霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった   作:茶蕎麦

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 こそりこそりと書いてみました。
 次章導入と紅魔郷編お片付け回。

 その糸の先は果たしてどうなるのか……続きを楽しみに、またこの話も楽しんで下さると幸いですー。


第四十二話 糸は紡がれる

 きりきりきりきりと、糸は紡がれる。

 紡錘は回転し、数多を巻き込み線とするものだ。

 意味をなすまでに要素はたった一つを求めがちで、運命とてそれと同じ。

 

 多くを巻き込み、紅の縁は奇跡を結実させている。

 

 ならばこの幻想郷の結論はと、このところ八雲紫は思わざるを得なかった。

 

「はぁ」

 

 別段、ため息の理由は悩みではない。彼女にとって幻想とは受容だ。そして多様は相互理解を背けさせるもの。

 サラダボウルの中の野菜たちはいくら混ぜようとも同色にはならず、だからといってミキサーにかけてしまえば最早ソレは()()()()で。

 ならば、妖怪と人間が恐れの壁を挟みながら共存する幻想郷は、残酷であると紫は認めざるを得なかった。

 そして、だからこそ何時か薄情に過ぎる幻想の世に対するカウンターたる働きが起こるのは間違いないと、紫はとうに見通している。

 いずれ人妖の境界は薄れていくのはどうしようもなく、そしてだからこそこの酷薄な今に微笑むのを忘れず彼女は生きていた。

 

『紫……』

 

 とはいえ、()()()()がこんなに早くて、またあんなに分かり易い愛情の形をしているとは流石の賢者とて想像つかなかった事態である。

 初対面である筈の記憶喪失が放ったあの想いの塊のような呼び声は、さしもの八雲紫とて無視は出来なかった。

 そして、隣に座す友が零したこの一言もまた、背を向け難いもの。

 

「ねえ、紫。貴女のため息の理由、当ててみせましょうか?」

 

 夜闇に光る人魂を数えるのは容易くも、これまた()()がない。

 避暑のために向かうにしては薄ら寒過ぎる冥界の夜。しかし、そこに当たり前のように馴染みきってしまった彼女は生死を逸した温さを持っていた。

 それが友情と言うならば、紛れもなくその通り。

 

「唐突ね、幽々子」

「そうかしら?」

 

 そう、先から八雲紫と共に縁側にて沈黙と暇を共有していたのは万死の力を持ちながらも生き生きとした幽霊、西行寺幽々子。

 生前からの友誼は、二人を雁字搦めにして片一方の死後と忘却の先の今にあっても続いている。

 病を越えた死の先の色を頬の紅として微笑む幽々子。彼女が傾げる首のその底なしの白を見捨てながら、紫は続けた。

 

「ええ。貴女が私のテリトリー(幻想郷)に踏み込むなんて、思わなくて」

「ふふ。そうだったのね。でも、逆鱗だって撫でてあげられるくらいが友じゃないかしら」

「親子にだって互いに触れられない部分はあるわ」

「それでも、友ならば遠慮せずに掴める手だってあるわよね? ましてや私たちって親友だった気がするわー」

「そうだったかしら」

「ええ。私は忘れてしまったけれどきっと、ずっとそう」

 

 とぼけながら揺れ続ける幽々子のその目がとある庭木に向いたことを見て、紫は瞑目する。

 運命というものがあるならそれは、アレをすら巻き込んで意味を成すのだろうか。だが、その先にどうすればこのふわふわとした幽霊は微笑み続けていられる。

 片一方のみが真実を抱え込んでいる歪な友情。

 

 やがて文字通り何時かの別離から目を瞑り続けるそんな中にて、甘い甘い綿菓子のような、或いは淡い色した桜の花びらが墜ちる音のような、そんな声が紫の耳朶をくすぐった。

 

「それでなんだったかしら……あ、そうね。貴女のため息の理由はずばり、恋ね?」

「ふふ。大間違い」

「えー。あんなに艶っぽいため息の大本が恋じゃないなんてずるだわー。なら、あれの原因は何だったの?」

 

 幽々子の白糖の指にくいくいと袖を引っ張られ、紫は再び冥界の葉桜達を遠景に見直す。

 美しさの根底に死でもなければ受け入れきれない。そんな、弱い人の心に似通う歪を抱えた彼女は、空を見上げてこう思う。

 

 夜は帳を落とし続けているばかりで、死はまだ咲かない。

 けれども何時しかの春に富士見の娘は桜のために死に、そして西行寺幽々子も何時しかの春に花と消えるのかもしれなかった。

 だが今の幽々子はただ恋バナをするだけの乙女のよう。そんな今が永遠であればどれだけ良かっただろうと紫は思い。

 

 

『もっとも――――私は貴女を認めませんが』

 

 反していじけながら発したあの日の言葉を亡くしたくてたまらない心もある。

 あの半獣、半妖、中途半端な存在がどうしてもスキマからじっと見ていられない。

 とはいえやはり、今も胸元であの人に対してかっかと燃えるそれが紫には恋とは程遠いものだと感ざるを得なくって。

 

『ねえ、上白沢慧音。そんな貴女はどうして――博麗の巫女ではないの?』

 

