(その瞬間、テンプルに閃光が走った。そして、DOOOM!!天井から巨大破砕音!ワイヤープラーは顔を引き攣らせつつ、「それ」を見上げた……一瞬のうちに、直立する巨大なバクに変身したシウンテイパーの姿を!大広間の天井に頭が激突するほどの巨体!なんたる怪物か!)
「あのクソババアめ」ワイヤープラーはこの場にいない相棒に悪態をついた。「『奴のジツはガスだけ』だなんて、よくも適当なことを」「ワイヤープラー=サン……畏レヨ」怪物バクが不明瞭ながら人語を発し、足元の矮小なニンジャを睥睨した。「……コレガ、貴様ガ唾シタ真理ノ偉大サナリ!」
「そんな破壊的なジツがどう関係するってんだ!ブディズムの真理と!」ワイヤープラーは泡を食って叫んだ。彼はここまでイクサのイニシアチブを握ってきたが、この展開は完全に想定外!怪物バクが右足を振り上げる!「イイイーヤアアアーーッ」振り下ろす!
「ウオオーッ!」全力で連続側転回避!ZDOOOM!!間一髪、ジャイアント・ストンピングをすり抜ける!「ヌウウーウウーン」CRASH!CRASH!シウンテイパーは不機嫌そうに唸りつつ、右手でテンプルの天井を破壊する。頭がつっかえるのだ。
ワイヤープラーは降り注ぐ瓦礫を避けつつ状況判断した。もはや尋常の方法でシウンテイパーを殺すことは不可能だ……しかし、今撤退するわけにはいかない。(こいつを生かしておけば、必ず俺のことをソウカイヤにチクる)
彼とて一定の実力を持つニンジャだが、後ろ盾のないフリーランスだ。巨大ニンジャ組織ソウカイヤに名指しで狙われて逃げ延びられるほどのタフさはない。(ならば答えは一つ)ワイヤープラーはリスクを負う覚悟を決めた。(尋常の方法で殺せないのなら、尋常でない方法で、こいつを殺す!)
「オオオーン……」怪物は数秒で天井を破壊し終え、足元に敵の姿を探す。「ワイヤープラー=サン、貴様ハ私ノ手デ……」その時、テンプル内から何かが入道雲めいて立ち上がってきた。今のシウンテイパーと同じくらい巨大な何かが。
「……バカナ」怪物バクはうめくように言って、後ずさった。「ブッダ……」『イヤーッ!』ブッダが……さっきまでテンプル内で静かにアグラしていたブッダ像が、カラテシャウトを発して右拳を繰り出す!バクの胴体に命中!「グウーワアアーッ……!」DZOOM!テンプルの壁に叩きつけられる!
ブッダ像はよろめきながらも、『イヤーッ!』左フックを繰り出す!「グワアアーッ……!」ZDOOOM……怪物バクは右頬を砕かれ、テンプル内に倒れ込む!
ブッダ像は関節部をひび割れさせ、ボロボロと破片をこぼしながら、手足を駆動してカラテを構える。おお、この像は……冒涜的にも……巨大戦闘ロボットとして作られていたのか?
いや違う!見よ、背後の壁の上でブッダ像に向けて両手をかざすワイヤープラーを!その手から発せられる、眩いばかりの蛍光グリーンの輝き!
「イイイ……イイヤアアアーーッ!!」銀のニンジャはもはや冷静な態度をかなぐり捨て、目を血走らせて、ジョルリ・ジツを重点!重点!
単なる装飾として作られたブッダ像の手を、足を、超常のエネルギーで引っ張り、あるいは押しやって、強引にカラテ動作させる!おお、ゴウランガ……ゴウランガ!
『イ……ヤーッ!』ブッダ像がギクシャクと動作し、シウンテイパーにストンピングを繰り出す!「イイヤアーッ……!」バクは右腕でガード!「イイイヤアアアーーッ!」そして、寝たまま足払いで反撃!
『グワーッ……!』ブッダ像は軸足を刈られて転倒しそうになり、あやうく背後の壁に掴まってこらえる。……ブッダ像と巨大なバクが戦っている。それもカラテで。なんたる白昼夢じみた異常な光景か!
怪物バクが立ち上がる。銀河系観測天体望遠鏡のレンズめいて巨大な瞳が、ブッダの背後のワイヤープラーを睨み据える。
「ワイヤープラー=サン……ブッダヲ、ジョルリ人形ニスルトハ……ナンタル冒涜!」「ウルッセーゾコラーッ!お前がそうさせたんだコラーッ!」ワイヤープラーはメチャクチャな理屈で口汚く叫び返す!
