ヘブンズ・プレリュード#1/2
「グワーッ!」CRAAASH!!コンクリートの壁を突き破り、ニンジャが転がり出た。「ヌウーッ……!」立ち上がったその姿を見れば、小柄な体躯、ポニーテールの髪、赤黒の装束、そして「忍」「殺」と刻まれたメンポ……ニンジャスレイヤーだ。いくつか傷を負っており、その表情は険しい。
CRASH!CRASH!左右の窓ガラスが割れたかと思うと、バスケットボール大の飛行機械がいくつも室内に飛び込んできた。ドーナツ型の機体の中心にあるローターで空中に浮遊し、無機質なカメラレンズでニンジャスレイヤーを見据える。オムラジャイロ社製カメラドローン「アラタカ」である。
「バックします!バックします!バックします!」ほとんど同時に、壁の穴から2人目のニンジャがエントリーした。……おお、どういうことか?このニンジャは自分の背中を見せながら、ムーンウォークで移動してきたのだ。さらに奇妙なことに、体の背面を頭の先から踵までハイテク装甲で覆っている。ニンジャスレイヤーの位置からでは生身の部分はまったく見えぬ。
「もはや逃れることはできんぞ、ニンジャスレイヤー=サン」2人目のニンジャ……ウォンバットは背中を向けたまま、後ろ手にニンジャスレイヤーを指差した。「我がウラオモテ・ケンは無敵。ここが貴様のオブツダンとなる」
ウォンバットは後ろを向いているのに、なぜニンジャスレイヤーの位置がわかるのか?その理由は周囲を飛んでいるドローンにある……ニンジャスレイヤーはそう推理していた。「イヤーッ!」ドローンの1つめがけスリケンを投げる!
しかし、おお、どういうことか?スリケンは空中で急激に速度を失い、数十センチ先で床に落下してしまったではないか。「何度やっても無駄だ!」ウォンバットがせせら笑った。「俺のヤナギ・ジツは俺の周囲で使用される全ての物理飛び道具を常時無効化する。俺が使うもの以外はな!イヤーッ!」
ウォンバットが後ろ手にスリケンを投げつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは巧みに指で摘み取って投げ返すが、ダメだ。やはり空中で失速してしまう!「バックします!バックします!バックします!」さらにウォンバットが呪文めいたことを口走りながら驚異的な速度のムーンウォークで間合いを詰めてくる!
「イヤーッ!」そしてシカめいたバックキックで攻撃!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは半身になって回避し、横ざまの中段カラテパンチで反撃!ガキン!ハイテク装甲に弾かれる!「無駄だ!イヤーッ!」「グワーッ!」2発目のバックキックがニンジャスレイヤーの鳩尾を捉える!
ニンジャスレイヤーは吹き飛ばされ、積み上げられた物流コンテナの山に激突!ガラガラガラッ!「グワーッ!」破損したコンテナの中から何らかの金属棒が大量に溢れ出し、彼女を打ち据える!
「どうした、ニンジャスレイヤー=サン!その程度か!」ウォンバットは後ろ手でキツネ・サインを作って挑発!「くっ……!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは作戦を変えた。金属棒の下から跳ね起きるや、連続側転でウォンバットの周囲を周回し、装甲のない正面を狙いにいく。しかし!
「バックします!バックします!バックします!」ウォンバットはニンジャスレイヤーの位置を正確に把握し、背中を向ける姿勢を維持!さらにスリケンを連射しながらムーンウォークで急接近してくる!
「チイーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンに逃げ道を塞がれ、再び近接カラテに引きずり込まれた。(でも考えてみれば、チョップもカラテパンチも真後ろには届かない。奴は両腕が使えない)冷静に思考し、応戦のジュー・ジツを構える。(いかに硬い装甲でも、手数の優位を活かして何度も打ち込めば……!)
