朝議が終了し、解散の直前に仁助から私事で大変恐縮ですがと前置きがあり、報告されたのは楓の妊娠である。
朝議に参加していた者達は、明るい顔で祝いの言葉を仁助にかけていくが、1人表情が優れないのが最上である。出産立ち会いまでのカウントダウンが始まったのだ。
しかも楓が妊娠に伴い、出産以外でも医者の仕事が出来ない時は、仁助と最上に仕事が回ってくる。とりあえず仁助を蓬莱城から下ろし、医者に専念させることが決まった。仁助を下ろした分看護師を1人追加配備し一応の人員補充を行った。
菖蒲と道元が退室した後、仁助は武士達に胴上げされて天井に激突した。人は違うが去年の年末に見た光景である。
楓は現代であればそうでもないが、初産が30歳を越えているのでかなり高齢出産の部類である。リスクは高い方といえるし、リスクが高いということは、医者の出番の可能性も高いということである。
最上は自分でくっつけておきながら、妊娠を素直に喜べない残念な事態であった。
周囲の興奮が収まってきた頃、雅客からも私事ですがお付き合い始めましたと報告が上がった。以前久手駅から来た女性の役人と恋仲になったらしい。そもそも久手駅から送り出された女性達は、嫁に貰われることが前提であったので、最上としても文句はない。が、ほかの武士達からはブーイングの嵐である。
「裏切り者!」
「奉行所に女人が3人も配属されてるの狡い!」
「振られろ!」
「奉行所でなにしてんだ!仕事しろ!」
「誰か町奉行呼んできて!」
「雅客が町奉行じゃん。」
散々な言われようである。
「素直に祝えよ!」
雅客は、罵る武士達を一喝した後、最上をちらりと確認した。最上は全くもって興味がなかったので、朝議の場で進達された書類を読んでいた。
「嘘でしょ!最上様!興味なさすぎでは⁉︎」
「は?結婚が決まったならまだしも交際を始めたくらいで何を言えと?」
「厳しい!」
「…まあ…お前、武士達でしょっちゅう集まってるのやめた方がいいんじゃないか?少なくともお前の家で開催するのはやめた方がいいと思うぞ。武士の溜まり場とか嫌だろ。たぶん。」
最上の台詞を聞いて雅客はぽかんとしたし、周りで聞いていた武士達は文句を言った。
「なんで助言なんかするんですか!雅客なんて振られればいいのに!」
「そうだそうだ!」
「おいっ!」
「雅客が振られること自体はどうでもいいが、それが原因で別れた後に陰口叩かれたりしては少々問題だ。武士全体が該当してしまうしな。」
「俺の心配じゃなかった!」
ぎゃんぎゃんと武士達が騒ぐ中、最上はいい加減退室しようと立ち上がったところ、立ちくらみを起こして床にぺたりと逆戻りした。武士達は最上を見てギョッとした。駆け寄った仁助に声をかけられ、俯いたまま
「大丈夫だ。ちょっと立ちくらみしただけだから。」
等と宣っているが、居合わせた誰もがそんな言葉を信じていない。まだ残暑が厳しく、昨年中暑(熱中症)になった最上はただでさえ信用がなかった。
楓が来るまで待機されられるどころか、ひんやりと冷たい床に横にさせられて仁助が問診を始めた。最上の目の下には、甲鉄城の頃から割と慢性化していた隈がべったりと鎮座しており、寝不足であるのは一目瞭然であった。
休日は馬の世話と鍛錬に注ぎ込み、それ以外は夜遅くまで城で働く。最上自身も無理をしている自覚はあったものの、府中駅でのことを考えると鍛錬の時間は削れないし、馬の世話は完全に息抜きであったが体力は使うのだ。こんなスケジュールで体力気力が持つわけがなかった。しかも先日そこに道元の仕事まで追加されたのだ。当然の結果である。
仁助が駆け寄ったとき、最上の顔は血の気がひいて真っ白であったし、脂汗もかいていた。しかも立ちくらみとくれば、貧血だろうと判断した。そもそも最上は低血圧で寝起きが悪い。暑さで脱水になり、更に血圧が下がれば脳貧血を起こしても不思議ではなかった。
