蓬莱城が流民53名を連れて帰ってきたが、完全に計画外であるため、吉備土は道元に呼び出された。
「吉備土君。経緯を説明したまえ。」
「はい。山間部のカバネ討伐中に立ち寄った備中の新見駅でのことです。新見駅は昨年いもち病に気づくのが遅れ、稲の半分がやられてしまったそうです。収穫量が激減した上、金剛郭陥落の少し前に駿城を失っており、製紙を主産業とする新見駅では食糧不足に陥り、民人達が食糧の奪い合いをした結果多数の死人が出ておりました。一部の者達が食糧の抱え込みをしているようで依然民人達が飢えに喘いでいたのです。」
「それで?」
「は…。領主より顕金駅に余裕があるのなら民人の一部を引き取って欲しい。食糧の支援をして欲しいと要請されました。」
「それで?」
「…以上ですが。」
「まずここに何故最上君がいないか分かるかね?」
「は?い…いえ。…その以前私が最上様と諍いをおこしたからですか?」
「いつの話をしているのかね。そうではない。最上君は君達に甘いからだ。そして君達もまた最上君に甘えているからだ。」
「甘い…でしょうか?」
「そうだな。まあそれはとりあえず置いておこう。…それで君は何様だね。」
「はい?」
「君は領主か?家老か?何故なんの伺いもなく流民の受け入れを承諾した?食糧の支援?受けたのかね?抱え込みをしている者がいるなら、うちから出す必要はあるのか?」
「…支援の要請は一度持ち帰ると回答しました。民人は出直していては死んでしまうと…。」
「それをどうにかするのが領主の仕事だ。領主が溜め込んでいる者から吐き出させれば、少なくとも蓬莱城が食糧を載せて戻るまで死にはしないのでは?君に流民の受け入れの権限を誰が与えた?私か?最上君か?菖蒲殿か?」
「…いえ。受けておりません。」
「もう一度聞こう。君は何様だね。困っている人がいるなら助けてあげようと?精神は大層立派だ。だがかかる資金は君の私財かね。違うな。顕金駅の金だ。君に顕金駅の金を動かす権利はないはずだ。」
「はい。」
「さらに言えば、放って置いたら死ぬかもしれぬと?死にかけをあれ程連れてきて何がしたい?私も最上君も流民の受け入れは慎重に行ってきた。君達から見ればそうでもないのかもしれんがな。基本的に勤労意欲のある者、不具でない者、世帯で入れる時は妻子の状況も送り出す側に確認させている。食い扶持だけ増やしても仕方がないからな。君の引き取った流民はなんの役に立つ?連れてきた53名中何人まともに働ける?」
「…把握しておりません。」
「病気はどうかね?確認したか?」
「…しておりません。仁助が蓬莱城で診察はしてましたが、発熱している者が居たこと以外は詳しくは分かりません。」
「天然痘などを持っていたらどうしたのかね。顕金駅を滅ぼすつもりか?」
「いえ。そのようなつもりは…。」
「君が可哀想だと思えば今後もこうやって受け入れるつもりかね?」
「いえ。ですが今の顕金駅には元々の半分以下の民人しかおりません。余裕はあるではありませんか。」
「定員数だけで言えばな。君は蓬莱城で出るのが仕事だからあまり気にならんのかも知れないが、行政は常にいっぱいいっぱいだぞ。政を行える人間も少ないのに民人だけ増やしたら、秩序をどのように保つつもりだ?現在保有する食糧や生産見込みの食糧で何人食べられるか知っているかね?顕金駅が何人になったらやめるつもりだ?」
「そ…それは…。」
「3000か?4000か?定員数を超えた時にカバネにのまれた駅から逃げてきた者が助けを求めてきたらどうする?カバネにのまれる前の顕金駅の定数すら超えて受け入れるのか?」
「や…八代や小田が…。」
「少なくとも小田は共同管理だ。他4駅の承認を得る必要がある。君が調整するのかね?八代の復興状況をどの程度把握している?現在使用可能な住居数は?食糧の生産状況は?勘太郎がほぼ一人で政をしている訳だが丸投げするつもりかね?それとも君が領主代理をするか?」
「…出来ません。」
「菖蒲殿の真似をするのはやめろ。菖蒲殿が決めたことを、最上君がどうにかできてしまっていたのが悪かったな。君は良いことを気持ちよくした後、我々に投げればどうにかなると思っているのだろう?」
「…。」
「先に最上君が君達に甘い。君達も甘えていると言ったが、今私が言った事を最上君が言ったら、君は最上君に噛みつきはしなかったかね。若年だから舐めているというより、駄々を捏ねればどうにかしてくれると思っていないかね。」
「それは…。」
