オーボンナイト・ゴーストライダーズ#1
「安い、安い、実際安い」「アッサリ美味しいヒヤムギピザ、今すぐお電話」「オイランウェザーのお時間ドスエ。明日も最高気温39度と……」蒸し暑い夜、生ぬるい重金属酸性雨とともに広告音声が折り重なって降り注ぐ。
「追加料金でさらに丸見え」「夏のお得なキャッシング道」「おマミ」摩天楼が纏う無数のネオン看板のけばけばしい輝き。人々はLED傘を盾めいてかざし、うつむき加減に家路を急ぐ。ここは退廃の電脳都市ネオサイタマ。
「今年もオーボン(訳註:お盆か)には大規模な交通渋滞が予想されるわけですね」遠くを飛ぶマグロツェッペリン、その側面TV画面の中で9:1分け髪のアナウンサーが何事かを熱弁している。「特に市内西部の環状ハイウェイ『ウェスト・シュトコー』は例年数十キロにも及ぶ……」
「アイエエエエ!!」裏口ドアから男が転がり出た。毒々しいサイバーアロハ、パンチパーマ頭髪、額に「悪い犬」のタトゥー。明らかにヤクザだ。日頃は強気に一般市民を脅しつけているであろう彼の顔は今、すさまじい恐怖に歪んでいる。「ニンジャ、ニンジャナンデ!」
男が裏口ドアの向こうを振り返った瞬間、「イヤーッ!」「アバーッ!」ガツンと音を立ててその額にスリケンが突き刺さった。男は滑稽にのけぞり、仰向けに倒れて死んだ。
「スピード、スピード、スピード……」裏口ドアを潜って、ニンジャがぬっと現れた。薄汚れた黒い装束と頭巾、ダイヤ型のザイバツ紋を刻んだ鉢金。右腕の肘から先はカタナに置換されている。彼の名はロードゴーストという。
「スピードだけが地平を超える。スピードだけが夕陽の落ちる場所に到達する。スピードの果てに俺たちは再会する……」ロードゴーストはメンポの裏でボソボソと歌っていた。歌いながら、ヤクザの死体を見下ろして立ち、「……イヤーッ!」右腕カタナを突き刺す!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」突き刺す!突き刺す!突き刺す!「クソが!クソが!死ね!死ね!死ねーッ!」繰り返し突き刺す!なんたるオーバーキルか!ロードゴーストの目はいつしか血走っている。フラストレーションの急激な爆発なのだ!コワイ!
「ハーッ、ハーッ……!」肩で息をしつつ、周囲を見渡す。そこは駐車場となっていて、ヤクザベンツや拉致ワゴンのほかに、ヤクザバイクや派手なゾックバイクが何台か停まっていた。それが彼の逆鱗に触れた!
「アアアアアーッ!!」CRAAASH!!ロードゴーストはバイク列を蹴り倒す!「クソが!クソが!クソが!死ね!死ね!死ねーッ!」CRASH!CRASH!CRASH!右腕カタナでバイクを繰り返し突き刺す!CABOOOM!!バイクがガソリン爆発!
