今回はアリスさん回。
そして……少しずつ、といった風ですかね?
小さくて大きな一歩目、という感じを楽しんでいただけたら幸いですー。
七色は光のスペクトル。視界のありとあらゆる表層要素の一端がそこに表れているもの。
そして、七色の魔法使いたるアリス・マーガトロイドはつまり器用にも自然に属する魔法を操りえる存在ということだったりもする。
こんな
なるほどアリスも流石は魔界神の加護を受けた魔界人である。
もっとも、実は誰知らず彼女の指先は究極とも取れる程の魔法に届いていたりもするのだが、それを身に受け誰より知っているはずの彼女はその歴史を失って久しい。
とはいえだからこそ、アリス・マーガトロイドはただの魔法使いの少女としてこの幻想郷にて存在を許されている事実もありはするのだが。
「さて……行きましょうか」
「シャンハーイ」
しかし、そんなある種魔法の先、或いは原初の法則にまで何時かたどり着けだろう才気を保有しながら今日も少女は人形を上手に侍らすばかり。
今日も上海人形と名付けられた人形たちのリーダー的存在がふよふよと、鎖された魔導書を持つアリスの側に浮かんで付き従う。
だがその後に続くものが一切ないのが目下のところの問題だ。辺りで好き勝手フラフラしていたりエラーでも起きたのかガクガク振動している子達を目に入れながらアリスはそっと呟いた。
「上海以外の他の子は……流石に突発的な外出にまでは付いてこれないようね。命令文が足りていないかそれとも定義不足か……後で検証ね」
「シャンハーイ?」
「大丈夫。気にしていないわ。これも、貴女達を自由にさせるまでに必要な手入れでしかないもの」
「シャンハーイ……」
さて魔理沙にはさもしき一人遊びと揶揄されがちな、アリスのそんな日々の自動人形の研究。神へと手を伸ばす方法論の一部。
しかし、何でも出来る彼女の実力とは反してソレに関しては日進月歩といったところ。
付喪神を要素に入れた上海人形は自由度が高く応答すら可能だが、その他の人形たちは予定外の行動に際しては魔法の入力によるルーチン改善が必要となる。
魔人であるアリスだからこそ、手入れ自体は簡単だ。
とはいえそろそろ命令文自体が相当に膨大になってきており、年不相応に賢い少女として管理は面倒。しかし、目下のところは一人であろうとそれをなんとか整理しつつ改善しなければならず。
「大丈夫。これは、私のやりたいことだから」
そう。これに関しては一人でよくて、一人で彼女の隣に届かせたい。
アリスは上海人形のビーズの瞳に浮かぶ気遣いの色を努めて無視して先を見る。
少女の青い眼差しの向こうにあるのは扉で、だが未だ空いてすらいなければ或いは次の壁のよう。
それがまるきり外の世界のプログラミングにおけるトライ・アンド・エラーのようであることを知らず、誰にも共有できない悩みごとアリスはため息を呑み込むのだった。
本に埋もれがちな魔法使いといえども、総じて出不精ばかりというわけでもない。
何処にも表れすぎていっそ幻想郷の魔法少女のアイコンのようになってきているアウトドア派な魔理沙を好例として、アリスも行き詰まった際には散歩するのは勿論、ヒントを求めて人に会いにいくことだってしばしばあった。
「注目、されているわね」
「シャンハーイ……」
さてそうなると、幻想郷にて彼女が穏当な対話相手を探すために向かう場所は一つしかない。そう、人里だ。
和装相手に洋装で横切るには少々勇気が居る。そしてそれが連綿と続くのであれば、嫌な汗一つかいてしまうのも仕方ないことと言えた。
明治初期にて時が停まっているような全体に、一体里人同士の連帯感に満たされすぎていっそ他所人にとっては鎖された雰囲気。
そこに、金と青と白で出来たお人形さんのような少女の登場は流石に受け入れられ損ねて、狼狽のような視線ばかりがアリスに向かう。
少女のレザーバッグから外を覗く上海人形もどこか不安げだ。
「純粋ね」
とはいえ人里に訪れるその度にアリスはそんな里人に対する感想を浮かべ続けている。
アリスは明らかに異なる他人。だがそれに対する排斥はなく、むしろ注目してしまったことに対する恐縮のようなものすら受け取れる。
指さす子供を背中に隠して叱る親などを目端に容れて、彼女はなんと優しい土地であるとすら思うのだった。バッグから顔を出す上海人形の細い腕は、いじける少年のために振られる。
「……残酷な世界」
だがそんな朗らかな日常は幻想郷においてすべて、非現実のための餌だ。故にこそ結論としてそう呟かざるを得ないのが、少女には些かならず辛い。
まあ何しろアリスは生粋の魔界人として幻想郷に来るまで、受け入れられる希望よりもずっと背を向けられ石を投げられるような恐れのほうが大きかったのだ。
都会ですらあんなに冷たいのに、開かれてもいない田舎であってはどれだけか。とある誰かを追いかけて異界を渡るにも、それなりの勇気が要った。
けれども、実態としてよほど幻想郷のほうが随分と温い。大して不幸でも幸せでもないからこそ、大事に愛として幸福を分け合っているようにも見えてしまう。
