たクローンヤクザ2人がおり、何か話している。
「異常ないか」「ありません」「私は今日で14連勤です」「オタッシャですねえ」彼らは胸にクロスカタナ紋のバッジをつけている。暗黒ニンジャ組織「ソウカイヤ」の手先なのだ。ここネオサイタマ東部はソウカイヤのナワバリであり、敵対するザイバツはあまり干渉することができない。ザイバツに命を狙われているワイヤープラーたちにとってはある程度安全な場所だった。
「まあ、ドクター・ハセドーとあんたたちの名医ぶりのおかげってところか」「なァに、あそこで会ったのは奇遇だったしな。金ももらったから、仕事をしただけだ」スカルスマッシュはソフトクリームコーンをバリバリと噛み砕く。
……あの大晦日の夜、瀕死のニンジャスレイヤーを抱えて超自然のトリイをくぐったワイヤープラーは、ネオサイタマ東部のとある闇医者クリニックの待合室にテレポートした。その場所には偶然にも、知り合いの闇医者ハザメイとスカルスマッシュがいた。
彼らは西部から東部へ転居しようと検討しているところで、以前から知り合いだったそのクリニックの主ハセドーに東部での闇医者業について事情を聞いているところだったのだ。遅れてヤツバとワーシップが転移してきた。ヤツバはハセドーと顔見知りのようで、札束を渡してワイヤープラーとニンジャスレイヤーの治療を依頼した。
その際、ハザメイたちがその2人を治療した経験があり身体的特徴等についてよく知っている旨を打ち明けると、ハセドーは札束の中からいくらかを取り出して、治療に協力するよう依頼した。ハザメイたちは請け負った。金欲のほか、ザイバツの敵を助けることで自分たちに結果的に転居を強いたザイバツに復讐したいという意識がそうさせたものであろう。
その他に、知り合いだから、あるいは自分の患者だから、という人情はあっただろうか?定かでない。……とにかくそういうわけで、各々が西部に拠点を移した後も、ワイヤープラーたちとハザメイたちの間にはいまだにコネがあるのだった。
「ああ、それと……ラーチャー=サンとかいうザイバツニンジャから、俺たちのところに電話があったぜ。前のクリニックで使ってた古い方の番号にな」「ラーチャー=サンだと?……何と言ってた?」「お前が何をやらかしたのか、どこへ行ったのか知らないかって聞かれたよ。もちろん、知らねえ、仮に知ってても企業秘密だから答えねえ、ってはねつけたけどな」
「あいつめ……」ワイヤープラーは表情を曇らせた。おそらく知り合いのワイヤープラーが急にザイバツ内で指名手配になったため、驚いて情報を集めようとしたものだろう。末端ニンジャがそんなことをしたところで確度の高い情報は手に入らないどころか、上司に知られれば組織の敵である自分との関係を疑われかねないだろうに。そうしたリスクに考えが及んでいないに違いない。
スカルスマッシュがにやつく。「ザイバツにもお友達がいたとは、お前はとことん人たらしだな?」「俺がどうこうっていうんじゃない。あのバカが身内認定した奴に対して特別甘いだけだ」
「お客様、お連れ様がお呼びです」小綺麗な女アパレル店員が出てきて、ワイヤープラーに声をかける。「ああ、わかりました」「お呼び出しか。じゃあオレは行くぜ。センセイに買い物も頼まれてるんでね」スカルスマッシュはソフトクリームの包み紙を握りつぶし、ワイヤープラーの肩を小突く。「カノジョ、泣かせんなよ!」「余計なお世話だ」ワイヤープラーは小突き返した。
……「1人で選ぶんじゃなかったのか?」「いや、そう思ってたんですけどね?考えたんですよ」試着室の中からカーテン越しに返事が返ってくる。「この服を長時間見るのって、私よりもむしろセンパイなわけじゃないですか。私は鏡に向かわないと見えないわけで。だからその人の好みで選んでもらった方がいいじゃないかなって」
シャッ!カーテンが開く。「じゃーん!どうです?」ミフデ・シュノンが姿を見せ、両腕を広げてポーズしてみせた。サクラピンクのカットソーに、グレーのキモノ・ブルゾン。ボトムスはブラウンのロングスカートだ。「なんか、この柄が流行りらしいですよ?知りませんけど」ブルゾンのヤガスリ模様を示す。「落ち着いた色調で何にでも合いますから、少し羽織るにもいいですよ」店員の合いの手!
