Muv-Luv Tactical Surface Fighter Variation 作:オデ オマエ マルカジリ(CV:戦車級)
清々しい朝日がカーテンの僅かな隙間から差し込む。小鳥の囀りが聞こえ、穏やかな雰囲気が漂っている。
アレクサンドル・ヴァジエフ大尉は、ベッドの上で柔らかく温かいものに包まれてながら朝の微睡みの中にいた。
「…………ん……ぅん……」
薄っすらと瞼を開けばそのに見えたのは肌色だった。
「…………オクサナ……?」
「あら、おはようオレク」
ヴァジエフ大尉を自身の豊かな胸に抱き寄せたオクサナ・イヴァネンコ中尉と目が合う。ヴァジエフ大尉は一瞬だけ目を合わせると再び彼女のたわわな双子山へ顔を埋めた。
「ふふっ。オレクったら、甘えん坊ね。でもダメよ」
イヴァネンコ中尉はベッドの上でくるりと身体を捻り、ヴァジエフ大尉に跨って馬乗りになる。
「……刺激的な光景だな」
「あなたと爛れた一日を過ごすのも魅力的だけど、今日はダメ。昨日あんなにシたでしょう?」
イヴァネンコ中尉はするりとベッドから降りると床に落ちていたガウンを手に取った。ヴァジエフ大尉はベッドに横になったまま、彼女の魅惑的な肢体を後ろから眺める。
「お茶淹れるけど飲む? 合成だけれど」
「貰うよ」
イヴァネンコ中尉はカップを用意しながらコンロに火をつけた。
ヴァジエフ大尉達
戦闘で損耗した第一〇九自動車化狙撃兵師団は第七三自動車化狙撃兵師団と入れ替わる形でビリュサ川の陣地まで後退。第二四八戦術機甲連隊の穴は第二四二戦術機甲連隊が埋めることになっていた。
イルクーツク基地へと帰還した将兵達は短期休暇を取得してそれぞれぎ思い思いに羽根を伸ばしている。
ヴァジエフ大尉はBETA侵攻に伴う疎開で無人となったイルクーツク基地近傍のアパートを借り、恋人であるイヴァネンコ中尉と共に生活していた。
ソビエト連邦領イルクーツク。
バイカル湖西岸に位置するこの都市は、ウラル、中央アジアと極東ロシアを繋ぐ交通の要衝として古くから栄えてきた。
一九九六年現在、イルクーツクはシベリア防衛の重要拠点である。
シベリア鉄道が繋がるイルクーツクは、一九九二年にH.15 クラスノヤルスクハイヴが建設されて以来、クラスノヤルスクハイヴへ対抗する為の一大策源地として機能してきた。
ソ連軍はこの地で約四年間BETAを押し留めてきた。少なくない犠牲を払いながら。
しかしこの夏、南へ約五二〇キロのモンゴル人民共和国領内にH.18 ウランバートルハイヴが建設されたことでシベリアのソ連軍は、クラスノヤルスクハイヴ、ウランバートルハイヴにH.10 ノギンスクハイヴを加えた三つのハイヴと対峙する事になり、苦境に立たされつつあった。
ヴァジエフ大尉はイヴァネンコ中尉と腕を組みながらイルクーツクの街並みを歩く。
「シベリアのパリ」と称されるイルクーツクの街並みは整っており、BETA侵攻に伴って東への疎開が進む中でも、前線から五〇〇キロ以上離れていることもあり未だ多数の民間人が生活していた。
人が入ればそこには生活があり市場が生まれる。多くの店舗が並ぶ市場には多くの人々が集まっていた。
「イーゴリ! 次はあそこへ行くわよ!」
「はいはい、そんなに引っ張るな」
「二人ともはしゃぎ過ぎちゃダメよ〜」
男一人と女二人のグループとすれ違いながら、ヴァジエフ大尉とイヴァネンコ中尉はそこで天然物の食材を探しては購入していた。希少価値が高くなってきた天然物の食材は高級品であるが、高給取りの衛士である二人にとっては手が出せない程ではない。
「折角、後方に下がったのだから美味しい物を食べましょう!」
イヴァネンコ中尉が手料理を振る舞うと言い、二人で買い出しに出たのだ。
「オクサナ、後は何を買う?」
「そうね。ビーツにキャベツ、ジャガイモにお肉も手に入ったし、後はたまご、玉ねぎ、サワークリームとかもあるといいわね」
「たまご、玉ねぎ、サワークリームと」
買い物袋を持ちながら並んで歩く夫婦の様な二人に後ろから近づく人影があった。
「
「おおっ!? リーザか」
ヴァジエフ大尉の腰に飛びついて来たのはエリザヴェータ・ウィッテ少尉だ。