「イヤーッ!」しかしウォンバットは体の正面側に隠していた2振りの電気ジュッテを両手で抜き放ち、逆手で突き出したのだ!チョップやパンチが届かずともジュッテなら届く!「ヌウーッ!?」ニンジャスレイヤーはとっさに手甲でガードするも、感電!多大な隙!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」連続バックキック命中!ニンジャスレイヤーは吹き飛ばされ、積み上げられた物流コンテナの山に激突!ガラガラガラッ!「グワーッ!」破損したコンテナの中から何らかの金属棒が大量に溢れ出し、彼女を打ち据える!
(私のバカ!ウカツ……!)ニンジャスレイヤーは心中で自分の油断を責めた。彼女の内に宿るナラク・ニンジャソウルが健在であれば10倍の罵声を浴びせたであろう。しかしかの邪悪存在は先日の戦闘で力を消耗し、今はニンジャスレイヤーのニューロンの奥底で休眠しているのだ。健在ならばあるいはその力を借りることもできたかもしれないが……!
「終わりだニンジャスレイヤー=サン」ウォンバットは微かに身を沈め、ヒサツ・ワザのために力を溜め始めた。「俺のネコソギ・パレス爆破計画を阻止したのは大したものだが……ザイバツの重点殺害目標である貴様を殺せば失態はチャラ、あるいはむしろイサオシよ!」
ウォンバットは高速ムーンウォークで助走をつけて、跳躍する。その瞬間、ハイテク装甲に仕込まれたギミックが作動し、表面から無数の鋭いスパイクが突き出した!「イイイヤアアアーッ!!」さらにディススグラインダーのごとく空中水平高速回転!このままボディプレスしてニンジャスレイヤーをネギトロ化しようというのか!?
【Avenger in love】
そこは奇妙な空間であった。ショーギ盤、クルーズ船、フクスケ、高層ビル、壺、「プライムローン」看板……なんの関連性もない物体が無数に浮遊する。雑多な玩具をプールにぶち撒けたところを水中から静止画撮影したさまにも似ていた。浮く玩具。沈む玩具。背景はクリーム色の朝焼けの空。頭上では黄金立方体が燦然と輝く。
「ああ……どうか気を悪くせずに答えて欲しいのだがァ」プロビデンスは巨大な黒板の側面に立っていた。この空間に重力などない。「リーンハート=サンは……知っていたのではないかァ?」
「あら、私が何を知っていたと?」リーンハートはカイジュウ型ロボットの頭の上からオデッセイを見下ろす。「それはもちろん……ニンジャスレイヤー=サンが、すでに復活していたということだがねェ?」プロビデンスはひょろ長い体躯を縮めるように頭を下げ、上目遣いで見返す。妙な癖である。
「なるほど。ニンジャスレイヤー=サンと行動を共にしていた、ワイヤープラーというニンジャ」ゼニスが口を挟む。彼は「本日の天気は雷」と表示された電光掲示板の下面に立っていた。「彼がジョルリ・ジツの使い手ということなら、おそらくはジョルリ・ニンジャクランのニンジャソウル憑依者……リーンハート=サンはそういう人に積極的にスカウトをかけているよね?」
「なんぞ、久々の会合なのにピリついとるのう」ヴァーナルが赤いトリイの上に座り込み、一同を見下ろす。今この空間にいるのは彼ら4人のみ。いずれもその姿はシルエットめいて影に隠されており判然としない。「で、どうなのである?知っておったのか?聞いておったのか、ワイヤープラー=サンから」
「くふふ。プロビデンス=サンもゼニス=サンも、私を買い被りすぎじゃないかしらぁ」リーンハートは謎めいた笑みを浮かべる。「たしかにワイヤープラー=サンの存在は知っていたし、夢を飛ばして話したこともあるけれど、彼には入門を断られたわ……私のクランと縁のあるニンジャソウルの持ち主でも、その人本人との間に良好な関係が築けるとは限らないのよ」
「あァ、そうだったかァ……!これはこれは、疑うようなことを言って失礼したァ」プロビデンスは奇妙にクネクネとオジギして詫びる。「フーン。まあ、とりあえずそういうことにしておこうか」ゼニスは不満げだ。
