霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった   作:茶蕎麦

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 こそりこそりと、三十一話目です! そろそろ春らしく、ちょっとずつ過ごしやすくなって来るといいですねー。

 さて、今回は違和感が現出するのと、比較。
 一人ぼっちは。親子とは。
 そんな感じですねー。


第三十一話 背中を一目見て

 空を見れば、ひたすらに青いばかり。明瞭な快晴に曇りなどどこにもない。

 しかし、地べたのありとあらゆるものが、不可思議な霧の赤さに染まってしまえば、見渡す限りの蒼穹すら大変にくすむ。

 多くが美しき天辺を見上げることなく、現の異常事態にてんやわんや。

 

 曰く、異変だ、世界の終わりだ、博麗の巫女はどうしている、等など理解の外の事象に、まだ悪影響及び切っていないのにも関わらず、数多は騒いだ。

 目抜き通りでは、足元に流れる霧の血のような赤さをいいことに、人里の統治が悪いことを閻魔が怒って地獄の釜の蓋が開いたのだと力説する、阿呆まで現れる。

 

 幻想郷の人里の者の大勢は人里から逃げることは出来ない。それなのにこの非常時を私利、妄想の材料に使うのかと思想家共と警らとの衝突を止めに来た上白沢慧音も随分と呆れたものである。

 

「さて、私はどうするべきか……」

 

 寸前まで喝破するばかりでは足りないかと、頭突きまでして衆愚を蹴散らし黙らした頭でっかちの彼女は、未だ止まらぬざわめきの中そう呟く。

 先に物理的に鼻っ面を折った、言論で敵わぬからと子供を盾に逃げようとした男の前で断じたとおり、妖気を纏ったこの霧は妖霧に違いはない。

 間違いなく、彼らが無責任に口にしたように閻魔のような仏法に連なる存在の仕業でなければ、ただ禍々しいばかりのこれは特段な効果も意味もないだろう。

 

「ふむ……」

 

 慧音は指先で水滴を躙る。すると紅く伸びた。

 その際に感じたように少々粘りすら帯びているこの粒ども。

 あやかしにはどうだか知らないがこんなものは人間にとって良いものではなく、実際気管支の弱い人間が具合を悪くしているのは慧音も知っていた。

 

 そんなものを殆ど無尽蔵に幻想郷中に発しているのは、閻魔とはならずとも間違いなく大した存在ではあるだろう。おまけに声明もなく目的すら不明で不気味ですらあった。

 とはいえこの霧を放って置くという選択なんて、日の下に生きる里人共には有り得ない。

 だから誰かなんとかしてくれないかと思うが、代替わりして実績不十分な博麗霊夢には不足を感じてしまい、実際ここに至るまで動きなしであれば八方塞がりを覚えてしまうのも当然か。

 

「霊夢も、最初がこの大事であれば不安なのだろう……もし準備に遅れているとするならば、私が動くか」

 

 そうして、霊夢がまだ大丈夫でしょと暢気を拗らせていることなんて知らず、慧音は動き出す。

 筋骨隆々な大男を頭突き一発で伸したこととその際の剣幕に、切れたら恐ろしいものと知った周囲の者共は慌てて彼女に道を開けだした。

 それに倣った人の動きによって目抜き通りのま真ん中には足元霧の合間にぽっかりと土の肌見えるところが生まれる。

 

 皆を怖がらす者を退治するとこんなに怖がられてしまうものなのだな、と理解した慧音はならばどれだけこれまでの巫女達は苦労していたのかと偲び苦笑交じりにこう言った。

 

「はは……大丈夫さ、皆。今が大丈夫でなくても、巫女殿と力を合わせてそうしてみせる」

「っ」

 

 呟きに近い、そんな背も低くおまけに変な頭巾を載せた女性の宣言。

 しかし、そんなものに、どうしてだか人里の人間たちはあまりに多くを感じ入る。

 

 この前ふらりと現れ住み着いた半妖。彼女なりに懸命に人里に馴染もうとしているのは理解していたが、だがそれだけの筈であるのに。

 人を先に一撃で倒した力量は周知の上とは言え、信頼すら本来は出来ないはず。しかし、その細き身を正しく伸ばした背中を一目見てしまえば皆もう、ダメだった。

 

