一九八〇年から始まった欧州連合の第二世代戦術機開発計画『ECTSF計画』は遅れに遅れていた。
遅々として進まない計画に痺れきらした西ドイツは、アメリカ製の第二世代機『F-15 イーグル』の導入を計画を主導するイギリスに示唆。運用試験を目的として、一個大隊とその予備機にあたる四八機のF-15Cを購入した。
『ECTSF計画』が第三世代機開発にシフトしたこともあり、西ドイツは計画から脱退せず。つなぎとしてコストパフォーマンスに優れたアメリカ、ゼネラルダイノミクス社製の『F-16 ファイティング・ファルコン』を導入する。
結局、F-15Cが本格的に運用される事は無かったが、購入したF-15Cは前線での運用が続けられおり、ドイツ連邦陸軍 第五一戦術機甲大隊はこれを装備していた。
F-15CがBETAによって耕され荒野となったフランスの地を疾走する。
その後方には時速約一七〇キロで追走する突撃級の集団がいた。
西側戦術機甲部隊による誘引は上手くいき、旧ポワティエのBETA梯団が旧シュルジェール方向に向けて移動を開始したのが確認されていた。
旧シュルジェールに向かうBETA梯団の先頭がキルゾーンである旧ニオールに到達した時には、梯団の総数は三万にまで膨れ上がっていた。
第五一戦術機甲大隊 第二中隊十二機のF-15Cを率いるマルダー〇一/キルケ・シュタインホフ大尉は、網膜に投影されるレーダー上の突撃級が目標地点に到達したことを確認する。
《フッケバインリーダーより各中隊。地雷散布開始》
「マルダー了解」
《プーマ了解!》
大隊長アンネローゼ・シェルマン少佐の命令で各中隊の後衛小隊は運搬してきた空中散布地雷の投下を一斉に開始する。
地表にばら撒かれた対戦車地雷はすぐさま活性化し、後続する突撃級の真下から襲い掛かった。
回避という事をしないBETAは、目の前で構成された地雷原に突入して次々と触雷しては、絶命あるいは半死半生で擱座する。
目の前で地面を抉りながら急停止した突撃級に、後続の突撃級が突っ込む。最速のBETAである突撃級は、その巨体と速度によって急停止することもできずに、玉突き事故をおこしてゆく。
「全機反転! 突撃級のケツをとりなさい!!」
《 《 《了解ッ!!》 》 》
突撃級の前面は硬い装甲殻に覆われており、その強度は一二〇ミリを弾くほどである。反面、その側背面は柔らかく三六ミリでも容易に貫通することができた。
F-15Cはその場で綺麗に一八〇度反転してみせる。
目の前には事故によって身動きのとれない突撃級の壁。それでも一部の突撃級はその間隙を縫って突進してきていた。
F-15Cは突撃級の突進をひらりと躱すとその柔らかい側背面に三六ミリ劣化ウラン弾を叩き込んだ。
大部分が突撃級で構成されるBETA先頭集団は、追突した突撃級の壁が障害となってその速度を大きく減じながら迂回を始める。
「殺し切る必要はないわ! 確実に足を止めなさい!」
シュタインホフ大尉は迂回する突撃級の足を撃って擱座させる。
BETAは生きている仲間を誤射したり排除したりしない。中途半端に生きているBETAは人類にとっては遮蔽物、BETAにとっては障害になり得た。
「死になさいッ! この化け物共!!」
マルダー〇六/クリスティーナ・グンデルフィンゲン少尉が操るF-15Cは両手に突撃砲を保持して緩旋回する突撃級を射殺してゆく。
後方に展開する戦車や砲兵部隊にとって速度の速い突撃級の脅威レベルは高い。ここで確実に足を止めさせる必要があった。
第五一戦術機甲大隊がBETA梯団を正面から止める中、ドイツ連邦陸軍 第九戦術機甲大隊『ホーエンシュタウフェン』とギリシャ陸軍 第一一四戦術機甲大隊『スパルタクス』が両翼に回り込み、側面から猛烈な射撃を浴びせる。
「ッ! 後続のBETA集団を確認!」
突撃級を撃破していたグンデルフィンゲン少尉の網膜が後続のBETA中衛集団の姿を捉える。
(面制圧はッ!? 東の連中は何をやってるのッ!!)