中隊最年少十六歳になったばかりで、生まれた時には既にBETA大戦によって避難民となっていたグルジア出身の少女である。父親という存在に飢えている様で、ヴァジエフ大尉によく懐いていた。
「よーし、リーザ。これをやろう」
「うわっ! チョコレートじゃん! しかも合成じゃないやつ!!」
「……リーザ、ひっつきすぎよ」
「えー、これくらい普通だよオクサナ!」
市場で購入した高級チョコレートを受け取ったウィッテ少尉が一層強くヴァジエフ大尉へと抱きついた。それに対抗するようにイヴァネンコ中尉もより密着する。
「色男は辛いわね」
ウィッテ少尉の後ろからアナスタシア・セメンチェンコ少尉がからかう様な笑みを浮かべてやって来た。その隣にはエレーナ・モシェンコヴァ少尉の姿もある。
「うわぁ……、もしかしてこれ全部天然物ぉ!?」
モシェンコヴァ少尉は買い物袋の中身を見て感嘆の声を漏らした。その声に釣られてセメンチェンコ少尉も買い物袋に目を向ける。
「あら、ボルシチでも作るのかしら?」
「ええ、そうよ」
イヴァネンコ中尉とセメンチェンコ少尉の二人は故郷であるウクライナの紅ボルシチを思い浮かべる。
「もう随分と料理なんてしていないわ」
セメンチェンコ少尉は無意識に左手薬指を撫でながら少し遠い目をして呟いた。
「良かったらナーシャも皆も食べていく?」
「えっ!? いいのぉ!」
イヴァネンコ中尉の提案にモシェンコヴァ少尉が目を輝かせながら反応する。
ウィッテ少尉の相手をするヴァジエフ大尉もアイコンタクトで同意を示した。
「オクサナ、提案は嬉しいけれど、また今度にしましょう。折角、二人の時間を作れたのだから邪魔したら悪いわ」
「気にしなくてもいいわよ」
「気持ちだけ受け取るわ。ほら、レーナ、リーザ行くわよ」
「え〜! ナーシャぁ!」
セメンチェンコ少尉を先頭に三人は離れていく。
その姿をある程度まで見送るとヴァジエフ大尉らも歩き出した。
「仲が良いな。前衛三姉妹は」
「そうね」
残りの買い物を終えた二人は帰路へとつき、イヴァネンコ中尉の手料理に舌鼓を打つ。
平和でゆっくりとした時間が流れていた。
BETAに対する人類の警戒は日夜絶えず行われ続けている。
前線では前哨基地を拠点とした哨戒型戦術機部隊や振動センサー、レーダーが、そして偵察部隊が浸透できないような地域には地球軌道を周回する無数の偵察衛星や装甲駆逐艦が宇宙からの監視をおこなっていた。
低軌道偵察衛星は一日に数回それぞれが担当するハイヴの上空を通過し、写真撮影を行う。
その低軌道偵察衛星の担当はH.10 ノギンスクハイヴであった。
無人の低軌道偵察衛星は何の感情を持つことなく、無数のBETAが蠢くノギンスクハイヴ一帯の偵察写真を国連宇宙総軍 低軌道監視隊へと送信した。
定期便から受信した写真をみた担当士官は手に持っていた合成コーヒーを乱暴に机に置くと、慌てて自身の上司の元へと駆け込んだ。
昨日までイルクーツク基地に流れていた穏やかな空気は何処かへと消え失せ、慌しい雰囲気に包まれている。
いくつかあるミーティングルームの一つに
彼ら彼女らの前に
「この仕事が片付くまで休暇は中断だ。状況を説明する」
二八時間前、H.10 ノギンスクハイヴが活性化。同ハイヴを出立したBETA梯団が東進を開始。推定個体数、約一一〇〇〇〇体。その内の約四七〇〇〇体がクラスノヤルスクハイヴ方面へ移動する。
更にH.15 クラスノヤルスクハイヴからも推定個体数、約三〇〇〇〇のBETA梯団が東進を開始。合計約七七〇〇〇、軍規模BETA集団がプラーツク、イルクーツク方面へ進撃中。
ソビエト連邦軍 第一バイカル方面軍は隷下の全軍に戦闘態勢を下命。総力を上げてこれの迎撃を実施する。
「既に敵の第一梯団先鋒はビリュサ川の第一防衛線に到達。一部ではこれを突破したとの情報もある。我が大隊は第一線部隊への近接火力支援を任務とし、遊撃的に火力支援を行う。……要はいつも通りだ。何か質問は?」
「大隊長、我々への人員補充は?」
これまでの戦闘で人員が半数以下にまで減少した第三中隊の中隊長代理が手を上げた。