「まあいい。君はとにかく自宅で謹慎したまえ。時期は決まり次第伝えよう。始末書の提出をしてもらうからそのつもりで。下がりなさい。」
「…はい。失礼します。」
吉備土は頭を深々と下げて下がっていった。吉備土が部屋を出て少ししてから、隣の部屋へ続く襖へ向かって声をかける。
「…菖蒲殿。聞いていてどう思われましたか?」
隣の部屋の襖が開き、菖蒲の姿が現れる。道元の執務室の隣の部屋で、菖蒲と静と来栖は道元と吉備土のやり取りを聞いていた。襖を開けたのは静と来栖である。
「吉備土の気持ちはわかりますが、叔父様の言い分が正しいかと。流民の受け入れは早計でした。抱え込んでいる者から食糧を放出させ、蓬莱城の余剰分を分け与えて一度顕金駅に戻り相談すべきことでした。」
「菖蒲殿。貴方が蓬莱城に乗っていたらそうしましたか?」
「…吉備土と同じことをしたかもしれません。」
「でしょうな。ですが貴方は領主ですから、貴方がすると決めたなら我々は従うまで。貴方は出雲や八代の現状も把握しておりますし、小田の件の交渉もできます。最終的に顕金駅が流民を抱えきれずに崩壊しようが、責任を負うのは貴方です。吉備土君はそういう立場ではありませんので謹慎を命じました。異論はございますか?」
「ありません。甲鉄城やここでの私の対応が招いた事態ですね。」
「八代の件もございますからな。」
「うっ!…そうですね。気を付けます。」
「とはいえ、菖蒲殿がどのように振る舞っていたとして、吉備土君が今回したことの免罪符にはならないのですがね。誰だって良いことをして礼を言われたいものです。ですがそれは自分の権限の範囲内でするからこそです。吉備土君は許されている裁量を越えた。それだけです。それでは新見駅の件をどうするか検討致しましょう。」
道元達が新見駅への食糧支援についての検討を始めた頃、吉備土はとぼとぼと帰路に着いていた。城から出て住居区画へと足を向けたとき、最上が服部を伴って戻って来た。楓が流民の検閲をしており、仁助と楓から流民の健康状態などの聴き取りをしていたのだ。
「吉備土。丁度良かった。流民に発熱している体調不良者が何人かいるから、蓬莱城の乗員は自宅待機だ。お前も自宅待機していろ。」
「はい。それでは失礼します。」
謹慎を言い渡されている吉備土にとって、自宅待機は相反する指示ではないため素直に聞き入れ自宅へと向かった。
「吉備土。元気ありませんでしたね。」
「道元様から怒られたんだろ。あんなに無断で連れ帰れば怒られるに決まってる。」
「ああ。なるほど。最上様は検閲所で何も言わなかったので気がつきませんでした。」
「検閲が先だ。それに先に怒ったら不都合なことを隠すかもしれんだろ。」
「…はぁ。」
「わかってないな?あいつらに隠す意図が無くとも、流民が隠すかもしれんだろ。体調不良なんかは隠されると困るんだよ。麻疹みたいな状態になるのはごめんだぞ。ぱっと見でわかるものばかりじゃないんだ。仁助の見立てでは感冒だったし、流民と殆ど接触してないから吉備土を城に上げたが、仁助の診断を盲信する訳にはいかない。仁助だってまだまだ勉強中だからな。」
「そういうものですか。」
最上と服部が道元達に合流し、まずは数日体調不良者の様子を見た後、甲鉄城が新見駅へと行くことが決まった。受け入れてしまった流民を返す訳にはいかないが、食糧支援は領主と交渉次第ということになったのだ。顕金駅とて食糧生産を主産業としているわけではないし、先日奪還した小田駅もまだ収穫は先の話である。
流民については、20名を八代の住民とすることが決まった。53名中若く勤労意欲の高い者から順に選出された男女20名である。残りの33名は阿幸地らと検討の上割り振ることになるが、内1名が盲目、2名が不具、7名が感冒、6名が脚気であるため可能な作業の模索や治療を優先することとなった。その他2名が就労が農業の手伝い程度になりそうな子供、3名が就労が不可能な幼児、7名が重労働や新しい技術の習得には向かない老人で、残りの5名が年若い女性であった。
感冒と脚気の患者は楓に、子供は天祐和尚に預けられ、他は流民用に新しく建設された長屋に割り振られた。
吉備土は会議の度に呼び出され、襖を閉めた隣の部屋で発言することを許されず、会議内容を聞くことを要求され、蓬莱城で吉備土の補佐を任されている樵人と歩荷も、自宅待機が明けても自宅謹慎の上始末書を書かされた。
仁助は流民の隔離をある程度実施し、健康状態の把握に努め、出雲内の駅に立ち寄った際に先触れとして伝書鳩を飛ばしていたためお咎めはなかった。
