最上は結果として、肋骨にヒビこそ入ったものの、内臓はなんとか無事であった為、看護師にぎっちりと固定されたのみであった。
「内臓潰れたかと思った。」
「わかる。」
瓜生もかつて、ワザトリに腹部をしっかり蹴られた為、最上の感想に深く頷いた。
現在は蓬莱城の車上に主要面子が集まって相互に報告をしていたのである。車内に引っ込んでいる間に、カバネリに襲撃されてはたまらない。
「最上さん。鐘鳴らしてくれてありがとう。お陰で狙撃できたよ。」
「…あぁ。別に鐘を狙ったわけではないのだが、役にたったならよかったよ。」
失敗した狙撃に対して、無名が礼を言ったことで最上が微妙な顔をし、流民上がりの武士達が笑ってはいけないと、口をもにょもにょとさせている。
「しかし無名殿の狙撃は素晴らしいの一言だったな。あの距離から刀をへし折るとは神業と言っても過言じゃないぞ。」
「へへーん。凄いでしょ!」
「うん。凄い。」
最上は純粋に無名の技術を称賛した。なにせ最上は狙撃用の蒸気筒を使って、無名よりも遥かに近い距離から、足を止めた木村の頭を撃つのが精々だったのだ。心臓を狙っても、外せばさしたる痛痒にならぬと頭を選択した。
対して無名は、最上の全力よりもやや速い木村の刀を狙撃でへし折ったのだ。褒めるなというのが無理な話である。
「生駒も1人で任せて悪かったな。」
「いや。俺が倒せなくてすみません。」
生駒からすれば、あの状況で最上が前線を離れた以上、自分がカバネリを倒すべきだったと思ったのだが、最上の言い方は単騎は期待していないともとれた為、しょんぼりとしながら謝罪をした。
「しかしなんだあの強さ。暴走するとあんなに強くなるのか?怖いな。」
最上の発言に前衛面子はぽかんとした。実のところ最上以外の前衛面子は、黒血漿を投与した者を見たことがある。最上も黒血漿の報告自体は受けていたが、あれだけで判断がつくわけも無かった。
「仔犬ちゃんよ。ありゃ黒血漿だ。そういやお前、滅火の時も野良カバネリの時も見てなかったか。」
「…待て待て。ということは、大西は黒血漿を使えば、来栖の実力を越える可能性があるということか?」
「そりゃあな。寧ろ聞く限り、木村があの程度の底上げですんで良かったな。ありゃあ、莊衛からしたら失敗作になるんだろうよ。野良カバネリは克城に勝ったぞ。そもそも鵺になる様な薬だぞ。あれは。」
「克城に勝つってなんだ。」
「駿城に正面衝突して勝ってる。」
「…内臓どころか、身体が爆発四散するところだったのか…。怖っ…。」
「つっても普通は割と理性も吹っ飛ぶし、黒血漿を使ったら白血漿で正気に戻るかも賭けだ。そう気軽に使えるもんじゃねぇ。」
「ふむ。木村殿は切り捨てられたということだな。莊衛を殺そうとして失敗したのか。勘付かれていたのか。」
多少、木村の協力を得られないかと期待していたので、非常に残念な結果である。
「最上様。木村殿の脚絆からこちらが。」
糸賀から差し出されたのは、城内の地図と手紙である。手紙は最上宛てで、内容は何としても莊衛を殺してくれというものだった。
「死体を漁ると期待されていたか。」
大西達も黒血漿を打つ前に懐等は漁っただろうが、脚絆の下までは確認しなかったようである。最上の台詞に生駒や吉備土は微妙な顔をしていたが、声を上げることはなかった。
地図には奥方のいる位置や、複数の通路が書かれており、非常に貴重な情報であった。ただし、莊衛の研究場所や資料の位置などは書かれていない。研究ごと葬れということだろう。
「まあ暫くはカバネの数を減らすことに注力しよう。融合群体は少しでも小さい方が良い。早々に2人削られた以上、カバネリの突撃もないだろう。」
「三島は下げて、まんのうとつるぎとを引き込む形になりますか?」
「予め決めていた損害率にはもう少しといったところだが、一度下げた方がいいだろう。三島もかなり士気が下がっている。」
三島は東側を担当していたが、かなりの数の武士が斬り殺された上、黒血漿により異常な強さとなった木村に恐れをなし、生き残った者達の中には怯えて使いものにならない者もいるのだ。