「ああ、第三中隊か。残念だが補充はない。よって第三中隊は一時解散とし、人員は第一、ニ中隊へ編入する。ヴァジエフ大尉いいな?」
「了解です」
「そっちには二人だ。残りは第一中隊で掌握する。他に質問が無ければ解散!」
大隊の衛士達はそれぞれの中隊ごと集まりだす。
「イヴァネンコ中尉、整備班のところへ行って整備状況を確認してきてくれ。セメンチェンコ少尉は皆をまとめてハンガーへ、長期戦に備えて準備させてくれ」
「了解」
「了解です」
簡単に指示を出すとヴァジエフ大尉は中隊に編入される二人を迎えに行く。
「ライサ・ゲラーシェンコ少尉です」
「アンフィーサ・グラツカヤ少尉です」
「アレクサンドル・ヴァジエフ大尉だ。しばらくの間よろしく頼む」
二人の少尉からの敬礼に答礼しながらヴァジエフ大尉は挨拶を済ます。
「二人には中衛に入ってもらう。
「はい。問題ありません」
淀みなく答えたのはゲラージェンコ少尉だ。ヴァジエフ大尉はグラツカヤ少尉へ目を向ける。
「や、やれます!」
「よし。強化装備を着てハンガーへ来てくれ。急げよ」
「「はい!」」
かけていく二人を見送りながら、次はスヴェトキン中佐と調整に向かう。
(これで中隊は十一人になった。充足は十分だ)
イルクーツク基地には第一バイカル方面軍司令部があり、方面軍司令ルカ・スヴィーニン上級大将を筆頭に高級将校が詰めていた。
巨大なモニターに映し出されるのは第一バイカル方面軍の担当戦域マップである。
画面の左端は赤く塗りつぶされていた。これ全てがBETAの光点である。
「BETAは大きく三つの梯団に別れて前進してきています。第一梯団は既に第六四軍と交戦中です」
「梯団規模はそれぞれ、二九〇〇〇、四〇〇〇〇、八〇〇〇の順ですが後続の梯団規模は依然増え続けています。最終的には総個体数は十万を越えるかもしれません」
作戦参謀、情報参謀からの報告を聞きながらスヴィーニン上級大将は唸った。
「いったい何故こうなったのだ!! 間引きは定期的に行っている筈だろう!?」
「間引きの数が足りなかったのかと」
「間引き数が足りなかったぁ!? これは軍部の怠慢だ!」
金切り声で吠える政治将校のヨーシフ・チスチャコフ大佐を尻目にスヴィーニン上級大将は豊かに蓄えた白い顎髭を撫でた。
周囲の雑音を無視して老将はこの戦局を乗り切る方法を考える。
「起こった事を今更どうこう言っても仕方が無いだろう。まずはこの戦局を乗り越える方法を模索しようではないか」
咳払いと共に発言したスヴィーニン上級大将によってチスチャコフ大佐は一先ず口を噤んだ。
戦域マップでは迫りくる赤い波を青い壁が打ち消している。
「グラジエフは粘っているようだな」
「はい。第六四軍はタイシェトの陣地を一部突破されましたが、予備兵力によりこれを殲滅。現在は突破口を塞いでおります」
「うむ。では後方の展開状態はどうなっている?」
「ウダ川第二防衛線は第四親衛戦車軍、第二八軍共に八〇パーセント以上が配置完了。第五五戦術機甲師団も同様です。アンガラ川絶対防衛線の第八親衛軍は現在展開中、防御準備中です」
「作戦ですが、敵第一梯団はこのまま第一防御線で撃滅します。その後は第一防御線は放棄、敵第二梯団へは第六一戦術機甲連隊によるクラスターミサイルの集中運用で撃滅。第三梯団は第二防衛線にて遅滞させつつ同じくクラスターミサイルで殲滅します」
方面軍参謀長ヴィクトル・モロゾフ大将が戦域マップへ作戦展開を映しながら説明すると、スヴィーニン上級大将は髭を撫でながら頷いた。
「参謀長、六一連隊のMiG-25の稼働率はどうだね?」
「八割程です。閣下」
「よろしい。万が一に備えて彼らにも準備をさせてくれ。メシコフ、保管庫との調整と輸送の手配を頼む」
「はい!」
補給参謀ピョートル・メシコフ中将は敬礼すると固定電話の元へと向かった。
スヴィーニン上級大将は椅子に座りなおすと戦域マップ見つめる。彼は麾下の将兵の奮闘を信じていた。
かつては木々の生い茂るタイガ地帯であったが、度重なるBETAとの戦闘で荒地と化した大地をT-72Bが疾走する。
