お待たせして大変申し訳ございませんでした。
閑話の後2章に入りたいと思います。
31勝
それは新人騎手がG1で騎乗するために必要な勝利の数。
新人騎手のデビューイヤーに30勝できれば、その全員に新人騎手特別賞の栄誉を与えられる。
逆に新人の中で最多勝をあげても30勝以上勝てなければJRA賞最多勝利新人騎手の栄誉には就けず、その年は該当者なしとなる。
その他にもデビューして5年未満で30勝以下なら負担重量が3キロ軽くなる(女性騎手は50勝以下なら4キロ減)などの優遇処置がある。
31勝以上勝てているかどうかには大きな隔たりがあり、デビューイヤーにそれだけの勝利をあげられる騎手は希少である。
だが、俺はそれだけの勝利をデビューイヤーに、しかもマキシマムの新馬戦までに勝たなければいけない。
正直勝ち目のある賭けとは言い難い。
だがベットしなければあの子の相棒になれる可能性はないのだ。
ならばやるしかない。
幸いにも俺が研修でお世話になったのはマキシマムが入厩予定の竹林厩舎であり、竹林調教師に婆様とのマキシマム騎乗の条件に付いて相談したところ、腕のいいエージェントを紹介してくれることになった。
無事に騎手免許を取れれば竹林厩舎にお世話になる予定なので、先生も配慮してくださったのだろう。
これで営業の事を考えずに騎乗に集中できる。
俺が営業して回るより乗鞍が増えるのだろうとは思う。
ただ問題なのは腕利きのエージェントは上手い騎手を抱えていることが多く、良い馬に対する騎乗はそういう上手い騎手に優先的に回されるということだ。
今俺の目の前で微笑んでいる井之頭敏正というエージェントもそういう腕利きエージェントの一人である。
「山根さんも良い乗鞍が少しでも多く欲しいでしょうが、私の方にも騎手の優先順位と言うのがありましてね、まずは卒業前の模擬レースでその実力を拝見させてもらおうと……八回ある模擬レースの内中山競馬場で行われる六回目、そこの結果であなたの優先順位を決めさせていただく。その後の優先順位は年ごとの成績でいかがですか?」
にこやかに微笑みながら井之頭氏はそう問いかけてくる。
通常模擬レースの結果は成績に直結しない、だがこの人はそんな瑣事には囚われず、素知らぬ顔をしてプレッシャーを与えてくる。
「どうする? 駿君?」
竹林先生は俺の判断に任せるようだ。
「六回目の結果だけですか?」
俺は用心深くそう訊き返す。
「えぇ、最初からたくさんの事を望んでも仕方ありませんから……いかがですか?」
微笑みに凄みを滲ませながらそう問うてくる。
「僕としては、それで優先度が上がるならこちらからお願いしたいほどです。よろしくお願いします」
俺は改まった口調でそう願い出る。
六回目のレースの結果だけが重要視されるなら、それ以前の五回のレースのリソースを全てつぎ込んで六回目に勝つ仕込みをすればいい。
それで勝てるとは限らないのが競馬だが、少なくとも勝つ確率は上げられる。
元から勝ち目も優先順位も低いものがより良い条件になるチャンスなのだ。
ポジティブにとらえればいい、少なくとも全くのノーチャンスという訳では無い、ならばチャンスは生かせるよう努力すべきだろう。
「では、期待してますよ山根さん」
腕利きエージェントはにこやかに微笑むと、コーヒーを一口すすり、事務的な話をしてから帰途に就いたのであった。
◇◆◇
第6回 模擬レース 中山競馬場 芝・1200m
パドックであいさつし、騎乗する。
今日の俺が乗る馬は9枠9番ダテノイグナイト、第4回模擬レースの勝ち馬だ。
その時の騎手は今日怪我をして欠場している。
だが今日は若手トップジョッキーがゲストジョッキーなので油断はできない。
誘導馬に先導され本馬場に入場する。
俺は愛馬の首を撫でながら
「イグナイト、今日は頼むぞ」
と声をかける。
相棒は任せておけとばかりに機嫌よく鼻を鳴らす。
ゲートの前で輪乗りをし、ファンファーレの音を聞く。
「いよいよだ、落ち着いて行けばお前なら勝てる」
相棒の首を撫でつつ、自らを奮い立たせるように呟く。
次々と出走馬たちがゲートに収まり俺の番になり大外のゲートに収まる。
今までレースに参加して勝利こそないものの上位に入ることはできた。
展開に恵まれれば勝てる馬にも乗っている。
勝利のイメージはつかめている。
後は運を天に任せてやれることをやるだけだ。
偶数番の馬が次々にゲートに入る。
「あとちょっとでスタートだからな、用意しようぜ」
俺が騎乗する相棒に緊張感を込めた声でそう伝える。
全馬ゲートインし、ゲートが開く。
身構えていたイグナイトはスムーズにスタートを切る。
横を見ると1枠1番の小森が乗るサウンドバレットが鼻を切って逃げている。
省エネコースで逃げられたら中山の直線じゃ追いつけないかもしれない……
俺は先団に取り付いた位置取りをすると、内側に馬を寄せつつ坂を下る際に加速させる。
ここで足は使いたくないが、逃げ切られるのも癪だな。
でもまだ我慢だ。
逃げるサウンドバレットを追走しつつ残り800を過ぎた所で相棒に一度息を入れさせる。
外枠でスタートも良かったため前を遮る馬はいない。
残り600まで位置をキープしつつ脚を残すべくペースを落とす。
残り600から徐々にペースを上げる。
相棒の脚は残している。
残り400からスパートだ。
大きくコーナーを回り、400のハロン棒を過ぎ直線に入る。
俺は相棒に鞭を入れ直線を追う。
残していた末脚が炸裂する。
みるみる前との距離が縮まり、先頭を捕らえる。
中山の直線は短くゴール直前には急な坂がある。
そこまでに差を追いつき、坂を上る。
サウンドバレットも俺の相棒であるダテノイグナイトも勢いが落ちるが必死に手綱を扱いて追う。
道中脚を残していたおかげで俺の相棒がサウンドバレットを交わし、トップでゴールを切る。
「よっしゃっ!」
俺は快哉をあげると、片手を開けて相棒の首を撫でる。
「ありがとうイグナイト、お前さんのおかげで勝てたよ」
撫でつつ優しげな声で相棒に声をかける。
「ありがとな」
相棒に感謝の声をかける。
これで井之頭氏との約束は果たせた、どの程度優先順位を上げてくれるのかは分からないが無体な事にはならないはずだ。
「待ってろマキシマム、お前のために勝ち続けてみせるぜ」
俺は一人そう呟くと改めてマキシマムに騎乗したいという決意を固める。
◇◆◇
この年駿は新浦光星以来の新人騎手として90勝を挙げるのだがそれは別のお話。
競馬学校における駿のトライアルは一応の成功を見るのだった。
今回は難産でした。
間が空くと全く書けなくなるようなので、苦戦しましたが、レース描写などご意見ございましたら乾燥までお知らせください。
よろしくお願いいたします。