ヴァーサス・タンク#1/3
CABOOOM!!CABOOOM!!CABOOOOM!!!……。
砲撃は止み、廃村にひとまずの平穏が戻った。熱風が粉塵を拭き払うと、頭上には乾いた青空が再び広がった。太陽がギラギラと照りつける。ひび割れたアスファルトの道。そこに沿って立ち並ぶ瓦葺きの廃墟群。
「労働を頑張って安定した収入」「高度な経済成長」「英気を養う酒場」「マルフク」色褪せた看板や張り紙。半端な時間で止まったままの時計塔が無人の村を見下ろす。ショッギョ・ムッジョの光景。
そんな死の街を、小柄なニンジャが駆けた。「イヤーッ!」乾いた小川をサッと飛び越え、「イヤーッ!」跳躍して、手近な建物の1階部分屋根に飛び乗る。2階部分に背を預け、束の間の日陰。ため息をつき、ヒョータン水筒を取り出す。
今こそ、読者の皆様にはその小柄なニンジャの出立ちをご確認いただきたい。ニンジャ装束は血のような赤黒。瑞々しい黒色の長髪をポニーテールに纏め、顔のメンポには「忍」「殺」の文字。
ニンジャスレイヤーだ。家族の仇である悪のニンジャ組織「ザイバツ・シャドーギルド」への復讐を誓うニンジャ少女。
「ゴクッ!ゴクッ!ゴクッ!……フーッ!」ニンジャスレイヤーはぬるいマッチャを飲み干した。空になったヒョータン水筒を投げ捨て、慎重に、2階部分の陰から顔を出して東側の様子を伺う。
周囲には廃墟の瓦屋根の海が広がっており……村の外を見やると、荒野……さらにその向こうに高台がある。頂上には一本松が立っており、その横に、大きな異物の輪郭。
戦車だ。高台の上に、戦車がいるのだ。(((私を殺すためだけに、あんなものを持ち出してくるだなんて……)))ニンジャスレイヤーは苛立ちとともに睨みつける。敵戦車の姿は陽炎に霞んでいる。
……思えば、今回の件は初めから胡散臭かった。ニンジャスレイヤーの主要殺忍標的である、ザイバツによる10年前の大量暗殺作戦に参加したニンジャ……その1人が、こんな寂れた廃村に潜んでいるという情報。そもそもあれが罠だったのだ。
ニンジャの隠れ家があるはずの建物は、この廃村にはありふれた無人の廃墟の1つにすぎなかった。ニンジャスレイヤーがそこに足を踏み入れた直後、遠方からの砲撃が建物を直撃した。ニンジャ第六感での危機察知が少しでも遅れていたらそのまま爆死していただろう。
「!」ニンジャスレイヤーは反応した。戦車の砲口が光ったのだ。2度、3度と続けて光る。また砲撃してきているのだ。(((バカな、あそこからではここに隠れている私は見えないはず……炙り出すためのブラインド・ショット?)))
DOOM……DDOOM……。光に遅れて、微かに砲声が届く。ニンジャスレイヤーはその響きから確かな殺意を感じ取った。炙り出しなどではない!敵戦車はいかにしてか、こちらの位置を把握しているのだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍!少しでも遠くへ!
CABOOOM!!!直後、至近距離に戦車砲が着弾!それまで陰に隠れていた建物が木っ端微塵に吹き飛ぶ!「グワーッ!」衝撃に打ち倒されて地面を転がるニンジャスレイヤー!
さらに続けざま二射、三射が着弾!CABOOOM!!CABOOOM!!!轟く爆音!爆炎と粉塵が舞い上がり、ニンジャスレイヤーの姿を覆い隠す……おお、ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー!