蓬莱城も最上が負傷したことで、多少の療養をさせておきたい。大西や多田が黒血漿を使わないとも限らず、少しでも最上を回復させておきたいのだ。
翌日には三島が後退し、まんのうとつるぎの駿城が多度津入りを果たした。時折カバネの大群が押し寄せるが、掃射筒と鎮守砲により殲滅が繰り返された。カバネをひたすら殺しつつ、蓬莱城の面子はカバネの金属被膜を回収するものだから、顕金駅は死体漁りをすると話題になっていた。
まあ事実ではあるし、金属被膜はなんだかんだと使い道がある以上、致し方ない謗りである。
海門でも確認されていたが、カバネ同士で死体を盾に突っ込んできたりもする為、各駅に少しずつ損害が増えていく。前衛面子は最上が療養で前衛には出ないことから、4人で防衛線を維持しており中々の負担であった。
蓬莱城の面子は慣れている為、前衛面子からの指示にはなんの疑問もなく従い、後退したり掃射したりと対応が早いのだが、他の駅は来栖以外の指示に即座に反応出来ず、じわじわと損害が出ているのだ。顕金駅ですら、無名や生駒の立ち位置に完全に折り合いがついていないからこそ、蓬莱城と甲鉄城でしっかり色が分かれているのだから、想定の範囲内といえる。
しかしながら、日を重ねるごとに抵抗は少なくなってきているようで、無名や瓜生からの愚痴がかなり減ってきている。
まんのうとつるぎが多度津に入ってから7日目、線路の障害物を排除すべく、来栖と瓜生、来栖の配下の一部と狩方衆を残し、高松の武士の一部を借り受け、蓬莱城は操車場を目指す。操車場を経由しなければ、駅内を駿城で移動出来ないのだ。
罠もあるため、解除しつつの進行となったが、カバネリを2人も殺されているためか、追加で設置されている様子は無く、操車場までの障害物の排除は1日で完了した。カバネの襲撃はあれどカバネリは姿を見せず、最上は指揮を取るだけにおさまった。
操車場までの線路を確保後、更に先の線路の安全確認が行われることが決まったが、休養日を挟む事になった。カバネリがいつ来るかと前衛面子の緊張が高いことから、適度に休養を挟まねば襲撃時に瓦解しかねない。
休養と言っても、嫌がらせのように散発的にカバネの襲撃があるため、完全に羽根を伸ばせるわけではなく、最上と来栖など、他駅との軍議もあるため、大して戦っておらずとも疲れが溜まる。
休養日の深夜、カバネの襲撃が始まった。今までは日中の襲撃が多く、深夜の番についていた者達は油断しており、その日まんのうが担当していた北側が半壊、前衛面子として生駒がついていたが、混乱するまんのうの武士達へ指示が上手く出せず、来栖と最上が叩き起こされた。
「北側以外も警戒しろ!来栖はまんのうの再編だ!生駒は高松のいる東側へ行け!」
まんのうの武士にも勿論指揮官はいるが、混乱した前線を立て直すには、どうしても前線に出て指揮を取る必要がある。混乱極まる中なら、来栖の指示が一番通りやすい。最上は、西側の様子を確認しようとつるぎの防衛線に目をやったが、なにやら甘い匂いがする。
「一之瀬。なんか甘い匂いがしないか?」
「確かに。どこからでしょうか。」
最上の近くで寝ていた為、一緒に起きてきた一之瀬と共に匂いを辿る。本日は北から微風が吹いており、そのまま北側の防衛線付近まで来る羽目になった。防衛線からまんのうの武士達がぞろぞろと後退してきている。
「最上。何をしている?」
「来栖。前線を下げているのか?」
「いやに甘い匂いがしてな。偵察時のあれは忘れられん。あれとは匂いが違うが、警戒するに越したことはないだろう。」
「後方のまんのうの指揮官に引き継いで西側を頼む。仕掛けてきたならまだ何かあるかも知れん。匂いの元は私が確認する。まんのうの武士に東側へ伝令に行かせろ。」
「わかった。」
来栖はまんのうの武士達をまとめつつ、掩体壕まで前線を下げた。最上と一之瀬は共に下がりつつ、双眼鏡で阻塞の先を確認する。
「最上様。倒れた篝火に何か焚べられています。」
「私も確認した。…なんだあれは。まあ碌なものではあるまい。」
「…あれ。麻ではありませんか?」
「それでこの匂いか。甘い匂いがすると聞いたことはあるが、嗅いだのは初めてだ。」
最上はまんのうの武士を捕まえて、麻が焚かれていたことを告げ、体調の確認を急がせた。
