ストックがないのに大丈夫か?
大丈夫だ、多分問題ない。
父 サイレンススズカ
この世界では快晴の天皇賞を大差勝ちしてG1、2勝目を挙げた後、ジャパンカップに挑みそこでも異次元の逃亡劇を魅せ優勝、その年の暮れの有馬記念も快勝して年度代表馬に選出された。
翌年阪神大賞典から始動。春の天皇賞では二番手以下に道中三秒以上のタイム差をつけ圧勝。宝塚記念でも誰にも止められない逃亡劇を魅せて海外遠征へ。
前哨戦となるフォワ賞を問題なく快勝し、日本馬にとっての鬼門凱旋門賞に挑む。ここでも好スタートからハナを奪って異次元の逃走劇を繰り広げ世界をあっと驚かす。
前走のフォワ賞で芝の違いに慣れたのか? 本番では苦も無く適応する姿を見せ、圧倒的なスピードで逃げを打つもフォルスストレートが終わった所から追走する他馬を蹴散らし、まさに逃げて差す脚質の本領を発揮、日本馬として初の凱旋門賞馬となる。
そして帰国してラストランとなる有馬記念をぶっちぎりで優勝しアメリカから『どうしてもサイレンススズカを』との声に負けアメリカで種牡馬入り。
父サンデーサイレンスと同じくケンタッキーダービーを制する産駒を出すなど優秀な繁殖実績を出すも種牡馬引退前に熱望され日本へ帰国。
五年間種牡馬として活動するも今のところ実績馬はいない。
母 ヤマネンシュケル
阪神JFの勝ち馬で重賞二勝の名牝。母父はトウカイテイオーで繁殖入り後も産駒は期待されていたが、これと言った実績はなし。
母から乳をもらい戯れる間に世話をしてくれる牧場スタッフの皆さんに纏わりついて聞きだしたのが以上の情報である。
俺ってば良血は良血なんだな。
サイレンススズカのスピードとトウカイテイオーのスタミナってどんなロマン血統だよ。
ああこれもスズカが生きていてくれた世界だからこそ生まれてこれたわけだな。
思わずこの世界に感謝してしまう。
生まれた当初は母馬から離れることにブルってた俺だが、最近では放牧地を一人駆け回っている。
俺もこの姿に生まれてもう三ヶ月だ。
ひと月ほど前からママンの乳の他に離乳食らしきものも与えられている。
しかし母馬のいう事は何となくわかるのだが、同世代の子馬が何言ってるか分からない。
なので一日のほとんどの時間を速く走ることに一人(?)で研究している。
運動のあと30分以内にたんぱく質を取るといいという話を人間時代に聞いたが、今の俺は馬なのでタンパク質となる肉は食えない。
なので離乳食を食べているが、人間の鍛え方がどのくらい馬に関係するのかは全く分からない。
だがサイレンススズカの息子が凡走を繰り返すのは、スズカファンの俺としても悲しいので出来るだけの事をするつもりだ。
今日も食事の時間が近づいてきたのでトレーニングを続ける。
現在の課題は呼吸と歩幅の使い方だ。
人間の頃とは身体の使い方が違うが呼吸は応用できるかもしれないと考え、試行錯誤を繰り返した。
何せ馬は口では呼吸できない。
鼻で息を吸って鼻で息を吐く、走りながらそれをする訳だ。
なら気合を入れて走る時は無呼吸の方が良くないか?
勿論もっと肺活量をあげないと実戦では使いものにならないだろうし、走り切った後の呼吸は辛いだろうけど……
クラッシックまで後二年しかない悠長に構えている暇はないが、焦っても仕方がない。怪我をしたら元も子もないのだ。なので徐々に無理せず鍛えていけばいいだろう。
怪我が一番怖いからな。前世で味わったサイレンススズカの最後を見た時の苦い記憶がよみがえる。
あの時は怪我の理由がないと言われたんだよな……
競争能力が高すぎても自らの命を刈り取る可能性となる、それに対抗するには食べ方や鍛え方を俺なりに工夫するしか今の自分にはできない。
何が正解で何が間違いなのかもわからないが、とにかくやらなければ時間を無駄にする。
試しながらやるしかないのだ。
無理をしない速度で走りながら、徐々にスピードを上げ、鼻で息を吐き出して息を吸う、そして呼吸を止めて無酸素運動から全力疾走。
すぐに苦しくなって息が上がるが身体が育ち切ってない今できるトレーニングはこの程度だろう。
この肺活量を鍛えるトレーニングはきっと無駄にならないと思い努力を続ける。
使いどころが肝心だし、成長してもそう長くは使えないだろうがこれはきっと武器になる。
そう信じて研鑚を積んでいると、走ってる俺の視界の端に人間の娘と年寄りの男の姿が映る。
柵の向こうから中に入ろうとしているのはこの牧場の長女の皐月と年配のスタッフの瀬川さんだ。
恐らく飯の時間になったのだろう。
扉を開けてと高校生くらいの年代の娘と老境に近い男が放牧地に入ってくる。
俺は二人に向かって駆け寄る。
二人は俺を伴ってママンの元へ連れて行き飯の支度をする。
俺は皐月にまとわりつき甘える。
この牧場には皐月の他にも三人の子供がいるらしいが俺が姿を見たのは皐月を含めた三人だけ。
長女の皐月、次女の優、三女の菊花の三人はよく俺の世話をしてくれる。
長男の駿という奴は競馬学校の騎手課程で学んでいるらしい、
「シロは賢いねぇ」
俺は皐月の手を舐めると飯の用意をしてくれる礼をして、ママンの乳を吸い離乳食が準備されるのを待つ。
シロと言うのは俺の幼名だ。
俺とママンの世話を担当してくれてる瀬川さんに皐月が話しかける。
瀬川さんが肯定するように笑って頷くと皐月が俺の首筋をなでる。
「ほんとにこの子は賢いね」
皐月が感心したようにそういう。
「まるで人の言葉が分かってるんじゃないかってくらい賢いべ。こんな賢い馬にはお目にかかったことねぇべよ」
瀬川さんがそう返す。
すみません、人間の言葉は日本語ならわかります。
「はぁ、この子はうちからレースに出した方が良いんじゃないかな?」
皐月が思いつめたようにそういう。
皐月の家はオーナーブリーダーなのか……
「でもよ、この子は皐月ちゃんが畜産大進学するのに売るためにこさえた子だべ?」
瀬川さんが諭すようにそういう。
「うん、でも学校はいつでも行けるけど、この子は凄い競走馬になる気がするの。この子を逃したらいけないと思う……」
とつとつと思いを呟く皐月に
「ならオーナーにそういうしかねぇっしょ」
瀬川さんが根負けしたようにそういう。
「うん、お婆様に話してみます」
そういうと俺たちの飯の支度を終えた皐月は意を決した様子で母屋の方に向かっていった。
「上手くいくといいんだがな……」
春の風が吹く中、放牧地に残った瀬川さんの声が俺の耳に残った。