異次元の逃亡者の息子に転生しました   作:読人不識

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逡巡

 東スポ杯2歳ステークスで初の重賞を勝ち取った俺は、ホーストレーニングセンターヤマネに短期放牧の為に出されている。

 

 短期放牧とはいえトレーニングはあるし、今までは自堕落な生活など送ってはいなかった。

 

 そう()()()()

 

 東スポ杯2歳ステークスで競ったフラッグスカルの死因に衝撃を受けた俺は、このままレースをすることで、命をなくすかもしれないと思い。調教でもできるだけ全力を出さないように、加減をしてトレーニングを積んでいる。

 

 2歳GⅡを1勝しただけでは種牡馬入りは難しいか? 

 

 日本ではサイレンススズカの血脈は実績を残していないらしいし、素質馬という事で繁殖入りは無理かなぁ? 

 

 最近ではレースに出ないで済む方法ばかり考えている。

 

 今日もヤマネンアポロンと併せ馬をしたが、タイムはいまいち、アポロンは消化不良気味と言う体たらくだった。

 

 でもなぁ、同じようなスピードで走っていた競走馬が急性心不全で死亡したのに、それより速く走ってた俺がいつまで無事で走れるのか? 

 

 そう思うとどうしても走っててもギアを上げられない。

 

 ホーストレーニングセンターのスタッフさんも怪訝な顔をしている。

 

 そしてその数日後ホーストレーニングセンターに駿が騎乗に来てくれた。

 

 駿は俺のトレーニングに一通り付き合うと、スタッフさんと何やら話し込んでいる。

 

「マキシマムは今ある程度以上の力で走るのを怖がってるように思えますね」

 

「駿さんもそう思われますか? となるとこの前のあの事件を見たことで全力を出し渋ってるんでしょうかね?」

 

「多分そうだと思います。頭の良い奴ですから次は自分にああいう事故が起きるのではないかと思っているのかもしれません」

 

「マキシマムの心肺機能ならまず起こらない事故だとは思うんですがね」

 

「分かっていても恐怖に打ち勝てないのでしょう。ちょっとマキシマムにしばらく専念してまた走れるまで回復させてやりたいと思います」

 

「駿さんよろしくお願いします」

 

 駿とホーストレーニングセンターのスタッフさんが会話を終え、駿が俺の元へ寄ってくる。

 

「マキシマムこれからしばらく出来るだけ傍にいるからな。何も心配いらないぞ」

 

 そう言って駿は俺の鼻面を撫でるのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その翌日も駿は来てくれたが、トレーニングではなく広い放牧地を俺の背に乗って一緒に駆けただけだった。

 

 その次の日も、その次の日も同じことを繰り返すだけだった。

 

 あまりにも毎日来てくれるので心配になって鼻息を鳴らすと、

 

「竹林先生からはしばらくお前の傍にいてやれとお許しが出てるから心配するな。レースの前日からは流石に無理だけどな」

 

 と、放牧地の隅に座り込んだ駿は、にこやかに安心させるような優しい笑みで俺に話しかける。

 

「なぁ、マキシマム。走るのが怖いか?」

 

 駿が不意に聞かれたくない事を尋ねる。

 

 俺は数瞬逡巡した後、肯定するように駿の頬を舐める。

 

「そりゃあ、あんな事故が目の前で起きたらショックだろうな……」

 

 そう言って俺に背中を向けながら駿は立ち上がると。

 

「でも俺は思うんだ、マキシマムの心肺機能は驚異的な水準だって。だからお前にあんなことは起きにくいと思う。それにフラッグスカルはレース前からかなり興奮状態だったからな、その分心臓に負担がかかっていたから起きた事故なんじゃないかと俺は思うんだ」

 

「それにお前は1800m走った後もすぐに呼吸が整っただろ? 恐れる必要はないと思うぞ」

 

 そいって振り返ると、

「それにな来年のダービーを婆ちゃんに捧げたいんだよ俺も……」

 

 駿は真剣な瞳で俺の目を見据える。

 

「婆ちゃんはもう年だしあと何年ダービーに持ち馬を出せるか分かんねぇ」

 

 俺の心をのぞき込むような瞳で駿は見つめながら、

「来年以降お前さんほどの素質馬はホースパークにはいない。だから頼む婆ちゃんの為にまた全力で走ってくれないか?」

 

 そう言って駿はすがるような瞳で俺を見つめる。

 

 流石に山根のばあさんの悲願を無視して楽隠居と言うのは甘すぎる。

 

 ここまで整った設備で過ごし、幼い頃から無理を押して好きにトレーニングをさせてくれたのは山根の婆様だ。

 

 俺はここまで返しきれない恩が彼女にはある。

 

 俺を自家所有にするために一年進学を遅らせてくれた皐月にも、帰ってくるたび放牧地を走り回ってくれた駿にも、いつも優し気な瞳で俺たちの体調管理をしてくれた優にも、小さな体で牧場の重労働を手伝ってくれた菊花にも、石田さん達ヤマネホースパークのスタッフさん達にも、勿論このホーストレーニングセンターヤマネのスタッフさん達や竹林厩舎の皆さんにも、まだ俺は何も返せていないのではないのか? 

 

 そんな不義理をしていいのか? 

 いや良い訳がない!! 

 

 ならば俺に出来ることは何だ? 

 

 誰よりも早く走る事だろう! 

 

 来年は7000~8000頭の中から頂点を決めるクラッシックが始まる。

 

 せめてダービーは山根の婆さんにプレゼントしたい。

 

 ならここで怯えていていいのか? 

 

 良いはずがない。

 

 どうせ一度しかない馬生だ、派手なレースで派手に勝ちまくって歴史に名を刻んでやる!! 

 

 その為には今まで秘めていたもう一段上のギアを解禁してでも……

 

 開き直った俺は、悪魔と魂の契約をしてでも勝ち続けるという決意を固めたのだった。




次回ホープフルステークスで2章完結予定です。
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