 でもその源泉を、何とはなしに賢者の知恵は解していた。

 大なり小なり八雲紫はこれまでの博麗の巫女を愛している。人を愛するのはおおよそそれきり。

 だから嫌いになりたい彼女を彼女たちに対してのようにあの英雄もどきを嫌えないそんな違和感の原因はどういうことか。

 

『いえ。むしろ貴女のために』

 

 上白沢慧音を疑る紫に月の賢者はそう伝えている。

 

 なるほど総じて考えるに恐らく、歴史は変わったのだろう。

 

 だがニューロンと銀河の相似を例えるまでもなく、数多のものはそう違わない。

 ましてや構成された物質が同一であれば、歴史が心のかたちが多少違おうともそれがどうした。

 忘れて、それで終わるものじゃない。知らず爪が食い込むくらいに握り込んでいた紫の手のスキマから溢れるは人と同じ赤い血液。

 

 親友の前で少女はうたうように、こう返す。

 

「ただの……愛よ」

 

 そう。いくら記憶を失くそうとも、愛は消えやしない。

 

 

 

「ふうん」

 

 やがて予想と合わなかったその答えに、西行寺幽々子の眼差しはますます細くなるのだった。

 

 

 

 

 心とは迷うものだと、上白沢慧音は識っている。

 記憶を失ってからも再びそれを思い知ったし、何なら未だに彼女の心は迷宮に救いを求め続けているのだろう。

 なにせ彼女はかつてのフランドールと同じかあるいはそれ以上に、己の生に疑問を持ち続けているのだから。

 

「ふむふむ……我が身が意図もなく異国の言葉を解していくのは不思議な心地だが……それ以上に確かにこの記述の連続は心地いいな……」

 

 しかし、そんな誰にも優しくしか出来ない孤独は今、存分に文字の群れに視線を飛び込ませることで解消できているようだった。

 慧音が読んでいるのはそれこそ異国どころかハイソな魔界の言葉で記された魔法についての論文。

 あれで勉強家な魔理沙がひと目見て理解できないと逃げ出した本を、軽々と門外漢は読み進めていく。

 速読だって出来るだろうに噛みしめるように一文字一文字を大事にしながら瞳をきらきらとさせている他所の他人だった彼女を見ながら満足そうにパチュリー・ノーレッジは頷いた。

 

「でしょう? とっておきじゃないけれど、それも魔法の理解についてかなり切り込んだ良書だから……」

「ああ、これはいいな。著者は魔法を太古の法則を平文化したものと仮定しているが、その認識に傾倒することなく俯瞰して回帰を求めるのはなく現状の位置の把握に努めているようだ。中々の知恵者だな」

「ええ。これ書いたのそこそこの悪魔らしいからね。前に鍵開けて泥棒しようとして失敗した小悪魔が半身消し飛ばしたけど、そんな防犯対策までしているわ」

 

 視線を隣に向けることもなくぺらりぺらりと書を捲り続ける無作法。しかし、それを許す相手だって同じことをしながら話を続けているのだから仕様もない。

 どう見ても仲良しこよしな二人。だがまたまだ足りていないのではと思うのが、生真面目過ぎる上白沢慧音。

 そういえばあまりに興奮してうるさいからと先に小瓶に封印された小悪魔は大丈夫だろうかとも考えながら、興味から目と手をどうしても離せない魔導書の扱いに困って問うのだった。

 

「ええと……そんなものを私が読んでしまってもいいのか?」

「勿論。見知ったばかりの今はいざ知らず、どうせ貴女はまた私の友になるに違いないもの。未来の友に先行投資を怠るほど馬鹿じゃないわ」

「……私を買いかぶりすぎじゃないか?」

「むしろ貴女が叩き売りし過ぎているのよ。もっと自分を大事にしなさいな」

「むぅ……そういうものか。善処する」

「魔女と簡単に約束しないのは賢いけれど……いやそうじゃないわね。単純に貴女って既に充分自分を大事にしていると思い込んでいるのかしら」

「はは……」

 

 パチュリーは面倒ねと紫色の視線を慧音に向けるが、等の彼女は苦笑するばかり。

 実際慧音は、認識だけでなく価値観も含め世界の中心が自分であるからこそありとあらゆるものに申し訳なく思ってしまう、そんな面倒な人間だ。

 故にどんなに他人に尽くしたところで物足りないと感じてしまう、筋金入り。

 善人というか、パチュリーからしたらただの歪ではある。しかしながら、どんな果実の甘みも香しさも歪みの先の結論。

 正しき無味無臭を心よりつまらないと思うパチュリーにとって、現段階で既に慧音は気に入るに足る存在だった。

 

「はぁ……図書館に紙魚が増えた」

「フラン」

「フランドールか」

 

 そしてしばらく時に話をしながら――パチュリーは手慰みにとある小瓶を振って遊んでもいる――本を読み続けていた二人。

 客人の気配が一点から動かないにも程があることに気になって出てきたフランドールは幻想郷随一の活字中毒どものある種キマった様態を覗く。

 見目はただ読んでいるだけだが心がもう、同期していると言うか何と言うべきか。

 二人声に応じてこちらを見上げているようで視界の端に文字を入れ続けているところとか、空恐ろしくすらある。

 

