中山 11レース ホープフルステークス G1 2歳 芝 2000m 晴・稍重
あれから覚悟を決めた俺は気合を入れ直して、ホーストレーニングセンターそして美浦の竹林厩舎の調教を張り切って終え、2歳G1ホープフルステークスに出走する日を迎えた。
パドックを見渡すと今まで経験してきたよりも多い頭数でのレースで、一瞬呆気にとられたが、すぐに気合を入れ直す。
なんだかデビュー戦以来の嫌な感じがするのだ。
緊張している訳では無い、だが嫌な気配が漂うというか、底知れぬプレッシャーを周囲に放っている馬がいるように感じる。
ガイアメンテって奴か?
と思ってそいつをよく見るが結構デキそうではあるが、そこまで嫌な感じはしない。
今日は一枠一番に入った俺はパドック内を周回しながら出場する馬を観察する。
と、小さな馬と視線が合う、こいつだ! 俺はこの嫌な雰囲気を纏った相手がその馬だと、直観的に感じる。
シャンパンタワーって馬か。
馬体はそれほど大きくない俺よりも更に小さいが、中から噴き出す圧が凄い。
この馬確かデビュー戦の時に一緒に走った馬の中にいたな。
あの時は不安感に襲われて自滅しかけたが、あれはこいつの放つ気配に充てられたのかもしれない。
あの時は完全勝利だったが、毎度毎度上手くいくとも限らないし注意しておくに越したことはないだろう。
それより駿が心配だ。
デビュー年に初めてのG1騎乗、しかもグリグリの大本命とあって、レースが近づくにつれてこのところ調子を落としているし様子が変だ、成績も落ちているらしい。
新浦光星の新人ジョッキー最多勝記録はもう破っているし、記録の更新には何の拘りもないそうだが、近づくG1の重みをひしひしと感じているそうな。
婆様の為にダービー獲るんだろ?
それに花を添える気持ちでいいんじゃねぇのか?
等と思うのは俺が開き直っているからだろう。
駿には新人ジョッキーとしての、人間として人の中で生きる上での苦しみがあるのだろうから、俺の様に開き直れとは一概に言えないし、出来るとも限らないのだから、長い目で見てよかったと思える経験を積ませてやるべきなんだろうな。
停止命令を聴きながら俺はそう思うのだった。
◇◆◇
本場馬に入場し、輪乗りに興じた後一番先に一枠一番のゲートに入る。
が、俺の背中に乗っている駿はガチガチだ。
パドックで背中に乗った時には顔色が真っ青ですらあった。
あまりにも顔色が悪かったので顔をぺろりと舐めてからかってやったのだが、それで調子を取り戻したのもわずかな間で、本場馬入場からこっちずっとカチコチに緊張しているのが手綱から伝わる。
これはいつものようにスタート切ったらその場で落馬するんじゃないのか?
仕方がない荒療治だし、勝てる確率は落ちるが、失格するよりはましだろう。
俺はゲート内で背中を振り返ると、駿に向かって心配するなと言うつもりで鼻を鳴らした。
ぶるふふふん
「マキシマム……心配してくれてありがとうな」
駿がひきつった顔で笑おうとする。
そして全馬がゲートに入り、係員さんがはけていき、ゲートが開く。
が、俺はすぐには動かず、一瞬遅れて
「マキシマム! スタートだ!!」
駿が慌てて叫ぶ声を聴いてから走り出す。
スタートは若干遅らせたが、勝利は譲るつもりはない。
俺はゲートを飛び出すとギアをアップスピードに入れてスピードを上げる。中山名物一周目ゴール前の急坂をピッチを上げて回転数を増やし、加速しながら登る。
そして馬群の尻にくらいつくと、1コーナーから2コーナーを息を入れながら周る。
2コーナーを過ぎて残り1000のハロン棒を過ぎる辺りで、駿がコースを大外に切る。
ビックリはしていたようだがパニックにはなってないようだな。相棒が勝つ為の最善策を取ろうとしてくれてるのが内心嬉しい。
残り800のハロン棒を過ぎた辺りで大外からするすると前に上がっていく。
今日はまだ馬群に追いつくのに多少スタミナを使った程度だから、まだまだ走れるぜ。
600のハロン棒を過ぎた辺りで3コーナーを外に出ながら先行していたシャンパンタワーが上がっていく。
それに釣られてガイアメンテも上がっていく。
俺は遠心力に振られることを厭わず大きく膨らみながら加速する。
ゴール前は激戦になりそうだな。
4コーナーで遠心力に振られるのを堪えながら更に加速する。
400のハロン棒を超えた辺りでガイアメンテを抜き去り、更に加速する。
ここで俺は大きく息を吸い込み呼吸を止めて、無呼吸運動でラストスパートを打つ。
残り200でシャンパンタワーの後ろにくらいつき、ピッチを上げて坂を駆け上がる。
ここでシャンパンタワーがガクンと減速した隙をついてトップに躍り出ると、坂を上がってからすぐ大跳びに切り替えてゴール板の前を駆け抜ける。
後方から追いすがったシャンパンタワーとガイアメンテがわずかな差でゴールを切る。
「よーし! マキシマム! 勝ったぞー! よ~しよしよし」
駿が背中で快哉を上げる。
唖然とした場内が、一拍遅れて歓声で覆い尽くす。
何も俺がいつも逃げているのは末脚がないからではない。
末脚だって切れるから逃げて差すなんて走り方が出来るのだ。
ただ馬群の中にいてはマークがきつい場合抜け出せるコースがなくなることもある。
だから先頭を走って好きな時に仕掛けることが出来る位置取りをしているのだ。
だが今日の相手は流石ここまで勝ち上がってきた猛者揃いだけはある。
2歳で早々に俺の切り札の一つである、無呼吸走法を使わなければ勝てなかったとは……
来年の春のクラッシックは一筋縄ではいかないレースになるのだろうなと、鼻息荒く呼吸を整えながら俺は思うのだった。
今回マキシマムは「まくり」のような走り方をしたと思ってください。
距離ロスの分はマキシマムの飛び抜けたスピードで走り切ったという感じです。
本編で分かるように書かなけりゃいけないのにこうやって補足してる自分が情けない。
ちょっとこの先続けていける自信がなくなってきました……