「死に損ないのファッキン・バク野郎が!おとなしく爆発四散しろッコラーッ!」『イヤーッ!』ブッダの右手カラテチョップ!「イイヤアーッ……!」怪物バクはそれをスウェーでかわし、右ボディブロー!『グワーッ!』ブッダ像は脇腹を砕かれ、背後の壁に叩きつけられる!
「グオオーッ!畜生!」ワイヤープラーは足元の衝撃とジョルリ・フィードバックの頭痛に悶える。ニューロンの過負荷により鼻血が出始め、メンポの排気口からボタボタと垂れた。
「ブッダヨ、オ許シヲ……仏敵ニ操ラレルオ姿ハ忍ビナイ!」シウンテイパーが間合いを詰め、大ぶりの必殺チョップを振りかぶる。「オノレーッ!」ワイヤープラーはブッダにガードさせようとするが、間に合いそうにない!
「イイイ……グ、グワアーッ……!」しかし、おお、どうしたことか!怪物バクは突然うめいて、たたらを踏む!「グワーッゴホゴホ……!」そして大量に吐血!大広間の床が赤黒く染まる!
『イヤーッ!』その隙をついてブッダがケリ・キック!胴体に命中!「グウワアアアーッ……!」バクは再度背後の壁に叩きつけられ、CRAAASH!!壁が破砕して、その奥の庭園に倒れ込む!
粉塵が舞い、バイオスズメたちが一斉に飛び去った。曇天の空がシウンテイパーを迎えた。重金属酸性雨とマグロツェッペリンの呑気な広告音声が降ってきた。「クサツへようこそ。クサツは近所の天国」「エッ?こんなに美味しいロブスター」
「アイエエエーッ!?カイジュウ!?」札束を抱えて戻ってきた不眠サラリマンのトガジは鉄柵越しに巨大バクを見てしまい、仰天して逃走する。
シウンテイパーの巨大化ヘンゲヨーカイ・ジツは強力である。対してワイヤープラーのブッダ像操作は、フーリンカザンを活かしてはいるが、所詮なんの下準備もないその場凌ぎに過ぎない。
それでも戦闘がまともに成立しているのは、シウンテイパーが巨大化以前に大きなダメージを受けていたためだ……それはワイヤープラーの緻密な襲撃計画の賜物でもあり、シウンテイパーが巨大化を出し惜しんだことへのインガオホーでもあった。
「殺せ、ブッダ!」ワイヤープラーは両手を引き絞るように動かし、ブッダ像を操る!「カイシャクだ!」『ナムアミダブツ……!』ブッダはバクを追って歩を進める。「ヌウウーンッ……!」シウンテイパーはいまだ立ち上がれないままだ。彼のニューロンに「死」のカンジがよぎる。
しかしその時、CRACK!!ブッダ像の両脚ふくらはぎにヒビが入る。よろめくブッダ!「何だ!?」ワイヤープラーが慌てる。……そこはモーターヤブのガトリング砲銃撃を受けた部位であり、ついさっき足払いを受けた部位でもあった。ジョルリ・ジツで多少エンハンスされていても、もはや負荷が限界!
怪物バクがその隙に立ち上がり、反撃する!「イイイーヤアアアアーーッ!」渾身のローキック!『グワーーーッ!!』ブッダの両脚が完全に砕けて断裂した!「バカナー!!」ワイヤープラーが叫ぶ!
DOOOM!!庭木を押しつぶしながら仰向けに倒れ込むブッダ!シウンテイパーがマウントを取り、カイシャクの拳を振り上げる!「コレデ、終ワリダ……!」ワイヤープラーの思考を、絶望が塗りつぶした。
おお、このままブッダは完全に破壊され、疲弊したワイヤープラーもアリのように踏み潰されて死ぬのか?……否!ワイヤープラーの耳のインカムに、通信音声が入る!
『ワイヤープラー=サン!5秒でいいからそのカイジュウの動きを止めろ、死ぬ気でやれ!』「ババア!?」ワイヤープラーは訝しんだが、考えている暇はない!可能性があるならば!ジツの最後の力を振り絞る!
『……イヤーッ!』ブッダが両手を伸ばし、怪物バクの毛皮をハッシと掴んだ!「イイイヤアアアーーッ!!」バクは構わず、右拳を振り下ろす!CRAAASH!!ブッダの頭が吹き飛ぶ!……しかし、ブッダは首無しのまま、バクの体を掴んで離さない!
