恋する復讐者◆暗黒の7日間   作:ボブ・ニンジャ

47 / 58
オーボンナイト・ゴーストライダーズ#2

 

……1週間後。

 

「チャンス!ガンバーレー!ガンバーレー!」「エイッ!アーッ!」「アーッ!」テレビの向こうでコメディアンが一本橋を渡り損ね、オシルコのプールへ滑稽に転落する。デデドーン。「100万円の損失だ」暗澹としたSEとテロップ。

 

「ハハッ」マクサは寝転がったまま、乾いた笑いを漏らした。テレビはコマーシャルへ移行する。「ケッパレエアーなら今からでも航空券が」「ナスとキュウリのチョッパーバイクで超速送迎」「ニンジャはジゴクへ送り返せ!カヌラ教団」ギラギラした演出の映像が連なる。

 

マクサはチャンネルを変えることもなく、ぼんやりとそれを眺め、オカキを口に運んだ。彼は中年のサラリマン男性であり、日頃は仕事に追われているが、今はオフだ。オーボン休暇中なのである。

 

オーボンとは8月半ばの数日間、先祖の魂が冥界から現世へと帰還するとされる特別な時期だ。多くの日本人は故郷へ帰り、親戚縁者とともに墓所を訪れるなどして過ごす。その習慣は第三次世界大戦を経た今でも残っているのだ。

 

「おい、クソオヤジ!」「グワーッ!?」突然背後から蹴られ、畳に突っ伏す。驚いてそちらを見やると、娘のキティミが立っていた。

 

「だらしなく寝転がってんじゃねえよ、目障りなんだよ!」キティミは罵り、水色のカラーコンタクトを入れた目で冷然と見下ろす。「アハハ、ご、ごめんよキティミ……」マクサは誤魔化すように笑い、謝罪する。

 

「でもお父さんいつも忙しいし、オーボンくらいはゆっくり……今日なんかこの後運転だし……」「ネットにはテメェと同年代の男でももっとバイタリティのある人が大勢いるっつーの!ブタが!」キティミは言い捨て、ピンク色の髪を翻して立ち去った。

 

「ハーッ……」マクサは安堵のため息をつき、テレビに目を戻した。「次の挑戦はコレ!ガラガラチャレンジ!」「ウソーッ!ヤンバーイ!」テレビにシュラインを模したセットが登場した。神聖な大鈴も再現されており、タレントはジャンプしてそれに掴まることを求められるらしい。ナムサン!伝統的神聖性を大衆エンタメに貶める冒涜的な企画だ。

 

「ハハッ」マクサは乾いた笑いを漏らし、またオカキを食べた。「ちょっと、アナタ!?何やってるの!?」その背後、玄関の方から太った中年女性が現れた。妻のゲバコだ。

 

「あれっゲバコ=サン、積み込みは終わったのか?」「終わったのか、じゃないでしょ。全部アタシの細腕にやらせるつもり?」ゲバコはむっちりと太い腕を組んで見下ろす。「エッ……だって俺がやろうとしたら、やり方がメチャクチャだから自分に任せろ、って」

 

「それはもっとちゃんとやってって意味よ。子供じゃないんだからそれくらいわかってよ!」ゲバコは首を振る。「まったく鈍いんだから。年収も低いし。出発が遅れたらオーボン渋滞に巻き込まれちゃうじゃない!早く来て!」そして再び玄関の方へ消える。

 

「アハハ、わかった。すぐ行くよ……アハハ」マクサは曖昧に笑い、立ち上がって、テレビを消そうとした。その時だった。「さあチャンスタイムだ!チャンスザザッ、ザザザ」唐突にテレビにノイズが混じり、画面が砂嵐になった。

 

……そして次の瞬間、何かのマークが画面いっぱいに表示された。ダイヤモンド宝石とその輝きをシンボライズしたマークだ。マクサは目を見開いた。

 

「ザザッ……兄弟たちよ。俺たちの黄金時代(オーゴン)を取り戻す時が来た」ノイズ混じりの音声。「"あの夜"からもう10年半だ。法定速度遵守の日々には飽きただろ?このオーボンの夜、死者は蘇り、俺たちはあの夜失った黄金時代(オーゴン)を再び手にする……"いつもの場所"で待つ!」

 

唐突にダイヤモンドのマークは消えた。神妙な表情のオイランアナウンサーが映る。「大変失礼致しましたドスエ。先程の映像は外部からの違法な電波ジャックであり、我々NSTVの意図せざるものアリンス。すでに先ほど再発防止委員会を組織……」

 

その声はマクサの耳に入ってはいなかった。彼は立ち尽くしたまま考え込んでいた。(((バカな、あのマークは……俺たちの、黄金時代(オーゴン)……いや!ダイヤ=サンは死んだんだ。帰ってきやしない!)))強烈な誘惑を理性で押さえつけようとする。(((だいたい、俺があの頃やっていたことは犯罪で、家庭を持った今になって同じことなんて……!)))