――――また、行くのか。ただ一人、行かせてしまうのか。

 

 最早ありもしない歴史。しかし、そんな事実なんてどうしたというのだろう。

 厳正たる断絶の奥に過去の温もりがあって、それには決して届かず及ばずであっても。

 

 

 無。ならば、この涙はどうして生まれよう。

 

 

「ああ、すまない。すまなかった!」

「っと」

 

 伸ばした指先を丸めて拳にして、彼は頭を下げる。

 何も知らなくてだから怖くて震えていたのに、一度彼女が全てを負ってくれただけで、こんなに胸がつかえてしまうくらいの既視感が。

 

――――もう、行かせたくない。彼女を一人にさせたくはないのに。

 

 そんなの、過去の人里の多くが持っていて、今は失っていて。でも。

 

「慧音さん、ごめんよぉ!」

「あんたの力になれず、おらあ、悔しいぜ……」

「うっ、ぐっ……すまんが頼んでしまっても、いいのかい?」

「あ、ああ……それは……」

 

 次々と、勝手な言葉は生まれて、彼女のためにとかけられていく。

 

 あの日々に大切にされた人々は全て感じていたし、失くなってしまっても覚えていたのだ。

 彼女はこっちの愛をろくに信じてくれない。でも、だからってこっちが想うのを諦めちゃいけないんだ。

 些細に揺れる小人の心の中、そんな真っ当な思いだって確かにあったのに。

 

 それらは、届かなかった。だから切り捨てられてなかったことになっている。

 でも守られてきた老若男女の心は叫ぶのだ。深い感謝と、それでもこうなってしまっては彼女を矢面に出すしかない悲しみを。

 

 唐突に悲痛に染まった里人を前に、何も知らない白紙の獣人は僅かたじろぎ、でも堪える。

 

 そして、何とも温かくなった胸元に知らず微笑みを浮かべながら。

 

「当然だよ」

 

 私に何が出来るかは分からないがと思えども決して口にせず、そう心のままに断じて。

 

「それに、今は霊夢も居るんだ……大丈夫さ」

 

 そんな、更にあったかい現実を抱いて、再び彼らに背中を見せるのだった。

 

 

 

 

 博麗神社は平たく言えば山にある。

 険しき山そのものが神秘であり、非現実。そこを通うからこそ頂くものがある、などそんなところに神社を構えたのにも理由はきっと複数あるのだろう。

 だが物理的に高位置にあるが故にこそ、彼女は此度の異変の深刻さに気づくのが遅れた。

 ようやく山を覆い出した、紅霧。足元にも未だ及んでいないそれにこの頃暑いから外出面倒と食っちゃ寝していた霊夢はようやく意識をし始める。

 

「面倒……だけど、そろそろ行かなくちゃダメね」

 

 元々力の量には怖じない。それに、ルールは敷いてあることだし、相手の姿が気になることもなかった。

 とはいえ、暑いし動くの嫌だなあとなってしまうのがこの少女の常。

 よっこらしょ、と起きて伸びをするほろ酔い乙女。博麗霊夢はそれなりに、臨戦態勢を整えようとし始めるのだが。

 

「そうだなぁ……既に敵陣偵察を熟して来た私からすりゃ、周回遅れに近くはあるが、霊夢にとっちゃまだなんとか出来る範囲だろ」

 

 そこに、影。いや、それは大分煤けた黒と白のツートンだったのだろうか。

 魔女帽子を掲げ、金髪と白い犬歯を目立たせる彼女は霧雨魔理沙。霊夢のライバルであり続けることを宿命とした少女である。

 箒に跨がり浮く彼女を上から下まで眺めて、目を細めた霊夢は軽く疑問を呈する。

 

「あら、魔理沙。今日は随分とぼろっちい服着てるのね?」

「最近の流行りは服にダメージを与えるって聞いてるぜ。本当に霊夢は随分と遅れてるよな」

「ふぅん。まあ、そもそも私は破けるまで弾幕に近寄ることなんてしないけど」

 