 しかし変人共に怖じていては紅魔館の狂気と書かれた手持ちの看板が廃ると考えたフランドールは静かに用件を述べた。

 彼女の気持ちを表すように背中の羽だったものが一度、きゅっと縮む。

 

「けーね……私と遊んで!」

 

 そして、出た本音の文言がまるで子どもの要請のようであったから、フランドールは顔を真赤にしてしまう。

 だが当人がいかに賢しかろうとも、事実他者との関わりは子供以下。

 故に、地下から心自由になっても彼女は感情をしばしば持て余しがちである。

 

 そんなフランドールを今度こそ確り見つめて微笑み、未だに本の続きに未練を残しているパチュリーに一応はと慧音は声を掛けて立つのだった。

 

「そうか……パチュリー、それでは離席失礼する」

「栞挟んどくわね」

「それは助かる」

 

 そして厚い本の合間に挟まれるは、先にパチュリーの手にあった小瓶をぽんと変じさせた栞。

 薄手のそれがパタンと挟まれたところにどこぞの誰かの悲鳴のようなものが小さく聞こえたような気がしたが、気にとられることなく慧音はフランドールのもとに向かう。

 しかし、果たして幼い彼女は宝石のような綺麗を果実のように垂らす背中の羽をカチャカチャ動かしながら、口をとがらせていた。

 

「むぅ」

「どうしたんだフランドール。そんなにむくれて」

「けーねって、ホントにパチェとは仲良しねっ!」

「ああ……そうだな」

「ふんっ!」

 

 理不尽にも、少し目を離しただけで怒った様子のフランドール。

 まるきり子どものその様子に、もしこれを見てくれたら魔理沙にまだ残るフランドールへの苦手意識も減るだろうにと苦笑する慧音。

 困ったものである。だがしかし、それが嫌でもなくむしろ嫉妬が愛おしくすら感じるのがもっと対処に困ってしまう。

 私はなるほど子供が好きなのだなと改めて覚えた慧音は、そっとフランドールの空いた手を握って。

 

「だが、私はフランドールとも仲良くしたい」

「っ!」

 

 腰を下ろして目線を下げて、真摯な様子でそんな一言。

 どっちつかずの感じではあるが、しかしこのヒトの視線は今私が独り占め。

 ならば許してあげようと思うのは惚れた弱みかそれとも。取り敢えずあの母母うるさい姉のことを馬鹿に出来なくなっちゃったなと思うフランドールは。

 

「それならいいわっ!」

 

 覚えたばかりの満面の笑顔を、親愛を前にどうしたって零してしまうのだった。

 

 

 

 

 きりきりきりきりと、糸は紡がれる。

 紡錘は回転し、数多を巻き込み線とするものだ。

 意味をなすまでに要素はたった一つを求めがちで、運命とてそれと同じ。

 

 

 上白沢慧音によって紡がれたは奇跡的な紅き結び目。

 だがそのしばらく先が末端であるように今途切れて何もないことを、彼女以外の誰が知ろう。

 

 何度も手繰って飽きずに繰り返した。きっとこれ以降もあの人のために、彼女は運命の先に永遠を求めるに違いない。

 でも、これは私では無理だとレミリア・スカーレットは分かってしまう。

 

「ダメね」

 

 とある宵。闇の中に金星がうるさいほど光る夜の中。

 紅魔館の中で唯一外をうかがえるバルコニーにて、決して途切れぬようレミリアは赤い糸を手繰り続ける。

 少しでもこれから()()()()()消えていってしまう彼女の運命の先端を補填できるようにと。

 

「うぅ……何よこれ……はぁ」

 

 一度の休憩としてレミリアは紅茶を口に入れる。

 だが何故か余計な混入物のために酸っぱく過ぎていたそれに、小悪魔に影響された咲夜の困った茶目っ気を理解し眉をひそめるのだった。

 

 しかし、まあこれくらいの酸いも甘いも噛み分けるのが大人よねと気を取り直して酸っぱさにうーうー言う口を閉じてからカリスマを再び纏って、こう呟く。

 

「運命は歴史から派生した解釈とも取れる……認めたくないけれど、下位互換。ならばこそ、私は貴女の力を理解こそ出来ても、歴史の末端を変えられはしないみたい」

 

 レミリア・スカーレットは、母と仰ぐ上白沢慧音から死の運命を感じている。

 そして、それは手の付けようのない程の域であり、未だにどうしてもそれを覆せない無力に彼女は自らの力の干渉を止めて諦めてしまうことすら脳裏に過ってしまうのだが。

 

「お母様。貴女はそう簡単に……私たちを残して逝かないわよね?」

 

 だが、今更二度の親の喪失を認める子など居るものか。

 最低でもこの場にはないのであれば、レミリアは遠く慧音とフランドールの遊ぶ音を耳にして。

 

「ふふ」

 

 幸せそうに、きりきりきりきりと無駄な努力を妹よりも誰よりも笑顔で続けていくのだった。

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