主砲を一八〇度反転させ追走してくるBETA群に行進間射撃を加えながら駆けた。
第六四軍 第七三自動車化狙撃兵師団に属する戦車連隊は第一防衛線からプラーツクへの離脱を開始していた。
クラスノヤルスクハイヴを出立したBETA第一梯団はその殆どが撃滅されたが、残存するBETAがいないわけではない。それらはハイヴへ後退することなく離脱を開始した第六四軍を追撃した。
友軍の後退支援の為に残っていたこの戦車連隊は運悪くBETAの激しい追撃を受ける事になってしまった。
不整地を走行するT-72Bの速度よりも
同軸機銃の七・六二ミリ弾を浴びながら跳躍した
「クソッ!」
キューポラから身を出してした戦車長プリヘーリヤ・リュリコヴァ軍曹は車載のNSV重機関銃で迎撃するが失敗。彼女のT-72Bは
既に爆発反応装甲は使用済みの為、自らの手で排除しなければ未来はない。リュリコヴァ軍曹がNSV重機関銃を向ける。
砲塔内部には砲手のアンナ・アニシェヴァ伍長が砲塔を振って
隣のリュリコヴァ軍曹の下半身がビクッと震える。次の瞬間にはリュリコヴァ軍曹の身体が砲塔外へと引きずり出された。
「ひっ!?」
戦車が嫌な音を立てて軋む。音は次第に大きくなり、遂には
アニシェヴァ伍長の眼の前に硫黄の臭いを漂わせた
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
発狂したように叫びながら拳銃を乱射する。が、そんな豆鉄砲では
リュリコヴァ軍曹達以外にも追いつかれる戦車が次第に増えていく。
《カチューシャリーダーより各機。兵装使用自由》
追いつかれ喰われるのを待つだけになっていた戦車兵達の頭上に救世主が現れた。
全二三機の
「
一気に多数BETAを屠ったことで追撃の勢いが一時的に弱まる。その隙に戦車連隊は更に距離をとった。
「一二二ミリロケット射撃用意」
ヴァジエフ大尉は自機を含む
《撃て!》
カチューシャリーダー/スヴェトキン中佐の合図で二個中隊から合計九六〇発の一二二ミリロケット弾が発射された。
すぐにBETA第二梯団後方から無数の光条が空へと伸びる。
飛翔したロケット弾は三分の二が撃墜されつつも着弾し戦闘の
それを合図にソビエト連邦軍 第二四八戦術機甲連隊の
「中隊全機離脱開始! 補給に戻るぞ!」
《 《 《了解!!》 》 》
第二四八戦術機甲連隊の突撃を見送ると
第六四軍が後退完了するのと前後して、BETA第二梯団約四八〇〇〇が第二防衛線前衛陣地へと殺到した。
触雷した
BETAは地雷原を回避することなどなく、触雷し吹き飛びながら地雷原を切り拓いていく。
地雷原の中程までBETAが進出すると、戦列を組んだ第四親衛戦車軍のT-72BとT-80が一斉に火を吹いた。一二五ミリ
BETAは無数の骸を晒しながら着実に距離を詰めてきた。BETA大戦以来変わらない純粋な物量による力技で攻め寄せる。
彼我の距離が詰まり塹壕に入った軽歩兵も携行式対戦車火器で攻撃を始めた。
一心不乱に迫りくる赤い波に射撃を繰り返す兵士達の背中に冷や汗が伝い始める。このまま押し切られるのでは? と。
そんな不安を断ち切る様に、一二二ミリロケット弾の群れが彼らの頭上を飛び越えた。
低弾道で飛翔した一二二ミリロケット弾は、
ロケット弾の弾幕射撃で出来た空間にセメンチェンコ少尉率いる前衛三姉妹の
その脇を固めるように中衛第一小隊が
《こちらボストークリーダー。これより広域殲滅攻撃を実施する》
《ボストークリーダー、
後方に待機していた第六一戦術機甲連隊 第一大隊『ボストーク』の
同時に前線の砲兵部隊は
三六機の
子弾はパラシュートを開いてふわりと空中に滞空する。
BETA群の上空で子弾が炸裂。内部から複数の自己鍛造弾が飛び出し地表のBETAを無差別に穿った。
《命中を確認》
戦域マップから無数のBETAが消え失せる。
推定撃破個体数約一三五〇〇体。BETA第二梯団の約四分の一が一瞬にして撃破された。
ワァッとウダ川防衛線の各地から歓声が挙がる。
一気に士気のあがった将兵達は、残存するBETAを撃破しながら「勝利」を意識し始めていた。