データストームの彼方で、彼は何を想うのか…
……暗い、な。
目が覚めた、ような気がする。
気がする、というのは、僕はたぶんもう死んでいるからだ。
だから、暗い。
記憶も、意識も、定かじゃない。
そうだと言われればそうだった気がするし、そうでないと言われればそうでない気がする。
ただ、最期に見たのは。
確かに、光…だった。
強化人士。
ガンダムに乗るために作られた、"消耗品"。
僕はそのように作られた。
顔を変えられ、髪型を変えられ、声を変えられ。
自分を、変えられた。
僕の前に3人、同じように使い捨てられたと聞いた時、なにも感じることができなかった僕は、パーツとしては使えても、人間としては既に壊れていたのかもしれない。
元からなかった人間性に、他人の見た目と声。
"僕"という人間は、生きながらにして死んでいた。
いや、死ぬという表現とも違う…
世界からなかったことになった、のだ。
学園で生活を送り始めてから、まだ少しだけ残っていた"僕"は更に薄れていった。
学園で自分に求められたのは外側だけで、内側なんて他の人間からしたらなんだってよかったんだろう。
全てどうでもいい。興味が湧かない。
関わっても関わらなくても、何かが変わることなんてないのだと思った。
…あの、時までは。
僕がパーツとして使われる『ガンダム』は、秘密裏に作られていたものだ。
『ガンダム』を表だって作って、使うのは、禁止らしい。
それでいて作って、人をパーツにしてまで戦わせようとして。
使い捨てられるまでの時間、命を削られながら、禁じられた兵器で人を殺す。
意味を、意義を、最初は模索して、結局。
もうなんでもいいか。どの道いつかは、使い捨てられるんだからと諦めた矢先に。
突然、それは。
エアリアルという『ガンダム』と、"君"は、来た。
初めて、"僕"から、興味が湧いた。
"僕"と同じ、パーツが乗せられているのかもしれない。
なら。
どんな顔をしているのか、声をしているのか。
僕と、同じなのか。
気になったのだ。
直接、顔を合わせた時。
そのパーツは、あまりにも、人間だった。
表情をころころ変え、食べ物をかき込み、そして。
ただ純粋に、笑っていた。
想像よりもずっと、人間過ぎた。
じゃあ、エアリアルは?
パーツがただの人間であるとするなら、その、エアリアルは……
嗚呼。
結局、そうか。
"君"もエアリアルも、僕とは似て非なるものだったらしい。
やっぱり"僕"は、こんな感情を持つべきじゃなかったんだ。きっと。
どうしてこんなことをしたんだろうか。
自分に苛つく。
そして、"僕"とは違う"君"に、酷く腹が立った。
途端に、まとわりつくような"君"が、鬱陶しくなった。
近寄らないでくれ。歌わないでくれ。帰ってくれ。
"僕"を人間扱いしないでくれ。
誕生日も、親も、"僕"にはない。
そうだ。
僕には何も。
何も、ない。
何もない、からこそ。
この空っぽの自分の、唯一の目的である勝利だけは、"君"には渡せない。
『ガンダム』に。
ファラクトに乗って、"君"を…
命が削れていく。
身体にパーメットが流れ込む。
脳が掻き回されるような感覚。全身を駆け巡る痛み。崩れていく呼吸。途切れそうになる意識。
これが、これだけが、"僕"の、存在意義。
その全てを賭けて戦って、『ガンダム』…
いや、エアリアルを駆る"君"に全てを挫かれた。
存在意義を砕かれて、僕には本当にもう何も残らなかった。
エラン·ケレスを被る前の、ただの一人の人間だった"僕"は、世界から完全に消えた…
そう、思ったはずなのに。
全て失って初めて、いつかの記憶を想起した。
おぼろげな記憶。
ただあたたかな、小さな灯火の記憶。
まだ僕が"僕"でいた頃の、遠い記憶。
"君"が僕に尋ねた、誕生日の記憶…………
そうだ。