「ああ、よく似合ってるよ。派手すぎず、地味すぎず……」「アー、そうじゃないでしょう!センパイ!そうじゃないでしょう!」「何?……ああ」ワイヤープラーは合点がいった顔をした。「カワイイだぞ。ミフデ=サン」「そうですか!カワイイですか!アハー!」ミフデは上機嫌に自分の姿を鏡に映す。両耳で小さなピアスがきらりと光った。左耳は他の部分と肌の色がわずかに違った。
「これは買わざるを得ない……!ところでお値段は……」ミフデが慌ただしく服を着たまま値札を探し始める。彼女はこの数週間で自身の財を作りつつあった。「ああ、気にするな。俺が買ってやる」ワイヤープラーが口を挟む。「なんてったって、俺が1番長時間見るんだもんな?」「やった!アリガト・ゴザイマス!」はしゃぐミフデ!
「あのお客さんたち、どういう関係なんでしょうね?」レジカウンターの奥で店員が彼らを遠目に眺めて言う。「女の子の方は男の方をセンパイって呼んでますけど、学校の先輩後輩にしては歳離れてそうですし」「カップルかもしれないわよ」先輩店員がレジ作業をしながら答える。「エーッ?それこそ年離れすぎに見えますけどね」「あなたも一度歳の離れた恋人を作ればその偏見が治るかもね」
「偏見って……アッ?」後輩店員は呆けた声を出した。およそレディースファッションに無縁そうなごついヤクザが店に入ってきて、件の男女と話し込み始めたからだ。「そうか、センパイ。ありゃきっとツツモタセですよ。少女趣味者を狙ったツツモタセだ。男の方も可哀想になあ」「ゲスな想像ばかりよく巡るものね」先輩店員冷淡!
「チェミ婆から俺のところにノーティスがあった。例のリストに載っていたニンジャを1人補足したそうだ」当のごついヤクザ、ハンザワが小声で言う。「イタバシ・ディストリクトで何か怪しげな動きをしているらしい。襲撃するにはいい機会だが……しかしこの様子だとテメェらはお忙しいところだったか、エッ?」
「どうする、ミフデ=サン?」ワイヤープラーは重々しく問う。「一応今日については、前々から息抜きをしようと話していたわけではあるが……」「行きましょう」ミフデは即答した。「今なら私たちは特に負傷もない。万全のコンディションで事に及ぶことができます。この機会を逃す手はありません」直前までの上機嫌さは完全に失せ、表情も声も冷然とした殺人者の……ニンジャスレイヤーのそれに変わっていた。
「……そうだな。その通りだ」ワイヤープラーは瞑目する。楽しいデートは唐突に終了だ。気分を切り替えねばならない。「よし、俺について来い。屋上に車を停めてある」ハンザワは早々に踵を返した。ニンジャスレイヤーがそれに続く。最後にワイヤープラーが歩き始めた。
3人は小走りでショッピングモールの通路を抜けていく。「……」ダークスーツ姿の男が遠くからそれを見送った。「どうした、エモナジョー=サン?珍しいものでもあったか?」尊大な声が問う。「はっ。今そこを非ソウカイヤのニンジャが通っていったのですが……我々には目もくれないといった様子でしたので、かかずらうことはないかと」
「よろしい。では道案内に戻れ」尊大な声の主は大柄な男だ。アルマーニの白スーツを着込み、顔には黄金のメンポ。「ゴアイサツサマ社との会談はここの催事場だったか?何階だ?言っておくが俺様は調べてはおらんぞ。調べる時間が無駄だからな。タイムイズマネー!」
「申し訳ありません、ラオモト=サン。案内に戻らせていただきます。あちらに直通のエレベーターを用意させておりますので……」ダークスーツの男が先導して歩き始める。護衛のクローンヤクザが周囲を囲み、一般客を追い散らす。
「今日もビジネス、明日もビジネス。儲かって儲かって仕方がないわ!ムッハハハハ!」白スーツの男……ソウカイヤ首領ラオモト・カンは、モーセの海割りめいて人混みの中に開けた道を悠然と進む。