楓がやってきて、仁助が問診を終え寝かしつけた最上に生理食塩水を点滴した。
「寝不足、疲労、脱水。まあ。安静にしていれば問題ありません。元気な時なら問題のない程度の脱水でも、寝不足と疲労が祟ったのでしょうね。」
楓は来栖と共に道元の執務室に行き、にこにことしながら報告した。表情はにこにこしているが、目は笑っていなかったので隣にいる来栖が目を逸らしていた。
最上は先日甲鉄城の城主に戻ったばかりだ。休養しろとまた城主から外したりすれば、今度こそ何をしでかすかわからない。どうしたものかなと道元が来栖や楓と話し合ってわかったことがある。
最上は甲鉄城に乗っている時が一番暇だということである。
顕金駅奪還前は500人位乗車していたし、先行きがわからないこともあり、
主に資金関係や物品管理で忙しそうにしていたが、今の甲鉄城は狩方衆と流民上がりの武士達、商人や乗車を希望した民人のみしかおらず、目的も目的地も期間もはっきりしているため、行商の結果をまとめるくらいしかやることがない。カバネも常に遭遇する訳ではないし、出雲を走っている間など殆ど遭遇しないと言って良い。
その上、甲鉄城では任務分担がしっかりされており、各々の報告を城主がまとめるだけのシステムになっているのだ。来栖が代打で城主をした時に、商談そのものは、商人組合からの協力があるものの、報告をどうしたものかと思っていたが全く問題がなかった。
正直カバネがでなければ暇しかない。
城主とは本来そんなものなのである。
先日道元がぎっくり腰になり、最上が道元の仕事を一時的に請け負ったのが追い討ちとなったと考えられる為、道元も最上に厳しく言えない。
対応策として、来栖の事務仕事を増やすこと、今までいなかった最上の補佐官を作ることとなった。
菖蒲、道元、最上、来栖の間を服部が行き来していたが、補佐や秘書というより伝令役でしかないのである。
菖蒲には静が、道元は自分で勧誘してきた文官が、来栖も配下の武士が補佐としてついている。今まで要職につけられる武士は来栖の配下しかいなかった。武士達は最上の補佐だろうが、勿論文句はないが道元と最上の都合が悪いし、最上と比較的仲の良い武士は各所に振られて要職に付いている。だが、最上が桔梗と結婚したことにより、倉吉から来た武士達が使えるようになったのだ。
最上が目を覚ますと自分の執務室にいた。ぼやっとしながら身体を起こすと、執務室内に般若がいた。
「…き…桔梗さん…?」
「お倒れになったとか。」
桔梗は般若の面をつけているので、表情は読めない。…が、桔梗の後方に控えている旭はこめかみの横に両手の人差し指を立てて鬼のジェスチャーをした後、手のひらを桔梗に向けた。
"桔梗様。お怒りですよ。"
ということらしい。面を見ればわかる。
「そうそう。今日、明日はお休みになりましたよ。帰宅いたしましょうね。」
「えっ⁉︎」
「帰宅。いたしましょう。ね。」
声色は一切変わらず優しいままであるが、般若が小首を傾げて見つめてくる。表情は見えないが怒っているのはわかっているし、自分に非があるのはわかっているので最上は身をすくませた。
「はっはい。」
「旭。旦那様を抱えて差し上げて。」
「承知「いや!歩けますけど⁉︎」
最上の抵抗虚しく、最上は旭に抱え上げられて帰宅する羽目になった。恥ずかしくて赤面し、顔を見られたくないからと旭にぎゅっと縋るものだから、すれ違う者達から生温い視線を向けられていたが、知らぬは本人ばかりである。いっそ堂々と抱えられていれば良いものを、恥ずかしがってますと一見してわかるのだから視線も生温くなるというものだった。
恥ずかしがってはいたものの、疲れ果てていたのも確かで、屋敷に着く頃には最上は完全に寝落ちていた。抱えている旭は、残暑でまだ暑いのによく抱えられたまま寝れるなと思いつつも、この状態で寝るのだから相当疲れているのだろうと思った。