BETA梯団本隊、中衛集団と共にやってきた突撃級の突進を跳躍で回避した第三中隊のF-16が青白い光線に刺し貫かれた。
「…………光線級……!」
旧シュルジェールに展開する東欧州社会主義同盟軍砲兵部隊も何もしていなかった訳では無い。
彼らはBETA梯団後方に位置する光線級が射程に入るのを虎視眈々と待っていたのだ。
「光線級、射程に入りました!」
「重金属雲濃度九〇パーセント」
「対光線属種戦闘開始!」
旧シュルジェール郊外に砲列敷いたポーランド人民軍 第四自動車化狙撃兵師団隷下第二二自走ロケット連隊のBM-21が四〇連一二二ミリロケットを斉射する。同じく第四砲兵連隊の2S1も対レーザー弾の射撃を行う。
人類の対光線属種戦闘は飽和攻撃が基本である。
百発百中の命中率を誇る光線級の迎撃速度を上回る数の砲撃をくわえこれを撃滅するのだ。
四〇発の一二二ミリロケットをたったの二〇秒で撃ち切るBM-21は飽和攻撃にうってつけであった。一個大隊一八両の一斉射撃であれば瞬く間に七二〇発のロケットが降り注ぐのである。
空に数百の光条が迸った。
飛翔する無数のロケット弾や砲弾は光線級の迎撃で爆散しながら目標に向かって突き進む。
しかし、この攻撃は陽動でしかなく、光線級を釘付けにするのが目的。本命はラ・ロシェル沖オレロン島の影に隠れた国連大西洋方面第四艦隊の艦対地巡航ミサイルである。
洋上の艦艇から発射された巡航ミサイルは地形等高線照合システムとGPS誘導に従って、地形を這うように進み、光線属種積乱雲によって特定された光線級の群れへと忍び寄る。
光線級はより高い高度を飛ぶ飛翔体を優先的に排除する習性を持つ。その習性を利用し、光線級がロケット弾排除に集中している隙をついて、巡航ミサイルは光線級の群れへと突っ込んだ。
光線級が自らに接近する巡航ミサイルを本能に従って視界に収めた時には既に手遅れであった。
爆発の奔流が脆弱な光線級を護衛の戦車級諸共ずたずたに引き裂いて吹き飛ばす。
更には光線級の処理速度を飽和して襲いかかったロケット弾も次々と弾着。僅かに生き残っていた光線級にとどめを刺した。
《光線級排除完了。面制圧開始まで六〇〇秒》
前線でBETA梯団に対する遅滞戦闘を実施する戦術機甲部隊は、面制圧の効果を高めるためにもギリギリまで足止めする必要があった。
しかしそれは、BETAとの危険な近接戦を意味している。
F-15Cが突撃砲を横射。自機に向かってくる戦車級を薙ぎ払う。
「各機! ここが正念場よ!」
シュタインホフ大尉は飛びかかってくる戦車級を跳躍する瞬間に撃ち抜き、部下の背後へと迫る要撃級に三六ミリを浴びせて絶命させた。
《突撃級!》
「全機散開! 回避!」
生き残っていた突撃級が絶命した戦車級を踏みつぶしながら緩旋回をおえて疾走してくる。
F-15Cは跳躍や横移動でその突進を回避する。
《あっ……。きゃあぁぁ!!》
突撃級を跳躍によって回避しようとしたマルダー〇九/ゾフィー・ファウルシュティヒ少尉のF-15Cの主脚が装甲殻の出っ張りに引っかかる。
たったそれだけで、F-15Cの主脚は捥ぎ取られ、空中で錐揉みした上で地面に叩きつけられた。
《ゾフィー! ゾフィーしっかりなさい!!》
《……ぅぁ…………っ、……ス……ゃん……。……ぐぅっ……!》
動けなくなったF-15Cに戦車級が両手を掲げて取り付こうとする。
《やめなさい! このッ! やめろ! やめろ! やめろォ!!》
グンデルフィンゲン少尉が突撃砲を乱射し、ファウルシュティヒ少尉の機体に向う戦車級を薙ぎ払っていく。
「 グンデルフィンゲン少尉落ち着きなさい! 〇八、一一は〇九をカバー!」
