霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった   作:茶蕎麦

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 皆様お疲れ様です! 天候不順に負けずどうかご無理ない日々をー。

 今回は久しぶりの霊夢さんと慧音さんのお話となりました。
 かなり深く切り込んでいますし、独自設定多々で原作と違うところも多いかと思いますが、どうか楽しんでいただけたら幸いですー。


第二章 今歴(妖)
第四十三話 二粒ばかりの雨


 博麗霊夢に親は()()居ない。

 それは、いっそ不自然なくらいに周知の事実である。そして、彼女は天生からそのそも何より孤独が似合っていた。

 また歴代で最も強い巫女という噂に嘘はなく。故に、誰もかもが霊夢を憐れと思うこともない。

 

「怠いわ」

 

 元々彼女が一部を姓として冠っている博麗の巫女という役職には、愛がない。

 幻想郷というセカイのために一途にその身を捧げきって、灰になってからようやく代替わり。

 それこそ生きて降りれる立場でないのだ。そんなものに囚われ、しかし心だけは誰より自由で何もかもを寄せ付けない。

 そんなある種の無敵を。

 

「つまらないわね」

 

 博麗霊夢本人は常々心からその言の通りに思っていた。

 

 

 

 博麗神社は山にある。

 それは妖怪の山とは別であり現と幻想の境目にある朧でもあるのだが、しかしだからこそ何より博麗霊夢の住む場所に相応しい。

 境界には要が要り、そこを定める者が必要だ。博麗大結界というものがただ結界として展開し続けていればいいものではないのは、巫女の必要性からも察せるところがある。

 もっとも端から幻想郷とはありとあらゆるものを受け入れながらも断じる、何より冷たい目によって出来上がっているに違いなかった。

 

「暑い……」

 

 さて。そんな幻想郷の象徴そのものである博麗霊夢はこのところ酷くだらけていた。

 呑気と面倒くさがりとトラブルメーカーなところが歪に重なっている彼女は、日によって調子を変えるところがあったが、しかしかの紅霧異変解決の後からはことやる気を失している。

 

 いや、まあ最初の頃は霊夢も異変解決を行った事実を里人に褒めそやされ、冷たい甘味を飽くほどいただくなどいい気になってはいた。

 とはいえ異変解決にあの上白沢慧音の助力が多々あったのだと霧雨魔理沙に暴露されてしまえば、彼女とてふんぞり返り続けてはいられない。

 あくまで厚遇を続けようとする里人に我がことのように喜んでくれた孤児の顔を巫女として真っ直ぐ見返すのが出来なくなれば、もう里で夏を過ごすのはダメだった。

 ちゃっかり食料品などは大量にふわふわと神社へ持ち込んだ霊夢は以降、修行もせず暑気に負けてだらけきっているのである。

 

「私だけでも……やれたかしら」

 

 いじけののの字は書き飽きた。出来たといい切りたくとも出来ない少女の面には影が差し続けている。

 霊夢は気まぐれに日陰にて寝転がりながら独自巫女装束のために通気性抜群な脇をぱたぱたとしてみるが、エラ呼吸ならぬ脇呼吸など出来るわけもない人間以内であるから、別段それで涼を感じられることもない。

 むしろ下手にバタついたことで、伝った汗が気持ち悪く感じられてならないもの。

 

「ったく……」

 

 体を起こしため息を呑み込みながら、霊夢は伸ばした細い手により竹で出来た水筒の栓を開ける。

 きゅぽんと、景気よい音を立てたそれも、しかしあまりに生ぬるい少しばかりの水を彼女の紅い舌に垂らすばかり。

 また井戸から汲まないとダメなのは面倒ねと思いながら蓋をした巫女さんはだが直ぐに目的のために立つこともなくそのまま寝転がる。

 そしてそのまま、少女はまるで胎児のごとくにい草の上にて丸まるのだった。霊夢の沈黙の他所にて、蝉の鳴き声ばかりがうるさい。

 

「……地に塗れたまま飛べなかった蝉のほうが、多いんだっけ」

 

 しかし、珍しくも求愛音に見知らぬ誰かの言葉を思い出した霊夢は再びむくりと起き上がった。

 そして想起のままに彼女は言葉を続ける。ただ旧きを辿る少女の視線は縁側に浮かぶ誰かの姿を見定めるために必死だ。

 

「蝉は地虫でいる方がずっと長い……そんなどうでもいいことをたしかに誰かが私に教えてくれた」

 

 だから、焦らなくていいんだ。

 忘れきれなかったのは、そんな結びの慰めの言の葉。つまり、親愛の発露。

 それがどの程度のものであったかは今の霊夢には不明であるが、しかし忘れたくても忘れられないなら受け手にとっては間違いなく無二だったろう。

 

 何となく伸ばした手のひらは、空を掻くだけに留まる。だが引き裂いた光の奥に何かが見えた気もするのであった。

 