それが、光だった。
"僕"を、繋ぎ止めてくれた光。
それを思い出させてくれたのは。
…"君"、だったね。
肉体を失い、感覚を失い。
それでも、この意識未満の何かが残ったのはきっと、決闘の最後にエアリアルとファラクトがパーメットを介して繋がったせいだろう。
あの時感じた不思議な感覚に似たものが、今自分を包んでいることに気づく。
今自分がどこにいるのか、どういう状態なのか、知る術はない。
しかし。
今この瞬間に、"僕"が目覚め、記憶を辿った理由は、なんとなく分かった。
遠くから、小さな、苦しそうにすすり泣く声が聞こえた。
でも、こうなってしまった僕の方から近寄ることはできなくて。
それでもなんとなく、聞こえた方向に、意識を向ける。
その声はだんだんと、もっと苦しそうに、辛そうになっていって。
少しずつ、少しずつ近づいてきていた。
一歩、また一歩。
近づく声を聞くほどに。
これは、"君"の声だと思った。
もしももう一度、"君"と会えたなら。
お礼が言いたかった。
"僕"に一人の人間として接してくれた君に。
遠い日に、まだ僕が"僕"だったことを思い出させてくれた君に。
謝りたかった。
あの日、待ち合わせ場所に行けなかった事を。
"君"の優しさを、気持ちを、無下にしてしまったことを。
だから。
君のところへ行きたい。
待っているだけじゃ、きっと君は倒れてしまう。
その前に。倒れる前に…
「行ってあげて」
泣いているのとはまた違う、もっと幼い少女の声がする。
「ここではね、思ったらそういう風に身体が動くから」
半信半疑で、ない脚に力を込めてみると、確かにその方向へと進んでいく。
「僕にはできないことだから…
任せるね」
「君は…あの時に見えた…?」
問いかけに返事は返ってこなかった。
でも、今はいい。答え合わせなんて後でいい。
行かなきゃならない。彼女の…
スレッタ·マーキュリーのところに…!
声が近づく。
疑念は確信に変わり、彼女との記憶がフラッシュバックする。
次第に、身体の輪郭が縁取られていく。
感覚だけがあった脚も、意思をもって目を開くとそこにあった。
もうすぐだ。
目を開けても真っ暗だった意識のみのデータ世界のなかで、ようやく視界が開けた。
そこには、『ガンダム』のコクピットで今にも意識を失いそうな"君"が、いた。
「また、困ってる?」
「エラン……さん…?」
決闘の時はあんなに軽々とエアリアルを動かしていた君が、そのエアリアルを抱いて、『ガンダム』に乗って、苦しんでいるのを見て。
そしてさっきの少女の声を思い出して。
データストームを通じて全てを悟った。
あの時は気づけなかったけれど、強化人士である僕と、リプリチャイルドである君が、似たもの同士だってこと。
大好きな家族のために、辛い選択を迫られていること。
それでも君は信念を曲げず、自分の意思で『ガンダム』に乗っていること。
"僕"を、未だに想っていてくれていること。
なら、僕は君の手を取ろう。
あの日の約束は、叶わなかったけれど。
君の。
スレッタ·マーキュリーの、力になろう。
「…始めよう、スレッタ·マーキュリー」
「はい…!」
視界も、仮初の身体も、虹色の光に融けていく。
輝きのなかで、最後に"僕"は、彼女の笑顔を見た。
嗚呼。
なんて。
なんて屈託のない、美しい笑顔なんだろうか。
その笑顔をずっと、忘れずにいたいと思う程に。
さようなら、スレッタ·マーキュリー。
願わくば、君のこれからに。
輝きと祝福が、満ちていますように。
水星の魔女、という作品を見終え、エランが好きだった自分の気持ちを形に残したいと思い書きなぐった作品でした。
拙い部分や荒い部分も多かったと思いますが、読んでくださりありがとうございました。
5号の方も同じようなテイストで書けたらな…と思っています。