 

「ちょっとあなた、何してるの!?早くしなさいよ!」玄関の方でゲバコが叫んだ。「ああもう、お隣のジンキチロ=サンはよく家事を手伝ってくれるって話なのに、うちのは本当使えないわねえ!」「早く行けよ、豚!」キティミが化粧途中の恐ろしげな顔を出して加勢する。

 

マクサはキレた!「うるせえーーッ!!」「グワーッ!?」キティミの方へ走り、殴り飛ばす!「豚はてめえだ!俺の稼いだ俺の金でエサ食ってるくせにブヒブヒでかい口叩くんじゃねえーッ!」「グワーッ!グワーッ!」倒れたところへ容赦なく何度も蹴り付ける!サツバツ!

 

「ちょっと、何の音!?……あなた何やってるのォ!?」ゲバコが戻ってきてそれを止めようとする。マクサはキッチンカウンターの上のサケ瓶を掴み、「やかましいーッ!」「グワーッ!?」CRAAASH!!思い切り殴りつけた!砕け散るサケ瓶!ゲバコは樽めいてゴロゴロと床を転がっていく!

 

今やマクサは容赦も道徳も知らぬ怒れる若獅子だ。家を駆け出し、帰省の荷物を半ば積み込みかけた自家用車に乗り込む。エンジンをかけるのももどかしく、思い切りアクセルを踏み込む。ギャギャギャギャギャッ!後輪が一瞬空転して白い煙を吹いたかと思うと、自家用車はロケットスタートした!

 

【Avenger in love】

 

「ホラ見て、あれがそのジャクシマ=サンよ」「ウワッ、本当にタトゥー入れてるんですね」「あの歳でアレ、恥ずかしいわよね」食堂の中央の方で、ベテランと新人の女性職員が話している。ジャクシマは強いて意識を逸らし、冷水機からコップへ水を汲むのに集中した。

 

ここはオムラ社の末端下請け企業「オオガタ・エレクトロニクス」社の電子部品工場である。ジャクシマはここの末端職員だ。彼はラガーマンめいた大柄で、全身タトゥーの一部が作業着の襟首からも覗いている恐ろしげな外見だ。それに違わず、犯罪の前科がいくつもある。

 

なぜそんな男がこのカタギの企業に入社できたのかといえば、コネだ。当然のごとく他の社員からは距離を取られ、忌み嫌われることとなっていた。せめて首のタトゥーを隠そうとタートルネックの服を着てきたことがあったが、服飾規定に反するからと注意された。

 

(((俺がタートルネックを着たからって何の実害があるってんだ?クソが)))ジャクシマはルールを平等に適用することの意義を理解できるほど頭が良くなかった。彼は内心で世界を呪う。「次の挑戦はコレ!ガラガラチャレンジ!」「ウソーッ!ヤンバーイ!」食堂のテレビが冒涜的な企画を垂れ流している。

 

ジャクシマは席に戻り、水を飲んだ。よく冷えた水を期待していたが、ぬるくて不味かった。冷水機の不調がまだ治っていないらしい。「クソが……」小声で毒づく。「この世は全部クソだ……」

 

「ザザッ」テレビにノイズが走った。ジャクシマは死んだ目でそれを見上げる。ダイヤのマークが映った。彼は全身の血液が瞬時に沸騰するような興奮を覚えた。

 

「……"あの夜"からもう10年半だ。法定速度遵守の日々には飽きただろ?このオーボンの夜、死者は蘇り、俺たちはあの夜失った黄金時代(オーゴン)を再び手にする……"いつもの場所"で待つ!」

 

電波ジャックが終わってもまだ、ジャクシマはテレビから目を離せずにいた。(((帰ってくる……俺たちの黄金時代(オーゴン)が帰ってくる。オーボンだから、何でも帰ってくるんだ!ジゴクから!)))暴力とスピードへの渇望が彼のニューロンを埋め尽くす。居ても立っても居られない!

 

「ようジャクシマ!そんなにテレビが面白いか?」背後からオオガタ主任が声をかけてくる。社長の三男坊で、その権力を傘に来て日頃ジャクシマをいびり倒す嫌な男だ。「お前内容理解できるほど教養あんのかよ?ブハハ!」

 

ジャクシマはキレた!「うるせえーーッ!!」「グワーッ!?」オオガタの方へ走り、殴り飛ばす!「俺はジャックだ!ゾック同士の抗争で血の伝説を築き上げた"キリング・ジャック"だぞ!その俺に馴れ馴れしい口を聞いてどうなるか、テメェご自慢の教養ではわからねえようだな!わからせてやるぜ!」「グワーッ!グワーッ!」マウントを取って何度も殴りつける!サツバツ!

 

「アイエエエ喧嘩!」「ヤクザよ!ジャクシマ=サンが本性を出したわーッ!」周囲の職員が逃げ惑う!「ちょっとやめないか!」警備員登場!「ザッケンナコラーッ!」「グワーッ!」ジャクシマは冷水機を抱えて投げつけ撃退!冷水機は爆発炎上!

 

おもむろに駆け出し、食堂から工場の外へ!「よこせッコラーッ!」「アイエエエ!?」社用車に乗り込もうとしていた営業サラリマンを殴りつけ、キーを奪う!ギャギャギャギャギャッ!後輪が一瞬空転して白い煙を吹いたかと思うと、社用車はロケットスタートした!