「悪アガキヲ!」シウンテイパーは苛立って叫んだ。「少シ足止メシタトコロデ、モハヤ、今ノ私ニダメージヲ与エル方法ナド!」……不意に、周囲が暗くなった。大型エンジンの低い唸りが聞こえた。
怪物バクはぞっとするような死の予感とともに、振り返って、背後の空を見上げた。「近所の天国」爆音の広告音声とともに、巨大なマグロが降ってきた。
「グワーーーーーッ!!!」CRAAAAASH!!!急降下してきた無人マグロツェッペリンが、その大質量でもってバクを押し倒し、ブッダ像もろとも押し潰した!「アアアアアーッ!私ハ、ゲダツヲ……コンナ、トコロデ!」
シウンテイパーは背骨を海老反りにへし折られながら喚き散らす。ワイヤープラーを見上げる。憎悪に満ちた大きな目で。「ワイヤープラー=サン!永遠ニ、呪ワレヨ!」……そう呪詛を叫んだきり、地面に突っ伏して……爆発四散した。
【Avenger in love】
『アタシのおかげだね』イヤホン越しに、チェミ婆のしわがれた声が届く。『あんた、恥ずかしくないかい。ニンジャでもないババアに、カラテを助けられるなんてさ……クックック』
「黙れ。元はと言えば、てめえのリサーチ不足だ」ワイヤープラーは憮然として言い返し、トロ・スシを食べた。マグロのパワが体の隅々まで行き渡り、傷ついたニューロンを癒していくのを感じる。
「……奴があんな巨大化のジツを持ってるなんて、聞いてなかったぞ。ツェッペリンを一つ落としたくらいで威張るな」目を上げると、壁面に設置された古いテレビが夕方のオイラン・ニュースを映している。
セクシーなオイラン・キャスターが伝えているのは、1週間前に発生した、コールドスリープ施設「フウジマ・チャンバー」火災の件だ。……速報が入る。
シンジン商業地区で無人マグロツェッペリンの一隻が何者かにハッキングされ、サンナスビ・テンプルに墜落。宗主を含む多くのボンズが亡くなったというニュース。
「いやあ、どうも最近物騒ですなあ」カウンターの奥でイタマエが言う。「悪人も年の瀬で忙しいんでしょうか」「……そうかもしれませんね」ワイヤープラーはマッチャを飲んで、無感情に言う。
「案外、彼らも彼らで、どうにか自分のクライアントからお金をもらって無事年を越すことに必死なのかもしれません」肩をすくめて。「……どうせなら、真っ当に働いたうえで悩んで欲しいですけどね」
……サンナスビ・テンプルの黒幕を殺し、自我研修ボンズのうち特定の1人を連れ帰る。それがそのボンズの親族から依頼されたミッションだった。
ワイヤープラーはシウンテイパーが爆発四散した後、疲れた体に鞭打ってテンプルの僧房からそのボンズを探し出し、クライアントの元に届けた。報酬は無事、満額支払われた。
しかし、シウンテイパーは死んだが……かのボンズの悪夢は終わるのか?社会復帰できるのか?わからなかった。少しでも気になってしまうのは、いらぬことを詮索しているということか。仕事人として不出来なのか。
スシ屋を出ると、夜7時。とうに日は落ち、ネオンが狂おしく輝いている。「エッ!驚く1000円ポッキリ」「アカチャン……オッキクネ」下卑た広告音声。千鳥足のサラリマンたちがそれに負けない大声で話している。
ワイヤープラーは喧騒の中ジャンパーをかき合わせ、家路を急いだ。途中、ボロを纏った小柄な浮浪者が壁にもたれている前を通り過ぎた。浮浪者が背後で口を利いた。「……派手にやったではないか。ジョルリ・ニンジャクランの者」
弾かれたように振り返る。同時に、手の内側にクナイ・ダートを構える。……いない。浮浪者はあの一瞬で忽然と姿を消していた。「グググググ……」どこからともなく、押し殺したような笑い声が響く。
ワイヤープラーは眉根を寄せた。「何者だ。ニンジャか?シツレイだぞ。アイサツしろ」「そう焦らずとも、近いうちに名乗ろうぞ」また声。「オヌシの臭いは覚えた。機が熟せば、すぐ殺しに来てやるゆえな……グハハハハハ!」哄笑は遠ざかり、聞こえなくなった。
後には、繁華街の楽しげな賑わいの中、1人緊張して冷や汗を流すニンジャだけが残される。ドクロめいた月が雲間から覗き、その滑稽な画を見下ろして笑っていた。
【デイドリーム・テンプル】終