【Avenger in love】
ギャララララ……。廃村を見下ろす高台の上、一本松の脇で、戦車はキャタピラを軋ませつつ緩やかに旋回した。戦車砲の砲口からはいまだ白煙が立ち昇っている。
その車内。「……」ギアレイヴンは険しい顔で望遠ペリスコープを覗き続けた。陽炎混じりに見えるのは、はるか遠方の廃村……連続の砲撃を受けて、盛大に粉塵を巻き上げて崩壊する廃墟だ。
「ニンジャスレイヤー=サンはぼちぼち死んだッスかね。だいぶ手こずりましたけど」サブメタルがすぐ横から話しかける。彼ら2人のザイバツニンジャは戦車上部、砲塔の内部にいた。車内は狭いが冷房が効いており、外よりずっと快適だ。
「普通の任務なら死体を確認しに行くとこッスけど、今回は粉々に消し飛んでるかもしれませんねえ……なにせこの大砲だ」サブメタルは戦車砲の機関部をペシッと叩き、「アチチ!」慌てて手を引っ込めた。砲撃直後で高温になっていたのだ。
「カーッ、ペッ!」その足元、車体下部にいるクローンヤクザ運転手が痰壺にタンを吐く。戦車に乗っているのはこの3人だ。
「そもそも、相手はニンジャゆえ、爆発四散していて死体が残っていない可能性の方が高いのう」ギアレイヴンはスコープから目を離し、何事か考え込む。「しかしそれも、本当に殺せたならばという前提での話よ……観測員に奴の姿が見えないか聞け!」
「イエッサー!」サブメタルは車載UNIXをタイプしてIRC通信を行う。相手は、廃村の時計塔の上に潜伏しているクローンヤクザだ。敵がこの戦車から身を隠した場合であっても、このヤクザに敵の位置を通報させることで正確な砲撃が可能となっていた。
#FIRE CONTROL:submetal:NSは生存?現在位置は?
……。「……アーン?レスポンスが遅いッスね」「ヌウ……」2人が訝しみ始めたとき、ようやく返答が返ってきた。
#FIRE CONTROL:spotter:生存。位置座標イハ-893
「ゲッ!野郎、生きてやがる!」サブメタルが慌てて脇から榴弾を持ち出し、戦車砲の機関部に押し込む!ガシャン!閉鎖レバーを下ろし、装填完了!
グヴィーン!同時に、低い音を立てて砲塔が回転!「位置座標イハ-893!風速、気温修正……!」ギアレイヴンが望遠ペリスコープを覗きつつ、射撃管制UNIXで弾道を計算!グヴィーン!砲が上向き、仰角31.82度!「ホノオ!」
ZDDOOOOM!!!巨人が思い切りストンプしたかのような轟音!猛烈な衝撃!約7キロの榴弾が今、はるか彼方の敵へ向けて超音速で発射されたのだ!
「オラッ!お次だ!」サブメタルが耐熱手袋をはめた手で空薬莢を引きずり出し、代わりに次弾を押し込む!「回避行動予測、Aパターン!位置座標補正!」グヴィン!グヴィン!砲塔と砲の角度を微調整し、「ホノオ!」ZDDOOOOM!!!次弾発射!
2人はしばし黙り込み、揃って望遠ペリスコープを覗き込んだ。観測ヤクザが指定した廃墟が砲撃を受け、バラバラになって吹き飛んでいる。DOOM、DOOM……。遅れて、ニンジャ聴力が微かに着弾音を捉えた。「今度こそやったスかね……?」
#FIRE CONTROL:spotter:NSが移動。位置座標ロニ-398
サブメタルが新たな通報IRCを見て驚愕!「ロニだと!?今までと完全な逆方向ッスよ!どうやって移動を!?」「次弾装填急げい!……いや待て」ギアレイヴンの目がギラリと輝く。「今度は榴弾じゃのうて、バンザイ・ヌーク弾を使え。確実に仕留める!」
サブメタルは唾を飲んだ。バンザイ・ヌーク……戦術核兵器だ。あの廃村は今後数十億年に渡って死の土地となるのだ。
「ヨ……ヨロコンデー!」サブメタルは鉛製のケースを開け、黄色と赤の警告パターンに塗り分けられたヌーク弾を取り出し、装填!ギアレイヴンは淡々と射角修正を終え、発射トリガーを引いた。ZDDOOOOM!!!……
スコープを覗くと、廃村で閃光が走り……球状の大爆発が引き起こされた。巻き起こった粉塵は渦を巻きながら立ち上り、キノコ雲を形成し始めた。……CRA-TOOOOM!!!遅れて爆音と衝撃波が到達!戦車は揺さぶられた。これほど距離が開いていてもなお!