シュタインホフ大尉はグンデルフィンゲン少尉を襲おうとした戦車級を撃破しながら墜落したファウルシュティヒ少尉救出の算段を考える。
《困ってるみたいね、ケツ女!》
第二中隊の前面にいたBETAが頭上から浴びせられた三六ミリ劣化ウラン弾で一気に絶命する。
振り返ったシュタインホフ大尉の網膜に映し出されたのは、鎚壱型隊形で向かってくる十二機のMiG-21 MFN。アネット・ホーゼンフェルト大尉率いる国家人民軍 第六六六戦術機中隊であった。
「総員傾注! 前線を押し上げる。西側の連中に我々の力を見せつけなさい!」
《 《 《了解!》 》 》
BETAと第五一戦術機甲大隊の間に着地したMiG-21 MFNは突撃砲を斉射しながらBETA群を迎え撃つ。
《フッケバインリーダーより各中隊。面制圧実施まで残り一二〇秒、各中隊は後方跳躍。現地域を離脱する》
シェルマン少佐から後退命令がでる。
つまり、彼女達は後退支援の為にやってきたのだ。
《一つ貸しだよ、ケツ女》
「……そういうこと。マルダー〇六、〇八はマルダー〇九を回収! ここを離れるわよ!」
《……大尉、東の連中はどうしますの……?》
「自分達の砲撃に巻き込まれるほど間抜けじゃないわ。回収急ぎなさい!」
《マルダー〇六了解!》
国家人民軍 第一戦術機甲大隊が後退支援の為に前線に投入されると、西側戦術機甲部隊は一斉に後退を開始する。
「第三小隊は退路を確保。第二小隊は第一小隊の支援。不埒な異星起源種共に黒の宣告を喰らわせてやれ!」
MiG-21 MFNのセンサーカバーが鈍く輝き、ホーゼンフェルト大尉の命令に従い中隊各機はBETAを駆逐してゆく。
《…………》
中隊でもホーゼンフェルト大尉と二人だけの長刀使いシュヴァルツ一二/ヘルミーナ・ハイゼ少尉は兵装担架システムから七七式近接戦用長刀を抜くと強力な一撃放つ前腕を広げながら向かってくる要撃級の頭を上段から叩き斬った。
《シュヴァルツ〇四、左、戦車級三〇きますわ》
《了解ッ!》
前衛が開いた傷口をシュヴァルツ〇三/マルガレーテ・ヘンティヒ中尉率いる第二小隊が押し広げる。
シュヴァルツ〇四/コンラディン・バッハ少尉は、指示された戦車級群を突撃砲の銃口でなぞるように射撃した。
《ホーゼンフェルト大尉、面制圧開始まで後、三〇秒!》
新生六六六中隊発足以来ホーゼンフェルト大尉と戦場を共にしてきた第三小隊長シュヴァルツ〇二/ルドルフ・ミュラー中尉は彼女達の退路をしっかりと確保し続けた
《面制圧開始ッ!》
「全機後方跳躍!」
第三小隊が維持し続けた退路へと一気後退し距離をとる。
追撃を試みた戦車級がシュヴァルツ一一/ヨーゼフ・クレットガウ少尉のバースト射撃で紫の体液をぶち撒けながら地に伏した。
再装填を終えたBM-21の一二二ミリロケットが、後進するMiG-21 MFNの頭上を噴煙をあげながら通過する。
ロケットは光線級の迎撃を受けることなく地面へと突き刺さり爆発。周囲にいた闘士級が木の葉の如く舞い上がり、戦車級が引き裂かれる。爆風や破片に耐える要撃級にロケット弾が直接突き刺さり爆発、四散させる。
砲爆撃の中を抜けてきた突撃級は、待ち構えていたT-72の一二五ミリ戦車砲の集中射撃を受け、装甲殻を撃ち抜かれて絶命した。
光線級を失ったBETA梯団に面制圧火力が襲いかかっていた。
BETA梯団を徹底的に叩いた後は残敵掃討を行い、次のBETA群を探して誘引することになるだろう。
さらなるロケット弾が飛翔し襲いかかる。
重金属雲下の空を青い光条が貫いた。
新たなBETA梯団の出現。