「私の空は、貴女のため」

 

 目を瞑り、言う。

 霊夢に違和感は、元々あった。それは、しばしば不意に訪れる。

 書が風に捲られる音に誰かを探したくなったり、夕餉の味付けに迷う瞳が隣をしきりに求めていたり、等など。

 総じて何かが生活に足りていない実感。それをこれまで、不思議に思うことすらなかったのが、本来不思議だったのかもしれない。

 

 だが、胸の中の空隙が叫ぶのだ。それに深く感じ入るなと。また裏切られるだけだと弱い霊夢が膝を丸めて博麗霊夢を恨めしそうに今も見つめている。

 

 そしてただの霊夢は、どうしようもなくなった心地を言葉にするのだった。

 

「拾われても、捨てられた……」

 

 それはきっと間違いないあったこと。それを幾らなかったことにしようとも、そんなの許すか許されるものか。

 霊夢の指先は白く、強く畳の表に架かったまま。幻想郷で最も価値のある博麗の巫女でありながら、その内に親との愛別離苦に苦しむ心を混ぜ込ませていて。

 

「私は貴女にとっての何だったの? 母さん」

 

 大事にしてくれるならいっそ玩具でも良かった。そこまでは愛してとうるさい蟲どもの叫びに紛れて聞こえずに。

 

 ただメランコリックに支配されるがままに、少女は恨み言を紡ぐ他にないのだった。

 

 

 

 

 博麗神社に住まう霊夢は極端に言えば山の者である。

 故に、彼女にとって人里に混じるためには降りるという工程がどうしたって挟まった。

 それは、観る者にとってはある種儀礼的な様式美にすら映る。

 

「巫女様……ありがたやありがたや」

「あなた……そう」

 

 上位者がここまでわざわざご足労して下さった。何とありがたいことだろう。

 そう無垢にも感じ、こちらに手を合わせすらする性すらもう不確かな皺だらけの老人を無視できなくなったのは、果たして弱さか。

 

「巫女様!」

「博麗の!」

「霊夢さん!」

 

「……はいはい」

 

 なんとかそれは許せても、だが注目されるばかりの人混みを進むのがこんなに嫌になってしまったのはあまりに脆弱すぎやしないと霊夢も思わざるを得ない。

 手の甲でじゃあねと返す、そんなことすら以前はろくにしていなかったのに、どうしてこうも私の心は他人に嬉しくなってしまう。

 そんなの良くはないと感じるのは少女の生来の不信かそれとも博麗が故のことなのだろうか。

 

 どちらにせよ、博麗霊夢は守る里人達に幸せにしてもらいたいとはあまり思っていなかった。

 里人たちはどうにかして彼女に喜んでもらおうと必死なのに、つれなくも。

 

「おや、霊夢」

「……あんたか」

 

 そんな歪な関係に鎹のようにその場に現れたのは、上白沢慧音その人。

 相変わらず良くわからない家型の烏帽子のようなものを揺らさずにその頭に載せながら、その下で博覧強記の瞳が柔和にこちらを見つめている。

 思わずそこからそっぽを向いてしまった霊夢は少ししまったと思いながらも、孤児たちのための道の相変わらずの凹凸を眺めながらこう問った。

 

「また……あの子達の先生をしてたの?」

「ああ。そして、悼みに」

「それは……」

 

 思わず霊夢が振り向いた先で、慧音の瞳がそっと落ちる。そんなばかりでも少女の胸は鼓動を増す。

 先まで彼女は自分のことばかりで他のことなど考えていなかった。

 これまで余裕がなかったというたったそれだけのことだが、しかしよく考えたら。

 

 結界の守りも薄い場所に居た捨てられてしまうくらいの欠点だらけの彼彼女らが、あれだけ大きくなってしまった異変の影響を受けずにいられるものか。

 霊夢の勘の良いところが警鐘を鳴らす。この先は聞くなと。

 だが、どこか迷いながらも先まで誰かのために泣いていたらしいよく見ればどこまでも赤い瞳をした慧音は霊夢にこう真実を伝えてくる。

 

「霊夢も知っていただろう。あそこには肺腑が弱い子が居た。彼女はあの紅霧の日に持病を悪化させてそのまま……」

「っ!」

 

 それは。途端に返る踵。激情はあの日の紅より赤い思いを明滅させる。

 許せない、という気持ちが痛くなるくらいに胸元で猛った。それは霊夢にとって殆ど初めてのことだったから、無様にも泣き叫びたくなるくらいに辛い。

 

 それこそあの子の呼吸の浅さは心配になるほどで、細い身体は伏しがち。でも笑顔と浮かぶ笑窪の愛らしさから忘れたくても忘れられない、そんな女の子だった。

 そして彼女は何時の日か、こんなことをはにかみながら言っていたのだ。

 

 