 

アクセルを思い切り踏み込むと、ネオサイタマのゴミゴミした景色が相対速度で流れ去っていく。ジャクシマの心は晴れていた。もうあの工場には居られまい。あそこを紹介してくれた親戚も怒るだろう。(((知ったことか!黄金時代(オーゴン)が帰ってくるんだ。くだらねえ現在(いま)はこの景色と一緒に流れ去ってしまえ!)))

 

ジャクシマはIRCトーカーを取り出し、慣れ親しんだナンバーをプッシュした。あいつは番号を変えていないだろうか。繋がるか?……繋がった!「モシモシ!俺だ、"キリング・ジャック"だ!」

 

【Avenger in love】

 

……その頃、ネオサイタマのはるか北方、東ドサンコ人民社会主義共和国では!

 

「イヤーッ!」アサシマはペンチでCIA職員の指の爪を剥いだ。「グワーッ!アーッ!」CIA職員は激痛に身をよじるが、拘束具は彼を椅子に縛りつけたまま離さない。

 

「そろそろ吐く気になったか?秘密基地の場所を」アサシマは冷淡に問う。「我々の国にも証人保護プログラムはある。吐きさえすれば貴様の身の安全は保証するぞ。CIAに裏切りの代償として殺されるようなことはない……」

 

「ゼーッ、ハーッ……黙れ、腐れコミーめ!我々を侮るなよ」しかしCIA職員は強情!「ならば我慢比べと行こう。イヤーッ!」アサシマはもう1枚爪を剥ぐ!「グワーッ!ファーック!」CIA職員は悶え苦しむ!

 

その時、拷問室の扉が開いた。入ってきたのは眼光の鋭いスラヴ系の老人だ。KGBのポリヤコフ大佐である。「おや……まだ吐かせられていないのか、同志アサシマ?君にしては珍しい」「申し訳ありません」アサシマがオジギして応じる。

 

「まあそれはいいんだが、君に電話だ。ネオサイタマのキリング・ジャックという男から」「何ですって?……わかりました、すぐ向かいます」「しかし誰だね、ジャックというのは。まさかアメリカ人じゃないだろうな」「日本人です。昔の知り合いで」

 

アサシマが退室する。ポリヤコフはサンタクロースめいた白髭を撫でつつ哀れなCIA職員を見下ろした。「キミ、強情もほどほどにしておいた方がいいぞ。アサシマ君は我々が現地雇用した日本人工作員だが、非常に優秀だ。拷問についてもな」「余計なお世話だ、イワン野郎!」CIA職員強情!

 

アサシマが戻ってきて、早々に口を開く。「大佐。申し訳ありませんが、急用ができました……1ヶ月ほど休暇をいただきたく思います」「プラヴダ?ラズヴェ!」ポリヤコフは肩をすくめた。

 

「急に何を言ってるんだ。この夏はCIAの連中との諜報戦がクライマックスで、現状でも手が足りないくらいなんだぞ。そんなことは絶対に許可できない!」「……ならば、仕方ありません」

 

バスッ。拷問室に鈍い音が響いた。いつの間にか、アサシマが消音器付きの拳銃を持っていた。ポリヤコフが胸に熱を感じて見下ろすと、自分の軍服の胸部分に血の染みが広がっていくところだった。「グワーッ……!?」膝から床に崩れ落ちる。

 

「申し訳ありません。あなたには本当にお世話になったのですが」アサシマは銃を構えて見下ろす。「き、貴様……何故だ」ポリヤコフはすでに瀕死だ。血を吐きながら問う。「我々は貴様に十分な待遇を与えていたはずだぞ。それを電話一つで捨てるなど……何が貴様をそうまで駆り立てる?」

 

黄金時代(オーゴン)です」アサシマの目つきはいまだ理知的なKGB工作員のそれだったが、瞳の奥には若く無鉄砲な情熱が再燃していた。「どれほどキャリアを積み上げても、自由は増えるどころか減るばかり……この世界で誰よりも自由だったあの日々は俺の中で眩く輝いているんです」

 

「お、愚か者め……!」「では大佐、ダズビダーニャ」バスッ。アサシマはポリヤコフの頭を撃ち、カイシャクした。さらに屈み込んで彼が持っていた拳銃を奪う。

 

「ま、待て貴様……!KGBを抜けるのなら俺と取引」「すまんな」BLAM!「グワーッ!」その銃でCIA職員を射殺した後、銃をポリヤコフの死体に握らせる。さらにCIA職員の腕の拘束を解き、自分の銃を握らせた。相打ちに見せかける偽装工作だ。

 

「あっ同志アサシマ、お出かけですか?」「ああ、今度はネオサイタマに出張だ。例の捕虜の尋問は大佐に任せたよ」何食わぬ顔で門番の兵士と会話を交わし、建物を出て駐車場へ。ギャギャギャギャギャッ!後輪が一瞬空転して白い煙を吹いたかと思うと、KGBの公用車はロケットスタートした!

 

【続く】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。