屋敷に戻ると、旭に抱えられて帰宅した最上を見て子供達がわらわらと寄ってきて、心配そうに様子を窺うので寝ているだけだから静かにしているように、と言いつけて桔梗と最上を抱えた旭は最上の部屋へと下がって行った。
「随分と上層部がガタついてますね。」
「そうね。道元様と旦那様の2人で回しているのがそもそも無茶なのよ。」
「顕金駅の武士達も頑張ってはいるようですがね。」
「駿城に乗る武士と政をする武士が分かれてないのが問題よ。旦那様ですら兼務なくらいだもの。せめて勘太郎様がお戻りいただければ良いのだけれど。これ以上顕金駅を発展させたら、真っ先に上層部が潰れるわよ。勘定方がどうこうって話でもなかったかしら。」
「勘定方もなかなかに大変そうですから補充の話は良いと思います。」
「旭。決めたわ。」
「なんとなく想像がつきますが何をです?」
「上層部入りさせてもらいましょう。遠慮していたのだけど、そういう場合でもないわ。そうと決まれば城に戻るわよ。」
「承知しました。」
桔梗は穴子と鯉に後を任せて、城へと戻り道元に直談判をした。道元としても倉吉の武士から補佐官をと思っていたところであったので、この話は渡りに船である。流石に桔梗に家老の肩書きはやれないが、補佐官として桔梗をおければ最上不在時も最上の仕事を多少は回せることになる。倉吉の武士の場合は一から教えなければならないが、倉吉で領主代行ができるよう教育された桔梗であれば即戦力である。
とはいえ桔梗は最上になんの相談もしていない。道元が勝手に決めるのは如何なものかと思案していると、桔梗がすかさず
「道元様が反対でないのなら、旦那様には頷いていただきますので問題ありません。」
これである。
今顕金駅に、道元が反対しないなら最上を頷かせよう等と宣う者はいないのである。勿論道元が認めれば最上も認めざるを得ないが、そういう問題ではない。そもそも最上と渡り合って頷かせようだなんて思わないので。
桔梗は既に阿幸地を取り込んでいるし、倉吉の武士を補佐官につけようとしていた時点で、倉吉の姫だからは断る理由にならない。補佐官は謁見には立ち会わないし、浪費家の面はこのまま維持できる。道元は桔梗を補佐官に据えることを決めた。
最上が目を覚ますと桔梗は屋敷におらず、また勘定方でも手伝っているのだろうかと呑気に考えていたら、夕刻に帰宅した桔梗から補佐官の打診をされた。最初は反対していた最上であるが、桔梗に利点を並べ立てられ折れることになった。しかも道元に許可を取らないとと言えば、既に取ってきたと言われる始末だ。桔梗の完全勝利である。
桔梗の採用はかなり効果的で、道元も最上も帰宅時間が早くなった。勿論桔梗は夕刻になればスッと帰宅するのだが、勤務中はそれなりの速度で書類を捌いていくので、これには道元もにっこりである。阿幸地を巻き込んだ少々汚い報告を、菖蒲の目に触れても問題ないように綺麗に整えるのも問題なくできる優秀な人材である。
嫁を執務室まで連れてくるなど、普通なら口さがなく言われるものだが、顕金駅の武士達は桔梗様までお出ましいただいてしまった。これはまずい。早く十全に仕事ができるようにならねばと奮起していた。
桔梗さん上層部入りしました。流石に一年くらいで勘太郎は戻せないので仕方ないね。
派閥は分けておきたいのと、来栖の配下は報告ロンダリングが上手く出来ないので、今までホモ君の下には誰もいませんでした。
道元様とホモ君はまだ桔梗さんを全面的に信用してるわけじゃありません。間者的な行動を取れば、倉吉に首をお届けするくらいのつもりでいます。
が、それはそれとして手が足りないのも事実なので、お願いするしかない状況。まあ現時点倉吉駅が顕金駅に喧嘩を売ってもメリットがないので、完全には信用してないけど、徹底的に監視するほど疑ってもいません。
桔梗さんも自分の立ち位置はわかっているので、プレゼンの時にはメリットは並び立てるけど、私が信用出来ませんか?とは言わない。