その日はそれ以上の襲撃もなく、麻により正気を失った者もいなかった。
しかしこの日から毎晩襲撃を受け、毎度倒れた篝火に麻を焚べられる始末で、篝火の位置を阻塞の内側にせざるを得なくなった。ただでさえ、視認性の悪い夜間に襲撃が続きピリつく中、篝火の位置が下がり視認性がさらに悪くなったことで、夜間の警戒は緊張が高まっている。
わざわざ配線を伸ばして、電気を通しても襲撃に合わせて電球が割られ、篝火が無くとも麻が焚かれる。
そして何より毎度襲撃されるのがまんのうの配置なのだ。配置を変えてもまんのうばかりが襲撃される。まんのうに特別恨みがある訳ではないだろうが、わざわざ襲う相手を固定することで、精神的に負荷をかけていると考えられた。
「まんのうが完全に潰れる前に三豊と交代させる。」
軍議でまんのうの一時撤退が決まった。軍議では、早々に城を落とせとせっつかれているが、黒血漿の問題もある以上、カバネを出来るだけ減らして、少しでも危険を排除せねばただの自殺行為である。
「麻はあまり吸えば正気を失うし中毒性もある。だが、一番は匂いがキツいことが問題だ。少量でもかなりの匂いがするから、あの匂いに気がつくとカバネリが近くにいると必要以上に警戒する。」
「まあ篝火に麻を焚べてるのは、カバネリだろうから間違ってはねぇだろうな。」
「焚べたら直ぐに撤退しても、此方に長時間の緊張を強いることができる。それにここまで匂いに反応する様になったら、匂いのしない時に襲撃してくるぞ。少なくとも私はそうする。」
「性格悪っ。」
「やかましい。」
「元々カバネリが襲撃してくる可能性はいつだってあっただろ。」
「今まで、適度な緊張感で長時間警戒していた状況が、匂いによって崩されている。軍議でも指摘しているが、匂いがする時は、確実に直近までカバネリが来ている以上聞く耳を持たない。」
「仔犬ちゃんを入れても、前衛は5人しかいねぇからな。毎晩叩き起こされてたらかなわねぇ。」
カバネリの印象が、黒血漿を投与された木村になっていることで、甘い匂いがした瞬間、前衛面子が叩き起こされることが続いていた。継戦時間の短い無名は出来るだけ避け、現在戦力としては心許ない最上が出来るだけ出るようにしている。前衛面子が出て来れば現場はとりあえず落ち着いて行くのだ。いざカバネリとなれば、無名や来栖を起こすまでの時間さえ稼げれば良い。とはいえ毎回最上が起きるのは負担が大き過ぎる為、多少の分散は図られている。元々前衛面子の誰かしらが起きている上で起こされるため、無名以外の前衛面子は慢性的に寝不足が続いている。
最上と瓜生がそんな話をしていた晩、全方位で麻の匂いが確認され、夜間警戒の者達が大騒ぎする事態となった。生駒の事態収拾能力が低いのを見抜かれているのか、偶然かは分からないが、生駒が警戒中の時に襲撃され、来栖はシャキっとしているが、最上は一見して寝ぼけたまま事態が収拾するのを待つ羽目になった。
余所の駅の者達は、どうしても武士である来栖と最上を要求しがちで、断れば大騒ぎされるため、速やかに2人のいずれかを差し出す方が、他の面子まで騒ぎで起こされるのを避けられるのだ。2人まとめて起こされるのは、生駒が担当の時が殆どである。
明け方に東方から匂いが確認され、警戒についていた瓜生が、東方に引っ張って行かれて、すぐに西方の高松の防衛線が大西に襲撃された。カバネを引き連れることなく、2、3人を叩き斬って撤退したようだが、蜂の巣を突いた大騒ぎで、蓬莱城の者は1人残らず叩き起こされた。慌てて外に出た時には、当然大西は影も形も無く、無駄足を踏まされただけである。
勿論この状況で更なる路線の安全確認などできるわけもなく、蓬莱城の面子は他の駅に足を引っ張られている状態である。
嫌がらせで疲弊させてやろうって感じですね。麻をポイっと投げ入れたら帰るだけで相手が勝手に疲弊していく簡単なお仕事。焚かれているのは乾燥大麻ではなく、乾かしてもない大麻。栽培してるだけで甘い匂いがするらしいから、乾かしてなくても匂いは結構するでしょう。…たぶん。
現代じゃないので、麻縄とかでも使うから普通に栽培してる駅もあります。