何が正しくて、何が悪いかどうかなんて誰にもきっと分かりはしない。
だが、これが悪いなら私はもっと悪かったに違いないだろうなと、アリスは思わずにはいられなかった。
彼らは恥ずかしげもなく友と笑う。子は親に倣い背いて、親は子を叱りながらも触れるのを止めない。
近しさ、親しさ。相互扶助というもの原点。彼らにはそんな剥き出しの情を熱くまとっているようだ。
端的に言えば森の中どころか魔界の喧騒とも比べても全てがずっとうるさくて、でも嫌いになれるはずもない。
人里。ここに人は生きていて、ならば。
「まあ、慧音の助けにもなるかもしれないし……」
アリスが停まったそこは目抜き通りを抜けた先のちょっとした、広場。草履が石畳を撫でる音、挨拶と冗句。そして子ども同士響かせ合う高い音色。
愛おしきそれらの調和を乱してしまうのは心苦しいという思いはあれども。
「シャンハーイ!」
ぷぴー。
その場に響いたは、上海人形が響かせたラッパの間抜けな音色。
先から気にしていた不安にすら思えるほどの儚げな少女が何やら動き出した。
それに驚く衆目を他所に、骨の髄までシティ派なアリスはマイペースにもバッグから複数の人形たちを展開して。
「――――さあ。寄ってらっしゃいみていらっしゃいな。ここに起きるは人形たちのマジックショー」
金糸のようなものが舞って、鮮やかな一礼。それが何に対しての礼儀だったかはアリス本人にもよく分からなかったが、しかしその所作は観るものに多く感ずるところを残して解かれて。
「どうか大人も子供も、楽しんでいって」
そして空におしゃまにも舞い踊るは色とりどりな七体の人形。彼女らは未だ完全でなくともだから、愛おしく。
物語は平らに固く語られるが、それを一目瞭然に彩るためのパレットはアリスには充分。
七色は正しく人形たちを空の舞台にて染め上げて、そうしてキラキラと瞬く。
「シャンハーイ!」
「ふふ……」
そこに仄暗さなんて一欠片もない。或いはこれが光の芸術といえばそうなのだろう。
どこにも見難いものなどなく、ただ違う輝きがそこにぶつかっただけで、それだけで物語は終焉する。
「ふぅ」
まだ慣れぬところ滑稽にも、しかし総じて見事な仕上がり。里人にとっては目が眩みそうな刺激になってしまったのではという杞憂に吐いて出たのはため息だった。
「……見てくれてどうも、ありがとう」
しかし感謝の返答としての拍手が正しく万雷のものであったのは、少女の誤算。でも、だからこそ嬉しかったから彼女の頬にそっと紅は差す。
「うふふ……」
そう、魔法使いの少女は魔法の七色を心の奥底に秘めつつ、七色の人形遣いとしてアリス・マーガトロイドの名を人里に知らしめたのだった。
「凄いな、アリスは……」
当然、そこに居合わせた里の守護者とそろそろ呼ばれ始めた上白沢慧音はひときわ熱いものを胸に抱き、腕を組んで正しく後方保護者面をしていて。
「綺麗……」
そしてまた偶に遣わされた冥界の従者の心をも奪っていてた。
死人の白がまるで蘇ったかのように、朱を帯びている。
「っと」
「あ」
やがて何時の間にか、前に前にとのめり込みすぎて突出していた二人は互いの独り言に驚き向かい合う。
そして、互いの白を基調とした髪色に瞳を行かせてから、慧音からまずひんやりとした人魂を身にまとわす青い瞳の持ち主に問ってみた。
「おや。キミはまた見ない顔だが……っと」
「貴女も見ました! 彼女って光の使い方とか、人形の動かし方とかとても素敵で……あんな方、人里に居たのですね……」
すると、並大抵でない速度の一歩で慧音も近くまで踏み込まれてしまう。
少女は明らかに興奮していて、そのために己を顧みれていない様子ではあるが、明らかに只者ではなかった。
とはいえ、いくら外れていようとも、慧音にとっては友のためにも歓迎すべきオーディエンスに違いない。取り敢えずは食い違いに訂正をとこう続ける。
「はは……アリスの芸達者ぶりに喜んでくれるのは嬉しいが、それは少し違うかな」
「ええと。人里でなければあの方は外の……それでもあんなに拍手で受け入れられて」
「そう。それが私にも嬉しくてね」
にこりとした、慧音のその表情にどれだけの満足が含まれていたのか、他人の魂魄少女には測れなかった。
とはいえ、ここまで同じ好きに好意的な相手の登場を喜ばない程、彼女は狭量ではない。
むしろ同担に対する感動を共有できる喜びに、少女は慧音にこう言った。
「はぁ……アリスさんって言う彼女って凄いのですね」
「ああ、本当にそのようだ」
頷く、慧音。人は成長するものであるが、それにしたって初めてに違いないのにあのマジックショーは堂に入っていた。
彼女の才能。そしてそれだけでなく間違いなく人里には他所を受け入れる土壌だってあるのだろう。
その確信に、もうただ多くに幸せになってもらいたいだけの大人でしかない上白沢慧音は。
「申し遅れたが私は上白沢慧音という。君は?」
「あ。私は……魂魄妖夢、です」
それが己の死への導線の一端であるだなんて考えもせず、新たな知己を笑顔で受け入れるのだった。