(((ああ、なんと素晴らしい火力よ。ネオサイタマ近郊ではそうそうできんことだのう。今回のように郊外でのミッションでなければ……)))ギアレイヴンはキノコ雲を恍惚として眺めた。彼は大火力信奉者だった。……しかし、何故だろう。魚の骨が喉につかえているような違和感がある。
(((バカな……奴は今度こそ死んだはず。ロニ-398の位置からでは、奴がどれだけイダテンであってもバンザイ・ヌーク弾の殺傷範囲から逃れることなど……そう、ロニ-398の位置からでは……しかし、もしも!)))
ギアレイヴンのニューロンを電撃めいた焦燥が駆け巡った。ペリスコープを覗き込み、望遠倍率を0にして、この戦車の周囲を見回す……「何ーッ!?」ギアレイヴンは思わず叫んだ!
10時の方向、30mの位置にニンジャスレイヤーがいる!長髪を暴れ馬の尻尾めいて振り乱し、こちらへ向けて全力疾走してきている!スコープ越しに見える、彼女の血走った目!距離はみるみるうちに縮まる!20m!10m!
「超信地、左30度!全速ーッ!」ギアレイヴンは慌ててクローンヤクザ運転手に命令!「ヨロコンデー!」運転手は理由もわからぬまま右キャタピラを前進、左キャタピラを後進させる!ギャララララッ!戦車は耳障りな無限軌道駆動音とともに、その場で左方向へ回頭!
グヴィーン!同時にギアレイヴンはレバーを操作し、砲塔を左方向へ回転させている!「何スか!?……アッ、ニンジャスレイヤー=サン!?何故ここに!?」サブメタルが遅れてスコープを覗き、驚いている。ギアレイヴンはそれを無視して同軸機銃の銃把に手を伸ばす!
BRATATATATATA!!戦車は車体と砲塔を全速力で左回転させ、主砲の横から突き出た0.5インチ機関銃で10時方向を薙ぎ払った!爆雷を抱えたカミカゼ兵士に対して行うのと同じ近接防御だ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは荒野の乾いた土を蹴って、斜めに跳躍!足先の1インチ下を殺人的な機関銃弾が通過していく。さらに一本松の幹を蹴ってトライアングル・リープし、「イイイヤアアアーッ!!!」戦車砲塔の側面めがけ、全力疾走の勢いを乗せたトライアングル・トビゲリを叩き込む!
SMAAAAASH!!!「「「グワーッ!?」」」主砲発射の反動よりもなお強烈な衝撃が戦車を襲った。驚くべきことに、この一撃で重量約70トンの戦車がぐらりと傾き、片方のキャタピラがわずかに宙に浮いた。重量約20トンの砲塔は、釘穴にゆるくはまった釘を横合いから殴りつけたかのごとく、車体から脱落しかけた。
ズシン!浮いていたキャタピラが着地し、戦車全体が平衡状態を回復!ズシン!砲塔が自重で車体に戻る!「「「グワーッ!」」」車内の3人はその度に激しく揺さぶられる!
ニンジャスレイヤーはトビゲリの反動で跳躍し、空中でクルクルと4回転したあと、戦車からタタミ4枚離れた位置に着地した。彼女の左腕はひどい熱傷と裂傷を受け、力無く垂れ下がっている。
「ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです」それでも右腕一本で合掌めいた姿勢を取り、アイサツする。「ずいぶん好き勝手やってくれましたね。しかしそれもここまで……その鉄屑があなたのカンオケです」ルビー色の瞳が殺意に輝く!
【続く】