甲鉄城は平野を進んでいる。
来栖達は客車の一部を使って鍛錬をしていた。生駒が来栖の型の一つを真似したことで、逞生に揶揄われている。
来栖が生駒と木刀を合わせ巻き上げた。巻き上げられた木刀は生駒の顔面に当たる。
さらに無名まで加わり来栖がいじられていた。
「なにしてる?」
最上がこちらに向かって来ていた。
無名と逞生が口々に今あったことを報告する。
「へぇ。真似が得意…。身体能力が上がることで動体視力や反射神経が上がった結果かな?ツラヌキ筒から持ち替えるのか?」
「いや…その予定はないです。」
「でも覚えるに越したことないじゃん。」
「それはそうだがワザトリ対策として、自分の得物で色んな得物相手を訓練した方が得るものは大きいと思うぞ。」
「そりゃそうですね。」
「それに型一つ一つを真似るのはさして難しくない。来栖の型なら私もいくつかできるぞ。実戦で使えるかはまた別の話だがな。どの場面でも考えるより反射で出るようになってこそだ。無名殿も一々どの攻撃を使おうか、などと考えていないだろう?剣術を使いたいなら反復練習した方がいいが、得物を変えないならツラヌキ筒での戦い方を確立した方が良いと思う。」
「な…なるほど」
「来栖より最上の方がおっとなー。」
「喧しい!」
最上が生駒達を丸め込んだ。事実生駒は戦いにおいて全くの素人であるので、余計な真似をしているより自分の武器を十全に使える様になってこそである。坑道の戦いにおいても自分の武器を使った上での辛勝であった。
「駅が見えたぞ!」
皆が知らせを聞いて外に顔を出す。
平野であり付近にカバネがいないのはわかっていたので、多くの民人が車体脇の通路に出て様子を窺う。
甲鉄城の警笛に対して警笛が返ってきたことから、生きている駅であることに民人が湧く。
「最上。助かった。」
「いい気になるなじゃ伝わらんよ。来栖はもう少し口が上手くなった方がいいな。下侍一同には伝わるだろうが、それ以外に伝わらないから誤解を招くぞ。」
「む…。…わかった。」
純粋にいい気になるなと思ったのもあるのだが、お遊びで人の技を真似るより他にやることがあるだろうとも思ったのも確かだったので、最上の説明でスッキリしたのだ。最上ほど口が上手くなることは一生ないとは思うが、技術指導位は先程の様な説明を踏まえてできるようにならねばと納得した。
倭文駅に到着したことから六頭領に甲鉄城を任せて、領主に会いに行くことになっている。最上は甲鉄城唯一の上侍であるので当然領主に会いに行く面子に入った。交渉事になるなら確実にいた方が良い。
鈴木から足らないと言われた材料は菖蒲達にはわからないため、蒸気鍛治の面々に買い出しを依頼した。
それに続いて他の面々も補修部品やら生活必需品の必要性も口々にする。
許された滞在期限は明日の夜までである。
今日が七夕であるという話題から、無名が七夕をしたいと口に出し、資金などから難しい旨を生駒が説明する。
「やりましょう。七夕。お金のことならこちらを。」
菖蒲は袂から細工の美しい小箱が差し出される。来栖が制止しようと声を上げるが菖蒲に引く気はない。
「菖蒲様。そちらではなくこちらを。」
最上は袂から見事な漆塗りの箱を取り出した。
「最上。そちらは?」
「上侍たるもの有事の際に売れる物を1つや2つ持っておくべきだと、お歴々に指導されましたので購入したものです。先達の指導は馬鹿には出来ませんな。」
「よろしいのですか?」
「かまいませんよ。もう一つありますので。」
最上が薄く笑いながら袂からもう一つ箱を覗かせるのを見て菖蒲は小箱を引っ込めた。
「助かったぞ。最上。だがあれは?」
「なに。先程の話は本当なのでね。…お歴々は有事のためより自慢のためだったようだが、お歴々に見せられる位、高価なものを一つは持ってないと侮られるのだよ。どうせなら助言通り、有事の際に売れるものをと買っただけだ。本当に役に立ったのだから、くだらないと思った助言も聞いてみるものだな。」