「ハーッ、ハーッ……」肩で息をしつつ、バイク群の炎上を眺める。旧市街の死んだような夜闇の中、雨に逆らって燃える炎がロードゴーストの顔を照らす。……
「ヒュー!派手にやってるじゃねえですか、ロードゴースト=サン!」不意に背後から声がかかった。振り返るとやはり、ノヴァフレイムがいた。彼のニンジャ装束は鮮やかなスカーレットで、頭巾は被らず、茶色の長髪を露わにしている。そして若い。歳を尋ねたことはないが、20代前半であろう。
「こっちは終わりましたぜ、手早くウェルダンだ」ノヴァフレイムは右手にぶら下げていたバスケットボール大のものを示した。それは……ナムアミダブツ……黒く焼け焦げた生首だ。メンポをつけているあたり、ニンジャのものらしい。
「で、ロードゴースト=サンの方も……こんなところで遊んでらっしゃるからには……オフィスのヤクザどもの掃討はとっくのとうに終わったんでしょうね?エエッ?」片眉を上げ、挑発的に尋ねる。ロードゴーストは湧き上がる苛立ちを噛み殺した。「……当たり前だ」
読者の皆さんには、先ほどのヤクザとロードゴーストが出てきた裏口ドアの中をご覧いただきたい。そこはまさしくヤクザの事務所であり、つい数分前までは多くのヤクザが詰めて反社会的シノギ業務に精を出していた。
しかし今は、なんたることか……ヤクザたちは全員無惨な死体となってそこに転がっている。まるでツキジだ。「デスオニギリ・ヤクザクラン」「この道20年」「総会屋」などのカケジクは尽く血飛沫に染まり、室内のあちこちにスリケンとチャカの弾丸がめり込んでいる。
誰がヤクザたちを殺したのか?当然、ロードゴーストである。彼は右腕を失っていることもあり、ニンジャとしては弱い部類だ。しかしそれでもなお、相手が非ニンジャであり、まして奇襲をかける側となれば、一方的な蹂躙が可能だったのだ。
「カイシャクも1人1人確実にしてある」「ヘーッ、そうですか」ノヴァフレイムは裏口ドアの方へ向き直り、「イヤーッ!」パキン!指を鳴らした。その指先からビー玉大の火球が飛び出し、オフィスの中へ飛び込んだかと思うと……CABOOOOM!!!オフィスは内側から大爆発した!入口扉と窓が吹き飛んで火を噴く!散乱ヤクザ死体がウェルダン!
「いや、一応ね?念を入れただけですよ」ノヴァフレイムは肩をすくめてみせた。「ロードゴースト=サンの仕事は疑ってませんよ?でも確実を期した方がいいですからね……俺もマスター位階への昇進が間近らしいんでね。つまらん取りこぼしでキャリアに傷をつけたくないんですよ。わかっていただけるでしょ?」
「……おう」ロードゴーストは強いて心を殺した。2人はともに暗黒ニンジャ組織「ザイバツ・シャドーギルド」に属するニンジャで、位階も同じ中級のアデプトだが、その前途には明らかな明暗があった。
ノヴァフレイムは前任の上司が戦死したとかで臨時に先任であるロードゴーストの指揮下に入っているが、すでにグランドマスターたちからもその能力を高く評価されており、出世街道まっしぐらだ。対してロードゴーストは現在の位階への昇進にも手こずったし、その後の昇進の噂など全くない。実質的にはノヴァフレイムの方が地位が上といえた。
「アー、でも、どうせ俺が仕上げをやるなら初めから全部俺だけでやった方が早かったかもな……なんて!冗談ですよ!アーハーハー!」ノヴァフレイムはせせら笑い、踵を返した。「おお、嫌な雨だ。早く引き上げましょうや、センパイ!……センパイだって!アーハーハー!」
(((青二才め、少し強いカトン・ジツを使えるだけで調子に乗りやがって……いっそ早く昇進して、どこへなりと転勤すればいいのに)))ロードゴーストは早足で遠ざかっていく茶髪の後頭部を睨みつける。
(((……しかし、カトンを使えるだけで、とはいうが……俺はジツ以外なら奴に勝てんのか?)))ノヴァフレイムがぶら下げている生首に目がいく。今日襲撃したヤクザクランのヨージンボを務めていたニンジャの成れの果てだ。(((カラテや他の判断力も強くなきゃ、ああも簡単に敵ニンジャを始末するなんざできないんじゃねえか)))