吉備土、樵人、歩荷は謹慎が明けてから、今後起こり得る事例などが問題として書かれた紙を渡され、3人で検討し回答を道元に提出することになった。大体朱書きで真っ赤になって返ってくる。一番最初に返されたものには、君達は打出の小槌でも持っているのかと書かれた。
吉備土達が謹慎中は、来栖と雅客と服部を蓬莱城に突っ込んでカバネの討伐が行われた。生駒は吉備土達の謹慎に不服であったようだが、来栖や服部がこれ以上道元達を刺激しないよう宥めることになった。
来栖達は道元達に文句があるならお前らでやってみろよと言われるのが何より怖いのだ。駅全員の命がかかっている。未だ自分の仕事を十全にこなせていない武士達には荷が勝ちすぎる。それこそ食糧から駿城の燃料代の管理まで全てを取り仕切っているのは道元達だ。殆ど利益にならない蓬莱城が、なんのやりくりも無しに走り回っていられるのも道元達がそう采配しているからだ。あんまりにも来栖達が必死に宥めてくるので、生駒は思ってたよりまずい事になったのだなと理解した。
顕金駅がカバネにのまれる前の家老は、もっと暇を持て余していたと武士達は記憶しており、未だ道元達が忙しくしているのは自分達が力不足だからであると認識している。確かに道元達は次々と新しいことを始めたりしているが、それを抜きにしても忙しくしているのはわかっている。遅く来て定時で帰る家老を見てきた武士達からすれば、今でもたまに泊まり込んでいる時がある二人に仕事を投げられる訳にはいかないのだ。
今回の吉備土の件は、来栖達にとって中々衝撃的だった。なにせ道元が全面的に対応したのだ。普段は道元ではなく最上が伝達役をすることが多く、処分らしい処分が下ったのも初めてである。ただでさえ人が足りない上、道元達の教育不足であるとして謹慎程度で済んだのは幸いであった。
新見駅は、既に春も迎え収穫も見込める状況ではあるものの、備蓄を抱え込んでいる者から多少吐き出させたところで、焼石に水程度であると判明した為、食糧支援の見返りに武器と駿城の購入契約をさせ、主産業の紙類を一年間割安で提供させる契約を交わした。
金剛郭がなくなったことで、危機的状況にある駅の把握や支援をする場所がなくなった為、今後の共助関係を検討する必要も判明したことから、まずは出雲の駅と伝書鳩を交わし、話を詰めていく仕事も増え道元達がピリピリとしている状況となっている。
出雲における共助関係は、小田駅を抱える5駅が中心となる方向であり、基本的な事務作業は宍道駅、神西駅の2駅が対応することとなった。顕金駅以外の4駅は顕金駅に人的余裕がないこともわかっているし、なによりここで有用さを示せば今後も顕金駅に次ぐ立場にいられるのである。顕金駅が余計なことに手を煩わされず、カバネ殺しに精を出してくれた方が出雲全体にとっても利益になるという点もあげられる。
出雲の国の団結力は上がったものの、顕金駅は道元達がピリついており多少の緊張感がもたらされることとなった。
金剛郭が小説で食糧支援(届かなかったけども)してたので、あっぷあっぷしてる駅もあると思うんですよね。
吉備土は圧倒的善人なので、ホモ君側を視点として書いてると"なにしてんだコラ"ってなるけど良い人ではある。吉備土や菖蒲様は良い人なんだけど、時代感的に合わないんですよね。人同士の戦とか駄目そう。
吉備土は善行をして気持ちよくなりたいとかではなく、純粋に可哀想だなって思って助けになりたかった。顕金駅は常に人手不足だし、食糧事情もかなり良いし大丈夫だろうと連れ帰ってしまいました。
困ってる?助けてあげたいなって思う菖蒲様や吉備土と、困ってる?見返りになに差し出せる?って思う道元様達の違い。
作者は別に吉備土嫌いじゃないですが、ホモ君と価値観の合わない菖蒲様・吉備土・生駒がなんか悪い感じになってんの申し訳ねぇ。圧倒的善人は主人公補正とかないと中々難しいよねって思っちゃうだけなんだ。この3人なら作者が一番交流するの無理なの生駒なのに、吉備土が毎回割り食ってすまんな。むしろトラ転とかしたら菖蒲様とか吉備土と仲良くしたいよ。現代人としては。
道元様が対応したのはホモ君が対応して喧嘩になるのが時間の無駄だからと、ホモ君にはバリバリ働いてもらわないといけないので、余計なストレスかけたくないのもあります。役人がいっぱいいたらホモ君に、今度こそしっかりおさめてみたまえってしたかもだけど、クソ忙しいのにストレスまで抱えさせて潰れたら困るので。