「そういうゼニス=サンは、ニンジャスレイヤー=サンの復活を今までご存じなかったのかしらぁ?」リーンハートが水を向ける。「天下のオムラの社長さんなのに。あなたのカイシャの監視ドローンはネオサイタマ中を飛び回っているじゃない」
「『アラタカ』かい?あれはだいたい市警が運用しているんだ。カメラ映像は我々メーカーにも盗み見はできない」ゼニスは小柄な体で肩をすくめる。「そもそも、アラタカはオムラジャイロ社の製品だ。あの子会社はほとんどザイバツの出先機関みたいなもの。アラタカの映像を見るならボクよりむしろプロビデンス=サンの方だぞ」
「クツクツクツ……それもそうだなァ」プロビデンスは痩身を震わせて笑う。「ただ……言ってしまうと、ザイバツという組織はタテワリ重点。オムラジャイロ社は他のグランドマスターのナワバリゆえ、吾輩も勝手はできないのだ」
「何だ、オヌシまだそんな半端なポストであったのか?」ヴァーナルがトリイの上から呆れたような声を降らせる。「ワレはてっきり、とっくの昔にそのザイバツとかいう組織を乗っ取ったものと思っていたのである」「吾輩も初めはそのつもりだったんですが……あいにく、ザイバツは思った以上に強大なクランでしてなァ」
「というか、ヴァーナル=サン。キミは人の出世をどうこう言える立場じゃないんじゃないか」ゼニスが冷ややかに指摘する。「カラカラカラ!ワレは身軽な方が性に合っておるからの」「それで身を守れるならいいけどね。あまり不用心だとファイアゲヘナ=サンの二の舞になるんじゃないか」
「お三方、お三方!とにかく……問題は」プロビデンスが濁った目でぎょろりと見回す。「ニンジャスレイヤー=サンが宿す、呪われたニンジャソウル……その力だけが我々、不死の七忍(イモータル・セブン)を殺しうるということだァ」
ヴァーナルが鼻を鳴らした。「フン、信じがたいの。ワレらはいずれも生命力にかけては当代のリアルニンジャの中でも屈指。バイオコックローチ以上であろ」「嫌な比較対象ねぇ」リーンハートが眉をひそめる。「しかし実際そうであろ?……ニンジャスレイヤー=サンが実際殺してみせたわけでもなし。プロビデンス=サンが適当なことを言ってるだけではないのか?」
「でも、プロビデンス=サンはオカルティックな研究にかけては我々の中でも随一。否定する材料もないよね」ゼニスはあまり疑っていない様子だ。「ニンジャスレイヤー=サンに関しては、どんなイレギュラー要素があると言われても疑いがたいね。彼は……彼女は、本当に特別で危険なんだ。ボクはそれを身に染みて知っているよ」
「カカッ!また始まったであるな、ゼニス=サンの前世の記憶の話が」ヴァーナルが笑う。「アー、反論させていただきたいのだがァ……私の研究はオカルトではありませんぞ!」プロビデンスが強引に話を再開する。
「とにかく、ニンジャスレイヤー=サンはザイバツに追われている様子。そのまま抹殺されてくれれば万事つつがなし……問題は、この中の誰かがニンジャスレイヤー=サンを抱き込んだ場合のことだァ」
場の空気がどろりと濁る。「……なるほど、彼女を抱き込んだ者は、他の者に対する必殺の武器を手に入れることになるね」ゼニスが平然と言葉を継ぐ。「しかし考えがたいことだ。ニンジャスレイヤーは名前通り全てのニンジャを憎み、殺す者。他のニンジャと結託するなんて……」
「10年前の記録を見る限りでは仰る通りで、奴はザイバツもソウカイヤもお構いなしに殺しまくっている。しかし10年後の今はそうでもないようですなァ……すでにワイヤープラー=サンと組んでいるのだから」プロビデンスが濁った目で見渡す。「あるいは、この中の誰かと結託して他の者を殺し、このネオサイタマの覇権を狙うことも……あるいは?ねェ」
4人のリアルニンジャの間に只ならぬ緊張が走る。ニンジャスレイヤーの復活は、永い時を生きてきた彼らにもまた確実に影響を及ぼしていた。ただ、頭上のキンカク・テンプルだけがいつもと変わらず、超然と黄金の光を降り注がせていた。
【続く】