……ブルルルルルン!ヤクザベンツは低いエンジン音とともに強気なスピードで市道へ滑り出たが、すぐ外の信号は赤だった。「ザッケンナコラ……!」ハンザワは小声で毒づき、ハンドルを殴りつけた。剣呑なアトモスフィアだ。古巣のヤクザクランが去年のうちにザイバツに滅ぼされていたことが発覚して以来、彼はずっとピリついている。
ワイヤープラーは助手席からそれを一瞥する。(((金や武器を勝手に持ち出したというから、てっきり帰属意識のようなものは断ち切ったのかと思っていたんだがな)))道を曲がってきた車がベンツの横を通り過ぎ、マルシェ・エドガワの駐車場へ入っていく。彼らはこれからモールで楽しむのだ。自分たちと違って。
「ね、センパイ」不意に背後から声がした。振り返ると、ニンジャスレイヤーが後部座席から身を乗り出してきていた。「私、このモールけっこう気に入りました。また遊びに来ましょうね。今度は最後まで、水入らずで」花のつぼみがほころぶような柔和な笑み。10年前の記憶と地続きの、少女ミフデ・シュノンの表情だ。
ワイヤープラーは一瞬、混乱した。ミフデ・シュノンと、ニンジャスレイヤー。目まぐるしく変わる2つの顔。どちらが本当の彼女なのだろう?……否。どちらも彼女なのだ。元々優しく愛情深い気性である彼女が、家族を喪って、その仇に対して苛烈に復讐する。そこに矛盾はない。「ああ。せいぜいデートプランを練り直しておくさ」笑い返す。
……ワイヤープラーたちは先日、ザイバツの情報施設を襲撃して暗号解読プログラムを奪い、自分たちがザイバツに追われる原因となった件の機密データを解読することに成功していた。そこに収められていたのは、10年前の抗争の引き金となった大量暗殺作戦に参加したニンジャのリストだった。
ザイバツはなぜそれを厳重に秘匿し、アイボリーカラスのような精鋭を大量投入してまで奪還しようとしたのか?チェミ婆のハッキングによっても、その答えはネット上には見つからない。彼らは秘密を探求するために地道な方法を採ることにした……すなわち、リストに載っているニンジャを探し、10年前の事情について尋問・拷問して回るという方法である。
ブルルルルルン!やがて信号は青!ヤクザベンツは鎖を解かれた猛犬じみて急発進する。彼らが進む道は困難だが、途切れてはいない。クリスマスから大晦日まで、強敵と死の危険が連なって襲い来たあの暗黒の7日間をも超えて、まだ先へと続いているのだ。
……ブオオーン!汽笛が響く。ネオサイタマ港。「アンカー格納ヨシ!」「バウスラスター動作不良コラーッ!」「ザッケンナスッゾコラーッ!」大型コンテナ船の甲板をチョンマゲ姿の水夫たちが忙しく行き交う。
物陰で、バイオカンガルーは騒音に怯えた。フウジマ・チャンバー冷凍施設から解放されて以来ネオサイタマ市内の様々な場所を巡り、様々な環境を経験してきたが、汽笛の爆音や水夫の怒号は彼を恐怖させるのに十分だった。
バイオカンガルーは遺伝子の記憶に刻まれた故郷、エアーズロックを臨む荒野を思う。あの場所に辿り着くまで死ぬわけにはいかない。彼はもっと奥深く安全な場所を求め、コンテナの1つに入り込んだ。コンテナには「西ドサンコ経由オーストラリア行き」とショドーされていた。
【ブレーク・ザ・ブレード:ベッピン】
【恋する復讐者第1部「暗黒の7日間」】終
話の本筋は以上で一区切りとなります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ感想や評価等いただければ幸いです。
明日以降もしばらく続編導入の短編やニンジャ名鑑等のおまけを投下します。