ロードゴーストが単独で敵ニンジャを倒したことは1度しかない。その敵もニンジャとしてはさほど強いものではなかったはずだが、それでもひどく苦労したものだ。
(((心を殺して、ノヴァフレイム=サンが消えるのを待って……その後どうなるってんだ?俺はずっと組織の末端のままだ。またノヴァフレイム=サンに代わる奴が来て、同じことの繰り返しだ)))
暗澹たる未来がロードゴーストの精神を押し潰そうとしていた。彼は呆けたように空を見上げ、歌った。「スピード、スピード、スピードだけが地平を超える……」そして11年前に過ぎ去った日々を思った。現実逃避だ。
ゾック・バイクに跨り、手下を率いてハイウェイを駆け巡ったあの頃。自分はまだニンジャではなかったが、今よりもずっと無敵だった。暴走クラン「ジゴクダイヤモンド・ディヴィジョン」の栄光……。
自分、オミチ・モンドは副リーダー。リーダーは亡き兄、オミチ・ダイヤ。装備をゴールドで揃えたリーダー直属の精鋭部隊「黄金騎士団」。他のメンバーも忠誠心に篤かった。
そして何より……自分がニンジャとなった今だからこそはっきりわかることだが……兄のダイヤはニンジャだった。ダイヤは殺人カラテで対立する暴走クランもマッポの封鎖線も蹴散らした。誰も自分たちを阻めず、自分たちはこの世の誰よりも自由だった。
……しかし終焉は唐突に訪れた。忘れもしない、11年前の年の瀬……路面に転がる黄金騎士団メンバーたちの惨殺死体……高い街灯の先端にモズのハヤニエめいて串刺しにされた、兄ダイヤの死体……そして……。
「ニンジャスレイヤー……」ロードゴーストは呟く。……ダイヤの死体が突き刺さった街灯の上に直立し、恐れ慄く残存メンバーたちに向けてアイサツしてみせた邪悪な赤黒のニンジャの姿と、名前……!
「ニンジャスレイヤー……!」隻腕の左拳を固く握りしめる。爪が手のひらに突き刺さり、熱い血が溢れた。
【Avenger in love】
雨は夜通し降り続く勢いだった。ロードゴーストは任務の終了報告も済んで解散となった後、ノヴァフレイムが金を気にするそぶりもなくオイランタクシーを呼び止めている光景に背を向けて、地下鉄へ向かった。
終電の車内はごく空いている。だらしなく居眠りしている残業明けのマケグミサラリマン。抱き合ってディープキスしているモヒカンパンクスとゲイシャパンクス。車両接合部あたりにタムロして何事か物騒な問答をしているブラックメタリストたち。乗客はその程度だ。
ロードゴーストは扉のガラス窓に反射する自分を見た。今は頭巾も装束も脱ぎ、鉢金も外し、ラフな私服姿だ。冴えない中年男がそこにいた。この胡乱な終電の景色に憎たらしいほどよく馴染んでいる。
「オイ、貴様」声に、振り向く。いつのまにか、ブラックメタリストたちがロードゴーストを追い詰めるように囲んで立っていた。みな一様に血走った目で睨みつけてくる。明らかにシラフではない。
「貴様はブッダエンジェルだな?俺にはわかる。貴様の体に流れる常人にはない力の奔流」リーダー格と思しき男が言った。危険なスパイクを施したギターケース鈍器を背負っている。「聖徳太子の首を刎ねる俺たちをブディズムカラテで殺しに来たんだろう?」意味不明だ。
「……スミマセン。スミマセン」ロードゴーストは曖昧に謝り、壁際をすり抜けて包囲を逃れようとする。メタリストたちがその道を塞いだ。「背中を見せるか?我々は受けて立つぞ。この地の底を疾走する鋼鉄筐体が欺瞞の秩序を滅する聖戦の地となる。アーマゲドン」
「黙れ!死ね!テメエら!」ロードゴーストの感情が瞬間沸騰した!「イヤーッ!」「アバーッ!」チョップでメタリストを殺す!「イヤーッ!」「アバーッ!」ケリ・キックでメタリストを殺す!「イヤーッ!」「アバーッ!」殺す!「イヤーッ!」「アバーッ!」殺す!