――――巫女様が、お姉さんだったら、よかったのに。

 

 

 ああ、弱いのが犠牲になるのは幻想郷で当たり前のことだ。そんなことはよく分かっている。でも私は一時もあの子のことを忘れたくはないからせめて。

 

「止めるんだ、霊夢」

 

 あいつらにも思い知らせてやるという、そんな固まりかけていた決心を止めてくれたのは、やはり他人のはずの彼女だった。

 手首を掴むこの力、私ではなかったら折れるだろうとぼんやり思いながら殆ど無意識に霊夢の足は慧音を蹴り上げようと動く。

 

「っ」

 

 しかし、不格好な博麗の業は深い柔の技術にて封じ込められ、体勢崩れた霊夢に慧音は続けた。

 

「止めてくれ、霊夢」

 

 足元を、何もきれいなものなどない暗がりばかりに瞳行かせながら霊夢は呟く。

 

「止めてくれって言っても、あいつらは止めなかったわ」

「そうだな。だが、霊夢が同じことをしても……っ」

 

 諭すために吐いた言葉はほとんどすべて受け入れられることなく、霊力の籠もった拳によって中座された。

 それこそ、手のひらで受けたこの力で殴られたならレミリア達とて無事ではいられないだろうと慧音も眉をひそめながら。

 

 だが、何より無事ではいられなかったのは誰の命で誰の心だったか。

 中途半端に人に感けていた博麗霊夢はそれこそ怒りのままに駄々をこねた。

 

「何なのよっ! いいじゃない! 奪い返せないなら、同じ目に合わせて何が悪いのよっ」

「悪くはない」

「ならっ!」

 

 怒りに任せた言葉。こんなのが自分から出てきているのがおかしい。

 そう冷静に考えてしまう自分が今の霊夢は大嫌いで、だからこそ止められなかった。

 

 あいつらは姉妹。そしてコイツのせいで何もかもがハッピーエンド。

 たった一人のあの子の命の消失を他所にして、無理矢理にも。

 

 そんなの許せないからせめて半分は私の命と引き換えにしてでも損ねないと。

 そう思ってしまう霊夢はやはり冷静ではなく、しかしだからこそ。

 

「だが私は悲しいし、そんなことをしても間違いなくあの子は喜ばないだろう」

「っ、うぅっ」

 

 本心より悲しんでいる慧音の真っ直ぐな言葉が刺さる余地もあったのだ。

 

 霊夢はこれまで誰も大事にしないようにしていた。だが、そんなどうでもいい筈の日常の一欠片が亡くなったことだけでこんなに辛いのならば。

 私はどうして、再び愛をすることが出来るのだ。

 

「なら、どうすれば……」

「お願いだ、霊夢」

 

 そう怖じてしまう心を前に、頭が下がり当然帽子も落ちる。

 だが湿りに汚れたソレを気にすることもなく、慧音は。それこそ再びぽろぽろと雫ばかりを地に溢しながらこう言う。

 

「あの子を悼んで、想ってあげてくれ。それだけできっと、救われるから」

「っ……」

 

 そんなの言うまでもないと、返せなかったのが霊夢には悔しい。

 だって、あれだけの余計な心の燃焼は辛さから目を背けるためだったと、利口な彼女には分かってしまうから。

 冷静に、彼女は犠牲をただ一人の死と受け入れようとする。

 

「だめ……」

「霊夢?」

 

 しかし、再び開いた瞳は多少の湿潤はあれども乾いているようにも見えた。

 これ以上ない憂鬱を表にした霊夢は、ひたすらに悲しそうにするばかりで。

 

「私は泣けない、泣いてあげられない」

 

 天生。空を飛ぶ程度の能力。

 

「ふふ」

 

 そんなものを持ってしまった誰にも寄り掛かってあげられない自分中心の心の形を歪な笑顔とともに自覚するのだった。

 誰かのために泣けないなんて、なんて人でなしと思う少女。

 

「そうか」

 

 だが、そんな決して間違ってはいないただ頑ななだけの心ごと霊夢を抱くのは、●●慧音その人。

 慣れない、しかしぴたりと嵌まるようなそんな感触を持った抱擁は熱すぎる。

 眉をひそめる霊夢に。

 

「あんた……」

「なら私が代わりに泣こう」

 

 それだけはしないといけない、いいやしてあげたいのだという気持ちから慧音は彼女を放さない。

 

「そんなの」

 

 嫌で嫌で仕方ない筈の他人の接触。しかしその中で震えることも嫌うことのない心地に戸惑う霊夢。

 だが、何よりも肩口を濡らし続ける慧音の呟きは思わずそんなことすらどうでもよくなってしまうくらいに湿っていて。

 

「私たちは同じではない。でも……一緒だ」

 

 

 

「そう、かもね……」

 

 

 ぽつりぽつりと、二粒ばかりの雨が降った。

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