最上が助言したという上侍を馬鹿にしたように笑う。
(まあ…七夕が有事かと言われるとちと違う気はするが…来栖が止めたのだから、あの小箱は菖蒲様にとって大切なものなんだろう。ある意味主の有事ではあるしいいだろう。)
菖蒲達は領主の屋敷に来ていた。
最上は来栖達と廊下に並んで控えているが中々に待たされている。先に来客があったようには思えないが、出てこないということは舐められているのだろう。
「遅いな。」
「我々は招かれざる客だからな。どこも食糧は惜しい。」
「しかし交渉の機会すら与えんとは。戦う相手を間違えている。」
「生駒みたいな物言いをするんだな。」
「相談してくる。」
最上は来栖と吉備土のやりとりを聞きながらどうすべきか考えていた。
来栖が菖蒲の控える部屋の障子戸を引く。
「菖蒲様。…っ‼︎」
饅頭を頬張った菖蒲が振り返る。
「っ!…来栖…これは…その…」
「…あっ…し…失礼。」
来栖が少しばかり勢いよく障子戸を閉める。引いた方とは反対側である。
一連の行動を見ていた最上は訝しんだ。
(まるで着替えでも覗いたような反応だな…いや、来栖が菖蒲様の着替えなど覗こうものなら卒倒するか…)
「もう少し待ってみるか。」
「いいのか?交渉をいそが…「もう少しだけだ。」
吉備土の確認は食い気味に阻止された。
暫くして少し恥ずかしそうな菖蒲が顔を覗かせる。
「最上。私たちはどうするべきだと思いますか?」
「そうですね。だいぶ軽くみられているようですので、少し強気に参りましょうか。」
「強気に…ですか?」
「来栖。蒸気筒の準備を。」
「わかった。」
「蒸気筒を使うのですか?」
「噴流弾の見分をするだけですよ。献上品なのですから不首尾があってはなりませんので。流石に屋敷内で発砲音がしても出てこないほど間抜けではありますまい。」
「まあ…。なんてこと。」
菖蒲は驚いてはいるが、顔色は明るい。
「一発空に撃って向こうが出てきたら、菖蒲様はいつも通りで問題ありません。発砲したことについては先程の言い分を。謝罪はしないで下さい。さも当然のようにお振る舞い下さい。そして試射を見せてやればいいのです。一通りの説明を終えたら笑顔でも見せてやって下さい。」
「わかりました。」
「試射は来栖が。私では少々迫力が足りませんので。私も横に控えますが口を出すつもりはございません。何かあれば話は別ですが…どうしても回答に窮しましたら、動揺は見せずに薄く笑って名前をお呼びください。その後は私が。」
「ええ。最上の名前を呼ぶことがないよう頑張ります。」
「では参りましょうか。」
最上は菖蒲を庭に促した。来栖と吉備土は試射の準備をしながら話を聞いていた。
この威圧的な行為の説明を聞いて、なるほど発砲音がすれば間違いなく出てくるし、献上品の見分なら咎められもしまい。そもそも家格は四方川家の方が上であるのに、この扱いであるのだから少々強気にでても無礼にはならない。と納得した。
結果は菖蒲達が想像していたより容易に交渉が成立した。家老が助平爺であったからだ。菖蒲の笑顔でイチコロであった。日が暮れ始める前には交渉が終了した。
屋敷から出て最上が呆れたように
「ただの助平爺だったな。楽でいいが。」
と宣った。
「貴様が菖蒲様に笑顔などと言うからだろうが!」
「為政者の笑顔には価値がある。といってもだいぶお釣りが来たがな。」
「来栖。私が笑うだけで交渉がすすむなら良いのですよ。」
「菖蒲様。安売りはいけませんよ。あくまでトドメで使うようにして下さい。あとお一人の時は使ってはなりません。横に来栖などを侍らせている時にして下さいね。」
15にしてこれである。顕金駅を取り戻したら家老あたりにでもなれそうである。
「菖蒲様。少々外れてもよろしいですか?」
「何かありましたか?」
「いえ。私用です。」
「おい。最上。」