「ワッツ?」モヒカンパンクスは突然の連続絶叫打撃音に驚き、ディープキスを止めて扉の方を見た。ブラックメタリストたちが折り重なって床に倒れていた。内輪揉めでもしたか?何らかの薬物中毒発作?……まあ物騒で罰当たりな連中であるから、どうなってもいいだろう。
そういえば、さっきまであのあたりにもう1人乗客がいた気がするが……思い出せない。きっとこういう終電によく乗っているような、特徴のない乗客だったのだろう。
「ねえ、マヒコ」「なんだよトミカ……ンチュッ」恋人に乞われ、ディープキスを再開する。「ンゴッ」その横で居眠りサラリマンが痙攣した。
【Avenger in love】
ロードゴーストは錆びついた金属階段を登り、アパート2階の共同通路に出た。薄暗い通路には各部屋の玄関扉が並んでいるが、どの部屋もひっそりと静まり返っている。その半ばにある、彼自身の部屋。鍵を取り出し……
(((何?)))ロードゴーストは動きを止め、眉をしかめた。……玄関扉の下の隙間から、光が漏れている。室内の照明が点いているのだ。家を出る時には当然、消したはず。
(((部屋に誰か侵入しているのか?……ソウカイヤのアサシンが待ち伏せを?)))ソウカイヤとは、ザイバツと敵対するニンジャ組織である。さっき襲撃したヤクザ事務所も、末端ではあるが、ソウカイヤの傘下に属していた。(((……いや、それはないな。連中なら灯りなど点けず、俺が油断して部屋に入ったところを襲うはず)))
おそらく部屋にいるのは警戒心の薄い空き巣か何かであろう。適当に殺せば済む。ロードゴーストはぞんざいに鍵を開け、扉を開いた。
「ズルズルーッ!ズルズルズルーッ!」室内では……おお、どういうことか?……見知らぬニンジャがソバを食べていた。普段ロードゴーストが使っているザブトンに座って。「な……なんだてめえは?」ロードゴーストは予想外の光景に怯んだ。
「ンッ?オット!ようやくお帰りか」ニンジャがこちらを見た。黒い法服めいた装束を着たニンジャである。「悪いね、外で待つのは暑いんでお邪魔してたよ。あんたも早く入るといい」エアコンを勝手に使っている。テレビも騒がしいバラエティ番組を映している。
「てめえ!ここは俺の家だぞ」ロードゴーストはシリコンの右腕を引き抜き、その下に隠されていた義手カタナを構えた。「よくも勝手に……ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」
「よせよ!あんたを待ってたって言ったろ」法服ニンジャが座ったままこちらを向き、アイサツしてくる。「ドーモ、ソウカイヤのタンドラッガーです」見れば、その胸にはクロスカタナ紋!ソウカイヤのマークだ!
「ソ、ソウカイヤだとォ!?」ロードゴーストは後ずさった。やはり自分を狙ってアサシンが!「逃げんなよ!あんたを殺すつもりならもっと荒事向きの奴が来てるはずだぜ。俺みたいな交渉役じゃなくて」タンドラッガーが肩をすくめる。「ところで、あんたの方のアイサツは?」
「アッ……ド、ドーモ、タンドラッガー=サン。ザイバツのロードゴーストです」言われて気づき、アイサツを返す。ロードゴーストは恥辱にわなわなと体を震わせた。(((チクショウ、アイサツもまともにできねえとは……この一晩で自分がサンシタなのをどれだけ思い知らなきゃいけねえんだ!)))
「はい、ドーモ。ズルズルッ!ズルズルズルーッ!」タンドラッガーはソバの方に向き直り、一息に食べ終えた。「……さて、ロードゴースト=サン。あんた、自分の現状に満足か?」
「アア?……どういう意味だ。まさか俺なんかをスカウトに来たわけじゃねえだろ」ロードゴーストは緊張とともに応じる。「そうだな。俺たちは今のニンジャとしてのあんたを評価しているわけじゃない。過去のあんたを評価している」
「過去の俺?」ロードゴーストは自分の中の自尊心が身じろぎするのを感じた。「そうだ。調べさせてもらったぜ……ジゴクダイヤモンド・ディヴィジョン副リーダー、オミチ・モンド=サン」タンドラッガーの目が光った。
「もう一度、
【続く】
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