とうとう桔梗の嫁入りの日がやってきた。倉吉駅の駿城に送られて、桔梗が顕金駅へと到着し、操車場からの花嫁行列が行われた。
玉鈴の音がしゃんしゃんとなり、行列が町中を通って行く。最上の嫁を一目見ようと民人達はこぞって花嫁行列を見に行き驚いた。行列の全ての人間が狐の半面をつけていたからである。そもそも桔梗は素顔を人に見せられない。とはいえお互いの家格を考えれば、ちゃんとした婚儀をすべきである。こっそりと入家式を終えるのは、これから顕金駅で生きていく桔梗としても嫌だったのだ。手紙で最上に相談したところ、いっそ全員面をつけたら良いのではとの返答を得た。嫁入り先が良いと言うなら、いっそのこと盛大にやろうと、狐の嫁入りとかけて全員が狐の半面をつけての花嫁行列となった。
顕金駅には未だ娯楽は乏しいため、この奇抜な花嫁行列は民人達にうけが良かった。
最上の屋敷に到着し、門の前で入家式を終え婚礼の儀式となった。最上には親族がいない為、菖蒲と道元が同席、桔梗側は領主の奥方が同席し、三献の儀は、最上が酒が飲めない事を桔梗に伝えていた為水で行われた。
顔の出せない花嫁と酒の飲めない花婿である。
祝宴には一之進達も列席が許されたが、仁助の婚儀の時のように盛大には行わず、関係者のみで静かに行われた。祝宴でさえも花嫁側は狐の半面を外さず、一之進達は首を傾げていたが、きちんと静かに祝宴に参加していた。
祝宴を終え、倉吉駅の領主の奥方は護衛と共に城へと招かれ、一之進達は穴子達からくれぐれも大人しくしているようにとしっかりと監視された。
一之進達は早々に寝かしつけられ、静かになった屋敷で、最上と桔梗は床入りした。
翌朝、いつも通り寝ぼけている最上と、既に身支度を完璧に整え狐の半面をつけた桔梗が朝食の席に着いた。機嫌の良さそうな桔梗が寝汚い最上に声をかけつつ朝食を終え、最上は登城して行った。
最上が家を出てから、桔梗の指示で子供達や使用人が集められ、桔梗はその場にいた全員に素顔を晒した。息を飲む音や、小さい悲鳴が上がるのを聞きながら子供達に目をやると、一之進と小太郎は血の気が引いているが、小夜はぽかんとしているだけであった。子供達が泣き喚くかもしれないと思っていた桔梗にすれば肩透かしであった。
顕金駅がカバネにのまれた時、優しかった隣人が自分や自分の親を押し退けて逃げるさまや、お綺麗な顔をした美馬が磐戸駅や金剛郭でした事を知っている子供達は、顔の美醜よりも人の心根の方が怖いのだ。
「痛いの?」
小夜から声がかかる。
「いいえ。もう痛くないわ。でも醜いから隠しているの。」
よく分かっていないようで小夜は首を傾げているが、一言目が最上と似ていて桔梗はつい笑ってしまった。
「ふふっ怖くない?」
「なんで?」
「そう。…ならこれは?」
隠し持っていた般若の面を顔に翳すと、わあっと声をあげて子供達が逃げ出した。桔梗はくすくすと笑いながらも、般若の面を見てこれはそんなに怖いかしらと思案した。
桔梗の連れてきた武士達は居住区画の整理の際に新しく建設された長屋に入ることになった。倉吉駅でも住民は溢れており、主戦派の親族は程度の良くない長屋に押し込められていたので、綺麗な長屋にひっそりと喜んでいた。
さらに顕金駅はそういった立場の差別は一切ない為、非常に暮らしやすくなっている。護衛の武士は顕金駅の色々な役職に振られており、護衛筆頭の旭だけは最上の屋敷に住むことを許された。これにより、一之進の剣術指南は旭が受け持つこととなり、顕金駅の武士達が最上の屋敷に立ち寄る理由がなくなった。
桔梗から贈られた牝馬2頭は飛燕と紫電と名付けられており、紫電が現在疾風の子供を妊娠中である。
桔梗も城での仕事を得る予定であるが、本日は挨拶回りをするため午後から顕金駅を巡る予定になっている。本来なら桔梗が出向く必要などないが、地理の把握も兼ねており、非常時の避難路確認の意味もある。
護衛の旭を引き連れ、六頭領のところや奉行所、操車場などを訪れた。訪ねられた側は、まさか最上の嫁が挨拶に来るなどと思っていなかった為、どこもかしこも蜂の巣を突いたような騒ぎになった。最上の嫁は狐面との話は一日で駅内を駆け巡っていたため、誰もが最上の嫁だと直ぐに認識した。
最上が帰宅後、今日一日の感想を聞かれ桔梗は思案した後、
「概ねの地理は理解しました。私が連れてきた者達も過ごしやすそうで何よりです。ですが、狐面を見たら私だと判断されるのは問題ですね。顔は真似られませんが面は真似ることが出来ます。背格好の近い者が狐面をしたら私になれてしまいます。先触れ無しに面識のない旭だけを連れて歩いていたのに誰も疑いませんでした。」
これである。
「ふむ。それは問題ですね。なにか考えましょう。とりあえず要所は私の短刀無しに入れないようにしておきます。こちらを。」
桔梗に最上から家紋の入った短刀が渡された。
「確かに。お預かりします。逆を言えば、菖蒲様が私になることは容易です。折角ですから今後は派手な羽織も羽織ると致しましょう。」
「そうですね。いざという時は活用しましょう。柄は何が良いでしょうね。」
短刀は桔梗の懐に仕舞われた。挨拶回りをしただけでこんな会話になるのは異常であるが、二人はお互いの性格が近いものだと認識した。
一方武士達は
「最上様の結婚盛大にお祝いしたかった。」
「政略だろうが、結婚は結婚だしな。」
「甲鉄城から外されてる状態の最上様じゃあなぁ。朝議とかでも最近はしれっとしてるけど、絶対気にしてるだろあれは。ちょっと前まで狂ったみたいに鍛錬してたじゃん。怖かったわ。あれ。」
「そりゃするだろ。わざわざ商人組合の手を借りてまで、来栖に城主させてるんだから。蓬莱城と違って、甲鉄城は利益を出す為に走らせてる以上、来栖が商人組合の手を借りて城主するより、最上様が城主してた方が利益は出るからな。」
「あの外され方は矜持が傷付くしなぁ。」
「衆人環視の中、お前弱いから瓜生いない間は留守番な。なんか文句あるか?ってやられたわけだしな。」
「うっ!思い出しただけで辛くなってきた。」
「しかし道元様と最上様は、いつも打ち合わせしてるもんだと思ってたけど違うんだなぁ。」
本当なら婚儀の翌日あたりにでも、内輪でお祝いしようと思っていた武士達は非常に残念がっていた。最上は喜んで宴に参加するタイプではないが、服部辺りが引っ張って来れば、なんだかんだで祝われてくれると思っていたのだ。
府中駅の件があった為、最上の逆鱗に触れる可能性を畏れてやめておこうということになったのだ。
菖蒲をなんとしても逃したい場合、派手な羽織を着せて狐面をつけさせ、髪を解けば桔梗の出来上がりである。桔梗が髪を結い上げて顔さえふせて隠してしまえば囮の完成。使う機会はたぶんないかな。人間相手じゃないと機会がないので。
祝いたかった武士達
仁助の婚儀も協力してくれたし、盛大に祝いたかったけど状況が悪い。
嫌な顔されるのわかってるけど、初夜どうでした?とか下世話な話したかったし資金集めもしてた。