「来栖。良いではないですか。最上のおかげで早く終わりましたし、普段から嫌な役所を任せているのですから。いってらっしゃい。最上。日が完全に落ちる前には戻るのですよ。」
「菖蒲様。私は子供ではないのですよ。元服は済んでおります。…では行って参ります。」
最上が菖蒲達から離れていった。
「ふふっ。ちょっと弟みたいでしたね。もし弟がいたらあんな感じでしょうか。」
「弟ですか…アレは少し特殊な気はしますが…」
菖蒲達は甲鉄城への道を歩いていく。
菖蒲のいいつけ通り日が落ち切る前に最上は甲鉄城に戻ってきた。
買い出し組も少ししてから戻ってきた。着々と七夕の準備が進む。
準備が整い始めたころ短冊が配られる。無名が逞生の短冊を取り上げ読み上げるが、"生き残れますように"という願いであったため場がしんみりとする。
生駒が壮大な願いを発表したことで空気が少し変わる。菖蒲もその流れに乗ったことで完全に民人達の空気が緩んだ。生駒は流れを変えようと意識してやったことではあるが、菖蒲にそのつもりはなかったため、民人達の笑顔を見て戸惑った。
皆が流れに乗って夢を語る。それぞれが親しい者に夢を尋ねては笑う。
最上は誰もいない車上でなにも書いていない短冊を眺める。
(願い事ねぇ…。)
河原沿いで花火が上がり始める。甲鉄城からほど近いところで上がっているため、甲鉄城は特等席である。
暫く花火を眺めていたが終わりに一際大きい尺玉が上がり静かになった。
「書かないのか?」
菖蒲の隣に控えていたはずの来栖がいつのまにか車上にいた。
「こういうの得意じゃないんだ。」
「そういうものか?」
「望みは願うものじゃなくて、叶えるために策謀を巡らせるものなんでね。書こうと思うとなにをどうやってやろうかに思考が飛ぶな。」
「どんな思考回路をしとるんだお前は。なんでもいいから書け。」
「人の話を聞いてたか?」
「四方川家の家老になるとでも書いておけ。そうでもなければ菖蒲様の願いが叶うようにとでも書いておけ。」
「なぜ家老…。菖蒲様の…お前が書いたんだろそれは。」
「何故わかる⁉︎」
「わからいでか。まあいいか。菖蒲様の願いが叶いますように。っと。これでいいな。」
「雑に願うな!心して願え!」
「菖蒲様が関わると面倒くさいな。お前。」
「なんだと⁉︎」
「はいはい。じゃあ吊るしてきまぁーす。」
逃げるように最上は車上から降りていった。
朝方外から歓声が上がる。
倭文駅に狩方衆が来たようだった。
皆が狩方衆を眺めていたところ、無名が代表である天鳥美馬に駆け寄った。
無名は無邪気に美馬に話しかけている。
(12の少女がカバネリとはいえあの強さだ。今でこそ少女らしい振る舞いをするが、弱いものは死ぬだけとしていた無名殿に慕われる男か…。やり合いたくはないな。)
狩方衆を眺めている菖蒲と来栖の間に入り込み小さく声をかける。
入り込まれたことで来栖は視線を向けた。
「来栖こっちを向くな。前を見ていろ。菖蒲様。無名の繋がりがあるのであちらとの関わりは避けられませんが、お気をつけ下さい。表立って警戒する必要はありませんが、心の片隅に警戒心をお持ち下さい。あれからは同類の匂いが致します。素知らぬ顔でなにをするかわかりません。」
「最上。貴方が前もって警告する程なのですか?」
「私より彼方の方が上かと…。ことが起きてからでは進言が叶うかわかりませんので。目的如何によっては無駄となるやも知れませんが、どうぞお忘れなく。…もしも菖蒲様の叔父上君の話を詳しく聞かれましたら、私の名前もそれとなく出して下さい。堅将様について金剛郭へ訪ねた折に面識がございます。」
来栖は未だ嘗てない最上の様子に、驚いた。いつも後ろから観察し、必要がある場合か求めがあれば発言し、堂々と六頭領などをあしらう姿ばかり見てきたが、今回は事前に警告してきたばかりか、天鳥美馬の方が上であるなどと言うのだ。
最上は言い終えると小さく一歩下がった。