旧シュルジェールから約一五〇キロ南東、旧アングレームに現れた増強旅団規模約八〇〇〇のBETA梯団は平均時速約六〇キロで旧ラ・ロシェル方向へと向かってきていた。
BETA梯団を殲滅中に新たな梯団が出現する可能性は十分あり、間引き作戦を主導する作戦司令部は当然対策を考えていた。
予備として補給線の警備に当たっていたルーマニア人民軍 第八自動車化狙撃兵師団は旧ボールまで進出。同じく予備のスペイン陸軍 第七戦術機甲大隊も出撃し、新たな梯団を迎え撃つ態勢をとった。
問題となったのはこのBETA梯団が、少数ではあるが重光線級を引き連れていた事だ。
当初の計画では洋上の第四艦隊による艦対地ミサイルの攻撃でこれに対応する予定であったが、重光線級よって防がれ、旧ニオールに残存する師団規模の梯団に対する面制圧も迎撃されていた。
重光線級の照射は光線級のそれとは比べ物にならないほど強力で、本照射とその周囲に発生するプラズマの奔流がたった一射で多数のロケット弾を撃墜する。
作戦司令部は対応を迫られていた。
発射角を低くすることにより、低弾道で発射されたロケットは地平線の影響で迎撃されることなく目標に到達させることが可能であるが、その分射程が短くなる。残存梯団が勢力を減じる事なく旧ニオール・旧シュルジェール間に展開する国家人民軍 ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン装甲師団、ポーランド人民軍 第四自動車化狙撃兵師団と接触すれば、両師団に被害が出る可能性が高かった。
艦対地ミサイルの飽和攻撃も可能ではあるが、今後新たに強力なBETA梯団が現れる可能性もある。長距離打撃手段である巡航ミサイルを、ここで必要以上に消耗したくはなかった。
「光線級吶喊を行いましょう」
各国参謀が集まる作戦司令部で一人の参謀が提案した。
光線級吶喊とは戦術機甲部隊をBETA梯団の深部まで浸透させ、梯団最深部にいる光線級を排除する戦術である。
非常に危険で成功率も低く、同時に生還率も低かった。
「光線級吶喊だと!? 危険すぎる」
「速やかに光線級を排除できれば、両梯団共に砲撃による殲滅が可能です。ミサイルも温存できる」
「その為に貴重な将兵が犠牲になる様では意味がない!」
「戦いに犠牲はつきものです。それに、我が国には光線級吶喊に長けた部隊がおります。彼らにやらせましょう」
光線級吶喊を提案した東ドイツ軍の将校は胸を張って、反対した西ドイツ軍将校を見下ろした。そしてちらりと作戦司令官たるルーマニア軍の中将を見た。
「…………光線級吶喊を実施する」
かくして方針は決まった。
光線級吶喊にはBETAを引き付けておく陽動が必要である。
これは第七戦術機甲大隊が請け負った。彼らは旧コニャック近郊まで進出し、後退しながら遅滞防御戦闘を行う。
また、砲兵は旧ニオールのBETA梯団に迎撃前提での飽和攻撃を継続。光線属種の注意を引きつつ、第九戦術機甲大隊、第一一四戦術機甲大隊、ゲッツ・フォン・ベルヒリンゲン装甲師団、第四自動車化狙撃兵師団が協同してBETA梯団殲滅を継続する。
第八自動車化狙撃兵師団及びルーマニア人民軍 トゥドール・ヴラディミレスク戦術機甲連隊第一大隊は旧ボールから旧サント間に縦深陣地を構築、旧アングレームの梯団を迎え撃つ。
ポーランド人民軍第一二自走ロケット砲兵連隊は旧ニオール、旧ボールの両軍の支援を実施。
現在補給中のドイツ連邦陸軍 第五一戦術機甲大隊は予備として待機する。
そして、第一戦術機甲大隊が光線級吶喊を実施する。
光線級吶喊が失敗した場合に備え、第四艦隊は艦対地ミサイルの飽和攻撃の準備をしていた。