 割れ鍋に綴じ蓋、糠に釘。

 そんな両方の相性を持った霊夢と魔理沙はトントン拍子に準備を整えていく。

 今回は、弾幕ごっこのため。友との遊戯を異変前の準備運動としようとする巫女に、魔女は先の敵中門前での勝ち星を土産にリベンジを果たしてやると躍起になっていた。

 

 まずは言葉でエンジンをかけようと、丁々発止の言い合いは、何時もより鋭さを増して互いを突きあう。

 睨み合い、対等に浮かんだ二人は己のうちでそれぞれ力を練った。

 

「はんっ……なら魔理沙様の芸術的回避、試してみるか?」

「ええ。身体を張った芸人っぷりを見てみたいわね」

「上等! 霊夢には抱腹絶倒の結末をお見舞いしてやるぜ!」

「敗北宣言ね。あんたにしては、珍しいじゃない」

「いいや、霊夢が負けて、私が笑うのさっ!」

 

 そして、魔理沙が強く引き絞った弓は強力な鏃を発する。

 それは星であり、輝く弾。そこそこの力が籠もった甘みたっぷりの弾幕が色の相性とか知ったことかと多色に散らばる。

 

「そおれっ! この弾幕に安置なんてないぞっ!」

 

 そのまま、浮いたままこれまで不動の霊夢の周囲を魔理沙は廻り、彼女は宙に溢れんばかりの美麗を振りまいた。

 星の配置はまるでミルキーウェイ。織姫牽牛も通って渡れぬ距離の縮小版に、うるさいくらいの輝きが眩しい。

 

「はぁ……」

 

 これは要は、霊夢にとっては四方八方に地雷を撒かれてしまったようなもの。

 身動ぎなしにこれを割って魔理沙を捕まえるなんて、普通は無理である。

 そして、現状後手極まりない霊夢はそもそも速い相手を捉えるのが苦手であって、これは面倒だと彼女も内心思いながらも。

 

「――――ねえ、魔理沙。こんなので私が踊れると本当に思うの?」

「なっ」

 

 魔理沙の宙に描いた上手な絵を、あまりにつまらないものと断じた。

 そして、当たり前のように少女は真っ直ぐ逃げ周る彼女の元へと進んでいく。

 むしろ、霊夢と距離を取るために動き回る魔理沙の方が、自分の撒いた星星の回避に苦労する有り様だ。

 

 二軸の絵として足りても、奥行き足りなければ臨場感には欠けるもの。それを識らずとも少女は知っていたようである。

 

 だが、それもその筈。

 魔理沙もスペルカードルールが布かれてから弾幕ごっこには一家言あるくらいには長じたようであるが、霊夢はルールを決めたものでありスペルカードルールに依らない弾幕勝負を得意とする少女だった。

 多少の欺瞞にてそこそこの程度の妖怪に勝てようとも、それがどうした。それこそ私は博麗の巫女なのだ。

 

「負けてもいいからって、負けられるアンタは楽よね」

「くっ!」

 

 だから、つい零してしまった本音を見て目の色を変えた魔理沙は、今更に小さな八卦炉を対象に向けて掲げたが。

 

「急がば回れ、よ――霊符「夢想封印」!」

「がっ」

 

 既にスペルカードと五色の光弾を示していた霊夢相手にはあまりに遅すぎた。

 強かにありがたい光達からダメージを受けた魔理沙は、弾幕ごっこにて何度目かの敗北を味わうことになる。

 これは明日飯ちゃんと喉通るかな、という全身打撲の感覚に意識を失いそうになる彼女を他所に。

 

「うん。いい運動になったわ」

 

 閉じる寸前最後に映ったのは笑いもせずに一人異変解決に向かおうとする霊夢の姿。

 

 それが嫌だともう一度彼女は手を伸ばしたけれども、手は当然のように宙をかいて、己の空に飾った残滓すら目に入ることもなく。

 

「ちく、しょう……」

 

 彼女は遠ざかる少女の一人ぼっちの何にも依らない背中を、最後にただ哀しく思うのだった。

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