8月
夏の盛りは流石の北海道でも暑い。
そんな中、広い放牧地にある丘を販路の代わりに俺は呼吸を止めて勢い良く駆け上がる。
息が苦しい。呼吸を再開したくなるのを我慢して丘の上まで駆け上がり、丘の下まで駆け降りる。
そこでようやく呼吸を再開し、
ブフフフフウン
と鼻で呼吸を整えつつ走るスピードを落とす。
だいぶ無呼吸で走り続けられるようになった、肺活量もかなり上がってるのだと思う。
他の仔馬が母馬の傍から離れなかったり、仔馬同士でじゃれあったりしてる中、俺は一人坂路代わりの丘を駆け続けている。
生まれた時にはよたよたとしか動けなかった俺だが、徐々に、だが他の仔馬に比べるといち早く動きがしっかりしていき、今ではそこそこのスピードで走れるようになっていた。
カルシウム多そうな離乳食っぽいのを食べ始めた頃から成長したように思える。
とはいえ俺の馬体は他の仔馬に比べて小さい。
サイレンススズカの血が濃いのか?
それにしては栗毛じゃないしな……
そんなことを考えながらだく足で呼吸を整え終えると、もう一度丘の上を目指して走り始める。
サイレンススズカはスピードももちろんあったけど、それ以上にレースの序盤と終盤を異常な速度で駆け抜けるスタミナもあったんだよなぁ。
俺の母父はトウカイテイオーらしいからスタミナ自体は心配していない。
スタミナは母馬から伝わるという話が事実であればだが……
だが自分で鍛えてスタミナ付くのであれば鍛えられる範囲で鍛えておいた方が良いだろうし、その為にはこの丘を使った坂路モドキは丁度いい。
俺の目標は父の後継者として相応しい実績を全てにおいて叩き出すこと。
出来れば父を超えたい。
その為に無理はしないが妥協もしない。
命大事に、でも頑張って鍛える。
そんなことを考えながら何本目かの坂路モドキを駆け降りる。
と、
ブフフン
ママンの鳴き声が耳に届く。
これは”戻ってきなさい”だな。
俺は急いで母馬の元に駆け寄ると、乳を吸い始める。
ママンが自愛の目で俺を見ながら俺の首筋を舐めてくれる。
あぁ安心する。
でも最近ママンの乳では食いでが足りないのだよね。
生まれて二ヶ月ごろから俺に与えられた餌と言うか離乳食なんだろうけど、あれを喰っても足りないので瀬川さんにおかわりを要求している。
瀬川さんは
「ちっこいのによく食う奴だな」
と笑っておかわりをくれるが、日に日に食欲が増しているのかおかわりして貰った量でも足りない。
このまま成長したら俺もオグリキャップみたいに寝藁食ってひもじさを誤魔化すようになるのか?
ひとしきり満足する程度には乳を吸い終わり。俺はママンの鼻先を舐める。
ありがとうと感謝を込めて。
ママンは俺の鼻先を舐め返してくれると遊んでらっしゃいと言いたげに体を離す。
と柵の向こうに人影が見える。
優? みたいだけどなんか変だ。
気になった俺は遊ぼうと近寄ってきた仔馬を無視して柵に近寄る。
近寄ってそいつを見ると優っぽいけど、なんか違う。
敢えて言うならいかつい。
不思議そうにそいつを見つめる俺に、
「お前がシュケルの最後の子か? 賢そうだな」
と語りかけてきた。
優にしては声が低い。
山根家の親類か?
そう推測していると、
「駿、あんた帰ってきてたの?」
母屋の方からやってきた優がそいつに向かって言う。
「あぁ、夏休みだしな。シュケルの子が良い出来だって聞いたから、婆様の機嫌を取って主戦として乗せて貰おってな。一夏、家の手伝いすれば許可してくれねーかと思って」
ぶっきらぼうに優に向かってそういうと、帽子を取って汗をぬぐう。
あ、スポーツ刈りだ。
「あんたも来年は模擬レースかい。学校はどうだい?」
気遣うように優が駿にそう尋ねる。
「学校自体は問題ないんだがなぁ、体重管理がなぁ……喰いたい盛りにはキツイべ」
駿はやれやれという感じでそう返す。
こいつが優の双子の弟か。そっくりだな、身長もそう変わらないし。
男だからいかつく見えたのか。
「帰ってきてこんなところで話してても仕方がないし、母屋に行こう。御婆様にご挨拶もしなきゃだしね」
優がそう言って駿を母屋にいざなう。
俺は二人の後姿を見送ると、その双子のシンクロぶりにおかしさを感じたのだった。
21時頃次話更新します。